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輪廻Ⅱ『寿命』1
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「賛成多数にて『寿命一律』法案は可決しました」
議場には複雑な溜息が洩れた。
「私はまだよく読んでいないが、既に75歳を超えている人はどうなるんだろう」
与党7期連続当選している82歳のベテラン議員、武下昇が若手新人の香村隆に訊いた。
「実は私もよく調べておりません。まさかこの法案が通るなんて考えてもいませんでしたから」
昨年から台頭してきた極右政党のリーダーが提出した法案である。本人もそれが通るとは思ってもいなかった。
「香村君、発案者を訪ねてみよう」
二人は発案者のマイク鈴木事務所に出掛けた。事務所にはこの二人のように詳細を確認するために多くの議員が集まっていた。また事務所の周りには多くの市民も取り巻いている。既に賛成派と反対派がプラカードを下げて一触即発の様相を呈していた。重鎮武下が現れたので他の議員は一先ず引き下がった。
「もう、玄関鍵閉めちゃって、カーテンも引いて」
マイク鈴木は秘書に指示してソファーにドンと座り込んだ。
「どうぞ武下さん」
武下はマイク鈴木の前に座った。
「こんな法案が通るとは考えていなかった」
「私もそうですよ、あなた方与党はどうして反対してくれなかったんですか?もう元に戻れませんよ。どうしてくれるんですか?」
マイク鈴木は逆手にとって反発した。
「どうしてって君等が出した法案じゃないか。出すから悪い」
「違います。挙手したあなた方が悪い。これまで賛成なんてしてくれたことなどなかったじゃありませんか。それを寿命一律法案だけを通すなんておかしい。どうして賛成したんですか、私が訊きたい」
通常通り反対していれば与党多数で否決された。
「それがよく分からんのだよ私も。いつも考えていたことがあってな、それがふと過ったんだ」
武下は75歳でいいと一瞬感じたのは事実である。
「過ったって何が過ったんですか?」
若い香村が訊いた。
「君は幾つになったのかね?」
「来年で40になりますが」
「40か、するとあと35年は生きられるな」
「生きていればの話ですよ。歩道を歩いていても轢き殺される時代ですからね、いつ死んでもおかしくありませんよ」
香村が高笑いするのを武下とマイク鈴木は羨ましそうに見ていた。
「マイクさんは幾つかね?」
「私は残り二年です、二年なんてあっと言う間だな」
「そんなことはない、残り二年を有意義に過ごせるじゃないか。女遊びもいいし、ゴルフ三昧、釣り三昧、博打三昧に美食三昧、羨ましい」
武下は既に法案の年齢を過ぎている。残りの命を自由に使えるマイク鈴木を妬んだ。
「それでご用は何です。もう可決したんだからどうにもなりませんよ」
マイク鈴木は武下を早く追い返したい。
「私のようにこの時点で75を過ぎている人はどうすればいい?」
武下はストレートに訊いた。
「命乞いですか?侍の武下さんらしくない」
命が惜しくなると数々の言動の辻褄が合わなくなってくる。
「そう言う言い方は武下先生に失礼じゃありませんか、あなたも助けていただいたことがあるでしょ」
香村がマイク鈴木に言い寄った。
「ええ、裏工作をお願いしましたよ。だけどそんなことは『寿命一律』法案が通った今ではどうしようもない。だって武下さんは死ぬんだから」
マイク鈴木は引導を渡した。
「その死に方を詳しく教えて欲しいんだ。また免除される条件とかあれば」
免除されるなら生き延びたい。金はある。女もいる。この楽しみを奪われたくない。
「死に方は色々選択肢があります。寝ている間に注射によるショック死。これは一瞬ぴくんと身体が硬直するらしいですね。首吊りもあります。溺死、打撲死、斬られて死ぬことも可能です。対戦式ですから勝てば半年の控除が付いています。ですけど相手は居合切りの達人ですからね、難しいでしょうねえ」
「あんまりいい死に方はないじゃないか、もっと楽しく死ねる方法はないのかね」
「この法案の詳細は部会で決定されます。私が今伝えたのはあくまで一部に過ぎません。それとも武下さん好みの死に方でもありますか?大ベテランの意向を部会に伝えておきますよ」
