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祭囃子を追いかけて 3
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「泣くなって、半年だけだしそれに交通刑務所だから、テレビで見るような犯罪者じゃないんだから、酒も煙草も止めて規則正しい生活を続けていりゃあ身も心もすっきりと健康そのものになって帰ってくるから心配するなって、なあおふくろもう泣くなって」
「本家や親戚、それに町内会なんかでおまえのこと聞かれたらなんて言って誤魔化せばいいんだい」
「そっちかよ、その溢れる涙の理由は俺の身体を気遣ってじゃねえのかよ、何も言わなくたってもう知れ回っているよ」
「血は争えないよ、ただお父さんは刑務所には入らなかったよ」
「おやじは車に乗らなかったからだよ、それに昔は酒飲み運転したってそんなにうるさくなかったんだよ」
「お父さんと争ってどうすんのこの子は、いいかい、もうこれっきり酒は止めて、世津子さんや子供達に心配かけないようになさい」
「はいはい、けえってきたらおっかさん、立派な土俵入りをお見せいたしやしょう」
嫁入り当初から治義の影響を受けてサキは時代劇が好きになっていた。テレビ映画の長谷川伸シリーズを見ては錦之助の演技に涙していた。子供の頃賢治は、サキがテレビの前で肩を震わせているのをよく目撃した。そんなときは意味もわからずに、子供心に見てはいけないものと思い込み、忍び足で部屋をあとにしたのだった。
「ばか」
サキは雲竜型の賢治に半纏を投げたが目は笑っていた。
父の治義もお祭男で、毎年神輿のはな棒を占領していた。真っ白な半跨にさらしの腹巻、その上に八雲神社の紋を背負って、誰よりも威勢よくはな棒で神輿をかつぐ亭主が自慢だった。彼女の同級生が祭り見物に来ると『あれうちのひと、うちのひと』と自慢げに紹介するのであった。
「おまえ、仲間を連れてくるのはありがたいけど、おまえはかつがないで飲んでばっかりいるじゃないか。今年は当番だし、すぐに刑務所に入っちゃうんだからしっかりかついで神様にお詫びしなさい」
「うるせいなあ、俺はおやじみたいに神輿に燃えていないの、頭脳労働者でございまーす」
目を大きく開き、歯を剥きだして曲芸氏のまねをして言った。
「ばーか、もう死んじゃったよ」
「ところでおふくろ、頼みがあんだ、俺の刑務所行き、拓郎に話してくんないか」
「自分で話しなさい、親の責任でしょ。あの子はおまえと違ってナイーブな子だから、ふざけて話したりしちゃあだめだよ、ちゃんと向かい合って、あの子が傷つかないように話すんだよ。今年から中学に入学して、成績もいいんだろ、柔道部にも入って文武両道で一番大事なときにまったくおまえは。どうして一度で懲りずに酔っ払い運転を繰り返したんだよ」
「振り出しに戻してどうすんだよ、俺のおふくろを励ますオーバーアクションや今までのこの会話の流れはなんだったんだよ、いいよわかったよ自分で話しますよ」
賢治は立ち上がった。カレンダーを見ると七月二十二日木曜日に赤いマジックで星印がしてあった。
(四)
「おはようっす、ねえねえ賢ちゃん、懲役だって、そりゃあないよな、事故も起こしてないのにさ、裁判官機嫌悪かったんじゃないの、前の晩独りだけイッちゃって、女房にこの役立たずなんて言われてさ」
高橋工務店に勤める大工の佐々木が、ヤニで真黄色の歯を曝け出して早口で言った。健司が請負った現場の管理を担当してる。
「汚ったねえなあ、唾飛ばすなっつうの、それにそんなでかい声で言うんじゃねえよ、道路まで聞こえんじゃねえか。社長に聞いたのか?」
「いや、スナック『かず』に昨夜行ったら、賢ちゃんの話題で持ちっきりだったよ、あっそうそうママが刑務所行く前にツケ入れてくれんのかなあって心配してたよ。ほら賢ちゃん毎月晦日支払いでしょ、その前に入っちゃうと思ってんじゃないの。それとね、もし入所パーティーやるんだったら早めに言ってくれって、お盆前は結構忙しいから、急に言われても困るってママが」
