少年王と時空の扉

みっち~6画

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16 働かざる者食うべからず①

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 用心深く辺りをうかがっていると、何かが焦げたような匂いが漂ってきた。
 女が木製の深皿とスプーンを手に、日干しれんがの家から出てくる。飲めと言われているのだと理解した隼斗は、お礼を言いながら受け取った。
 どこか苦い薬のような味が口の中に一気に広がっていく。
 隼斗がスープを飲み干すと、女は深皿を受け取り、にこりと白い歯を見せた。母と同じくらいの年齢かな、と隼斗は見当をつけた。
 辺りには同じような造りの家々が並び立ち、小さな集落を形成していた。壁を切り崩したような窓にはガラスははめられておらず、むき出しの風が砂を運んで吹き付けている。
「……父さん、母さん……姉ちゃん……」
 急に心細くなって唇をかむと、困ったような顔をした女が隼斗の背中を優しくなでさすった。
 元気付けようとしてくれているのが分かって、目頭が熱くほてる。空をにらみ据えるかっこうで顔を上げ、なんとか涙をこらえた。
 隣の家からひとり、向こうからもひとりと、隼斗の周りには次第に人だかりができ始めた。口々に隼斗の分からないことばを交わし、勝手に盛り上がり始める。
 その輪の中心にいながら、なぜか隼斗は「さみしい」と涙をこぼした。
 もう帰りたい帰りたい、と強く願うが、そんな隼斗の願いを理解できる者さえ、この場にはいない。
 背中をさすっていた女の手が止まった。立ち上がる気配が続く。
「どうした、サミーラ。そのボウズはだれなんだ?」
 男の声が響いた。
「え? この人の言うことが、分かる!」
 それは、隼斗でも理解できる明らかな日本語だった。
 サミーラと呼ばれた女が、何か答えている。親密そうなふたりの態度から察するに、男は彼女の恋人か夫か、そのどちらかだろう。
「ふぅむ。そうか、ことばが通じないほど遠くから来たんだな。おいボウズ、こっちへ……って言っても分からないか」
「分かるよ!」
 隼斗は、すぐさま声を上げる。驚いた男は真正面から隼斗の顔をのぞき込み、鋭い目を向けてきた。
 視線はそのまま外さずに、静かに胸元をかき合わせ何かを隠すしぐさをする。
 そこに、何か光るものが見えたような気がして、隼斗は目をしばたたせた。
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