サンタが街に男と女とB29

壺の蓋政五郎

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サンタが街に男と女とB29 3

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 当日昼、壕にある感度の悪いラジオから玉音放送が流れました。数人の元軍人は筵に正座し、声を上げて涙を流していました。私もなんとなくですがそれが終戦の宣言であるとわかりました。
「なんて言ったんだい?陛下」
 天皇陛下のお言葉だけではほとんどの人には通じず、そのすぐあとの説明でそれが敗戦の宣言であり、無条件降伏したのだと、壕の女性達にもわかったのです。壕の中では慟哭する軍人と、手を取り合って喜ぶ主婦達が対照的でした。
「終わったんだね、もう空襲はないんだねえ」
「ああ終わったんだ、もう空襲はないんだ」
 女性達の安堵の涙を見て私も急に力が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまいました。もう空から爆弾が降ってくることはない、安心して道を歩ける、そう思うと嬉しくて涙が零れてきました。ボロボロと筵に落ちる涙を子犬が舐めてくれました。
「婦長さん、ありがとう、あんたのお陰だよ、こうしてみんなが無事に終戦を迎えられたのは。ありがとう、本当にありがとう」
 私は多少の看護知識があるだけで、壕の中では『婦長』と呼ばれていました。洒落であるのはわかっていましたが、重くのしかかっていたのも事実です。外に出ると手を握り合って喜ぶ光景でいっぱいでした。正座して地面を叩く兵隊達もいましたが、私には女性達の明るい涙が印象的でした。戦争に負けた悔しさより、空襲の恐怖から開放された喜びが勝っていました。その晩、私が壕を出て行くことを告げると送別会を開いてくれました。サンタが調達してきた小豆でおはぎを作ってくれました。お酒もありました。『どぶろく』という白いお酒でした。サンタも元軍人達に混じって飲んでいましたが、お酒を飲むのは初めてらしく、すぐにひっくり返ってしまいました。翌日早朝に荷物をまとめ壕を出ました。昨夜の酒でみんな眠っていました。サンタに礼を言おうとしましたが、頭だけを下げて壕を出ました。

「またおかわり?ねえ飲みすぎじゃないコーヒー、空腹には刺激が強いわよ。胃が悪くなるから」
「煙草止めたらコーヒーの量が倍になった。君のせいだ」
「どうして?禁煙を勧めたのは私ですけどコーヒーの量を増やしてなんて言っていないわ」
「大体煙草屋さんが禁煙勧めるか、喫煙を煽るだろう普通」
「いいの、あなたは吸わなくて」
「へいへい」
 二人は笑って窓の外に視線を戻した。

おとこ

「父さん野球場はあったの、当時から?」
「ああ、あった。戦中も戦後も子供達はみんな野球が好きだった」
 父は竜の形をした水道で手拭いを濯いでいる。汗っかきな父は六十年前も手拭いを離さなかったのだろう。

 二十九日の大空襲のあとも、度重なる空襲で市民は覇気をなくしていました。もう日本は負けるのではないかと兵隊も市民も考えていたと思います。ラジオからの情報は一機撃墜したとか、軍艦に飛び込んだとか、士気を高めるものばかりでしたが、同時に占領地の撤退に次ぐ撤退、玉砕に次ぐ玉砕の情報も入ってきました。本土決戦などと軍の上層部は叫んでいましたが、草を食べることを勧められると、その気力が失せかけていたのも事実です。上空で見かける飛行機は米軍のものばかりでした。悔しいが諦めていたのも私だけではなかったと思います。広島と長崎に原爆が落とされたときはまだ、故郷にも動員先の造船所にも帰らず、相変わらず食料調達に走り回る毎日でした。壕の人達に、特に婦長には美味しい物を食べて欲しい、それ以外は頭から消えていました。