「免除はないのかね?例えば長年国会で活躍した。大臣も二期務めたし委員会で委員長も務めた。その功績を称えた免除を法案に盛り込むべきじゃないだろうか。糞も味噌も一緒じゃ国民も納得しないだろう」
武下は免除を考えるべきだと主張したがマイク鈴木は激怒した。
「武下さん、糞って誰のことです、味噌って誰です。これ国民の耳に入ったらえらいことですよ。それこそろくな死に方しないでしょう」
「いや例えばの話だよ、君も気が早いね。それにここだけの話で国民の前じゃそんな言い方するもんか」
「普段飲み会で話されているとつい表でも出てしまうもんです。こないだ死んだ盛さんや麻生田さんなんか典型的だ。仲間の集まりで国民を小ばかにしているからつい口が滑る。気を付けた方がいいですよ」
マイク鈴木に足元を掬われた武下はしょんぼりしている。武下の落ち込みに香村が肩を叩いて慰めた。
「武下さんのためにひとついい事を教えてあげましょう」
「はい、お願いします」
藁をも掴みたい武下はマイク鈴木の声に即反応した。
「免除ですがありますよ、それは兵役です。兵役に行った年数×二倍が免除期間となります」
「兵役って君、75を過ぎた人間が有事の際に戦争に行かなければならないのかね」
「まさか、武下さんを戦場の最先端に送り込んで敵と対峙しろとは言いませんよ。兵站で死体処理や雑作業ぐらいは出来るでしょう。ですから75歳になると兵役に行くことで免除されます」
そこまでして生を選ぶだろうか。若い時は65歳ぐらいで死んでもいいと考えていた。長生きしてもろくなことはないと思っていた。それが生きていると色々と楽しいことが増えて来て長生きしたいと考えが変わった。それにいつの間にやら医学の進歩で死ねなくなった。人生100歳と謳った大臣もいた。しかし100歳まで生きたら誰が面倒を看るんだろう。現状では85歳ぐらいから介護なしでは生活が出来ない者が多い。残り15年を誰が面倒を看るんだろう。100歳まで元気で働けるほど医学が進歩すればいいがそうじゃなければ年金でこの国は破綻する。それを投票の時一瞬迷った。武下だけではない、同年代の議員が全て一瞬の迷いで賛成をしてしまった。そんな馬鹿は自分一人だろうと甘く考えたのがこの結果となった。
「兵役に行く手続きは?」
「早くした方がいいですよ、自衛隊が駆け込み寺的存在になりますからね」
「若い人はどうなるんですか?やはり兵役を務めれば寿命を延ばしていただけるとか?」
若い香村が真剣に質問した。
「明日、総理が寿命一律法の会見を開くそうですから。今夜徹夜でまとめるのでしょう。その時に詳細が明らかになりますよ。なあに施行は来年の四月ですからまだ五カ月もあるじゃないですか。それまでに身の振り方、いや、身の投げ方を決めておきましょう」
マイク鈴木が悪魔のように高笑いをした。
総理の会見が始まった。国会議員も地方議員も国民全員がテレビに釘付けになった。
「国民の皆様には賛否有ることは重々承知しております。今回『寿命一律』法案が可決したことにより、税の公平性と併せて命の公平性をお願いするものでございます。75歳を既に超えられている方は、ご自身のお好きな方法で天国へ召されることになります。75歳を過ぎると抵抗力もなくなり、重い病に侵されて苦しんで亡くなる、また経済的な負担もなくなります。それに葬儀代も不要です。何よりこの法案成立によって、それぞれが思いのままに旅立てる。高齢者ばかりではなく若い人にも夢がある内容となっています。75歳を目標に夢を追い掛けることができます。75歳で亡くなると分かっていれば家族との触れ合いも大切にするようになります。そしてこの法案には免除制度がセットになっています。例えば20代の男子であれば自衛隊に入隊し前線で働いてもらいます。一年勤めれば二年の寿命引き延ばしが可能です。また嫌なら、二年前倒しも出来る。選択の自由こそが民主国家の礎であります。詳細につきましては政府のホームページから、「『寿命法案』ee死2」をクリックしていただき、手続きを行えます。またはフリーダイヤル0120-42-1504,し・に・い・こ・う・よ、でお待ちしております」
女性初の総理大臣、蓮坊が大まかな説明を行った。
「それでは質問のある方、でははい」
司会進行役が指を差した。
