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しおりを挟む翌月の15日、繭子と一平は車で1時間ほどの海に来ていた。
先日、一平からのメッセージに繭子が了承の返信をすると、彼から案内したい場所があるので一緒に来てもらえないかと言われたのだ。
まさか海に行くとは全く予想していなかったが。
あのキス以来、顔を合わせていなかったので、朝、アパートまで車で迎えに来てくれた彼とは最初は少しぎこちなかったものの、カーラジオから聞こえる爽やかなポップスに耳を傾けながら車窓から見える風景を眺めているうちにだんだんとリラックスしてきて、車内でも軽い会話ができるようになっていた。
まだ人通りもそれほど多くない午前8時、2人は海岸沿いを並んで歩いていた。快晴の青空で、優しく顔に当たる風が、穏やかな波の音が心地よかった。
一平はいつもの場所に繭子を連れて行きベンチに腰を下ろした。
バックパックから大きめの水筒とランチボックスを出して隣に置くと、水筒からアイスコーヒーを持参したコップに注ぎ、繭子に手渡した。
「こんな朝早くから付き合ってくれてどうもありがとう。朝食はまだだよね? サンドイッチを作ってきたから食べよう」
「え、わざわざ作ってきてくれたんですか!? すみません、私、何も用意してこなくて……」
繭子が恐縮すると一平が微笑んだ。
「いいんだよ、俺が手ぶらで来てって言ったんだから。お腹すいたね、まずは食べようよ」
ランチボックスを差し出されて見ると、そこには具沢山の分厚いサンドイッチが並んでいた。野菜もたっぷりで美味しそうだ。繭子は1つ取り出すと目を輝かせた。
「…わぁ、美味しそう…! ありがとうございます。いただきます」
ぎっしり挟まれた具をこぼさないように気を付けながら一口口に入れた。シャキシャキのレタスに分厚いトマトとハム、そしてローストビーフも入っていた。
「美味しい! こんなリッチなサンドイッチ初めてかもしれません! とっても美味しいです!」
繭子の様子を見ていた一平が笑った。
「ありがとう。よかった、喜んでもらえて。作った甲斐があったよ」
安心して、一平もサンドイッチを頬張った。
全て食べ終え、コーヒーを飲みながら一息ついていると、一平が前を向いたまま静かに語った。
「……実は、この海に、亡くなった依子の遺骨を散骨したんだ。彼女の強い遺志でね。彼女は昔から海が大好きで、結婚するまでこの海が目の前に見えるマンションに住んでいたんだけど、俺と結婚してからは俺のために店の近くの俺のマンションに移ってくれたんだ。だから休日は毎週のように一緒にここで朝から夕方まで過ごしていた。依子の入院先も海の近くの病院にした。最期まで大好きな海を見られるように……」
依子さんのご遺骨をここに……。 海が大好きだった依子さんの想いに応えて……。
繭子は目の前に広がる青い海を静かに見つめた。
「……彼女が亡くなったのは9月15日なんだ。それ以来、15日を定休日にして毎月ここに1人で訪れて海に花を手向けている。15日に誰かを連れてきたのは繭子さんが初めてだよ」
ああ、そうか、だから毎月15日が定休日なのか…。そんな大事な日に私を連れてきてくれたなんて……。
「ありがたいことに毎月この日は天気が良くて、ゆっくりと彼女と過ごすことができる。彼女に店のことや色々あったこととかを報告するんだ。それに、信じてもらえないかもしれないけど、俺が呼びかけると彼女も答えてくれるんだよ。だからしばらくの間2人でおしゃべりをするんだ。傍から見るとただ俺がじっと海を眺めているだけにしか見えないけどね」
それを聞いて繭子は切なくなり胸が痛くなった。やっぱりまだマスターの心の中には依子さんが生き続けている。分かってはいたが自分がそこに入り込む余地はない……。
じっと海を見ていた一平が繭子に顔を向けた。
「今日、君をここに連れてきたのは、依子の前で俺の気持ちを話したかったから。彼女もきっと聞いているに違いない」
そこで一旦言葉を切ってから一平は再度海に向かって言った。
「依子、今から繭子さんに俺の気持ちを伝えるから。ちゃんと聞いていてくれよ」
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