輪廻Ⅱ

壺の蓋政五郎

文字の大きさ
2 / 10

輪廻Ⅱ『寿命』2

しおりを挟む
「ならどうしても天国に行きたい。天国にいけるだろうか?」
「ちょっと見てみましょうか。額を突き出してください。前髪を上げて」
 金原は武下の額を見つめ、右手人差し指の腹を天中に当てた。ゆっくりと皺の間までスキャンする。鼻の付け根である山根まで滑らせた。金原は指を離して手拭いで武下の脂汗を拭った。
「年齢の割に脂っこいですね」
「それでどうだね、わしは天獄に行けるんだろう。そりゃそうだよな、国民のために働いてきたんだ。わしが天国に行かずして誰が行く」
 武下は高笑いのつもりだが泣き笑いにも似ている。
「残念ですねお父さん、お父さんは地獄、完璧な地獄行き」
 金原がインチキ野郎だと分かっていても胸に突き刺さる言葉だった。
「そんな馬鹿な、それじゃ誰が天国に行くんだ?」
「お父さんは人を殺しているね、いや直接手を下したわけではないが殺しを指示した」
 20年前に敵対する総裁候補を消すように仕組んだ。
「私は何もしていない、勝手にあいつがやったことだ」
「そうは脳に刻まれていませんよ。あなたの回りくどい指示がなければ防げた。嘘をついちゃいけません。人殺しは完全に地獄落ちです。舌抜かれますよ」
金原が舌を出して指で引っ張った。
「君は本当に仙人なのか?」
「まだ信じていない、お父さんも諦めが悪いね。どうしたら信用してくれる?」
「人間には出来ない飛び技とかあるだろ」
「さっきお父さんが杖で私を叩いたけど一回も当たらなかったでしょ。あれが転生移動です。私は自分の過去未来を自由に移動出来ます。だからお父さんが叩いても二秒過去に移動したり一秒未来に移動する。私自身だけではなく生き物全てに乗り移ることが出来ます。乗り移り転生移動をする。お父さん信じていないな。じゃ見せて上げようか」
 金原は山根の上の引導に人差し指を当て顎の先になる地閣に親指の腹を当てた。指の股に『ふっ』と息を吹きかけると武下の前から消えた。武下はソファーの下や机の下を捜し回る。窓ガラスを叩く音がする。金原が外で笑った。武下はびっくりして後ろに引っくり返る。金原はハンチングを外して頭を掻いた。大きなフケが風に乗り舞い上がる。一閃の光が空を切り裂くと鳩ほどの鳥が現れて金原のフケを食い漁る。
「癪、呼んでないぞ」
 癪と呼ばれた動物は金原の師匠である天海仙人から褒美でもらった虫の仲間である。癪はフケを全て飲み込んでから空の切れ目に消えた。
「分かってもらいましたか」
 引っくり返った武下の脇を後ろから抱えて起こした。
「ああっ」
 金原が恐ろしくなった。
「恐がらなくてもいいでしょ、お父さんが見せろとせがんだんだ」
 武下は深呼吸をして息を整えている。
「どうやら本物のような気がする」
 それでもまだ疑っている。
「わしを殺しに来たのか、それにあの鳥は何だね、気持ち悪い」
「あれは癪と言ってあれで虫の仲間なんです。仙人の垢や霊を食して生きています。今は私の下で動いてくれています。あれでなかなか可愛いとこあんですよ」
「わしの願いを聞き付けて来てくれたなら大昔のことは忘れてくれないか。あいつが総理総裁になればろくな世の中にはならなかったんだ。それで仕方なく消し去ったんだ。世の掃除をしただけだ」
「ほら白状した。駄目ですよ、地獄行きです」
「これほどお願いしても駄目なのかね」
「ええ、駄目です。人殺しは地獄に落ちることになっています。まあ例外もありますけどね」
「例外とは何だね、わしにも当て嵌まるのかね?」
 あくまでも生に執着している。
「介護疲れでの人殺しは免除があります。地獄落ちは免れますが天国には行けません」
「それじゃどこに行くんだね?」
「どこにも行けない、殺した相手とずっと見つめ合いながら彷徨うんです。本当に愛し合っていたなら逆にご褒美ですかね」
「それも辛いな、他には?」
「一人殺したなら三人の命を救うことです」
「どんな手法でもいいのかね?」
「ええ、命を救う方法に手段はありません」
「金で救ってもいいのかね?」
「ええ、お父さんの全財産をつぎ込めばアフリカの飢餓難民なら相当助けることが出来るでしょう」
「しかし寿命一律法案でわしは死に方を選ばなくてはならない。寄付しても死ぬんじゃもったいない」
「それじゃ別人格になりますが私が齢を若くして差し上げましょう。これ本当は神に叱られる、ここだけの話にして下さいね。その代わり元には戻れませんよ」
「幾つぐらいになれるのかね?」
「幾つでもどなたでもいいですよ、これまでの人生の軌跡の範疇ならお好きなように」
 武下は考えた。やはり成人になった頃が一番楽しかった。
「この世のことは覚えているかね?」
「多分ほとんど忘れています。この場所夢で見たことがあるなって感じることがあるでしょ、あれが前世の記憶なんです」
 二十歳で二枚目、金持ちの倅。それなら寿命一律法案の対象になるまで55年もある。
「欲張りですねお父さんは、まあいいでしょう」
 金原は左手を広げた。これ以上拡げたら股が裂けそうである。そして武下の額に生命線を合わせて手を覆いかぶせた。更に指を広げる。その指が武下の脳の中に沈んで行く。
「少し酔うかも。そう船酔いに似ている」
 脳に沈んだ指で細工を始めた。武下が目を覚めると太平洋戦争の真っ只中であった。

「おい、昇に赤紙が来た。お祝いだ」
 武下は銀座大店の次男に転生していた。
「おめでとう昇」
 母は口だけの祝いを述べた。心では残って欲しいが国賊と責められる。それでは店が潰されてしまう。
「母さん行って来ます」
 昇は支度に掛かった。
「昇お坊ちゃま、お客様がお見えですが」
「どなたかな?」
「表通りでお待ちです」
 武下は下駄ばきで通りに出た。
「出征ですか?そりゃ大変だ」
「そんな言い方をすると憲兵に連れて行かれますよ。ところでどちら様でしょうか?お会いしたことがあるような気がしますが想い出せない」
 男は渋茶色のハンチングを脱いで頭を掻いた。フケが飛ぶと癪が現れた。
「妙な鳥だな、まさかアメリカ製の鳥でしょうか」
 武下は笑った。
「どちらに行かれるのですか、南方、それとも満州?」
「自分は特攻隊に志願します」
「そうですか、天国に召されるようにお祈りいたしております」
「そうそう、あなたはうちのお客様ですか?」
「あなたのファンですよ」
「面白い人だ」
 金原は銀座通りを歩き出した。武下はその後姿を目で追っている。
「誰だっけなあ」


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

処理中です...