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しおりを挟むその時、風がフワッと繭子と一平の髪を軽くなびかせた。まるで依子が、分かったわ、と返事をしたように…。
「繭子さん」
一平が繭子に呼びかけると先ほどよりも表情を引き締めた。
「まずは、先日のことを謝りたい。本当に申し訳なかった」
そう言うと繭子に向かって深く頭を下げた。繭子は首を横に振りながら優しく言った。
「マスター、頭を上げてください。もう気にしていませんから」
「言い訳にしかならないけど、俺のモヤモヤした感情やつまらない嫉妬からあんなことをしてしまったんだ」
「……えっ?」
繭子は思っても見なかった言葉に驚いた。嫉妬? どうして? 誰に? 自分が嫉妬される理由にまるで見当がつかず、頭の中が「?」で一杯になった。
「あの、嫉妬って誰にですか…?」
一平はちょっと気まずそうに打ち明けた。
「実は…この前、繭子さんの部屋で君が出かける支度をしているのを待っていた時、テーブルに置いてあった君のスマホにメッセージ受信が来て、受信音が鳴った瞬間に思わず画面に目が行ってしまったんだ。そうしたらそこに『広岡智久』という名前が…」
「えっ」
すぐに一平は慌てて付け加えた。
「もちろん中は見ていないから! 信じて!」
繭子もそんなことを疑ったわけではなかったので安心させるように言った。
「はい、マスターがそんなことをする人だとは思っていませんから大丈夫です」
ホッとした一平が続けた。
「その時、自分でも信じられないほど動揺したというか心が大きく揺さぶられた。誰だこの男は、繭子さんの恋人か? 繭子さんが元気になって笑顔が増えたのはこの男のせいなのか? って俺は悔しくなったというか、面白くなかった。で、君が言ってくれた、俺のためにできることなら何でもする、という言葉に、付き合っている男がいながらどうしてそんなことを言うんだって思ったら衝動的に……」
繭子は一平の口から出た言葉に驚いたと同時に合点がいった。だからあの日、レストランで何度も何か聞きたそうな素振りを見せていたのか…。だが、まずは誤解を解かなくてはと、智久とのことを話した。母親に強く頼まれて勝手にセッティングされて彼とお見合いをしたこと、自分も彼も両親から度々見合い話を持ち掛けられてうんざりしていて、断るとまた双方の親がうるさいのでしばらくの間偽装の関係を続けようと決めたこと、親に怪しまれないように時々食事をしたり、他愛ないメッセージのやり取りをしていること、智久の人柄は好きだが、恋愛感情は全くなく、兄のような人だと説明した。
「私たちは恋人同士ではなく、結婚するつもりもありません。それに、広岡さんには他に好きな人がいるんです」
一平は智久から繭子と見合いをしたことを聞いてはいたが、繭子から直接事情を聞けてひとまず安心した。
「そうだったのか…。俺が勝手に一人で勘違いして早合点して失敗したんだな…。でも、彼はその好きな相手とは…?」
「広岡さんがお相手のことを話してくれましたが、彼の片思いで……。ちょっと事情があって、これ以上は私の口からは言えないんです、すみません。とにかく私と広岡さんの間には何もありません、兄妹のような関係です」
最後に繭子がキッパリ言うと、一平が納得したように頷いた。
繭子は、分かってもらえたようでよかったとホッとしたが、先ほどの一平の言葉が甦った瞬間、一気に頬が熱くなった。
えっ、ちょ、ちょっと待って…! つまり、マスターは私と智兄さんが付き合っていると勘違いして彼に嫉妬した……悔しくなった、面白くなかったって、それって……!
「繭子さん、俺は、最初はただ君のことがお客さんとして純粋に心配なだけだった。そして、俺に辛かったことを話してくれて、それから徐々に立ち直って笑顔が増えていくのを見て、よかったなと思っていただけだった。でも、そのうち、笑顔がとても可愛いな、いつも見られたらいいな、そして、できるならその笑顔を俺だけが独占したいと思うようになっていった。それに、君の誠実さや人を思いやれる優しい心、献身的なところを知るうちにいつの間にか俺は……」
一平は何も言えなくなってしまった繭子の両手にそっと自分の両手を重ねると繭子の目を見つめながら言った。
「繭子さん、あなたのことが好きです。ずっと俺のそばにいてください」
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