劣情過分の恋情未満【R18】

こいなだ陽日

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【4】将来の夫は知っている

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 額の腫れも引いた頃、エスティーナは土の仕事場までオズを案内した。
「最近は、ここの土を詰めています」
 エスティーナが案内したのは農地の一角。畑のように鍬で綺麗に耕された土は、女性でもなんなく袋詰めできそうだ。
「以前ここに来て土のことを教えてくれた魔道士様は、この農場の土ならどこでもいいと仰っていました。だから、空いている土地の土を適当に詰めて、土が減ってきたらまた他の場所の土を……と。今まで、それで問題は無かったのですが……」
「ふむ」
 オズは屈み、手で土をすくった。
「確かに、上質な土だ。だが、このままでは魔術には使えぬ。エスティーナ、いつもどのように袋詰めしているのか見せてはくれぬか?」
「は、はい」
 エスティーナは小瓶を取り出す。それは、旅の魔導士に作り方を教えて貰った聖水だった。
「これは、満月の晩に小川から汲んできた水を、半月の晩に月光浴させました。聖水と呼ぶって魔導士様に教わりました」
「……なるほど」
 それは聖職者が作る聖水とは全くの別物だが、月の満ち欠けの力を受けた水は確かに魔術では聖水として扱われている。
 エスティーナは土に聖水をまくと、歌を歌い始めた。高く澄んだ声は、遠くまで響く。
「…………」
 オズはその歌声に聞き惚れていた。筆頭魔導士という仕事柄、王宮の晩餐で屈指の歌姫を沢山見てきた彼であるが、今まで聞いてきたどんな歌よりも心に響く気がする。
 歌い終わると、エスティーナは少し恥ずかしげに頬を染めていた。
「この歌も、魔道士様に教えて貰ったものです。あとは、この土を袋に詰めるんですけど……」
 エスティーナはシャベルで土袋に土を詰めていく。そして、半分ほどつめたところでオズに土袋を差し出した。
「いつもこうしてるんですけど、やっぱり違います?」
「どれ」
 オズは土袋の中に手を差し入れた。救った土からは、最初に触ったときとは比べものにならないほど、いい波長を感じる。かなり上質な土といえるが、それでも、高位の魔術には耐えられそうになかった。
「この土も悪くない。だが、やはり質は落ちている」
「ええ……」
 エスティーナは眉を下げた。
「すみません、昔からやり方は変えていないのです。何がいけないのでしょう?」
「みたところ、土に問題があるわけでは無い。土詰めの方法も問題なさそうだ。あとは……エスティーナ、そなた、最近変わったことは無いか?」
「変わったこと?」
「どんな些細なことでもいい。話してくれぬか?」
「ええと……」
 エスティーナはここ最近のことを思い返す。何も変わらない毎日を過ごしていたはずだったが……。
「あ」
 声を上げて、エスティーナは口元を押さえた。
 そう、確かに彼女の体にはとある変異が起きていた。しかし、全く関係のないことのように思えるが……。
「思い当たる節があるのだな?」
「あります。ありますが、その……」
 しかし、それを口にするには憚られる。エスティーナが言いにくそうに俯きながら頬を染めるが、オズは追求してきた。
「なんでもいい、教えてくれぬか」
「う……」
 綺麗な翡翠色の瞳に見つめられれば、答えないわけにはいかない。
「じ、実は、その……。最近、下の毛が生えてきて……」
「下生えか」
「……っ」
 夢の中でどれほど肌を重ねようが、恥毛のことを伝えるのは別の恥ずかしさがある。
 実はエスティーナは極端に体毛の薄い女性であった。髪の毛はふさふさだが、腕や足には殆ど毛が生えておらず、手入れをしたこともない。恥毛も生えていなかった。
