枕元の赤いベルを鳴らすとき

壺の蓋政五郎

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枕元の赤いベルを鳴らすとき 7

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「あら、いやらしい、奥さんに言っちゃうよ。今あたしの手で感じてたでしょ。院長先生の触診が羨ましいの?今度触診させてあげるから高中さんにも、だからいいパートナーを選んでね」
 史郎は釣られて「うん」と頷いてしまった。首を振って否定するが既に遅し。春ちゅわんは史郎の鼻をペロッと舐めた。
「これ見て、相棒検索のガイドブック、今日現在の在庫を見て」
 史郎は受け取り待合室の椅子に座り頁を捲った。哺乳類在庫(本土狸・いたち・バク・アリクイ・スカンク・ムササビ・ゴンドウイルカ)爬虫類(コモドドラゴン・青大将・陸ガメ・ツチノコ)鳥類(アホウドリ・皇帝ペンギン・コジュケイ・雷鳥)魚類(シュモクザメ・ハタ・ブダイ)昆虫(在庫なし)
 史郎は怒りが込み上げてきた。この中から相棒を選ぶ、猿になった丸山さん、ナマケモノになった健さん。どうして私が相棒を選ばなきゃならないんだ。史郎は立ち上がり爪の手入れをしている春ちゅわんの前で受付カウンターを両手で叩いた。
「あら、どうしたの?お気に入りの相棒が見つかりませんでしたか?贅沢言わないの、C型肝炎治して第二の人生にハレルヤ」
「そうじゃない、どうして私が全取っ替え手術をしなければならないんだ。必要ないだろそんなこと、注射と飲み薬で治るほどに医学は進歩しているんじゃないのか」
 春ちゅわんはマニキュアの瓶を閉めた。
「唾が跳ぶ竹中さん。あのね医者はあなたの命を守りたいの。これ分かるよね?院長先生のモットーでもあるの。いい、竹中さん、死んでもいいの?あなたをあれだけ愛している奥さんを悲しませてもいいの?あなたが先に死んでその後の奥さんの生活を考えたことある?収入が途絶えてどうなるの、近くの食堂でパート、その客に紹介されスナック、スナックに飲みに来る不動産屋が経営するクラブ、そこに出入りするヤクザに騙されてソープ嬢、そして麻薬を覚えて衰弱する。そんな奥さんを助けるには竹中さん、あなたが守らなければならないじゃない。生き抜いて奥さんを幸せにして欲しいの。分かるでしょ、あたし達スタッフの気持ちが。猿になった丸山さんもナマケモノになった健さんに対しても、偏見の眼差しで見るスタッフは一人としていないでしょ。患者さんの命が一番、それしか頭にないのよあたし達には」
「うん」
 何故だか史郎の頭に妻の芳江がソープランドで働く姿が浮かんだ。スケベ椅子の穴から手を出して男の股間を泡立てる芳江が史郎を見つめた。
「芳江」
 史郎は思わず叫んでしまった。
「いいからいいから、そんなに奥さんを愛しているのね。なら院長先生にお願いして手術を早めて上げるわ。そうねえ明後日なら鉄っつぁんは空いているわ」
 春ちゅわんはカレンダーを見て言った。
「その前に一度芳江に会いたい」
「ああ、間に合わない。この病院は月の第二週の火曜から金曜の午前しか開院していないの。来月だと7,8,9,10、それまで開かないの。誰も商店街からここの入り口が分からないの」
 史郎がここに受付に来たのは今月の指定された四日間だったのである。史郎は肩を落とした。
「電話が通じるから、外からこっちは見えないけど病院の窓から商店街が見えるわ」
 史郎は電話した。
「あなた、元気がないわね、明日行きます。お薬貰って後は週一回の通院でしょ。商店街で美味しい物でも食べましょう」
「芳江、ありがとう。明日は退院出来なくなった。でもC型肝炎は完治する。お前を一生大事にするからな」
 史郎にはそれ以上言えなかった。「あなた、あなた」と芳江の呼ぶ声が頭に残る。
「辛いわね、でも急がないと、相棒誰にする?」
 春ちゅわんが相棒ガイドブックを広げた。残り物には福があると言うがガイドブックに福はなし。せめて足で立って歩く霊長類がいい、しかし在庫なし。コモドドラゴンになったら芳江は一緒のベッドに寝てくれるだろうか、ツチノコ、幻の珍獣じゃないのか?どうして在庫があるんだ。魚?シュモクザメ、ハンマーヘッドに哀愁がある。鳥?コジュケイ?食っちゃ美味いが忙しない。史郎は悩んだ。バク、ケツを向けて振り向いた顔の冴えないこと。それでもやはり哺乳類がいい、史郎はアリクイを指差した。
「そう、賢明だわ、あの先の割れた長い舌で、考えただけでもブルッとしちゃう。奥さん喜ぶわよ」
 春ちゅわんが院長室に報告に行った。史郎はがっくりと肩を落とし病室に戻った。
「どうだい、決まったかい。なんか冴えない顔してんね」
 ナマケモノの健さんが笑い顔で訊いた。健さんのナマケモノは熟睡している。
「ええ、全取っ替え手術することになりました」
「それで相棒は?」
 日本猿、本当は台湾猿になった丸山さんが急かした。
「笑わないでくださいよ」
「私達の姿を見てください、どうして笑うことが出来るでしょうか」
 健さんも丸山さんも薫子ちゃんもじっと史郎の答えに集中している。
「アリクイ」
 健さんがプッと笑いを堪えて口に手を当てた。丸山さんはベッドの下に潜った。薫子ちゃんが魚肉ソーセージを口から吐き出して笑い始めた。
「ヒュオア、ヒュオア、ヒュオア、ヒュオア、ヒュオア」
 ナマケモノ健さんがヒュオアを連発している。健さんナマケモノも我慢出来ずに噴出した。丸山さんはベッドの下で笑い転げている。史郎は選択ミスだったとベッドに倒れ込んだ。