「サンスコ新聞の太田です。素晴らしい法案だと賛辞を送ります。75まで生きればもういいでしょう。それでひとつお聞きします。死に方はここに例が挙げられていますが、自殺はないんですよね、これ、折角ですから取り入れたらどうでしょうか?」
「自殺は罪です。絶対にあってはいけないことです」
「総理はクリスチャンと存じ上げています。自殺はご法度ですよね、それを条件に令和感染組と話し合われた。そうですか?だったら政教分離の精神から外れてはいませんか?お答えください」
「この法案によって自殺者は減るでしょう。なぜなら命の期日が決まればそれを目指して生き抜けるからです。私の信教とは何等関係ありません」
総理の会見が続いている。武下は秘書も追い出して一人議員会館の自室に閉じ籠りじっとテレビを観ていた。そして悩んだ。
『どうして、どうして私が死なねばならない。こんなに充実している。あっちもいい薬が出来て、毎晩楽しむこともできる。むしろ若い頃より強くなった。家内も適当に秘書と遊んでいる。今が一番楽しい、死にたくない、死にたくないが、いずれかの選択をしなければならない。自衛隊に一年勤めれば二年延長が出来る。しかし過酷な環境の中で死んでしまえば元も子もない。そもそもあと何年生きることが出来るだろう。やはり天国に行きたい、国のために捧げた命である。神様、どうか私を天国にお召ください。天国でいい女が出来ますよう、この通りです』
神棚に手を合わせた。
「すいませんけど願い事は直接神に通じない。神もそれなりに忙しくてね、私どもがその中間で色々小細工をしております」
渋茶色のハンチングを被り黒のジャンパーに深緑色のコールテンのパンツを穿いている。靴は革のハーフブーツである。
「誰だね君は?どこから入った」
武下は見覚えのない男に驚いた。鍵は内から掛けている。秘書以外に入ることは不可能。
「驚いた?私はこう言う者です。前の名刺は辛気臭いと評判が悪かったので赤い縁取りにしました。少しは垢ぬけたでしょうか」
金原武、職業:仙人。武下は破り捨てた。
「何が仙人だ、お前は誰かに送り込まれた刺客だな。野党かいや与党の連中か、わしの選挙区の細野か、わしが死ねば繰越当選になると早速仕掛けて来たな。うちの秘書を抱え込んで鍵を開けさせたんだろ」
武下は杖を振り上げた。そして金原仙人の頭に振り下ろした。しかし手応えなくソファーを叩いた。何度叩いても金原の頭には当たらない。それもそのはず、金原は転生移動を繰り返している。そのうち武下が疲れ果ててソファーに引っくり返った。
「お父さん、お父さん、大丈夫?」
武下は息が荒い。力を振り絞り杖を横に振った。金原の身体を擦り抜けるように杖が抜けた。そして諦めて杖を投げ捨てた。
「お前は一体何者だ?」
「だからさっき名刺を渡したでしょ、破り捨てちゃて、これサービス」
金原はもう一枚武下に渡した。
「その仙人がわしに何のようだ?」
「さっきあなたは天国に行っていい女が出来るよう祈ったでしょ。その思いが私に通じたんです。私は死後の転生を叶えることが出来ます。勿論修行をして神から授かっている仕事です」
「神様に会ったことあるのかね?」
「こっちから神の世界に足を踏み入れることは出来ません。ですが神が所用で降りてくることがあります。その時にちらっと見るぐらいですね」
武下は金原の話を信じていない。どうせ自分の命を奪いに来たインチキ野郎と決めつけている。
「それでわしの願いは叶えられるのかね。天国に行って女蔓延らして飲んだくれた毎日が送れるならいつ死んでもいい。自衛隊になんぞ入って災害派遣でもさせられたらたまったもんじゃない」
インチキ野郎を試すつもりで欲を掻いた。
「お父さんは勘違いしている。天国はあるけど女蔓延らすことは出来ませんよ。お父さんが考えているよりもっと神聖なとこです」
「じゃ地獄はどうなんだね、地獄絵みたいにあんな残酷な仕打ちをするところなのかね。あれは現世で悪いことをしない様に脅しのつもりで糞坊主が広めたんだろう」
そうあって欲しいと願いを込めて金原に答えを求めた。
「お父さん、カマかけて。私は既にお父さんと繋がっているんですよ。万が一地獄に落ちてもあんな仕打ちは受けないと私の答えを誘っているなら大きな間違いだ。もっと残酷。私は仙人の修行で地獄にも落ちましたが地獄絵以上の苦しみを毎日それも繰り返し受けるのです。舌を抜かれる痛さは我慢強い私でも涙が零れました」
