4 / 8
【4】将来の夫は知っている
しおりを挟む
額の腫れも引いた頃、エスティーナは土の仕事場までオズを案内した。
「最近は、ここの土を詰めています」
エスティーナが案内したのは農地の一角。畑のように鍬で綺麗に耕された土は、女性でもなんなく袋詰めできそうだ。
「以前ここに来て土のことを教えてくれた魔道士様は、この農場の土ならどこでもいいと仰っていました。だから、空いている土地の土を適当に詰めて、土が減ってきたらまた他の場所の土を……と。今まで、それで問題は無かったのですが……」
「ふむ」
オズは屈み、手で土をすくった。
「確かに、上質な土だ。だが、このままでは魔術には使えぬ。エスティーナ、いつもどのように袋詰めしているのか見せてはくれぬか?」
「は、はい」
エスティーナは小瓶を取り出す。それは、旅の魔導士に作り方を教えて貰った聖水だった。
「これは、満月の晩に小川から汲んできた水を、半月の晩に月光浴させました。聖水と呼ぶって魔導士様に教わりました」
「……なるほど」
それは聖職者が作る聖水とは全くの別物だが、月の満ち欠けの力を受けた水は確かに魔術では聖水として扱われている。
エスティーナは土に聖水をまくと、歌を歌い始めた。高く澄んだ声は、遠くまで響く。
「…………」
オズはその歌声に聞き惚れていた。筆頭魔導士という仕事柄、王宮の晩餐で屈指の歌姫を沢山見てきた彼であるが、今まで聞いてきたどんな歌よりも心に響く気がする。
歌い終わると、エスティーナは少し恥ずかしげに頬を染めていた。
「この歌も、魔道士様に教えて貰ったものです。あとは、この土を袋に詰めるんですけど……」
エスティーナはシャベルで土袋に土を詰めていく。そして、半分ほどつめたところでオズに土袋を差し出した。
「いつもこうしてるんですけど、やっぱり違います?」
「どれ」
オズは土袋の中に手を差し入れた。救った土からは、最初に触ったときとは比べものにならないほど、いい波長を感じる。かなり上質な土といえるが、それでも、高位の魔術には耐えられそうになかった。
「この土も悪くない。だが、やはり質は落ちている」
「ええ……」
エスティーナは眉を下げた。
「すみません、昔からやり方は変えていないのです。何がいけないのでしょう?」
「みたところ、土に問題があるわけでは無い。土詰めの方法も問題なさそうだ。あとは……エスティーナ、そなた、最近変わったことは無いか?」
「変わったこと?」
「どんな些細なことでもいい。話してくれぬか?」
「ええと……」
エスティーナはここ最近のことを思い返す。何も変わらない毎日を過ごしていたはずだったが……。
「あ」
声を上げて、エスティーナは口元を押さえた。
そう、確かに彼女の体にはとある変異が起きていた。しかし、全く関係のないことのように思えるが……。
「思い当たる節があるのだな?」
「あります。ありますが、その……」
しかし、それを口にするには憚られる。エスティーナが言いにくそうに俯きながら頬を染めるが、オズは追求してきた。
「なんでもいい、教えてくれぬか」
「う……」
綺麗な翡翠色の瞳に見つめられれば、答えないわけにはいかない。
「じ、実は、その……。最近、下の毛が生えてきて……」
「下生えか」
「……っ」
夢の中でどれほど肌を重ねようが、恥毛のことを伝えるのは別の恥ずかしさがある。
実はエスティーナは極端に体毛の薄い女性であった。髪の毛はふさふさだが、腕や足には殆ど毛が生えておらず、手入れをしたこともない。恥毛も生えていなかった。
それがなぜか、最近になってようやく恥毛が生えてきたのである。恥毛が生えてくることは病気ではないし、エスティーナより十も年下の女性だって既に生えているわけなので、特に気にもとめなかった。
もちろん、恥毛が生えたことを誰にも話していないが、あさか初対面の男に伝えることになるとは……と、いたたまれない気持ちになる。
しかしオズは納得したように頷いていた。
