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サンタが街に男と女とB29 7
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煙草の他に文房具や下着なども店先に並べました。煙草以外の商品についてはバッカスが調達してくました。隣の雑貨屋さんと同じ商品が並んだりして、気が引けましたので、少し割高に価格を設定しました。うちの地区が接収解除になると、あちこちで軒並み解除になっていきました。それに伴い行政が都市計画を立て、新しい横浜がスタートしました。野毛のカストリ横丁をはじめ、各地の露天や闇市が強制撤去されました。
「婦長、これアメリカ産のパンツだ、売れ行きいいようだったらまた持って来てやる。おうおう、よーく寝てるじゃねえか。癪に障るがサンタにそっくりになってきたな」
バッカスは時折訪ねて来てくれました。必ず手土産に、米軍でしか手に入らないアメリカ煙草や衣類を持ってきてくれました。お金を支払おうとするときつく睨まれるので、ありがたくその行為を受けることにしました。バッカスが調達してくれる商品は売れ行きがよく、隣のおばさんからも「うちにも宜しく言っといて」と頼まれるのでした。
「婦長がどうしようと勝手だ。近所付き合いっていうのは大切だからそこそこの融通は利かせてやりゃあいいじゃねえか」
桜木町事件でおらんさんを亡くしてから、バッカスは危ない仕事からは手を引いていました。バーの売り上げと、懇親にしている米兵から仕入れる商品を、合法に仲買という立場で小売業者に卸していました。彼が家に訪ねてくる最大の理由は、娘の蘭子に会いに来るためでした。おらんさんが目の前で灰となった年の暮れに、私は娘を出産しました。もしかしたら生まれ変わりではないだとうかと思いました。そして蘭子と名付けたのです。バッカスは口にはしませんでしたが、すごく喜んでいました。私の気遣いが恥ずかしいのだと思いました。
「サンタと連絡はつかないか?」
「ええ、もう三年も。新潟の実家はもう他所の方がいるようで、私が何通も書いた手紙を丁寧に送り返してくれました」
「野郎知っているのかい?娘のこと」
「・・・」
「まあいいさ、おまえさんが一人で育てた方がいい子になりそうな気がする」
二十九年春にとうとう最後まで残った緑橋グループが強制撤去されました。機動隊千人で始まった解体作業は、ものの四、五十分で跡形もなくなりました。市側は店主達に代替地として南区や神奈川区に土地を提供してくれました。バッカスは代替地には家を建てず、アパート生活をしていました。
「どうせ長くはいねえ。更地の方が手放しやすい」
「アメリカに?」
「ああ、暖かい所がいい、蘭子も遊びにおいで」
蘭子は抱きかかえられると決まってバッカスの切り落とされてなくなった耳を触るのでした。
「おじさん痛い?」
「少し痛いけど、蘭子が擦ってくれると気持ちがいい」
「うん」
蘭子は大人の耳より小さい手で、バッカスの耳の痕をやさしく擦るのでした。
浩が十八になった年に横浜の緑区に移転しました。移転の理由は横浜支社を開設するということが決まったからです。社長には家内の兄が就任し、現会長である家内の父から強制的に横浜支社長になるよう指示されたからです。帰郷して以来横浜駅より西には行っていませんでした。家内から中華街への食事を誘われても頑なに拒み続けました。家内も浩も不思議に感じていたようですが、私が同行を拒否したからといって、予定を白紙に戻すわけではなく、逆に厄介者がいなくてせいせいしているようでした。
「父さんが中華街に行かないのはその傷と関係あるの?」
浩が小学校低学年の時分、銭湯で私の火傷痕を見た同級生に苛められて、一緒に銭湯へ行くのを拒んだことがありましたが、この頃になると、私の過去に興味を持ち始めていたのでしょうか、はっきりとそして挑発的に質問するのでした。