「うるせいこの野郎、あのばばあぶっ殺してやる、『かず』に行ったら言っとけ、もう二度と顔出さねえからって、俺だけじゃねえ、ダチや仕事関係も利用しねえように釘さしておくから」
「賢ちゃん、俺はいいでしょう行っても。アパート近くだし、暇なとき明美を迎えに寄越すんだよねママが、それにあそこで晩飯作ってもらってるからさあ、俺だけ例外でもいい?」
「ああいいよ、そのかわりおめえとはもう遊んでやんない、今年の祭りも来なくていい。おめえが福島から出て来て右往左往してんとき、不良によく苛められていたよなあ、誰が助けてやったんだっけ、女を世話してやったのは誰だっけ、恩人を裏切って、あのぼったくりばばあの肩持つってんだな。これで終いだなおめえとの付き合い」
「そりゃあないよ、わかったよ賢ちゃん、もう行かないよ『かず』には、約束するよう」
「ほんとだな、もし俺がけえってきて、おめえがあのばばあんとこに一度でも出入りしていたって情報入ったらこの辺じゃ生きていけねえからな、福島に追い返すぞ、無所帰りの怖さを教えてやるからよたっぷり」
「厳しいなあ賢ちゃん、三度目の正直って言うじゃないか、二回は許してよ」
「このばかったれ、もういいから早く階段つけろよ、いつまで梯子で上らせるつもりだ」
「おはよーっす」
「おいっす」
鳶内田組の若い衆、斉藤と佐藤が二階に上がって来た。二人はいつも一緒にいるので『佐藤斉藤犬の連れ糞』と呼ばれている。
「あっ、賢治さん来てたんすか、大変なことになっちまいましたね刑務所なんて」
「早えなあ、誰から聞いたんだ?」
「誰ってわけじゃないすけど極自然と、自然に吹いてる南風に乗って来たって感じで耳に入って来たっす。はい」
「俺の噂は風か、それに南風みていに爽やかな問題じゃねえだろう。それとなんだおめえらの七分ズボン、床引き摺ってんじゃねえか、釘に引っ掛かんねえのか?」
賢治と一回り半も歳の違う地元中学の後輩である彼等は、それぞれが紺と紫の七分ズボンを履いているが、その膨らみの部分が大きく垂れ下がり、床を引き摺っている。
「これ流行りなんすよ、賢治さんも履いたほうがいいっすよ、結構もてるっすよ。自分の女も気に入ってくれてます。そうだ賢治さん、俺用意しましょうか揃いの七分、それ履いて集会行きましょうよ」
「佐藤、おまえ賢治先輩を集会に誘ってどうすんだよ、失礼じゃねえか。賢治先輩昔は族の副リーダーですよね。頭んちで写真見たっすよ、うちの頭と賢治先輩が鶏の鶏冠みたいに前髪ぶん伸ばして、セリカのシャコタンの前で撮ったやつ。二人とも顔が右に傾いて、口が左に捩れて開いてましたよ。鼻にかけたレイバンのグラサンから目ー細めてカメラ睨んでましたよ」
「おおい、佐々木いるのかてめえ」
鳶内田組の三代目頭、内田勝が下から二階に向かって大声を張り上げた。
「あっ頭だ、佐々木さん、頭怒ってるっすよ」
佐々木は足場に張ってあるグリーンシートの空いた所から顔を出した。
「すいません頭、明日バルコニーを取り付けに来るもんで今日中にその部分の足場を払していただきたいんですよ」
「うるせいこの野郎、そのくらいの足場ならてめえで払せこのばか野郎。だいたいなんでもっと早く電話しねえんだよ。人の都合とか家族の関係とかおまえには分からないのか?探り探ってああ大丈夫だなってタイミングで電話するその心遣いがおまえにはないのかこの野郎。おう賢治来てたのか、聞いてくれよこの野郎、てめえで連絡しねえで不動産屋に連絡させやがんの。俺が曙不動産の社長にあたま上がらねえの計算してよう、足場の上から突き落とすぞこの野郎」
「すいません頭、ちょこっとした仕事だったんでご家族のご予定まで考慮することまで考えていませんでした。ただ不動産屋からの連絡でなければ来ていただけないと思ったんですよ。うちの社長に相談したら自分でなんとかしろって叱られるし、仕方なく曙の社長にお願いしました。俺が頭に電話しても断られると思って、本当にすいませんでした、許してください」
半べそをかいて、シートの隙間から下げた佐々木の脳天は薄かった。