「昔の魔導士は、高位の魔術を使うときに体毛を全て剃っていたと文献に書いてあった。体毛は魔術に影響する可能性があるのだ。特に、生殖器に近い場所の毛は影響しやすいという説もある。もしかしたら、それが影響しているのかもしれぬな」
「え、ええっ?」
「エスティーナ。すまぬが、下生えを剃ってみてはくれぬか?」
「わ、分かりました……」
恥毛にこだわりは無い。これで土の品質が元に戻るならと頷くと、そこにアルマンがやってきた。
「筆頭魔導士様!」
アルマンは正装をしていた。どうみても従業員には見えない、農場にはふさわしくないその姿に、オズは小首を傾げる。
「筆頭魔導士様、ようこそこの村へおいでくださいました。私はこの村の長の息子、アルマンと申します。長は体調を崩しているので、代わりに私が挨拶に参りました」
「……ああ。わたくしは筆頭魔導士のオズ・ヘッケルトだ」
土の調査にきているだけなのに、なぜ村長の息子がわざわざ挨拶にくるのかオズには分からなかった。役人の監査では無いので、村長の息子に挨拶される理由は無い。しかしアルマンと名乗った青年もエスティーナも当たり前のような顔をしているので、小さな村はこうなのかもしれないと思うことにした。
アルマンもまた、オズの姿を見て驚いているようだった。
「まさか、筆頭魔導士様がこんなに若いかただとは思いもしませんでした」
「そうか。歴代の筆頭魔導士も総じて若いし、今の副筆頭魔導士も二十六だ」
「二十六! 俺……じゃなかった、私と同じ年齢です……」
「宮廷司教は血筋と経歴で地位が決まり、王宮騎士団は実力と家柄が地位に大きく影響する。しかし、宮廷魔導士は実力と功績で決まる。わたくしの出自も平民だ。かしこまらなくてもよい」
「は、はい……」
そう言われても、この小さな村しか知らない村人にとって、王宮の筆頭魔導士なんて雲の上の存在だ。アルマンは緊張しているのか、ずっと背筋をぴんと伸ばしたままだった。そんな彼を見て、エスティーナはくすっと笑う。
「あなた、緊張しすぎよ」
「だって、筆頭魔導士様だぞ……」
「あなただって村長の息子じゃない。村では十分偉いんだから、胸を張りなさいよ」
エスティーナがにこやかにアルマンに話しかけていると、オズはすっと瞳を細めた。
「随分と仲が良いようだな」
「あ、はい。アルマンは幼なじみで……」
「はい! エスティーナの将来の夫です」
「なっ……! 馬鹿なこと言わないで!」
エスティーナはぽかっとアルマンの頭を叩く。しかし、その様子から遠慮の無い二人の仲の良さが伝わり、オズは眉間に皺を寄せた。
「小さい頃は一緒に川遊びしただろ! 俺はお前の尻のほくろの数まで知ってるんだぞ」
「ちょ、ちょっと……!」
村の子供は夏になると裸で川遊びをする。だから、幼き日のエスティーナの裸など、皆に見られているのだが……。
「あの三つに並んだほくろは、確かにかわいらしいな」
突如、オズが勝ち誇ったように言い放った。その発言に、エスティーナもアルマンも絶句する。
「な……」
「アルマンよ。土のことで試したいことがある。行っても良いだろうか」
「あ……、は、はい」
「行くぞ、エスティーナ」
オズはエスティーナの手を引くと、屋敷へ向けて歩き出す。その二人の姿を見て、
「え? ……えっ?」
と、アルマンは呆然とするしかなかった。
「最近は、ここの土を詰めています」
エスティーナが案内したのは農地の一角。畑のように鍬で綺麗に耕された土は、女性でもなんなく袋詰めできそうだ。
「以前ここに来て土のことを教えてくれた魔道士様は、この農場の土ならどこでもいいと仰っていました。だから、空いている土地の土を適当に詰めて、土が減ってきたらまた他の場所の土を……と。今まで、それで問題は無かったのですが……」
「ふむ」
オズは屈み、手で土をすくった。
「確かに、上質な土だ。だが、このままでは魔術には使えぬ。エスティーナ、いつもどのように袋詰めしているのか見せてはくれぬか?」
「は、はい」