「横浜の大空襲で負った。五千人以上が犠牲になり多くの人が怪我をした。父さんもその一人だ。お前達の食事に付き合わないのはその空襲と特に関係しているわけではないが」
「ふーん、なんか秘密めいてるじゃないか、僕はいいけど母さんには隠し事しないで」
いつの間にか息子に生意気な口を叩かれるようになった。息子と同じ年頃に私は同棲していた。調達という泥棒を繰り返し生き抜いた。命を救ってくれた人達を裏切り、愛した人に嘘をついた。それが中華街で甘辛い蝦のケチャップ煮を一緒に食せない理由であるとは言えなかった。すべてのことに蓋をして生きることが今の生活を守ることでもあった。しかし山下町のずっと沖から渡って来る南風は横浜の山裾にも届き、婦長の匂いが身体を包むような感じがしました。
蘭子は二十歳のときに高校の同級生と結婚しました。バッカスもまだアメリカには行かず、野毛の公団住宅に入居していました。どうも蘭子の成長が気になるようで行きそびれていたようです。式場も披露宴会場もすべてバッカスが手配してくれました。彼の顔で、中華街でも最高の店を借りることができました。それ以外にも、懇意にしている政治家や歌手、米軍のマーチングバンドなどを会場に招き、それはそれは賑やかな宴となりました。
「ジョーおじさん、あたし幸せになるから。お母さんの分まで幸せになるから」
「ああそれがいい、そうなる権利がおまえさんにはある。うんと幸せを見せびらかして、母さんやおじさんを喜ばせてくれ」
「うん。おじさん触っていい?」
蘭子は子供のときからそうしてきたように、お客様の前でも物怖じすることなくバッカスの耳跡を擦るのでした。どんなにつらいときでも見せたことのない彼の涙が一粒、シルクのワイシャツに吸い込まれました。
蘭子が嫁ぎ、一人になった私は毎日に張り合いがなくなってしまいました。家は二階建てに改築したばかりでした。一階は二間しかないので、私に遠慮でもして友達も呼べないのではと考えて増築しましたが、私の予想に反して早々と蘭子は嫁いでしまいました。翌四十七年には横浜市内を巡らせていたちんちん電車がすべてなくなり、どこへ行くにもバスになりました。この頃になると戦争の傷跡などなかったかのように街はどこも賑わっていました。また埋められた桜川や吉田川では高速道路や地下鉄の工事が始まりました。川に浮かぶ労働者の宿泊施設なんかもなくなりました。蘭子が嫁いでからバッカスがうちに訪ねて来る回数も減りました。私一人なら煙草と文房具だけで充分生活していけるので、彼が手配してくれる商品も遠慮いたしました。しかし用もないのに立ち寄るというのは、クールな彼には苦手なようで、最近ではどこの煙草屋でも都合のつくラークを、蘭子の様子伺いにわざわざ買いに来てくれるのでした。
「連絡あるかい」
「月末に寄るって」
「そうかい、月末か」
「電話します、前の日に」
「そうかい、もしかしたら月末は留守にしているかもしれないけど一応電話してくれるか」
カッコつけていますが、当日は抱え切れないほどの洋服やケーキなどを手土産にやってきて、折角来たのだから夫婦で泊まっていけと勧めるのでした。二人の関係は、真の親子以上に深いものでした。特にバッカスにとって蘭子は生きがいのようでした。蘭子の笑顔はサンタそのものでした。それはバッカスも感じていたに違いありません。私は蘭子の笑い顔を見ると苦しいほどにサンタがいとおしくなるのでした。
昭和天皇が逝去したニュースをタクシーの中で聞きました。私は会社には行かず、そのまま自宅に戻りました。六十年前、ボロをまとい、横浜公園でうろついていたとき、ラジオから流れる陛下の声を想い出しました。すべての人が立ち止まり、またその場に正座し涙していたのが昨日のようによみがえりました。壕の中での生活や、調達という名の下に繰り返した泥棒、幾度となく受けた制裁、そしてバッカス、しかし胸が締め付けられるのは婦長と過ごした四年間、そしてその最後の十日間。
