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しおりを挟む夕飯を食べて行きなさいと言われ、せっかくなのでお言葉に甘えることにした。繭子は一平に断ってから母親を手伝うため一緒にキッチンに向かった。だが急に母親が「本職の料理人の方にウチの手料理を出すなんて失礼じゃないかしら、何か出前でも取った方がいいかしら」と心配し始めたので、「いつも自分が作っている側だから素朴な手料理を作ってもらえるのは嬉しいみたいだよ」と言ってあげた。それを聞いて一応ホッとした様子だったが、「じゃあ、あなたももっと料理を勉強しないとダメよ」と逆に釘を差されてしまった。
しばらくの間黙々と準備や作業をしていると、母親が不意に智久とのお見合いのことを口にした。
「さっきの話だとあの時はもう一平さんのことが好きだったんでしょう、どうして話してくれなかったの? まあ、すでにこっちで話を進めちゃってたからかもしれないけど……」
繭子は苦笑した。
「ホント、お母さん強引だったからね~。でも、あの時はまだ片思いで一平さんとこんな風になるなんて思ってなかったから…。だからと言って広岡さんと結婚なんて全く考えてなかったけど。お母さんの顔を立てて本当に1回だけのつもりだったし、広岡さんにはちゃんと正直に話してハッキリ断ったし。それに向こうもご両親から強く言われて私とお見合いしたけど元々結婚する意思はなかったんだ」
「えっ、そうだったの!? え…でも、あなたたち付き合うって…でも合わないから別れたって…」
「ごめん、今だから言うけど、お互いにまたすぐに次のお見合い話が来ると困るから、双方の両親にはとりあえず付き合うことにしたと話そうって2人で決めたの。ごめんね、嘘ついてて…」
「そうだったの…広岡さんにも申し訳なかったわね…」
「大丈夫、気にしてないから」
「何で分かるの?」
「実はね、あのお見合いの日、私たち逆に打ち解けてすっかり意気投合しちゃって、いい友達になったんだ」
母親が驚いて目を丸くした。
「えっ!? 友達って…。でも、一平さんは…そのこと知ってるの…?」
「もちろん。お見合いのことも話してあるし、実は広岡さん店に来たこともあって一平さんと会ってるし。心配するようなことは何もないから安心して」
繭子は笑顔を母親に向けた。
「それに、私、お母さんの思う通り、幸せな結婚をするじゃない! だからもう満足でしょ?」
おどけて言うと、母親も表情を和らげた。
「そうね…あなた今本当に幸せな顔してる。あなたが幸せならもうお母さん何も言うことないわ。ただ、できるだけ早く孫の顔を見せてね」
「お母さんってば、もう、ホント気が早いんだから…」
繭子は軽く呆れたが、全くお母さんらしいな、と笑った。
2人でせっせと作った料理は和食が中心の家庭料理ばかりになったが、一平はとても喜んでくれ、どれもみんな美味しいと言いながらたくさん食べてくれた。話も弾み、賑やかな夜になった。
食後に、式や日取りについて4人で話し合った。繭子と一平の希望(とは言っても一平はほとんど口を挟まなかったが)と両親の希望とをすり合わせた結果、とりあえず、式は小さな教会で、日取りは候補となる教会を見学して空いていれば半年後くらいに、ということに決まった。それから両親の強い希望で、結婚前に和装で前撮り写真を撮りたいというのでそうすることにした。母親は、繭子の白無垢とウエディングドレスの両方が見られるのね! と喜んだ。それから一平に向かって、さっき初めて会った時からとってもハンサムな人だと思ってたの! 背も高いから和装も洋装も絶対に映えるわ~! 楽しみ! と今まで見たことがないくらい大はしゃぎしていたので、繭子と父親はあっけに取られ、一平は照れ笑いするしかなかった。
そして、繭子と一平が家を辞そうとした時、母親が一平の両手を握ると目を少し潤ませてながら言ったのだった。
「一平さん…これからはあなたのことを本当の息子だと思って接するから、あなたも私たちのことを本当の親だと思ってもらえたら嬉しい…。亡くなられたご両親の代わりにはならないかもしれないけど、それでもこれから私たちは家族になるのだから…」
「ちょっとお母さん…!」
繭子が慌てると、一平が、いいから、と言うように目配せした。そして両親ににっこり笑って頷いた。
「はい。ありがとうございます。自分もこれからそう思うようにします。どうぞよろしくお願いいたします、お父さん、お母さん」
そして今、一平に、もう少しだけ待ってもらえる? と言われ、まだ車を止めたまま並んで座っている。
「でも、一平さん、そんなに緊張してたなんて全然分かりませんでした」
「そりゃあ、それなりに人生経験あるし、客商売だからポーカーフェイスもお手のものだし、それに俺は君より大分年上なんだからしっかりとした姿を見せないといけなかったし。でも内心はバクバクだったんだよ。大事な一人娘を貰うんだからね」
「私のためにありがとうございました」
「正直すぐには認めてもらえないと思ってたんだけど、本当によかったよ。いいご両親じゃないか、繭子は古臭い考えの親だって言ってたけど、しっかりしていて思慮深くて理解があって優しくて…大事にしないとな」
「両親のこと、そんな風に言ってくれてありがとうございます。聞いたら喜びます」
それから繭子は続けた。
「あの…今度、一平さんのご両親のお墓に連れて行ってくれますか? 墓前できちんとご挨拶がしたいし結婚のご報告もしないといけませんし。天国にいらっしゃるとは言え、これからは私の両親になる方達なのですから。あと、依子さんにも…」
その言葉に一平が感極まり、助手席に座る繭子をギュッと抱きしめた。
「繭子…本当にありがとう…嬉しいよ…。じゃあ、早速明日行くか…? それから帰りにあの海に行って依子にも報告しよう」
一平の胸の中で頷くと、そっと顔を持ち上げられ唇が重ねられた。
「繭子…愛してるよ」
「私も…愛しています」
しばらくして落ち着きを取り戻した一平がゆっくりと車を発進させた。
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