【八月十五日】

 調達先の様子を確認し横浜公園で寝そべっていると球場のアナウンスがラジオに変わりました。内容はさっぱりわかりませんでしたが、声の主が天皇陛下らしいことはなんとなく感じました。正座や直立不動で泣いている軍人を見て、敗戦の宣言であると確信しました。軍人以外に玉音放送の内容を理解できる人はほとんどいなかったでしょう。特に食料の調達に忙しなく走り回る主婦には全く理解できなかったのではないでしょうか。玉音放送に耳を傾けるより、その日を生きるために雑草を毟ることが大事でした。夜中小麦粉を背負って壕に戻ると啜り泣きが聞こえてきました。何らかの理由でリタイヤした軍人が数人いましたが、片脚のない軍人は最後まで戦えなかった無念からでしょうか、朝まで肩を震わせていました。婦長の枕元には荷物が整理してありました。声をかけようと思いましたが適当な言葉が浮かばず、そのまま床に就きました。私の枕元に一升瓶に入ったどぶろくと、新聞紙に包まれた大きなおはぎがありました。婦長の送別会をしたのだとすぐにわかりました。田舎で父の目を盗み、すぐ上の兄と酒を飲んだことがありますが、それ以来口にしたことはありませんでした。おはぎを頬張り、真っ白いどぶろくを一気に飲み干しました。心臓がどきどきしたのを覚えています。でもあの胸の高まりはアルコールだけではなかった。私は婦長からいつ声がかかっても返事ができるように眠らずいました。いや眠ることはできませんでした。早朝、彼女は薄い布団をたたみ、静かに歩き出しました。壕の入り口で立ち止まっているのが背中越しにわかりました。命の礼すら言えない自分が情けなくなりました。

「父さんが嘘をついて謝りたいっていうひと、その婦長さん?」
「ああ」
「しょうがないよ、置かれている状況が状況じゃないか、看護のお礼をしっかりと言えなかったからといって彼女を傷つけたわけじゃないんじゃないの。父さんの考え過ぎだよ、彼女気にしていないと思うよ」
「そうじゃないんだ、そんなことじゃないんだ」
私達は関内駅と市役所の間の石畳を歩いていた。共産党の議員らしき人が年金制度は改悪だとしきりに訴えているが、右翼の宣伝カーにかき消されてよく聞き取れない。その周りで党員達がしきりにビラを配っていて、十人に一人ぐらいの割合で受け取っている。先を歩く私はしかのとうを決め込んだが父は受け取った。父は見出しだけに目を通し、四つ折りにしてジャケットのポケットに入れた。

おんな

「私、お腹空きました。あなたは?」
「ああ付き合うよ、コーヒー三杯飲んだから腹ガバガバいってるけど」
「いいわ、少し歩きましょう、腹ごなし」
 ランドマークから出ると風が強かった。太もも露な女子高生のチェック柄のスカートが翻りました。
「おっ今日は運がいいなあ」
「こら、子供でもおかしくない年齢よあなたの」
「そうだよな。おばあさんは彼女達と同じ歳であの時代をねえ。なあどうだろう、僕等が十八で、もし当時生きていたらおばあさんみたいに強くなれただろうか」
 彼は私に問うというより、自分自身を当時にタイムスリップさせているようでした。