浩が所帯を持つと打ち明けたのは彼が三十五のとき、後に病で倒れた総理が『平成』とカメラの前で発生した翌日でした。相手は台湾人留学生だと打ち明けられ、家内が卒倒しそうに驚いたのを覚えています。
「認めるわけにはいきません?」
「何が?」
「何がってあなた、色々文化の違いとか」
「うちに来ると決まったわけではない、もしかしたら向こうに婿に行くかも知れない」
「尚更困ります。浩にはうちを継いでいただかなくては」
「継ぐといったって、社長にも跡取りがいるわけで、問題はないだろう。支社長や専務になることを継ぐとは言わない」
「ですけど困ります。協力していただかなくては」
「何も浩がうちに来なくても体制に影響はない。やりたいことをやらせてやろうじゃないか」
「社長に相談します」
家内はどうしても浩に家業を手伝わせたかったようだ。トップになれないことはわかっていても、目の届く所にいる無難な人生を期待していたのでしょう。
「いいじゃないか本人の意思に任せれば、もう彼も三十五だよ。私が上野を任されたときより大人だ」
「あなたのようにあの子は強くありません。私達が敷いたレールに乗せてあげるのがあの子のためです」
どこの親もそうだが、他所様の嫡男には冒険を立派だと煽て、いざ我が子となると、無難と安心を強要する。確かに寄り道せずに安全な道を真っ直ぐ進んでくれればそれに越したことはないだろう。が、みんながみんなそういい子でいては世の中成り立たない。家内と私の基本的な価値観が鮮明に違い出したのはこの頃からでした。もしかしたら、始めから相通ずる価値観などなく、お互いが遠慮し、我慢していたのかもしれない。そもそも家内にしたって先代から私と一緒になれと、半ば強制的な屈辱だったわけで、そうであっても何等不思議はない。流れ者だった私の、生きるために得た営業スタイルが、会社の戦略に必要と読んだ先代の目論見通りになっただけのことでした。
家内は離婚をほのめかすような発言をするようになりました。私はいつでも承知するつもりでいました。しかし彼女が具体的に離婚を言い出すことはありませんでした。たぶん私の方から発することを望んでいるのでしょう。慰謝料とか親権とか、私の恣意によって離婚となればそれらの懸案が有利に運ぶと考えていたのではないだろうかと思います。それくらいの算段は大人として当然ではありましょう。浩が会社に協力すれば、私の役目は終わり、一族の思惑が叶うのである。それを浩が希望するならば私も賛成する。親として、我が子の後姿を見守れる安心は、終焉を迎えつつある人生にとって、大きな荷がひとつ降ろせることになります。家内との離婚を意中に秘めると、婦長への思いが胸の空洞に挿し込んでくるのでありました。そしてそれは脳を支配し、喜び束の間懺悔の念へと変化するのでした。母の死を契機に、会って詫びることさえ叶わぬ愛と位置付けました。恩返しが、張り裂けそうな愛情に変わり、契りは裏切りと化し、結果彼女の心身を弄んだだけの男でしかありませんでした。しかし会えなくていい、離れた所から生きていてくれることを確認したい、家族と幸せに暮らしていてくれたらなお嬉しい。私の嘘が、結果的に彼女にとって幸となっていてくれることを期待しました。
蘭子が女の子を出産した日にバッカスは横須賀の病院まで駆け付けました。ご主人の計らいで、蘭子の産後の養生も兼ねて、三か月ばかり、うちで孫の面倒を看ることになりました。
「ほうらおじちゃんだよ、おじいちゃん耳がないからねえ。ほら、ラン擦ってあげなさい」
バッカスはランの手の届く所まで顔を近づけと、蘭子がランの手を取ってバッカスの耳跡に触れさせるのでした。ランのマシュマロのように柔らかい指先が触れると、彼は首を振って『さわったさわった』とあやすのでした。
