つきせぬ想い~たとえこの恋が報われなくても~

宮里澄玲

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 快晴の翌日、車で30分ほどの郊外にある霊園に着いた。
 
 そこはまるで大きな森林公園のようだった。たくさんの種類の花々が植えられており、広い遊歩道が敷かれていて所々にベンチも設置されていて、とても明るくきれいな所だった。ここが墓地だとは思えなかった。
 繭子が驚いていると隣で一平が笑った。
 「霊園に来るのは初めて? 確かに一見ここは普通の大きな公園に見えるからね。実は、じいさんがここを見つけたんだ。緑に囲まれていて環境がいいし、どんな宗派でもOKで墓石のデザインも自分たちで自由にできるっていうのでえらく気に入って、まだ空きがあったので即契約したらしい。それに墓石はね…見て驚くかもしれないよ」
 「驚くって?」
 「まあ、見てのお楽しみだ。さあ、行こう」

 花に囲まれた遊歩道を歩いていると、墓地が見え始めた。普通のよく見かける一般的なお墓もあったが、洋風なものや色や形が個性的なものもたくさんあった。
 「ここだよ」
 「……えっ! わぁ~、すごい!」
 一平に促されて前を見た瞬間、思わず繭子は歓喜の声を上げてしまった。  
 目の前には、帆船をかたどったブルーの墓石があり、船の正面には白い船舵が付いていた。こんな墓石、生まれて初めて見た。
 「貿易商で船が好きだったじいさんらしく、石選びからデザインまで全部こだわって自分で考えて石材店に事細かく注文をつけたそうだよ。だからとんでもない値段になっちゃって、ばあちゃんに相当怒られたらしいけどね」
 「でも…すごくおしゃれで素敵です! 私、こんなお墓見たの初めてです! おじい様は本当にセンスがいい方だったんですね」
 「ありがとう。繭子に褒められてじいさん喜んでるに違いないよ」
 
 2人は墓石とお墓の周りを綺麗に掃除をした後、持参してきた花を花瓶に入れて添えた。
 そして、改めて墓石の前に立つと、一平がゆっくりと頭を下げた。
 「みんな、今日は俺の妻になる人を紹介するために来たんだ。坂井繭子さんだ」
 繭子も頭をゆっくりと下げた。
 「初めまして、おじい様、おばあ様、お母様、お父様。坂井繭子と申します。厳密にはお父様とは初めましてではありません。覚えていらっしゃらないかと思いますがお父様がマスターをされていた頃に何度かお店に行きました。本日、皆様にこうしてご挨拶をさせていただくことができまして嬉しく思っております。実はこの度一平さんと結婚することになりました。不束者ですがどうか天国から温かく見守っていてください。どうぞよろしくお願いいたします」
 一平は優しく微笑みながら繭子を見下ろしていたが、また前を向くと静かに墓に向かって語り掛けた。
 「……幼稚園の頃にじいちゃんやばあちゃんを、小学4年の時に母さんを亡くして、それからは父さんと2人で何とかやってきた。そして俺が『古時計』の3代目となり結婚もしてこれからという時に父さんが死んで、そして依子までも……暗い谷底に突き落とされたようだった。家族がみんな逝ってしまった…俺は独りぼっちになってしまった……あの当時は毎日悲しみに打ちひしがれていたよ…。食欲もなくなかなか眠れなかった。本当に…孤独で…辛い日々だった……」
 一平が声を詰まらせ、その目から涙が零れ落ちた。繭子がそっと一平の手を握ると、その手の温もりに気づいた一平が強く手を握り返してから涙を拭った。
 「それでも、俺は店があったから何とかやってこられた。古くからの常連さんたちが来てくれ励ましてくれ支えてくれたから。毎日のように来てくれる彼らや新たに常連になってくれたお客さんたちと過ごしていくうちに徐々にまた以前の自分を取り戻すことができたんだ。そして繭子と出会った。彼女はとても心が綺麗で優しく思いやりがあって、ちょっと自己犠牲が強いところもあるけど、働き者で有能なんだ。そして店を愛してくれ大切に思ってくれている。俺にはもったいないくらいの素晴らしい女性なんだ。それに彼女のご両親も素晴らしい方たちで俺のことを本当の息子ができたようで嬉しいって言ってくれたんだ…。俺はもう孤独じゃない。彼女がいつでもそばにいてくれるから。俺は心から繭子を愛している。これからは2人で店を守っていき、幸せに暮らしていくから、天国から見守ってててくれ」
 繭子も気がつくと涙を零していた。
 「皆様…私も一平さんを心から愛しています…。おじい様が始められた『古時計』も大好きです。だから私は一平さんを支えながらお店も守ります。私たちがいなくなった後もそのまた後も、ずっとずっと『古時計』が残るように…」
 一平が繭子の涙を指でそっと拭うと優しく抱き寄せた。しばらくの間2人は静かにそのまま寄り添っていた。
 そして、繭子はこめかみのあたりに一平の唇が触れるのを感じた。
 「…それなら、早く子供を作らないとな。何人作ろうか…?」
 繭子は頬を染めた。
 「えっ…あ、それは……後でゆっくり話し合いましょう…」
 「あぁ~待ち遠しいな。早く教会決めて式を挙げないと! さすがに結婚前にできちゃったら繭子のご両親に怒られるからな」
 うーん…確かにそれはいい顔しないかもしれないかも、と繭子は思った。

 
 霊園を後にすると、次はあの海に向かった。
 久しぶりに来た海はもう日が高かったせいか多くの人たちで賑わっていたが、運よくいつもの指定席のベンチには誰も座っていなかった。

 「もしかして今日は依子の耳には届かないかもしれないけど、呼びかけてみるか」
 「はい」
 2人は依子に話し掛けた。
 「依子、久しぶりだな。そっちで楽しんでいるか? 実は、お前に報告があるんだ。繭子と結婚することになったよ。まだ色々決めなければいけないことがたくさんあるが、これからは彼女と一緒に新しい人生を歩んで行くから見守っててくれ。よろしく頼むな」
 「依子さん、お元気ですか? 今、一平さんが伝えました通り、私たち結婚します。依子さん…あの時に依子さんが言ってくれた『これからは2人の時間を大切にして、幸せになってね』っていう言葉、一生忘れません。今も幸せですがこれからもっともっと幸せになりますし、依子さんの分まで一平さんをずっと幸せにできたらと思っています。どうか見守っててください、よろしくお願いします」
 しばらくじっと海を眺めながら待っていたが、依子が呼びかけに応えることはなかった。
 「ダメみたいだな…。まあ、とにかく報告は済んだから、もう帰ろう」
 「はい。時間がかかってもいつか届いてくれるといいですね」


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