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しおりを挟む繭子は、よし、と覚悟を決めると、実家の母親に電話をした。会社を辞めたことを伝えるためだ。中々言い出せずに延ばし延ばしにしていたが、いつまでも隠してはおけない。
「あ、お母さん、繭子だけど」
『繭子! ちょうどよかった、あなたに話があるから連絡しようと思ってたところだったの!』
話って何だろうと思ったが、先に嫌なことを済ませてしまおうと繭子は切り出した。
「私も伝えたいことがあって。実は、会社を辞めたの。今は在宅でデータ入力とかの仕事をしてる」
『えっ! 会社辞めたって…いつ?』
「5ヶ月くらい前」
『何ですぐに言わなかったの!? で、今はどうしてるの? 転職したの?』
「ごめん、中々言いづらくて…。今は家でデータ入力とかの仕事をしてる。私に合ってるみたいで、仕事の依頼は途切れてないし、まだ前の会社ほどではないけど収入も上がってきているし大丈夫だから」
『大丈夫って…ちゃんと生活できてるの? 会社辞めたならこっちに戻ってきなさいよ』
「今までの貯金もあるから心配しないで。それに、今の仕事をしながら転職先も探してるからまだここにいさせて」
本当は転職先なんて探していないが、母親がそう言うのを予想していたので繭子は申し訳ないと思いながら嘘をついた。
「それより、私に話って何?」
『そうそう! あなたにいいお見合いの話があるの! 会社辞めたんなら逆にちょうどいいわ!』
母親が声を弾ませた。
繭子はため息をついた。
「お母さん…私、お見合いなんかしないから断って。仕事もあるし、無理だから」
それに、私には大切に想っている人がいるし…。
『仕事って言っても在宅でしょ? それなら結婚したってできるんじゃない? それに新しい転職先もまだ決まってないんでしょう? まあ、お母さんは結婚したら仕事をするのは反対だけどね』
「あのねぇ、今は時代が違うの、女性も働かないとやっていけないの」
繭子の言葉をスルーして母親は続けた。
『私の知り合いの方から頂いたお話なんだけど、一流商社にお勤めの広岡智久さんという30歳の方で、とても落ち着いた雰囲気で素敵な人なの! 真面目で仕事熱心でその年齢ですでに係長なのよ。エリートコース間違いなしでしょ! それで、先方はあなたに会ってもいいっておっしゃってるの』
「えっ!? ちょっと困る! 勝手に話を進めないでよ!」
『繭子、あなたはもう結婚を考えなければいけない年なのよ。ね、お願い! お相手にも返事しちゃったのよ。1回だけでもいいからお母さんの顔を立てて会ってちょうだい! その知り合いの方から、大人同士なんだし親は抜きの方が話しやすいんじゃないかと言われて、広岡さんご夫婦も私たちも了承してそういうことになったから。広岡さんは再来週の土曜日ならご都合がいいそうよ』
私の都合は聞かずに勝手に…。それに、最初から2人きりで会うなんて逆に緊張するんですけど…。でもそこまで話が進んでしまっているなら仕方がない……。繭子は渋々承知した。
「しょうがないな…分かった、1回だけだからね。それに、どんな人だろうと私は断るから」
『大丈夫、間違いなく気にいるから! じゃあ、時間や場所はまた連絡する。それから、ちゃんとした服は持ってるの? なければお金を送るからデパートでいいものを買うのよ、いいわね?』
そう言うと母親はさっさと電話を切ってしまった。
もう…何でお見合いなんて…ああ、憂鬱だな…。その気がないのにお見合いなんて時間の無駄だし、第一、相手の男性に失礼だ。でも、一流商社に勤めるエリートなら恋人でも結婚相手でも選びたい放題だろうし、お母さんの話だとルックスもいいみたいだけど。なのに、どうしてこんな普通の一般家庭のどうってことない私とお見合いする気になったのだろう。たぶんあちらも強く頼まれて断り切れなかったんだろう。なら、あちらに気を遣わせる前に私がさっさと断ってしまおう。
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