娘夫婦がランと命名したのは、バッカスのつらい過去に気遣うものではありませんでした。ただ蘭子のランと、走るという英語のRUNから決めたそうです。しかしそんな意図はバッカスには通じず、おらんさんが亡くなった年に生まれた蘭子が生んだランが可愛くてしょうがないのでしょう。平和な月日がそうさせたのか、ナイフのように鋭い視線は緩み、ランを抱く姿は、人目も気にせず甘やかす、どこにでもいるおじいちゃんそのものでした。
私達が必死になって生き抜いた時代は終わり、元号が平成となりました。豊かな時代になり、そこに浸っていると、生死をかけて走り抜けたことさえもぼやけてきます。大した労働もせずに、日に三度食べられることが、やっと一食、それも草しか口にできなかった日のことに、靄をかけてしまうのでした。そして悲しい知らせが届くたびに、ぼやけかけた過去を、再度鮮明にして蘇らせるのでした。
ランが十五で、この春から山手の女学校に通うという数日前のことでした。横須賀の浦賀警察から連絡が入り、すぐに指定された病院に行くと、二つの遺体が並んでいました。蘭子とご主人でした。市場からの帰りにトラックと衝突して、即死だと聞かされました。運転していたご主人が連日の寝不足がたたり、一瞬居眠りをしたのが原因だと断定されました。同行してくれたバッカスは気が動転していました。念仏を唱えるように誰にともなく話しかけていました。彼の念仏のような独り言が鳥肌と共に過去へ早回しで戻していくのでした。蘭子の出産・電車事故によるおらんさんの死・闇診療所時代・バッカスの耳・足のない軍人に襲われかけたこと・サンタの火傷・空襲、楽しかったことは飛ばされ、苦しかったことだけが駆け巡るのでした。幸い二人とも顔に外傷はなく、眠っているように見えたのがせめてもの救いでした
「お母さんお母さん、お父さん、お母さんお母さん、お父さん」
母を二度、父を一度、規則正しく泣き叫ぶランの涙が、バケツで水を撒いたように床を濡らすのでした。
「なんだってよう、ふざけやがって、なにしたっていうんだよう」
バッカスの独り言とランの慟哭は絡むことなく続くのでした。
浩は家内の強い要望を拒否し、義父の建設会社には入社しませんでした。工学部を出て、大手ゼネコンを結婚と同時に辞めてしましました。家内の落胆は激しく、しばらくは食事も喉を通らなくなり、体調を崩し、入院までしました。
「あなたからもう一度浩に考え直すよう強く仰ってくださいませんか、何のために育ててきたのかわかりません。昨日社長がお見舞いに来てくださって、投資が無駄になったって、そりゃあそうですよね、大学の入学から入社まで、人脈を活かしてくださったのですから」
「だから私は好きな大学を選ばせたらどうかと言ったじゃないか。あの子は土建業が好きじゃないんだ。文章を書いたり、旅したりするのが性に合っているんだ。就職だって旅行代理店に希望していたじゃないか」
「もう浩のポストは用意されているのですよ。そこに嵌ればあの子の生涯は安定するじゃありませんか。私達の不安もなくなり、あの子達の生活も安定します。そうでしょう、浩を入社させてください。あなたが強く勧めればあの子はきっと従いますから。何もかもあの子のためですから」
病床の家内が半分身体を起こし、執拗に私に迫った。反論したかったが、ストレスを与えそうなので止めることにしました。家内の議論は親からすれば当然なのかもしれない。浩がそうするというなら私も賛成であるが、幾度勧めても嫌だと言っているのだからどうしようもなかった。浩は関内駅前にある1LDKのマンションで新婚生活をスタートさせました。いままで勤めていた建設とは何等関係のない、輸入代行業を始めたのです。台湾やタイからダイエット食品関係を輸入代行するものです。正直そんなものが成功するとは思わなかったが、生活していくぐらいの利益にはなるらしい。息子夫婦が現在の公団に移る平成十一年に私達は離婚しました。私も定年してから嘱託で残っていましたが、この業界バブル崩壊後も厳しい状況が続く中、扶養家族でいるには申し訳なく、完全に現役を引退しました。家内は浩の入社をこの頃ようやく諦めたようです。諦めと同時に気持ちに整理がついたのか、趣味を広げ、その交流を増やしていきました。もうお互いに干渉することはなく、かえって自由なスタンスで暮らせるようになりました。