 私は郵便局で貯金を下ろしました。父に言われていましたので、通帳と印鑑は肌身離さず持ち歩いていました。肉親はおろかすべてをなくした私にとって、この貯金は正直助かりました。うちの隣の雑貨屋さんは二千五百円で戦災者用簡易住宅を建てました。組立式の粗末な物でしたが、それさえも入手困難でした。雑貨屋さんは道路に品物を並べて商売を始めました
「おたくは免許あるから煙草の販売始めたら、きっと売れるよ。なんでも店先に並べれば売れるから。儲けて家を建て直そうよ」
  雑貨屋のおばさんは私に煙草屋の再開を勧めてくれましたが、簡易住宅すら手に入れられぬ私には物理的に不可能でした。男集の多い所帯は鉄屑や木片を使い小屋を建てました。住む土地を失った人達は、空いている所に住み着いてしまうのでしたが、それも仕方のないことでした。九月になると米軍の進駐が始まり、中区市街地が接収されました。うちの一角も接収地となり、合法も無法もなくすべての家屋は取り壊されました。接収された人達のはけ口は役所に向けられました。しかし役所には何の権限などなく、南区の空いている土地に移転することを余儀なくされました。空いている土地は取り敢えず好きなように使って構わないとのことでした。簡易住宅で店を再開した雑貨屋さんもそちらに移りました。
「そのうちまた隣同士で商売しましょう」
 リヤカーを引く後姿が寂しそうでした。実を言うと私は米軍の接収地になったことに安心していました。やくざや闇屋に取られるより、米軍に貸した方が戻ってくる確立が高いと考えたからです。壕を出て二~三週間は親戚や知人の家を転々としていましたが、どこの家も被害ゼロというわけではなく、そのうえ家族の食料で精一杯の台所事情を目の当たりにすると、温かく勧められても長期の滞在は遠慮せざるを得ませんでした。大船に住む叔父が迎えに来て、暫くの間、こっちで暮らすようにと誘われましたが。大所帯の家庭にいつまでも世話になっているのは忍びなく、住み込みの働き口が見つかったと嘘をつき叔父の家を後にしました。寝床を失った私は何をさておいても、雨風を防ぐ場所を探さなければなりませんでした。しかしこれといってあてはなく、命を繋いだ防空壕に自然と足は向いてしまうのでした。
「よう女学生婦長さん。どうした、所帯道具一式持って家出か、それともまた壕に戻ろうってのか?だったら止めとけ」
 吉田橋を渡っていると後ろから声をかける男がいました。バッカスのジョーでした。
「私住む所を探しています。心当たりはないでしょうか?」
 あの大空襲の前だったら、こんなやくざに助けなどもとめなかったでしょう。あの経験が私を強くしてくれたのです。あの恐怖に優る物はなく、チンピラの二人や三人に絡まれても恐れず向かい合う自信がありました。
「瓦斯橋の先に洒落たアパートができた。なんだったら俺が口を利いてやる。一人で使うにゃあ充分過ぎるぐらいの間取りだし、横浜の窓口桜木町の駅前だ、それなりの家賃はかかる」
「はい、お願いします」
「わかった、任せな、話しつけてやるから夕方来な、そこにバッカスってバーがあるから。ところで婦長さん、あんたにやってもらいたい仕事があるんだ。なあに法に絡むようなたいそうな仕事じゃない。壕でやっていたことをやってくれりゃあいい。患者は俺が連れてくる。今度はしっかりと金を取ってやる。貯金して店でも持つといい」
「私資格なんて持っていません。湿布するぐらいしか」