 それがなぜか、最近になってようやく恥毛が生えてきたのである。恥毛が生えてくることは病気ではないし、エスティーナより十も年下の女性だって既に生えているわけなので、特に気にもとめなかった。
 もちろん、恥毛が生えたことを誰にも話していないが、あさか初対面の男に伝えることになるとは……と、いたたまれない気持ちになる。
 しかしオズは納得したように頷いていた。
「昔の魔導士は、高位の魔術を使うときに体毛を全て剃っていたと文献に書いてあった。体毛は魔術に影響する可能性があるのだ。特に、生殖器に近い場所の毛は影響しやすいという説もある。もしかしたら、それが影響しているのかもしれぬな」
「え、ええっ?」
「エスティーナ。すまぬが、下生えを剃ってみてはくれぬか?」
「わ、分かりました……」
 恥毛にこだわりは無い。これで土の品質が元に戻るならと頷くと、そこにアルマンがやってきた。
「筆頭魔導士様!」
 アルマンは正装をしていた。どうみても従業員には見えない、農場にはふさわしくないその姿に、オズは小首を傾げる。
「筆頭魔導士様、ようこそこの村へおいでくださいました。私はこの村の長の息子、アルマンと申します。長は体調を崩しているので、代わりに私が挨拶に参りました」
「……ああ。わたくしは筆頭魔導士のオズ・ヘッケルトだ」
 土の調査にきているだけなのに、なぜ村長の息子がわざわざ挨拶にくるのかオズには分からなかった。役人の監査では無いので、村長の息子に挨拶される理由は無い。しかしアルマンと名乗った青年もエスティーナも当たり前のような顔をしているので、小さな村はこうなのかもしれないと思うことにした。
 アルマンもまた、オズの姿を見て驚いているようだった。
「まさか、筆頭魔導士様がこんなに若いかただとは思いもしませんでした」
「そうか。歴代の筆頭魔導士も総じて若いし、今の副筆頭魔導士も二十六だ」
「二十六! 俺……じゃなかった、私と同じ年齢です……」
「宮廷司教は血筋と経歴で地位が決まり、王宮騎士団は実力と家柄が地位に大きく影響する。しかし、宮廷魔導士は実力と功績で決まる。わたくしの出自も平民だ。かしこまらなくてもよい」
「は、はい……」
 そう言われても、この小さな村しか知らない村人にとって、王宮の筆頭魔導士なんて雲の上の存在だ。アルマンは緊張しているのか、ずっと背筋をぴんと伸ばしたままだった。そんな彼を見て、エスティーナはくすっと笑う。
「あなた、緊張しすぎよ」
「だって、筆頭魔導士様だぞ……」
「あなただって村長の息子じゃない。村では十分偉いんだから、胸を張りなさいよ」
 エスティーナがにこやかにアルマンに話しかけていると、オズはすっと瞳を細めた。
「随分と仲が良いようだな」
「あ、はい。アルマンは幼なじみで……」
「はい! エスティーナの将来の夫です」
「なっ……! 馬鹿なこと言わないで!」
 エスティーナはぽかっとアルマンの頭を叩く。しかし、その様子から遠慮の無い二人の仲の良さが伝わり、オズは眉間に皺を寄せた。
「小さい頃は一緒に川遊びしただろ! 俺はお前の尻のほくろの数まで知ってるんだぞ」
「ちょ、ちょっと……!」
 村の子供は夏になると裸で川遊びをする。だから、幼き日のエスティーナの裸など、皆に見られているのだが……。
「あの三つに並んだほくろは、確かにかわいらしいな」
 突如、オズが勝ち誇ったように言い放った。その発言に、エスティーナもアルマンも絶句する。
「な……」
「アルマンよ。土のことで試したいことがある。行っても良いだろうか」
「あ……、は、はい」
「行くぞ、エスティーナ」
 オズはエスティーナの手を引くと、屋敷へ向けて歩き出す。その二人の姿を見て、
「え? ……えっ?」
と、アルマンは呆然とするしかなかった。
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