「あなた、別れてくれる?」
「ああ、その方がお互いにいいかもしれないなあ」
家や車、保険や少ない預金も、残ったものすべてを折半にしました。彼女は会社で管理しているマンションに入居しました。社交ダンスで知り合った男性が一緒のようだと、後に浩から情報が入りました。私は処分した自宅のすぐ裏にある二階建ての古いアパートに入居しました。自宅を片付け終わると、家内は子供のように嬉しそうな顔をして手を振って出て行きました。浩が近くに来ることを勧めてくれましたが、関内駅周辺に住むことが恐かった。しかしずるいもので、一人身になると、万が一婦長にあっても言い訳が立つのではと考えてしまうのでした。彼女が一人身でいてくれたらと、そして生活が苦しければ支えてあげよう。勝手な想像は膨らみ、行き着くところは、彼女が私を待っているのではと真剣に想い悩んでしまうのでした。一人で生活をしていると、やはり寂しいものでした。
「婦長、これアメリカ産のパンツだ、売れ行きいいようだったらまた持って来てやる。おうおう、よーく寝てるじゃねえか。癪に障るがサンタにそっくりになってきたな」
バッカスは時折訪ねて来てくれました。必ず手土産に、米軍でしか手に入らないアメリカ煙草や衣類を持ってきてくれました。お金を支払おうとするときつく睨まれるので、ありがたくその行為を受けることにしました。バッカスが調達してくれる商品は売れ行きがよく、隣のおばさんからも「うちにも宜しく言っといて」と頼まれるのでした。
「婦長がどうしようと勝手だ。近所付き合いっていうのは大切だからそこそこの融通は利かせてやりゃあいいじゃねえか」
桜木町事件でおらんさんを亡くしてから、バッカスは危ない仕事からは手を引いていました。バーの売り上げと、懇親にしている米兵から仕入れる商品を、合法に仲買という立場で小売業者に卸していました。彼が家に訪ねてくる最大の理由は、娘の蘭子に会いに来るためでした。おらんさんが目の前で灰となった年の暮れに、私は娘を出産しました。もしかしたら生まれ変わりではないだとうかと思いました。そして蘭子と名付けたのです。バッカスは口にはしませんでしたが、すごく喜んでいました。私の気遣いが恥ずかしいのだと思いました。
「サンタと連絡はつかないか?」
「ええ、もう三年も。新潟の実家はもう他所の方がいるようで、私が何通も書いた手紙を丁寧に送り返してくれました」
「野郎知っているのかい?娘のこと」
「・・・」
「まあいいさ、おまえさんが一人で育てた方がいい子になりそうな気がする」
二十九年春にとうとう最後まで残った緑橋グループが強制撤去されました。機動隊千人で始まった解体作業は、ものの四、五十分で跡形もなくなりました。市側は店主達に代替地として南区や神奈川区に土地を提供してくれました。バッカスは代替地には家を建てず、アパート生活をしていました。
「どうせ長くはいねえ。更地の方が手放しやすい」
「アメリカに?」
「ああ、暖かい所がいい、蘭子も遊びにおいで」
蘭子は抱きかかえられると決まってバッカスの切り落とされてなくなった耳を触るのでした。
「おじさん痛い?」
「少し痛いけど、蘭子が擦ってくれると気持ちがいい」
「うん」
蘭子は大人の耳より小さい手で、バッカスの耳の痕をやさしく擦るのでした。
浩が十八になった年に横浜の緑区に移転しました。移転の理由は横浜支社を開設するということが決まったからです。社長には家内の兄が就任し、現会長である家内の父から強制的に横浜支社長になるよう指示されたからです。帰郷して以来横浜駅より西には行っていませんでした。家内から中華街への食事を誘われても頑なに拒み続けました。家内も浩も不思議に感じていたようですが、私が同行を拒否したからといって、予定を白紙に戻すわけではなく、逆に厄介者がいなくてせいせいしているようでした。