「そうむきになるな、死んだって構わねえようなクズばかりだ」
 私はバッカスの薄笑いで不安になりましたが、自分の方から住居のあてを尋ねておいて、今更逃げるわけにもいかず話だけは聞くことにしました。なるようにしかならない、もうどうにでもなれ、何もかも失った私は半分自棄に、そして半分強かになっていました。
「バッカスさん、あのときどうして声を掛けてくれたのですか?あの壕に逃げれば助かると」
「あああれか、おまえさんが俺好みだってか。悪いけど俺は細い女はタイプじゃない、悪く思うな。男なんてみんなくたばったって構わねえ、女さえ、特に若い女さえ多く残ればこの国は盛り返す。敵討ちするにも駒がなけりゃ勝負にならねえ。そう思っただけだ。婦長さんもどんどん駒を産んでくれよ。それからなあ、そのバッカスさんてのはよしてくれ。ジョーでいい」
 夕方までの時間を潰すために私は壕に立ち寄りました。家族で避難していた人達はもう居らず、片足のない兵隊だけが残っていました。彼は一人になっても場所を変えていませんでした。溢れかえっていた時に銘々が陣取った僅かなスペース、そこにそのまま居ました。
「よーう、いいとこに来てくれた、悪いけど打ってくれないか、目がしょぼついてうまく血管に針が刺さらない。見てくれこの腕、青痣ばかりだ。血管だか痣だか区別がつかなくなっちまった」
 彼の傍に寄ると饐えた臭いが鼻だけでなく目にまで感じました。一人では外に出ることさえも叶わない彼は、身体を拭くことさえ諦めているようでした。しかしやる気になれば、両手で這って行って、井戸の水ぐらい汲めるでしょうが、負傷と敗北から自虐的になってしまっているのだと思いました。
「これ、なんの薬?」
「う?婦長さん知らないのかい。栄養剤だよ栄養剤。早いとこ打ってくれ」
 私はヒロポンという悪い薬を知りませんでした。栄養剤だと言う彼の嘘を疑いもせず、汚れていない足首の血管に打ちました。彼は一瞬にして精気を取り戻しました。そして饒舌になり、私がここを出たあとの経過を詳しく、穏やかな口調で話してくれました。話に夢中になっていると小学生数人が壕の入り口からこちらを窺っていました。
「ウガガガーッ」
 彼のふざけて吠える声に驚いて逃げるのでした。
「ガキども俺を化け物だと思ってる」
「帰りに注意しておきます」
「いやいいんだ、化け物じゃなきゃ訪問客は誰もいない。たまにゃあコッペパンを放り投げる子もいる。覗きに来るのが楽しみになった」
 私は以前していたようにタオルで全身を拭いてあげました。そして丸めてあった下着を洗い、彼の床近辺を軽く清掃し、壕をあとにしました。彼は私が立ち去る際に「時間があるときは立ち寄って栄養剤の注射をお願いします」と笑いながら頭を下げるのでした。私は近いうちに来ることを約束し、バッカスの店に向かいました。
 バー『バッカス』も他の露天と同じくバラック建てでしたが、店頭はきれいに塗装され、店内は洒落たつくりになっていました。店内には女性が二人と進駐軍の男が二人いました。一人は黒人です。黒人とこんな間近で接触したのは初めてでした。彼は一緒に踊っている女性から離れ、私に近寄ってきました。笑うと歯並びの良い、真っ白い歯を輝かせ、私の肩に手を回してきました。白人の弾くギターに合わせて、私より若い女の子が腕を回して歌っていました。私は黒人の手を払いのけようとしましたが彼は笑ったまま離してはくれませんでした。