「謝って済みゃあ警察いらねえんだよ、このうすらっぱげが、今そっちに行って残った毛、みんな毟ってやるから待ってろ、毟った毛が俺の手に纏わりついてみろ、パイルドライバー喰らわすぞ。あっ、まだ階段つけてねえのかふざけやがって、階段は一番最初に付けろってあれほど言ったのに、ぶっ殺してやる」
梯子を上って追いかけてくる内田から逃げるために佐々木は足場に乗り移った。
「待て、この野郎」
すばしっこく足場をつたわる佐々木を内田は追うが、ドラム缶のような腹が足場と躯体に挟まれて思うように進めない。
「この野郎、勝手に足場狭くしやがったな」
「そんなことしてませんよ、頭の腹がまた出たんですよ」
「ふざけんな、架けるときは通ったんだよ」
「あんときは柱と梁だけで壁貼ってなかったからですよ」
「なにこの野郎、女の腐ったのみてえに言い訳ばっかしやがって、こうなりゃあこうだ」
内田は何を思ったか、丸太を両手で握り締め、大きく揺さぶった。壁を貼るために足場のつなぎが外されていて、倒れそうになるくらい揺れた。
「あああーっ、危ないっすよ頭、本当に倒れてしまいますよー、そうです、俺が狭くしました、俺が頭が通りにくくなるように細工しました、謝ります。許してくださーい、あああーっ」
まるでマウンテンゴリラが縄張りに侵入したよそ者を威嚇しているようだ。賢治と若い衆の佐藤斉藤は腹を抱えて笑い転げている。
「そうれ俺の言った通りじゃねえか、狭くしたんなら狭くしたと最初から言えばどうということはない問題をお前が大きくしてどうすんだ。もうだめだ、許さねえ、てめえは人を思い遣る心に欠けている。どうして、『頭が忙しいと思って、でしゃばった事だとはいえ、バルコニー取り付けに当たる部分の足場を払させていただきました』と、そのくれえの後報告でいいから気遣いができねえんだてめえによう、ほうりゃあ」
丸太がメシメシと音を立てて更に大きく揺れた。
「わかりました、俺が払します、いえ払させてください、お願いします」
「ばか野朗、とうしろうにそう簡単にできるわけねえだろう、一面の足場を取っ払ったら、そこに絡んでいた両サイドの足場が倒れちゃうんだよ、あそこの足場が倒れたって噂が広がったら俺が恥かくんだよ、俺だけならいい、先代先々代まで笑われちゃうんだよ、勝手にやったらぶっ殺すぞ、こうりゃあ」
「あああーっ、じゃあ俺はどうすりゃあいいんですか頭」
「本家や親戚、それに町内会なんかでおまえのこと聞かれたらなんて言って誤魔化せばいいんだい」
「そっちかよ、その溢れる涙の理由は俺の身体を気遣ってじゃねえのかよ、何も言わなくたってもう知れ回っているよ」
「血は争えないよ、ただお父さんは刑務所には入らなかったよ」
「おやじは車に乗らなかったからだよ、それに昔は酒飲み運転したってそんなにうるさくなかったんだよ」
「お父さんと争ってどうすんのこの子は、いいかい、もうこれっきり酒は止めて、世津子さんや子供達に心配かけないようになさい」
「はいはい、けえってきたらおっかさん、立派な土俵入りをお見せいたしやしょう」
嫁入り当初から治義の影響を受けてサキは時代劇が好きになっていた。テレビ映画の長谷川伸シリーズを見ては錦之助の演技に涙していた。子供の頃賢治は、サキがテレビの前で肩を震わせているのをよく目撃した。そんなときは意味もわからずに、子供心に見てはいけないものと思い込み、忍び足で部屋をあとにしたのだった。
「ばか」
サキは雲竜型の賢治に半纏を投げたが目は笑っていた。
父の治義もお祭男で、毎年神輿のはな棒を占領していた。真っ白な半跨にさらしの腹巻、その上に八雲神社の紋を背負って、誰よりも威勢よくはな棒で神輿をかつぐ亭主が自慢だった。彼女の同級生が祭り見物に来ると『あれうちのひと、うちのひと』と自慢げに紹介するのであった。
「おまえ、仲間を連れてくるのはありがたいけど、おまえはかつがないで飲んでばっかりいるじゃないか。今年は当番だし、すぐに刑務所に入っちゃうんだからしっかりかついで神様にお詫びしなさい」
「うるせいなあ、俺はおやじみたいに神輿に燃えていないの、頭脳労働者でございまーす」
目を大きく開き、歯を剥きだして曲芸氏のまねをして言った。
「ばーか、もう死んじゃったよ」