「父さんが中華街に行かないのはその傷と関係あるの?」
浩が小学校低学年の時分、銭湯で私の火傷痕を見た同級生に苛められて、一緒に銭湯へ行くのを拒んだことがありましたが、この頃になると、私の過去に興味を持ち始めていたのでしょうか、はっきりとそして挑発的に質問するのでした。
「横浜の大空襲で負った。五千人以上が犠牲になり多くの人が怪我をした。父さんもその一人だ。お前達の食事に付き合わないのはその空襲と特に関係しているわけではないが」
「ふーん、なんか秘密めいてるじゃないか、僕はいいけど母さんには隠し事しないで」
いつの間にか息子に生意気な口を叩かれるようになった。息子と同じ年頃に私は同棲していた。調達という泥棒を繰り返し生き抜いた。命を救ってくれた人達を裏切り、愛した人に嘘をついた。それが中華街で甘辛い蝦のケチャップ煮を一緒に食せない理由であるとは言えなかった。すべてのことに蓋をして生きることが今の生活を守ることでもあった。しかし山下町のずっと沖から渡って来る南風は横浜の山裾にも届き、婦長の匂いが身体を包むような感じがしました。
蘭子は二十歳のときに高校の同級生と結婚しました。バッカスもまだアメリカには行かず、野毛の公団住宅に入居していました。どうも蘭子の成長が気になるようで行きそびれていたようです。式場も披露宴会場もすべてバッカスが手配してくれました。彼の顔で、中華街でも最高の店を借りることができました。それ以外にも、懇意にしている政治家や歌手、米軍のマーチングバンドなどを会場に招き、それはそれは賑やかな宴となりました。
「ジョーおじさん、あたし幸せになるから。お母さんの分まで幸せになるから」
「ああそれがいい、そうなる権利がおまえさんにはある。うんと幸せを見せびらかして、母さんやおじさんを喜ばせてくれ」
「うん。おじさん触っていい?」
蘭子は子供のときからそうしてきたように、お客様の前でも物怖じすることなくバッカスの耳跡を擦るのでした。どんなにつらいときでも見せたことのない彼の涙が一粒、シルクのワイシャツに吸い込まれました。
蘭子が嫁ぎ、一人になった私は毎日に張り合いがなくなってしまいました。家は二階建てに改築したばかりでした。一階は二間しかないので、私に遠慮でもして友達も呼べないのではと考えて増築しましたが、私の予想に反して早々と蘭子は嫁いでしまいました。翌四十七年には横浜市内を巡らせていたちんちん電車がすべてなくなり、どこへ行くにもバスになりました。この頃になると戦争の傷跡などなかったかのように街はどこも賑わっていました。また埋められた桜川や吉田川では高速道路や地下鉄の工事が始まりました。川に浮かぶ労働者の宿泊施設なんかもなくなりました。蘭子が嫁いでからバッカスがうちに訪ねて来る回数も減りました。私一人なら煙草と文房具だけで充分生活していけるので、彼が手配してくれる商品も遠慮いたしました。しかし用もないのに立ち寄るというのは、クールな彼には苦手なようで、最近ではどこの煙草屋でも都合のつくラークを、蘭子の様子伺いにわざわざ買いに来てくれるのでした。
「連絡あるかい」
「月末に寄るって」
「そうかい、月末か」
「電話します、前の日に」
「そうかい、もしかしたら月末は留守にしているかもしれないけど一応電話してくれるか」
カッコつけていますが、当日は抱え切れないほどの洋服やケーキなどを手土産にやってきて、折角来たのだから夫婦で泊まっていけと勧めるのでした。二人の関係は、真の親子以上に深いものでした。特にバッカスにとって蘭子は生きがいのようでした。蘭子の笑顔はサンタそのものでした。それはバッカスも感じていたに違いありません。私は蘭子の笑い顔を見ると苦しいほどにサンタがいとおしくなるのでした。