エスティーナは小瓶を取り出す。それは、旅の魔導士に作り方を教えて貰った聖水だった。
「これは、満月の晩に小川から汲んできた水を、半月の晩に月光浴させました。聖水と呼ぶって魔導士様に教わりました」
「……なるほど」
それは聖職者が作る聖水とは全くの別物だが、月の満ち欠けの力を受けた水は確かに魔術では聖水として扱われている。
エスティーナは土に聖水をまくと、歌を歌い始めた。高く澄んだ声は、遠くまで響く。
「…………」
オズはその歌声に聞き惚れていた。筆頭魔導士という仕事柄、王宮の晩餐で屈指の歌姫を沢山見てきた彼であるが、今まで聞いてきたどんな歌よりも心に響く気がする。
歌い終わると、エスティーナは少し恥ずかしげに頬を染めていた。
「この歌も、魔道士様に教えて貰ったものです。あとは、この土を袋に詰めるんですけど……」
エスティーナはシャベルで土袋に土を詰めていく。そして、半分ほどつめたところでオズに土袋を差し出した。
「いつもこうしてるんですけど、やっぱり違います?」
「どれ」
オズは土袋の中に手を差し入れた。救った土からは、最初に触ったときとは比べものにならないほど、いい波長を感じる。かなり上質な土といえるが、それでも、高位の魔術には耐えられそうになかった。
「この土も悪くない。だが、やはり質は落ちている」
「ええ……」
エスティーナは眉を下げた。
「すみません、昔からやり方は変えていないのです。何がいけないのでしょう?」
「みたところ、土に問題があるわけでは無い。土詰めの方法も問題なさそうだ。あとは……エスティーナ、そなた、最近変わったことは無いか?」
「変わったこと?」
「どんな些細なことでもいい。話してくれぬか?」
「ええと……」
エスティーナはここ最近のことを思い返す。何も変わらない毎日を過ごしていたはずだったが……。
「あ」
声を上げて、エスティーナは口元を押さえた。
そう、確かに彼女の体にはとある変異が起きていた。しかし、全く関係のないことのように思えるが……。
「思い当たる節があるのだな?」
「あります。ありますが、その……」
しかし、それを口にするには憚られる。エスティーナが言いにくそうに俯きながら頬を染めるが、オズは追求してきた。
「なんでもいい、教えてくれぬか」
「う……」
綺麗な翡翠色の瞳に見つめられれば、答えないわけにはいかない。
「じ、実は、その……。最近、下の毛が生えてきて……」
「下生えか」
「……っ」
夢の中でどれほど肌を重ねようが、恥毛のことを伝えるのは別の恥ずかしさがある。
実はエスティーナは極端に体毛の薄い女性であった。髪の毛はふさふさだが、腕や足には殆ど毛が生えておらず、手入れをしたこともない。恥毛も生えていなかった。
それがなぜか、最近になってようやく恥毛が生えてきたのである。恥毛が生えてくることは病気ではないし、エスティーナより十も年下の女性だって既に生えているわけなので、特に気にもとめなかった。
もちろん、恥毛が生えたことを誰にも話していないが、あさか初対面の男に伝えることになるとは……と、いたたまれない気持ちになる。
しかしオズは納得したように頷いていた。
「昔の魔導士は、高位の魔術を使うときに体毛を全て剃っていたと文献に書いてあった。体毛は魔術に影響する可能性があるのだ。特に、生殖器に近い場所の毛は影響しやすいという説もある。もしかしたら、それが影響しているのかもしれぬな」
「え、ええっ?」
「エスティーナ。すまぬが、下生えを剃ってみてはくれぬか?」
「わ、分かりました……」
恥毛にこだわりは無い。これで土の品質が元に戻るならと頷くと、そこにアルマンがやってきた。
「筆頭魔導士様!」
アルマンは正装をしていた。どうみても従業員には見えない、農場にはふさわしくないその姿に、オズは小首を傾げる。
「筆頭魔導士様、ようこそこの村へおいでくださいました。私はこの村の長の息子、アルマンと申します。長は体調を崩しているので、代わりに私が挨拶に参りました」
「……ああ。わたくしは筆頭魔導士のオズ・ヘッケルトだ」
