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20 働かざる者食うべからず⑤
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何か言ったか、とアムルが首をかしげる。
「ううん、なんでもない」
あわてた隼斗は首を振った。
「すごいなって言ったの。こんなに大きなものを、本当に奴隷たちが造ったなんて信じられない」
隼斗に悪気はなかった。
それでもアムルの顔が不穏に曇ったのを見て、すぐに失言してしまったことに思い当たる。
「奴隷?」
アムルの唇が、ぶるぶるっと震えた。
「奴隷だと? 今のことばは聞き捨てならねえ。おれたちは、ファラオの従兄弟君ヘムオン様に使えし、誇り高き技術者集団だぞ!」
ピラミッドは奴隷が造ったのではなかったのか。
ばかねぇ、とテレビに向かって毒づいた、『歴史大好き人間』である姉のアカネの姿が、脳裏によみがえる。
あれは、歴史ロマンと銘打った教育番組を並んで観ていたときのことだった。
「もう! あんた、まだピラミッドは奴隷が造った、なんて信じているの?」
続けて姉は、技術者や労働者の村や墓が続々と発掘されていることを、力を込めて説明した。
「現代のサラリーマン並みの勤務表や年休制度、居酒屋なども豊富にあったのよ? そんな好待遇な奴隷、いるわけワケないじゃない」
そんなアカネをせせら笑った記憶のある隼斗は、今まさに心の底から後悔していた。
アカネに再会したら、何より先に謝りたい。
鋭いアムルのひとみに射抜かれて、隼斗は立ち尽くす。
「……あとひと言でもおれたちをバカにすることばを吐いてみろ、ぶっ殺してやるからな」
温厚な皮をはいで気色ばむアムルを直視することもできず、隼斗は視線を泳がせた。
アムルは足音を立てて隼斗の側を離れると、チームの仲間の元に合流した。早口で何事か話している。時おり、わざわざこちらを振り返り、意味ありげに目配せし合う。
隼斗はなるべくなんでもないふうを装いながら辺りを散策し、アムルの怒りが解けるのを待った。
ピラミッドまで続く長い道は、滑りやすくするためにまかれた油でてらてら光っている。木製のそりには隼斗の何倍もあるかと思われる石が積まれ、運ばれるのを待っていた。
「ぼくの仕事って……まさか、大人と同じことをするんじゃないよね?」
アムルに声をかけることもできず、隼斗は人びとの残した木槌や鋸をぼう然とながめていた。
「ううん、なんでもない」
あわてた隼斗は首を振った。
「すごいなって言ったの。こんなに大きなものを、本当に奴隷たちが造ったなんて信じられない」
隼斗に悪気はなかった。
それでもアムルの顔が不穏に曇ったのを見て、すぐに失言してしまったことに思い当たる。
「奴隷?」
アムルの唇が、ぶるぶるっと震えた。
「奴隷だと? 今のことばは聞き捨てならねえ。おれたちは、ファラオの従兄弟君ヘムオン様に使えし、誇り高き技術者集団だぞ!」
ピラミッドは奴隷が造ったのではなかったのか。
ばかねぇ、とテレビに向かって毒づいた、『歴史大好き人間』である姉のアカネの姿が、脳裏によみがえる。
あれは、歴史ロマンと銘打った教育番組を並んで観ていたときのことだった。
「もう! あんた、まだピラミッドは奴隷が造った、なんて信じているの?」
続けて姉は、技術者や労働者の村や墓が続々と発掘されていることを、力を込めて説明した。
「現代のサラリーマン並みの勤務表や年休制度、居酒屋なども豊富にあったのよ? そんな好待遇な奴隷、いるわけワケないじゃない」
そんなアカネをせせら笑った記憶のある隼斗は、今まさに心の底から後悔していた。
アカネに再会したら、何より先に謝りたい。
鋭いアムルのひとみに射抜かれて、隼斗は立ち尽くす。
「……あとひと言でもおれたちをバカにすることばを吐いてみろ、ぶっ殺してやるからな」
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アムルは足音を立てて隼斗の側を離れると、チームの仲間の元に合流した。早口で何事か話している。時おり、わざわざこちらを振り返り、意味ありげに目配せし合う。
隼斗はなるべくなんでもないふうを装いながら辺りを散策し、アムルの怒りが解けるのを待った。
ピラミッドまで続く長い道は、滑りやすくするためにまかれた油でてらてら光っている。木製のそりには隼斗の何倍もあるかと思われる石が積まれ、運ばれるのを待っていた。
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