昭和天皇が逝去したニュースをタクシーの中で聞きました。私は会社には行かず、そのまま自宅に戻りました。六十年前、ボロをまとい、横浜公園でうろついていたとき、ラジオから流れる陛下の声を想い出しました。すべての人が立ち止まり、またその場に正座し涙していたのが昨日のようによみがえりました。壕の中での生活や、調達という名の下に繰り返した泥棒、幾度となく受けた制裁、そしてバッカス、しかし胸が締め付けられるのは婦長と過ごした四年間、そしてその最後の十日間。
浩が所帯を持つと打ち明けたのは彼が三十五のとき、後に病で倒れた総理が『平成』とカメラの前で発生した翌日でした。相手は台湾人留学生だと打ち明けられ、家内が卒倒しそうに驚いたのを覚えています。
「認めるわけにはいきません?」
「何が?」
「何がってあなた、色々文化の違いとか」
「うちに来ると決まったわけではない、もしかしたら向こうに婿に行くかも知れない」
「尚更困ります。浩にはうちを継いでいただかなくては」
「継ぐといったって、社長にも跡取りがいるわけで、問題はないだろう。支社長や専務になることを継ぐとは言わない」
「ですけど困ります。協力していただかなくては」
「何も浩がうちに来なくても体制に影響はない。やりたいことをやらせてやろうじゃないか」
「社長に相談します」
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「いいじゃないか本人の意思に任せれば、もう彼も三十五だよ。私が上野を任されたときより大人だ」
「あなたのようにあの子は強くありません。私達が敷いたレールに乗せてあげるのがあの子のためです」
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蘭子が女の子を出産した日にバッカスは横須賀の病院まで駆け付けました。ご主人の計らいで、蘭子の産後の養生も兼ねて、三か月ばかり、うちで孫の面倒を看ることになりました。
「ほうらおじちゃんだよ、おじいちゃん耳がないからねえ。ほら、ラン擦ってあげなさい」
バッカスはランの手の届く所まで顔を近づけと、蘭子がランの手を取ってバッカスの耳跡に触れさせるのでした。ランのマシュマロのように柔らかい指先が触れると、彼は首を振って『さわったさわった』とあやすのでした。
娘夫婦がランと命名したのは、バッカスのつらい過去に気遣うものではありませんでした。ただ蘭子のランと、走るという英語のRUNから決めたそうです。しかしそんな意図はバッカスには通じず、おらんさんが亡くなった年に生まれた蘭子が生んだランが可愛くてしょうがないのでしょう。平和な月日がそうさせたのか、ナイフのように鋭い視線は緩み、ランを抱く姿は、人目も気にせず甘やかす、どこにでもいるおじいちゃんそのものでした。
私達が必死になって生き抜いた時代は終わり、元号が平成となりました。豊かな時代になり、そこに浸っていると、生死をかけて走り抜けたことさえもぼやけてきます。大した労働もせずに、日に三度食べられることが、やっと一食、それも草しか口にできなかった日のことに、靄をかけてしまうのでした。そして悲しい知らせが届くたびに、ぼやけかけた過去を、再度鮮明にして蘇らせるのでした。
ランが十五で、この春から山手の女学校に通うという数日前のことでした。横須賀の浦賀警察から連絡が入り、すぐに指定された病院に行くと、二つの遺体が並んでいました。蘭子とご主人でした。市場からの帰りにトラックと衝突して、即死だと聞かされました。運転していたご主人が連日の寝不足がたたり、一瞬居眠りをしたのが原因だと断定されました。同行してくれたバッカスは気が動転していました。念仏を唱えるように誰にともなく話しかけていました。彼の念仏のような独り言が鳥肌と共に過去へ早回しで戻していくのでした。蘭子の出産・電車事故によるおらんさんの死・闇診療所時代・バッカスの耳・足のない軍人に襲われかけたこと・サンタの火傷・空襲、楽しかったことは飛ばされ、苦しかったことだけが駆け巡るのでした。幸い二人とも顔に外傷はなく、眠っているように見えたのがせめてもの救いでした
