つきせぬ想い~たとえこの恋が報われなくても~

宮里澄玲

文字の大きさ
35 / 59

35

しおりを挟む
 
 その時、風がフワッと繭子と一平の髪を軽くなびかせた。まるで依子が、分かったわ、と返事をしたように…。
 「繭子さん」
 一平が繭子に呼びかけると先ほどよりも表情を引き締めた。
 「まずは、先日のことを謝りたい。本当に申し訳なかった」
 そう言うと繭子に向かって深く頭を下げた。繭子は首を横に振りながら優しく言った。
 「マスター、頭を上げてください。もう気にしていませんから」
 「言い訳にしかならないけど、俺のモヤモヤした感情やつまらない嫉妬からあんなことをしてしまったんだ」
 「……えっ?」
 繭子は思っても見なかった言葉に驚いた。嫉妬? どうして? 誰に? 自分が嫉妬される理由にまるで見当がつかず、頭の中が「?」で一杯になった。
 「あの、嫉妬って誰にですか…?」 
 一平はちょっと気まずそうに打ち明けた。
 「実は…この前、繭子さんの部屋で君が出かける支度をしているのを待っていた時、テーブルに置いてあった君のスマホにメッセージ受信が来て、受信音が鳴った瞬間に思わず画面に目が行ってしまったんだ。そうしたらそこに『広岡智久』という名前が…」
 「えっ」
 すぐに一平は慌てて付け加えた。
 「もちろん中は見ていないから! 信じて!」
 繭子もそんなことを疑ったわけではなかったので安心させるように言った。
 「はい、マスターがそんなことをする人だとは思っていませんから大丈夫です」
 ホッとした一平が続けた。
 「その時、自分でも信じられないほど動揺したというか心が大きく揺さぶられた。誰だこの男は、繭子さんの恋人か? 繭子さんが元気になって笑顔が増えたのはこの男のせいなのか? って俺は悔しくなったというか、面白くなかった。で、君が言ってくれた、俺のためにできることなら何でもする、という言葉に、付き合っている男がいながらどうしてそんなことを言うんだって思ったら衝動的に……」
 繭子は一平の口から出た言葉に驚いたと同時に合点がいった。だからあの日、レストランで何度も何か聞きたそうな素振りを見せていたのか…。だが、まずは誤解を解かなくてはと、智久とのことを話した。母親に強く頼まれて勝手にセッティングされて彼とお見合いをしたこと、自分も彼も両親から度々見合い話を持ち掛けられてうんざりしていて、断るとまた双方の親がうるさいのでしばらくの間偽装の関係を続けようと決めたこと、親に怪しまれないように時々食事をしたり、他愛ないメッセージのやり取りをしていること、智久の人柄は好きだが、恋愛感情は全くなく、兄のような人だと説明した。
 「私たちは恋人同士ではなく、結婚するつもりもありません。それに、広岡さんには他に好きな人がいるんです」
 一平は智久から繭子と見合いをしたことを聞いてはいたが、繭子から直接事情を聞けてひとまず安心した。  
 「そうだったのか…。俺が勝手に一人で勘違いして早合点して失敗したんだな…。でも、彼はその好きな相手とは…?」
 「広岡さんがお相手のことを話してくれましたが、彼の片思いで……。ちょっと事情があって、これ以上は私の口からは言えないんです、すみません。とにかく私と広岡さんの間には何もありません、兄妹のような関係です」
 最後に繭子がキッパリ言うと、一平が納得したように頷いた。
 繭子は、分かってもらえたようでよかったとホッとしたが、先ほどの一平の言葉が甦った瞬間、一気に頬が熱くなった。
 えっ、ちょ、ちょっと待って…! つまり、マスターは私と智兄さんが付き合っていると勘違いして彼に嫉妬した……悔しくなった、面白くなかったって、それって……!
 「繭子さん、俺は、最初はただ君のことがお客さんとして純粋に心配なだけだった。そして、俺に辛かったことを話してくれて、それから徐々に立ち直って笑顔が増えていくのを見て、よかったなと思っていただけだった。でも、そのうち、笑顔がとても可愛いな、いつも見られたらいいな、そして、できるならその笑顔を俺だけが独占したいと思うようになっていった。それに、君の誠実さや人を思いやれる優しい心、献身的なところを知るうちにいつの間にか俺は……」
 一平は何も言えなくなってしまった繭子の両手にそっと自分の両手を重ねると繭子の目を見つめながら言った。
 
 「繭子さん、あなたのことが好きです。ずっと俺のそばにいてください」
 
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

愛する人は、貴方だけ

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
下町で暮らすケイトは母と二人暮らし。ところが母は病に倒れ、ついに亡くなってしまう。亡くなる直前に母はケイトの父親がアークライト公爵だと告白した。 天涯孤独になったケイトの元にアークライト公爵家から使者がやって来て、ケイトは公爵家に引き取られた。 公爵家には三歳年上のブライアンがいた。跡継ぎがいないため遠縁から引き取られたというブライアン。彼はケイトに冷たい態度を取る。 平民上がりゆえに令嬢たちからは無視されているがケイトは気にしない。最初は冷たかったブライアン、第二王子アーサー、公爵令嬢ミレーヌ、幼馴染カイルとの交友を深めていく。 やがて戦争の足音が聞こえ、若者の青春を奪っていく。ケイトも無関係ではいられなかった……。

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

夕陽を映すあなたの瞳

葉月 まい
恋愛
恋愛に興味のないサバサバ女の 心 バリバリの商社マンで優等生タイプの 昴 そんな二人が、 高校の同窓会の幹事をすることに… 意思疎通は上手くいくのか? ちゃんと幹事は出来るのか? まさか、恋に発展なんて… しないですよね?…あれ? 思わぬ二人の恋の行方は?? *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻* *✻:::✻*✻:::✻ 高校の同窓会の幹事をすることになった 心と昴。 8年ぶりに再会し、準備を進めるうちに いつしか二人は距離を縮めていく…。 高校時代は 決して交わることのなかった二人。 ぎこちなく、でも少しずつ お互いを想い始め… ☆*:.。. 登場人物 .。.:*☆ 久住 心 (26歳)… 水族館の飼育員 Kuzumi Kokoro 伊吹 昴 (26歳)… 海外を飛び回る商社マン Ibuki Subaru

ひとつ屋根の下

瑞原唯子
恋愛
橘財閥の御曹司である遥は、両親のせいで孤児となった少女を引き取った。 純粋に責任を感じてのことだったが、いつしか彼女に惹かれていき――。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

処理中です...