 史郎は翌日ずっと窓際で商店街を行き交う人の流れを見ていた。妻の芳江がうろうろしている。毎月第二週の火曜から金曜の午前までしか営業していない。入り口も分からなくなってしまうと聞いた。泣きそうな顔をして芳江が行ったり来たり。史郎は「芳江」と何度も大声で呼ぶが届かない。芳江が慌てている。慌てると貧血を起こす癖がある。史郎は何度も倒れる芳江を抱えている。だがそこにいけない。危ない、倒れてしまうぞ。倒れるのを八百屋の親父が抱えた。良かった。貧血で一番心配なのは倒れ様に頭を打つことだ。退院したらあの八百屋で高級メロンでも買ってやろう。駄目だ、アリクイの姿に変わっている。「邪魔だ、あっちへ行け」と相手にされないだろう。
「竹中さん、相棒合わせよ、ロビーまで来て」
 春ちゅわんが史郎を呼びに来た。
「相棒合わせ?」
「そう相棒合わせ、急いで」
 史郎はベッドから起き上がる。
「いよいよですね、今日は早めに一杯やって美味いもん食って寝た方がいいですよ」
 丸山さんがアドバイスした。ロビーに行くと院長先生がしゃがんでいる。多恵おばさんが股を広げて床に仰向けに寝そべっている。
「いいかね、多恵さん。それ舐めろ」
 よく見ると多恵さんの股間に蟻が這っている。院長先生がアリクイの頭を撫ぜた。アリクイは蟻に気が付き多恵おばさんの股間目掛けて先の割れた舌を三十センチも伸ばした。「あれ~」と多恵おばさんの絶叫が鼓膜に突き刺さる。堀田先生が感心している。
「凄いですね、院長先生さすがです。よくこの時期に蟻を捕まえましたね」
「君はいつもおかしな所に感心するね」
「違いましたか、それでは院長先生はどこに興味があるんですか?」
「そんなことも分からないのかね君は、まだまだ修行が足らんな。アリクイの舌の肌触りじゃないか」
 史郎は二人の会話に呆れた。
「止めてください、私の相棒で遊ぶのは」
 史郎が怒鳴った。三人は起立して気を付けをした。
「直れ」
 おもわず史郎は号令をかけた。
「そんなおかしな体系をしたアリクイですが、明日私の相棒になるんですよ。多恵ばあさんの股間に蟻を這わせて舌を入れさせて、何が楽しいんですか。それでも医療従事者ですか。あんまりじゃありませんか」
 史郎が嘆く間にもアリクイは多恵ばあさんの股間に舌を這わせて蟻を探っている。多恵ばあさんは我慢の限界に近い。そこへ春ちゅわんが来た。ミニのナース服を捲って股間を晒した。クリームが塗ってる。春ちゅわんの股間から発する甘い匂いをキャッチした蟻が移動している。
「ほらこっちこっち、ほら鬼さんこちら手のなる方へ」
 手を叩いてアリクイを誘っている。アリクイは春ちゅわんの前で舌を延ばした。
「ステイ」
 春ちゅわんが掌を広げてアリクイの顔の前に出した。アリクイは細長い顔を震わせて待機する。
「ステイステイステイ、はいステイ」
 アリクイはずっこけた。その隙に史郎はアリクイを抱えて連れ去る。明日は我が身となる相棒を弄ばれるのを見ていられない。史郎は病室のバルコニーまで抱えて行った。商店街を見下ろしながら時が過ぎた。夕方の商店は賑わっている。芳江は無事に帰宅しただろうか。手術する前に一度こいつを紹介しておきたかった。「こいつが俺で俺がこいつ」肩を組んで笑顔を見せれば芳江もハッピーになったろう。
「だけどお前は撫肩だなあ、肩を組んで六甲おろし歌えないぞ」
 夕焼けにつられてみんなが出てきた。
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