「ところでおふくろ、頼みがあんだ、俺の刑務所行き、拓郎に話してくんないか」
「自分で話しなさい、親の責任でしょ。あの子はおまえと違ってナイーブな子だから、ふざけて話したりしちゃあだめだよ、ちゃんと向かい合って、あの子が傷つかないように話すんだよ。今年から中学に入学して、成績もいいんだろ、柔道部にも入って文武両道で一番大事なときにまったくおまえは。どうして一度で懲りずに酔っ払い運転を繰り返したんだよ」
「振り出しに戻してどうすんだよ、俺のおふくろを励ますオーバーアクションや今までのこの会話の流れはなんだったんだよ、いいよわかったよ自分で話しますよ」
賢治は立ち上がった。カレンダーを見ると七月二十二日木曜日に赤いマジックで星印がしてあった。
(四)
「おはようっす、ねえねえ賢ちゃん、懲役だって、そりゃあないよな、事故も起こしてないのにさ、裁判官機嫌悪かったんじゃないの、前の晩独りだけイッちゃって、女房にこの役立たずなんて言われてさ」
高橋工務店に勤める大工の佐々木が、ヤニで真黄色の歯を曝け出して早口で言った。健司が請負った現場の管理を担当してる。
「汚ったねえなあ、唾飛ばすなっつうの、それにそんなでかい声で言うんじゃねえよ、道路まで聞こえんじゃねえか。社長に聞いたのか?」
「いや、スナック『かず』に昨夜行ったら、賢ちゃんの話題で持ちっきりだったよ、あっそうそうママが刑務所行く前にツケ入れてくれんのかなあって心配してたよ。ほら賢ちゃん毎月晦日支払いでしょ、その前に入っちゃうと思ってんじゃないの。それとね、もし入所パーティーやるんだったら早めに言ってくれって、お盆前は結構忙しいから、急に言われても困るってママが」
「うるせいこの野郎、あのばばあぶっ殺してやる、『かず』に行ったら言っとけ、もう二度と顔出さねえからって、俺だけじゃねえ、ダチや仕事関係も利用しねえように釘さしておくから」
「賢ちゃん、俺はいいでしょう行っても。アパート近くだし、暇なとき明美を迎えに寄越すんだよねママが、それにあそこで晩飯作ってもらってるからさあ、俺だけ例外でもいい?」
「ああいいよ、そのかわりおめえとはもう遊んでやんない、今年の祭りも来なくていい。おめえが福島から出て来て右往左往してんとき、不良によく苛められていたよなあ、誰が助けてやったんだっけ、女を世話してやったのは誰だっけ、恩人を裏切って、あのぼったくりばばあの肩持つってんだな。これで終いだなおめえとの付き合い」
「そりゃあないよ、わかったよ賢ちゃん、もう行かないよ『かず』には、約束するよう」
「ほんとだな、もし俺がけえってきて、おめえがあのばばあんとこに一度でも出入りしていたって情報入ったらこの辺じゃ生きていけねえからな、福島に追い返すぞ、無所帰りの怖さを教えてやるからよたっぷり」
「厳しいなあ賢ちゃん、三度目の正直って言うじゃないか、二回は許してよ」
「このばかったれ、もういいから早く階段つけろよ、いつまで梯子で上らせるつもりだ」
「おはよーっす」
「おいっす」
鳶内田組の若い衆、斉藤と佐藤が二階に上がって来た。二人はいつも一緒にいるので『佐藤斉藤犬の連れ糞』と呼ばれている。
「あっ、賢治さん来てたんすか、大変なことになっちまいましたね刑務所なんて」
「早えなあ、誰から聞いたんだ?」
「誰ってわけじゃないすけど極自然と、自然に吹いてる南風に乗って来たって感じで耳に入って来たっす。はい」
「俺の噂は風か、それに南風みていに爽やかな問題じゃねえだろう。それとなんだおめえらの七分ズボン、床引き摺ってんじゃねえか、釘に引っ掛かんねえのか?」
賢治と一回り半も歳の違う地元中学の後輩である彼等は、それぞれが紺と紫の七分ズボンを履いているが、その膨らみの部分が大きく垂れ下がり、床を引き摺っている。
「これ流行りなんすよ、賢治さんも履いたほうがいいっすよ、結構もてるっすよ。自分の女も気に入ってくれてます。そうだ賢治さん、俺用意しましょうか揃いの七分、それ履いて集会行きましょうよ」