金原の答えは予想に反して厳しかった。
議場には複雑な溜息が洩れた。
「私はまだよく読んでいないが、既に75歳を超えている人はどうなるんだろう」
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「実は私もよく調べておりません。まさかこの法案が通るなんて考えてもいませんでしたから」
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「もう、玄関鍵閉めちゃって、カーテンも引いて」
マイク鈴木は秘書に指示してソファーにドンと座り込んだ。
「どうぞ武下さん」
武下はマイク鈴木の前に座った。
「こんな法案が通るとは考えていなかった」
「私もそうですよ、あなた方与党はどうして反対してくれなかったんですか?もう元に戻れませんよ。どうしてくれるんですか?」
マイク鈴木は逆手にとって反発した。
「どうしてって君等が出した法案じゃないか。出すから悪い」
「違います。挙手したあなた方が悪い。これまで賛成なんてしてくれたことなどなかったじゃありませんか。それを寿命一律法案だけを通すなんておかしい。どうして賛成したんですか、私が訊きたい」
通常通り反対していれば与党多数で否決された。
「それがよく分からんのだよ私も。いつも考えていたことがあってな、それがふと過ったんだ」
武下は75歳でいいと一瞬感じたのは事実である。
「過ったって何が過ったんですか?」
若い香村が訊いた。
「君は幾つになったのかね?」
「来年で40になりますが」
「40か、するとあと35年は生きられるな」
「生きていればの話ですよ。歩道を歩いていても轢き殺される時代ですからね、いつ死んでもおかしくありませんよ」
香村が高笑いするのを武下とマイク鈴木は羨ましそうに見ていた。
「マイクさんは幾つかね?」
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「そんなことはない、残り二年を有意義に過ごせるじゃないか。女遊びもいいし、ゴルフ三昧、釣り三昧、博打三昧に美食三昧、羨ましい」
武下は既に法案の年齢を過ぎている。残りの命を自由に使えるマイク鈴木を妬んだ。
「それでご用は何です。もう可決したんだからどうにもなりませんよ」
マイク鈴木は武下を早く追い返したい。
「私のようにこの時点で75を過ぎている人はどうすればいい?」
武下はストレートに訊いた。
「命乞いですか?侍の武下さんらしくない」
命が惜しくなると数々の言動の辻褄が合わなくなってくる。
「そう言う言い方は武下先生に失礼じゃありませんか、あなたも助けていただいたことがあるでしょ」
香村がマイク鈴木に言い寄った。
「ええ、裏工作をお願いしましたよ。だけどそんなことは『寿命一律』法案が通った今ではどうしようもない。だって武下さんは死ぬんだから」
マイク鈴木は引導を渡した。
「その死に方を詳しく教えて欲しいんだ。また免除される条件とかあれば」
免除されるなら生き延びたい。金はある。女もいる。この楽しみを奪われたくない。
「死に方は色々選択肢があります。寝ている間に注射によるショック死。これは一瞬ぴくんと身体が硬直するらしいですね。首吊りもあります。溺死、打撲死、斬られて死ぬことも可能です。対戦式ですから勝てば半年の控除が付いています。ですけど相手は居合切りの達人ですからね、難しいでしょうねえ」
「あんまりいい死に方はないじゃないか、もっと楽しく死ねる方法はないのかね」
「この法案の詳細は部会で決定されます。私が今伝えたのはあくまで一部に過ぎません。それとも武下さん好みの死に方でもありますか?大ベテランの意向を部会に伝えておきますよ」
「免除はないのかね?例えば長年国会で活躍した。大臣も二期務めたし委員会で委員長も務めた。その功績を称えた免除を法案に盛り込むべきじゃないだろうか。糞も味噌も一緒じゃ国民も納得しないだろう」
武下は免除を考えるべきだと主張したがマイク鈴木は激怒した。
「武下さん、糞って誰のことです、味噌って誰です。これ国民の耳に入ったらえらいことですよ。それこそろくな死に方しないでしょう」
