少年王と時空の扉

みっち~6画

文字の大きさ
50 / 74

50 東の空に見た夢⑤

しおりを挟む
「なんか、本当に姉ちゃんが歌っているみたいだ」
 けんかしたあとなど、アカネはわざとでたらめな歌詞を作り、弟をからかうのだ。
 歌詞だけならばまだしも、アカネの音程はどこか調子が外れている。それを隼斗が正しく歌って対抗し、最後にはふたりで笑い合って仲直りするというのが、姉弟げんかの終わり方だった。
「まさか、本当に?」
 正しい歌詞を小さく口ずさみながら、隼斗は立ち上がった。
 そろそろと鉄格子に両手をかけ、首を伸ばす。しゃらりと衣ずれの音が辺りに響き、隼斗は目を凝らした。規則正しく石畳の上を行く、靴音。
 月が雲間に隠れてしまったのか、暗闇がいっそう深まっていく。
 姉ちゃん、と気配のするほうへと、隼斗は声を投げた。
「……姉ちゃんなの?」
 歌がやむ。すると、牢の中にいた男がひとり、急に立ち上がった。それは、先ほど隼斗に食べものをくれた脚の悪い男だった。
 彼は隼斗の分からないことばで急激にわめき立て、周りの者たちを見渡した。
 それが引き金となったのか、気味の悪いほど押し黙っていた囚人らの不満が一気に爆発する。口々に叫びながら、格子に体当たりを始めた。
「うわあ、あああ、姉ちゃん? 姉ちゃん!」
 囚人たちは、我先にと格子の合間に腕を差し入れ、懸命に伸ばしている。恐ろしさのあまり半ばパニックになりながら、隼斗は格子のすぐ外にいるはずの姉の身を案じた。
 そのひとみに、きらりと光る何かが映り込む。
「……メダル、だ」
 だれかが、格子の向こう側から隼斗に向けて黄金のメダルを差し出しているのが見える。何か考えるより先に、身体が反応した。すばやく手を伸ばし、腕を押し上げる。
 その黄金に指先が触れたとたん、隼斗の周りにことばの渦が戻った。
「アンケセナーメン様! 我らの戦いはこれからですぞ!」
「我らの意思はだれにも縛られない! 神官ごときに王は、負けはせぬわ!」
 興奮状態の囚人らが声高に叫んでいる先に、ひとりの女の姿が映り込んだ。
 目元を濃い紫のアイシャドウで彩ったその女は、きゃしゃな指先をそっと唇に押し当て、静かに、とささやいた。
「ここで騒ぎを起こしてはなりません」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

ママのごはんはたべたくない

もちっぱち
絵本
おとこのこが ママのごはん たべたくないきもちを ほんに してみました。 ちょっと、おもしろエピソード よんでみてください。  これをよんだら おやこで   ハッピーに なれるかも? 約3600文字あります。 ゆっくり読んで大体20分以内で 読み終えると思います。 寝かしつけの読み聞かせにぜひどうぞ。 表紙作画:ぽん太郎 様  2023.3.7更新

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

カリンカの子メルヴェ

田原更
児童書・童話
地下に掘り進めた穴の中で、黒い油という可燃性の液体を採掘して生きる、カリンカという民がいた。 かつて迫害により追われたカリンカたちは、地下都市「ユヴァーシ」を作り上げ、豊かに暮らしていた。 彼らは合言葉を用いていた。それは……「ともに生き、ともに生かす」 十三歳の少女メルヴェは、不在の父や病弱な母に代わって、一家の父親役を務めていた。仕事に従事し、弟妹のまとめ役となり、時には厳しく叱ることもあった。そのせいで妹たちとの間に亀裂が走ったことに、メルヴェは気づいていなかった。 幼なじみのタリクはメルヴェを気遣い、きらきら輝く白い石をメルヴェに贈った。メルヴェは幼い頃のように喜んだ。タリクは次はもっと大きな石を掘り当てると約束した。 年に一度の祭にあわせ、父が帰郷した。祭当日、男だけが踊る舞台に妹の一人が上がった。メルヴェは妹を叱った。しかし、メルヴェも、最近みせた傲慢な態度を父から叱られてしまう。 そんな折に地下都市ユヴァーシで起きた事件により、メルヴェは生まれてはじめて外の世界に飛び出していく……。 ※本作はトルコのカッパドキアにある地下都市から着想を得ました。

未来スコープ  ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―

米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」 平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。 恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題── 彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。 未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。 誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。 夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。 この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。 感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。 読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

処理中です...