「佐藤、おまえ賢治先輩を集会に誘ってどうすんだよ、失礼じゃねえか。賢治先輩昔は族の副リーダーですよね。頭んちで写真見たっすよ、うちの頭と賢治先輩が鶏の鶏冠みたいに前髪ぶん伸ばして、セリカのシャコタンの前で撮ったやつ。二人とも顔が右に傾いて、口が左に捩れて開いてましたよ。鼻にかけたレイバンのグラサンから目ー細めてカメラ睨んでましたよ」
「おおい、佐々木いるのかてめえ」
鳶内田組の三代目頭、内田勝が下から二階に向かって大声を張り上げた。
「あっ頭だ、佐々木さん、頭怒ってるっすよ」
佐々木は足場に張ってあるグリーンシートの空いた所から顔を出した。
「すいません頭、明日バルコニーを取り付けに来るもんで今日中にその部分の足場を払していただきたいんですよ」
「うるせいこの野郎、そのくらいの足場ならてめえで払せこのばか野郎。だいたいなんでもっと早く電話しねえんだよ。人の都合とか家族の関係とかおまえには分からないのか?探り探ってああ大丈夫だなってタイミングで電話するその心遣いがおまえにはないのかこの野郎。おう賢治来てたのか、聞いてくれよこの野郎、てめえで連絡しねえで不動産屋に連絡させやがんの。俺が曙不動産の社長にあたま上がらねえの計算してよう、足場の上から突き落とすぞこの野郎」
「すいません頭、ちょこっとした仕事だったんでご家族のご予定まで考慮することまで考えていませんでした。ただ不動産屋からの連絡でなければ来ていただけないと思ったんですよ。うちの社長に相談したら自分でなんとかしろって叱られるし、仕方なく曙の社長にお願いしました。俺が頭に電話しても断られると思って、本当にすいませんでした、許してください」
半べそをかいて、シートの隙間から下げた佐々木の脳天は薄かった。
「謝って済みゃあ警察いらねえんだよ、このうすらっぱげが、今そっちに行って残った毛、みんな毟ってやるから待ってろ、毟った毛が俺の手に纏わりついてみろ、パイルドライバー喰らわすぞ。あっ、まだ階段つけてねえのかふざけやがって、階段は一番最初に付けろってあれほど言ったのに、ぶっ殺してやる」
梯子を上って追いかけてくる内田から逃げるために佐々木は足場に乗り移った。
「待て、この野郎」
すばしっこく足場をつたわる佐々木を内田は追うが、ドラム缶のような腹が足場と躯体に挟まれて思うように進めない。
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「そんなことしてませんよ、頭の腹がまた出たんですよ」
「ふざけんな、架けるときは通ったんだよ」
「あんときは柱と梁だけで壁貼ってなかったからですよ」
「なにこの野郎、女の腐ったのみてえに言い訳ばっかしやがって、こうなりゃあこうだ」
内田は何を思ったか、丸太を両手で握り締め、大きく揺さぶった。壁を貼るために足場のつなぎが外されていて、倒れそうになるくらい揺れた。
「あああーっ、危ないっすよ頭、本当に倒れてしまいますよー、そうです、俺が狭くしました、俺が頭が通りにくくなるように細工しました、謝ります。許してくださーい、あああーっ」
まるでマウンテンゴリラが縄張りに侵入したよそ者を威嚇しているようだ。賢治と若い衆の佐藤斉藤は腹を抱えて笑い転げている。
「そうれ俺の言った通りじゃねえか、狭くしたんなら狭くしたと最初から言えばどうということはない問題をお前が大きくしてどうすんだ。もうだめだ、許さねえ、てめえは人を思い遣る心に欠けている。どうして、『頭が忙しいと思って、でしゃばった事だとはいえ、バルコニー取り付けに当たる部分の足場を払させていただきました』と、そのくれえの後報告でいいから気遣いができねえんだてめえによう、ほうりゃあ」
丸太がメシメシと音を立てて更に大きく揺れた。
「わかりました、俺が払します、いえ払させてください、お願いします」
「ばか野朗、とうしろうにそう簡単にできるわけねえだろう、一面の足場を取っ払ったら、そこに絡んでいた両サイドの足場が倒れちゃうんだよ、あそこの足場が倒れたって噂が広がったら俺が恥かくんだよ、俺だけならいい、先代先々代まで笑われちゃうんだよ、勝手にやったらぶっ殺すぞ、こうりゃあ」
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