「いや例えばの話だよ、君も気が早いね。それにここだけの話で国民の前じゃそんな言い方するもんか」
「普段飲み会で話されているとつい表でも出てしまうもんです。こないだ死んだ盛さんや麻生田さんなんか典型的だ。仲間の集まりで国民を小ばかにしているからつい口が滑る。気を付けた方がいいですよ」
マイク鈴木に足元を掬われた武下はしょんぼりしている。武下の落ち込みに香村が肩を叩いて慰めた。
「武下さんのためにひとついい事を教えてあげましょう」
「はい、お願いします」
藁をも掴みたい武下はマイク鈴木の声に即反応した。
「免除ですがありますよ、それは兵役です。兵役に行った年数×二倍が免除期間となります」
「兵役って君、75を過ぎた人間が有事の際に戦争に行かなければならないのかね」
「まさか、武下さんを戦場の最先端に送り込んで敵と対峙しろとは言いませんよ。兵站で死体処理や雑作業ぐらいは出来るでしょう。ですから75歳になると兵役に行くことで免除されます」
そこまでして生を選ぶだろうか。若い時は65歳ぐらいで死んでもいいと考えていた。長生きしてもろくなことはないと思っていた。それが生きていると色々と楽しいことが増えて来て長生きしたいと考えが変わった。それにいつの間にやら医学の進歩で死ねなくなった。人生100歳と謳った大臣もいた。しかし100歳まで生きたら誰が面倒を看るんだろう。現状では85歳ぐらいから介護なしでは生活が出来ない者が多い。残り15年を誰が面倒を看るんだろう。100歳まで元気で働けるほど医学が進歩すればいいがそうじゃなければ年金でこの国は破綻する。それを投票の時一瞬迷った。武下だけではない、同年代の議員が全て一瞬の迷いで賛成をしてしまった。そんな馬鹿は自分一人だろうと甘く考えたのがこの結果となった。
「兵役に行く手続きは?」
「早くした方がいいですよ、自衛隊が駆け込み寺的存在になりますからね」
「若い人はどうなるんですか?やはり兵役を務めれば寿命を延ばしていただけるとか?」
若い香村が真剣に質問した。
「明日、総理が寿命一律法の会見を開くそうですから。今夜徹夜でまとめるのでしょう。その時に詳細が明らかになりますよ。なあに施行は来年の四月ですからまだ五カ月もあるじゃないですか。それまでに身の振り方、いや、身の投げ方を決めておきましょう」
マイク鈴木が悪魔のように高笑いをした。
総理の会見が始まった。国会議員も地方議員も国民全員がテレビに釘付けになった。
「国民の皆様には賛否有ることは重々承知しております。今回『寿命一律』法案が可決したことにより、税の公平性と併せて命の公平性をお願いするものでございます。75歳を既に超えられている方は、ご自身のお好きな方法で天国へ召されることになります。75歳を過ぎると抵抗力もなくなり、重い病に侵されて苦しんで亡くなる、また経済的な負担もなくなります。それに葬儀代も不要です。何よりこの法案成立によって、それぞれが思いのままに旅立てる。高齢者ばかりではなく若い人にも夢がある内容となっています。75歳を目標に夢を追い掛けることができます。75歳で亡くなると分かっていれば家族との触れ合いも大切にするようになります。そしてこの法案には免除制度がセットになっています。例えば20代の男子であれば自衛隊に入隊し前線で働いてもらいます。一年勤めれば二年の寿命引き延ばしが可能です。また嫌なら、二年前倒しも出来る。選択の自由こそが民主国家の礎であります。詳細につきましては政府のホームページから、「『寿命法案』ee死2」をクリックしていただき、手続きを行えます。またはフリーダイヤル0120-42-1504,し・に・い・こ・う・よ、でお待ちしております」
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「お父さん、お父さん、大丈夫?」
武下は息が荒い。力を振り絞り杖を横に振った。金原の身体を擦り抜けるように杖が抜けた。そして諦めて杖を投げ捨てた。
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「神様に会ったことあるのかね?」
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