つきせぬ想い~たとえこの恋が報われなくても~

宮里澄玲

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 店に行く前に本屋に寄って前から気になっていた新刊をチェックしてみようと、繭子は昼過ぎにアパートを出た。
 棚をじっくりと眺めながら心行くまで店内を回り、1時間ほど過ごしてから本を数冊買って外に出たが、まだ少し時間があった。どうしようかな…と考えていた時、ふいに声を掛けられた。
 「あの! 坂井さん…よね?」
 目の前に立っていたのは久しぶりに見た顔だった。
 「……池田さん?」
 声を掛けてきたのは繭子の会社の経理部にいた1年先輩の池田由美だった。経理部は繭子がいた営業部と同じフロアだったが、部署が違うので彼女とは時々仕事で接する以外は軽く挨拶する程度の関係だった。
 「こんなところで会うなんて。久しぶりね、元気?」
 「はい。池田さんもお変わりなくお元気そうで」
 すると由美が少し遠慮気味に聞いてきた。
 「…今、ちょっと時間ある? よかったらそこのカフェで話さない?」
 「これから仕事があるのですが、30分くらいなら大丈夫です」
 
 2人は近くのカフェに移動した。
 注文が済むと、由美が繭子の近況を尋ねてきたので、フリーでデータ入力とかの仕事を在宅でしながら夕方からは馴染のカフェレストランで働いていると答えた。夜も仕事をしていると聞いて由美は驚いていたが、繭子は「在宅の仕事は時々で今はレストランの方がメインになっているんです」と笑顔で話すと、由美も「そうなんだ」と微笑んだ。
 「でも、もうすっかり元気そうで、顔色もいいし、健康的に戻って安心した。あなたのこと、とても心配だったから…」
 「えっ……」
 由美が少し表情を曇らせた。
 「坂井さん、ごめんなさい、あの時あなたが辛い目にあっていたのを知っていながら何もしてあげられなくて…」
 「池田さん…」
 「ほら、同じフロアだったから嫌でも目に入っちゃうでしょ。あの子は正社員でもないのに我が物顔でのさばって好き勝手やってて。確かに仕事はできたのかもしれないけど、あなたに対する言動とかは目に余るものだったわ。あなたはきちんと真面目に仕事をしていて何も悪いことしてないのにどうして営業部の人たちはあなたを助けてあげないんだろうって憤慨してたの。でも、違う部署の私が口出しするのもどうかと思って結局ただ見てるだけになってしまって……あなたがどんどん痩せて顔色が悪くなって辛そうにしていたのが分かっていたのに…。私だけじゃなく他にもあなたに同情的だった人は何人もいたわ。でも私と一緒でただの傍観者で何もしなかった。そしてあなたは辞めてしまった…。後悔したわ、せめて私だけでも人事に訴えればよかったって。今更よね…本当に…」 
 繭子は驚いていた。まさか由美がそんな風に思っていてくれたとは…。
 「池田さん…ありがとうございます。私のことを心配してくださっていたなんて全然知りませんでした。そのお気持ちだけで十分です。過去のことですし私はもう大丈夫ですから」
 「今こんなことを言ってもしょうがないけど、会社は本当にバカよ。あなたみたいな優秀な社員を失った後、次から次へと問題が起こって…」
 「えっ…?」
 「高橋亜希ね、2ヶ月前に会社を辞めたわ。派遣の契約を切られてね。要するにクビよ」
 「……」
 「彼女ね、元谷社長と不倫していたの。社長もかなり入れ込んでいて結構彼女に貢いでいたらしくて、それが社長の奥さんにバレて修羅場になったって」
 「彼女と社長が…?」
 「社長と付き合っているのもあってか、あなたが辞めた後、ますます彼女は付け上がってね、あなたの仕事だけじゃなく他の人の担当の仕事にも口を出したり勝手に自分の手柄にしていて、社内の雰囲気がさらに悪くなって。さすがに営業部内でクレームが出て問題になったの。それプラス不倫発覚で、結局それが決定打になったって感じ。彼女の今までの言動も派遣会社に報告されて、さすがにそれは問題だと派遣会社も彼女の登録を抹消したって聞いたわ。彼女は、自分の働きのおかげで会社の業績が上がったのにどうして辞めなければならないんだ、とか、最初に迫ってきたのは社長の方からだ、とか色々訴えてかなりゴネたみたいだけど認められなかった。当然よね。最後には、私がいなくなったらこんな会社すぐ潰れるから!って捨てセリフを吐いて出て行ったわ」
 「そんなことがあったんですね…」
 「でもどうせだったらあなたがいるうちに処分されればよかったのに、ホント今更だけど」
 そうか…彼女と社長が…。前に偶然亜希と会った時、隣にいたのは社長だった。すでにあの時にはそういう関係だったのかもしれない…。
 「でも、彼女が辞めたのはよかったんだけど、社内の雰囲気は悪いままで、しかも今度は社長の奥さんが会社にしょっちゅう入り浸って女性社員全員に目を光らせるようになったの。結婚してる人に対してもよ! 旦那の浮気チェックのためなんだろうけど、スマホの着信履歴を見せなさい、とか言い出すし。さすがにそれは上の人たちがやんわりと注意したけどね。こっちはいい迷惑だし何より仕事がやりづらくてしょうがなかったわ。それに、業績がまた落ちてきたせいもあって退職者が続出よ。慌てた会社は何とか残ってもらえないかってお願いしたけど誰も首を縦に振らなかった。実はね、私も先月会社辞めたんだ。もう嫌になってね。認めたくないけど彼女の言う通り、あの会社そのうち潰れるんじゃないかしら」
 「…色々あったんですね。驚きました。池田さんはもう新しい会社でお仕事されてるんですか?」
 「ううん、失業保険を貰いながら仕事を探してるところ。まあ貯金もあるからすぐに見つからなくても当面のところは大丈夫だけどね」
 「そうなんですか。いいお仕事が見つかるといいですね」
 「ありがとう。今日はあなたに会えて元気な姿を見られて本当によかった。そういえば会社にいた時はこんな風におしゃべりしたことなかったね」
 「本当ですね。私もお話しできてよかったです。声を掛けていただいてありがとうございました」

 今度改めてゆっくり会おうと2人は連絡先を交換し、笑顔でカフェを後にした。
 
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