「どう腹ごなしできた」
「ああ、牛一頭食えそうだ」
「荒井屋さん行きましょうか、すき焼き?勿論あなたの奢り。ついでにおばあちゃんにお肉一人前お土産にいただいてもいい?」
「へいへい」
 伊勢佐木町では安売りドラッグストアの店員が大声で呼び込みをしていました。

おとこ

 私達は伊勢佐木町には入らず、吉田町から野毛に向かいました。
「首都高速になってしまったが、終戦直後その吉田橋の下を桜川が流れていた」
 父の視線は高速道路ではなく当時の川を遡っていました。

 マッカーサーがホテルニューグランドに到着する日は、日本の憲兵が護衛のため、道路や市街地のあちこちに配置されていました。それから市街地の接収が始まり、運悪く接収場所にかかってしまった住民達は移動を余儀なくされました。米軍の進駐から一月が過ぎると、彼等に対する国民の感情は変わってきました。侵略されると軍人はもとより婦女子まで虐殺されると煽っていた軍の報道とは逆に、進駐軍兵士の大半が好意的に日本人と接していました。しかし日本軍の犠牲になった家族や知人を持つ兵士が、正常な心身を取り戻すにはやはり時間が必要でした。日本人兵士と接触するだけで暴力を振るう輩も少なくありませんでした。私が吉田橋を伊勢佐木町に向かって渡っていると、四人組みの進駐軍に囲まれた日本人兵士がいました。肩が触れたということだけで彼は川に投げ込まれました。それが運悪く、ちょうど砂利運搬船が下っていて、投げ込まれた兵士は船尾に頭部をぶつけ、そのまま動くことはありませんでした。うつ伏せのままゆっくりと川を下る兵士に、四人組みが笑いながら罵声を浴びせていました。通り過ぎる人は皆、見て見ぬふりをして足早に橋を渡っていました。私もその一人です。海まで流されてくれるのを願うばかりでした。もし途中で流木にでも引っ掛かり、そのまま腐敗し、このドブ川のヘドロとなってしまってはあまりに惨いように思いました。せめて海まで流れ、自由に泳ぐ魚の餌になって欲しいと寂しい祈りです。終戦から暫く、私は帰郷もせず壕に残りました。残ったのは私と小川という右脚の無い元軍人でした。命の恩人達に食料を調達することが自分に与えられた使命と位置付けておりました。ですから調達先の主に捕らえられ、半殺しの目にあっても耐えることができました。しかし、壕が空になるとその必要はなくなり、私の使命感も萎えてしまいました。同居人の小川は痛み止めのモルヒネを打つうちに、知り合いから薦められたヒロポンを使いはじめ、その常習者になっていました。彼は口数も少なく、進んで自身のことを打ち明ける男ではありませんでしたが、僅かな情報から察する所、身内もいないようでした。米軍が駐留するまでは丸太を杖代わりに桜木町駅まで行き、得意の口笛を吹いて、投げ銭を糧としていましたが、進駐が始まるとそれさえもできなくなってしまいました。一切の収入源を断たれた小川は、私が調達する卵と、時折訪れる男の差し入れによって、かろうじて息をしているという状態でした。
「橘、薬持って来たか?」
「小川、俺は郷里に帰ることにした」
「持って来たのかポン?早く出せ」
 私に気を遣い小声で喋る男と対照的に、小川は暴力的に叫んでいました。ヒロポンを毟り取るや、筵の下から注射器を出しました。真っ青になった腕から血管をまさぐる彼の目は血走っていました。小指の先程の液体が、一瞬にして小川の表情と態度を一変させました。口調は穏やかになり緊張した身体もほぐれ、動きに余裕さえ感じることができました。
「小川、もう止めろ、ボロボロになってしまうぞ。今なら立ち直れる、俺と一緒に宮崎に帰って百姓やろう。実家は豊かではないがおまえの生活は俺がすべて面倒看る。なっ、一緒に行こう」
「橘さん、チンバに畑仕事ができるわけがないでしょう。あなたのご家族だって最初だけですよ、同情で接してくれるのは、あとはお荷物になってしまう。ここで子供達に化け物扱いされている方が気楽でいい。この脚のことは忘れてください。あなたを背負って逃げるさいに失くした脚だが怨んじゃいません。どうぞ実家にお帰り下さい。その際すいませんが福岡の叔母に、サトルは横浜の洞窟で死にますと伝えてくれますか」
 男は涙を浮かべ立ち上がった。私の前で一礼し「小川をお願いします。また来ます」と再度頭を下げて壕を出て行きました。それを見送る小川も涙を流していました。それから暫くしてバッカスのジョーが壕にやって来ました。
「おおっ臭え臭え、おいサンタ、情けねえ野郎だ。おめえの命の恩人だよなあ俺は、恩返せ。身体洗ってこれに着替えろ」
 バッカスは着替えを放り投げて飛び出して行きました。私とヒロポン中毒の小川から放たれる体臭は異常だったに違いありません。その晩私はバー『バッカス』に行きました。
「よう来たか、こっちにこい」
 小さい店でしたが内装は洒落ていて、アメリカの音楽がかかっていました。客は五~六人程いたと思います。進駐軍と日本人の娘でした。ついこないだまで殺し合いをしていたのが嘘のように思えました。私はバッカスに手招きされ店の裏に連れて行かれました。
「ようサンタ、もう負けちまったもんは仕方ねえ、そうだろう。おめえ親は?」
「新潟に母と兄がいます」
「兄貴がいるから甘ったれてんだな。おまえあの壕でポン中と心中するつもりじゃねえだろうまさか」
「でも小川さん一人じゃなんにも」
「おまえが一緒にくすぶってたってあいつのためにはならねえだろう。それにあいつはもう長くねえ。くたばったら二人で燃してやろうや」
「はい」
 それから私はバッカスの下で働きました。勿論私に課せられたのは調達でした。しかし以前のように闇屋でこそ泥をするわけではなく、バッカスがしかけた娘で米兵をだまし、キャンプの中でその娘に大量の食料や衣類、酒煙草、生活雑貨を購入させそれを運搬するという仕事でした。
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