「お母さんお母さん、お父さん、お母さんお母さん、お父さん」
母を二度、父を一度、規則正しく泣き叫ぶランの涙が、バケツで水を撒いたように床を濡らすのでした。
「なんだってよう、ふざけやがって、なにしたっていうんだよう」
バッカスの独り言とランの慟哭は絡むことなく続くのでした。
浩は家内の強い要望を拒否し、義父の建設会社には入社しませんでした。工学部を出て、大手ゼネコンを結婚と同時に辞めてしましました。家内の落胆は激しく、しばらくは食事も喉を通らなくなり、体調を崩し、入院までしました。
「あなたからもう一度浩に考え直すよう強く仰ってくださいませんか、何のために育ててきたのかわかりません。昨日社長がお見舞いに来てくださって、投資が無駄になったって、そりゃあそうですよね、大学の入学から入社まで、人脈を活かしてくださったのですから」
「だから私は好きな大学を選ばせたらどうかと言ったじゃないか。あの子は土建業が好きじゃないんだ。文章を書いたり、旅したりするのが性に合っているんだ。就職だって旅行代理店に希望していたじゃないか」
「もう浩のポストは用意されているのですよ。そこに嵌ればあの子の生涯は安定するじゃありませんか。私達の不安もなくなり、あの子達の生活も安定します。そうでしょう、浩を入社させてください。あなたが強く勧めればあの子はきっと従いますから。何もかもあの子のためですから」
病床の家内が半分身体を起こし、執拗に私に迫った。反論したかったが、ストレスを与えそうなので止めることにしました。家内の議論は親からすれば当然なのかもしれない。浩がそうするというなら私も賛成であるが、幾度勧めても嫌だと言っているのだからどうしようもなかった。浩は関内駅前にある1LDKのマンションで新婚生活をスタートさせました。いままで勤めていた建設とは何等関係のない、輸入代行業を始めたのです。台湾やタイからダイエット食品関係を輸入代行するものです。正直そんなものが成功するとは思わなかったが、生活していくぐらいの利益にはなるらしい。息子夫婦が現在の公団に移る平成十一年に私達は離婚しました。私も定年してから嘱託で残っていましたが、この業界バブル崩壊後も厳しい状況が続く中、扶養家族でいるには申し訳なく、完全に現役を引退しました。家内は浩の入社をこの頃ようやく諦めたようです。諦めと同時に気持ちに整理がついたのか、趣味を広げ、その交流を増やしていきました。もうお互いに干渉することはなく、かえって自由なスタンスで暮らせるようになりました。
「あなた、別れてくれる?」
「ああ、その方がお互いにいいかもしれないなあ」
家や車、保険や少ない預金も、残ったものすべてを折半にしました。彼女は会社で管理しているマンションに入居しました。社交ダンスで知り合った男性が一緒のようだと、後に浩から情報が入りました。私は処分した自宅のすぐ裏にある二階建ての古いアパートに入居しました。自宅を片付け終わると、家内は子供のように嬉しそうな顔をして手を振って出て行きました。浩が近くに来ることを勧めてくれましたが、関内駅周辺に住むことが恐かった。しかしずるいもので、一人身になると、万が一婦長にあっても言い訳が立つのではと考えてしまうのでした。彼女が一人身でいてくれたらと、そして生活が苦しければ支えてあげよう。勝手な想像は膨らみ、行き着くところは、彼女が私を待っているのではと真剣に想い悩んでしまうのでした。一人で生活をしていると、やはり寂しいものでした。
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