土の調査にきているだけなのに、なぜ村長の息子がわざわざ挨拶にくるのかオズには分からなかった。役人の監査では無いので、村長の息子に挨拶される理由は無い。しかしアルマンと名乗った青年もエスティーナも当たり前のような顔をしているので、小さな村はこうなのかもしれないと思うことにした。
アルマンもまた、オズの姿を見て驚いているようだった。
「まさか、筆頭魔導士様がこんなに若いかただとは思いもしませんでした」
「そうか。歴代の筆頭魔導士も総じて若いし、今の副筆頭魔導士も二十六だ」
「二十六! 俺……じゃなかった、私と同じ年齢です……」
「宮廷司教は血筋と経歴で地位が決まり、王宮騎士団は実力と家柄が地位に大きく影響する。しかし、宮廷魔導士は実力と功績で決まる。わたくしの出自も平民だ。かしこまらなくてもよい」
「は、はい……」
そう言われても、この小さな村しか知らない村人にとって、王宮の筆頭魔導士なんて雲の上の存在だ。アルマンは緊張しているのか、ずっと背筋をぴんと伸ばしたままだった。そんな彼を見て、エスティーナはくすっと笑う。
「あなた、緊張しすぎよ」
「だって、筆頭魔導士様だぞ……」
「あなただって村長の息子じゃない。村では十分偉いんだから、胸を張りなさいよ」
エスティーナがにこやかにアルマンに話しかけていると、オズはすっと瞳を細めた。
「随分と仲が良いようだな」
「あ、はい。アルマンは幼なじみで……」
「はい! エスティーナの将来の夫です」
「なっ……! 馬鹿なこと言わないで!」
エスティーナはぽかっとアルマンの頭を叩く。しかし、その様子から遠慮の無い二人の仲の良さが伝わり、オズは眉間に皺を寄せた。
「小さい頃は一緒に川遊びしただろ! 俺はお前の尻のほくろの数まで知ってるんだぞ」
「ちょ、ちょっと……!」
村の子供は夏になると裸で川遊びをする。だから、幼き日のエスティーナの裸など、皆に見られているのだが……。
「あの三つに並んだほくろは、確かにかわいらしいな」
突如、オズが勝ち誇ったように言い放った。その発言に、エスティーナもアルマンも絶句する。
「な……」
「アルマンよ。土のことで試したいことがある。行っても良いだろうか」
「あ……、は、はい」
「行くぞ、エスティーナ」
オズはエスティーナの手を引くと、屋敷へ向けて歩き出す。その二人の姿を見て、
「え? ……えっ?」
と、アルマンは呆然とするしかなかった。
15
あなたにおすすめの小説
わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件
こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?
エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。
普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。
※課長の脳内は変態です。
なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。
義兄様と庭の秘密
結城鹿島
恋愛
もうすぐ親の決めた相手と結婚しなければならない千代子。けれど、心を占めるのは美しい義理の兄のこと。ある日、「いっそ、どこかへ逃げてしまいたい……」と零した千代子に対し、返ってきた言葉は「……そうしたいなら、そうする?」だった。
無表情いとこの隠れた欲望
春密まつり
恋愛
大学生で21歳の梓は、6歳年上のいとこの雪哉と一緒に暮らすことになった。
小さい頃よく遊んでくれたお兄さんは社会人になりかっこよく成長していて戸惑いがち。
緊張しながらも仲良く暮らせそうだと思った矢先、転んだ拍子にキスをしてしまう。
それから雪哉の態度が変わり――。
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる