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【6】決断の早い男
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下生えを処理したエスティーナは、いつも通りの手順で土を詰める。土袋から土を掬ったオズは、
「おお……これだ、この土だ……!」
と、嬉しそうに呟いた。
どうやら、原因は恥毛だったようだ。なんでそんなものが影響するのか分からないけれど、土の出荷はやめずに済みそうだと、エスティーナはほっと息をつく。
「良かった……」
そんな彼女に、オズが気まずそうに問いかけた。
「エスティーナ。そなたに頼みがあるのだが……」
彼が何を言おうとしているのか、内容を聞かなくても安易に予想できる。エスティーナはにこやかに答えた。
「土人形の魔術の件ですか? ……いいですよ、今まで通りで。今更ですし、そんな魔術まで使える筆頭魔導士様の魔力が弱まってしまうことは国にとって大きな損失ですものね」
「まことか?」
「はい」
オズもまた、エスティーナの答えに安堵しているようだ。
架空の人物だと思っていたオズが実在していたことは、エスティーナも最初は驚きはしたものの、だんだん嬉しくなってきた。夢の中では体は動かせないものの、会話はできるので、今後はオズともっと色々な話をしたい。会ったばかりで彼のことはよく分からないから、知りたいのだ。なにせ、手先が得意なことくらいしか知らない。
この感情がなんなのか、今はまだ分からない。しかし、夢の中でまた彼に抱かれたいとエスティーナは思っていた。
そもそも、もう何年も夢の中で彼に抱かれてきたのだ。突然それがなくなるなんて、想像しただけでも胸に穴が開いた気分になる。性的干渉におおらかなこの村で純潔を保つことができたのも、あの夢を見られていたからなのだ。本当に抱かれていたわけでは無いけれど、夢の中の契りはエスティーナの心を満たしてくれる。
今後はゆっくりお互いを知り合って、いつかこの感情に名前をつけることができればとエスティーナは考えていた。
――――だが、現実はそうはいかない。
ユングは多忙であるため、土の品質が元に戻ったことを伝えるのは、夕食の時になってしまった。いつもは親子二人での食事だが、今日は客人であるオズも同席している。
土のことを聞いてユングは喜んだものの、急に真面目な顔をしてオズに訊ねた。
「土詰めとやらは、乙女であればエスティーナ以外でも可能でしょうか? 昔、一度だけ娘以外の女性に作業を頼んだときも土の品質が下がったと言われました。その時は娘が土詰めすることで品質は元に戻りましたが、娘しかできないのでは困るのです。娘ももういい歳です。いつまでも土詰めの仕事をさせるわけにはいきません」
父親がエスティーナに結婚の話を持ちかけるのはよくあることだが、よりによってオズの前でなんてことを言い出すのかと彼女はむせる。
「んぐっ、ごほ……っ。と、父さん! 私に結婚するような相手はいないわよ!」
「結婚相手くらい父さんが見つけてきてやる。アルマンはお前に気があるらしいが、あいつは嫌なんだろう? ……まあ確かに村長の息子であるが、あいつは遊びすぎだと父さんも思う。お前は何も心配しなくていい。父さんに全て任しておけ。いい相手を見つけてやる」
せっかく夢の中の恋人……もとい、オズと出会うことができて、これからという時に結婚話を進められたら困ってしまう。エスティーナとて、自分がもう二十五歳になるということは十分承知しているのだが、もう少しだけ待って貰いたい。
納得していない娘を尻目に、ユングはオズに問いかけた。
「オズ様、どうなのです? 土詰めはエスティーナでなければ駄目なのですか?」
「……いや、もし魔力をもつ人間が作業しているならば何かしらの影響が考えられるが、エスティーナは魔力を持っていない。つまり、条件が整えば誰でもできるのだ。今回の調査で、エスティーナは特別な資質を持っていることが分かった。だが、十一か十二歳くらいまでの娘でも同じように土詰めができるだろう」
「なるほど、年齢ですか。確かに以前、エスティーナの代役を頼んだ娘は乙女であっても十八になっていました」
詳細を知らないユングは納得したように頷く。
しかし、エスティーナはオズがまだ恥毛が生えないだろう年齢を指したのだと気付いた。まあ、剃毛さえすればそれ以上の歳でも大丈夫なはずだが、さすがにそれを説明するのは恥ずかしい。実の父親に、恥毛の処理を知られるのは嫌だった。
だから、オズが恥毛のことを言わずにいてくれたことに、内心感謝する。そして、特別な資質について父親が細かく追求しないことも助かったと思った。
「いやはや、エスティーナ以外でも大丈夫そうだと聞いて安心しました。無理なら土の出荷はやめるつもりでしたが、筆頭魔導士様が直々に来られるほど重要な土なのでしょう? 早速明日、村の若い娘にやらせてみますので、品質を見ていただけますでしょうか?」
「分かった」
「ちょっと待って、父さん。試すのは良いけど、私、まだ土の仕事をやめるつもりはないからね!」
エスティーナが言うが、父親は聞く耳を持たないようだ。ちらりとオズを見ると、表情一つ変えることなく食事を続けている。
エスティーナの結婚が話題になっていというのに、彼は何も感じていないのかもしれない。オズはエスティーナのことをただの都合の良い性処理相手としか思っていないのだろうか?
そう考えると、胸の奥がちくりと痛んだ。
食事のあと湯浴みをし、エスティーナはベッドで横になる。そして、明日の土詰めのことを考えていた。
魔術の仕組みがどういうものなのか、魔導士ではないエスティーナには分からない。しかし、十一、二歳の娘が詰めた土で魔術を使えば、オズはその子供と情交することになるのだろうか?
――――それは絶対に駄目だ。
嫉妬もなきにしもあらずだが、たとえ現実に抱いているわけでなくても、子供に手を出すのは犯罪臭がする。なんとか止めなければ。
区別できるように、エスティーナが詰めた土袋だけは特別な印をつけるのもいいかもしれない。明日、オズとそのことについて話し合おうと思っていると、扉がノックされた。
「はーい」
返事をすると、入ってきたのはオズだった。彼も湯浴みを終えたのだろう、簡素な服に着替えている。
「オズ様、どうしました?」
「話がある」
通常、夜に男女が同じ部屋で二人きりになれば噂が立つので、そうならないようにわざと扉を開けたままにしておくのが一般常識である。しかし、この小さな村は性におおらかであり、かつ田舎すぎるので、そういった風習は全くなかった。
だからオズがわざわざ扉を閉めて入ってきたことに、エスティーナは何の疑問も抱かない。
「丁度良かった。私も話があったんです。オズ様からどうぞ」
「ああ……実は今、そなたの父親と話をつけてきた」
「何をです?」
「そなたを嫁に迎えたいと」
「――――は?」
エスティーナの頭が真っ白になった。
ちょっと待て。この男はいきなり何を言っているのか。
「オ、オズ様?」
「そなたの父親の承諾は得た。わたくしと結婚してはくれぬか?」
「え、え、……ええええええええっ?」
驚きのあまり、エスティーナは大きな声を上げてしまった。
「な、なんてことを言い出すんですか! そもそも、そういう話は父さんより先に私に言うべきじゃないですか?」
「夕食の際、そなたの結婚相手はユング殿が決めると言っていた。ならば先にユング殿に話をつけようと思ったのだ」
「うっ……」
確かに彼の言う通りだ。だが……。
「オズ様、落ち着いてください。確かに夢の中で……いえ、オズ様にとっては夢の中ではなかったのでしょうが、それは置いておいて。私たちは何年も前から会っていましたが、お互いに実在するとは思っていなかったですよね? いくら肌を重ねていたとしても、お互いのことは何も知らず、実際には今日会ったばかりです。結婚を決めるのはさすがに早急すぎませんか?」
オズがエスティーナと結婚したいと思ってくれたことは、正直言って嬉しい。だが、素直に喜べるほど若くもない。どう考えても、この求婚に愛情は感じなかった。
「早急か? わたくしは六年前の戦争で、決断は遅くなればなるほど不利になると学んだ。当時、わたくしは副筆頭魔導士だった。筆頭魔導士の魔力は強かったが何事も慎重に考えすぎるきらいがあり、決断をくだせぬまま窮地に追いこまれ命を落とした。熟考が悪いとは言わぬが、わたくしは重要なことほど、すぐに決断することにしている」
「せ、戦争……」
確かに六年前、大きな戦争があった。しかしエスティーナの村は戦地となった国境付近からは遠く離れており、そこまで影響が無かったので、どれほどのものだったのか分からない。
しかし、オズはその戦争に参加し、その目で命を落とす者を見た。戦争経験者の語る言葉は重く、決断は早くあるべきという彼の持論にも頷いてしまう。
「確かにそなたとは今日出会ったばかりだ。そなたが土人形の魔術を続けて良いと言ってくれたから、今後はその魔術を通してそなたのことを知っていきたいと思っていた。そなたの体は動かぬが、会話は交わせるからな。だが夕食の際、ユング殿が結婚相手を見つけると言った時に思ったのだ。わたくしが、その相手になればいいと」
「え、えええ……」
あの時、涼しい顔をしていたと思ったが、まさかオズがそんなことを考えていたなんて思ってもいなかった。エスティーナのことをなんとも思っていないのかと傷ついたのに、自分が結婚相手になると即決したから、結婚話も平気な顔をして聞いていたのだ。
「勿論、理由もなしに決断したわけではない。わたくしは魔術で最初にエスティーナを作り出したとき……その容姿は、わたくしの深層心理が作り上げた理想の姿が具現化したものだと思ったのだ。それまで特に理想の女性像など考えたこともなかったから、そなたの姿を見るたびに、これがわたくしの理想像なのだと思うようになった」
――――そう。オズにとってエスティーナは本来、理想の女性像というわけではなかった。しかし、これが理想なのだと思いこむうちに、本当にそうなってしまったのだ。
「もともと結婚願望などなかったが、理想の女性そのもの……つまり、そなたが存在すると分かれば、結婚したいと思うのはおかしいことではあるまい」
理想の女性そのものと言われて、エスティーナの顔が耳まで赤く染まる。しかし、素直に喜べないし、恥ずかしさを誤魔化すように否定するようなことを口走ってしまった。
「で、でも、中身は全然知らないですよね? 夢の中ではろくに話したことがないですし、たとえ見た目が理想であっても、性格があわないと結婚生活がうまくいくとは思えません」
「確かに、そなたのことはまだ分からないことが多い。土人形のエスティーナは大人しい女性だと思っていたが、実際のエスティーナはやられたらやりかえすくらい気が強くみえる。そして、この歳まで純潔を守り続けるほど仕事に対して責任感が強く、その姿勢はとても好ましい。それに、恥じらいを持った女性らしい部分もある」
「……っ」
気が強い、責任感が強い、そして変なところが恥ずかしがり屋。その三つはまさにエスティーナが他者から評される性格そのものであった。
出会ったばかりなのによく見てくれている……と、エスティーナはなんだかくすぐったく感じてしまう。
「わたくしの思っていたエスティーナとは違っていたが、今のわたくしはそなた自身を好ましく思っている。これを恋情と呼ぶにはまだ早いだろう。だが、ユング殿がそなたの結婚の話を出したときに思った。そなたが他の男と結婚するのは嫌なのだ。そなたには、このわたくしの花嫁となって欲しいのだ」
オズの偽りのない言葉はエスティーナの心を打った。恋情と呼ぶには早いというのはまさにその通りで、エスティーナもオズに恋情は抱いていない。一目惚れだとかすぐに好きになったとか、適当なことは一切言わず、それでも結婚して欲しいと見つめてくる彼のまっすぐな瞳を見て、エスティーナは素直に嬉しいと思ってしまった。
「エスティーナ、そなたはわたくしが夫となるのは嫌か? ユング殿が決めた相手の元に嫁ぎたいのか?」
「そ、そんなことはないです! 知らない人に嫁ぐよりは、まだオズ様のほうが……、……いえ、私だって夢の中で出会うオズ様に行為を持っていました。でも、その、いきなりすぎて……」
「この村を出てわたくしと一緒に来てくれぬか? 確かに今日が初対面であるが、わたくしたちには数年間の思い出もある。わたくしにとって、ずっと肌を重ねてきたそなたを失うのは半身を失うようなものだ。お互いのことはこれから知っていけば良いし……直感であるが、そなたとわたくしなら、うまくやっていけると思うのだ」
「オズ様……」
女として、ここまで求められて嫌に思うはずがない。アルマンのように軽く「結婚しよう」と言ってくるのではなく、彼は切々と偽りのない胸の内を語り、半身を失うようなものだとまで言ってくれた。
だが、どうしても早すぎる気がする。なにせ、今日会ったばかりなのだ。
嬉しい反面、戸惑いが胸をよぎり返事を出せないままエスティーナが立ち尽くしていると、急にオズが床に両膝をついた。また土下座するのかと思って、エスティーナはぎょっとする。
しかしオズは土下座するのではなく、まるでエスティーナにすがりつくようにぎゅっと抱きついてきた。彼の顔がエスティーナのお腹に当たる。
「結婚してくれぬのなら、王都には戻らぬ」
「は?」
「結婚してくれるまで離さぬぞ」
「はあああああ?」
まさかの子供じみた行動に、エスティーナは呆気にとられた。
「な、何言ってるんですか!」
「そなたを嫁にすると決めたのだ。そなたと一緒で無ければ帰らない」
「馬鹿なことを言わないでください! 筆頭魔導士様がいないと、宮廷魔導士のみなさんは困りますよね?」
「副筆頭魔導士が優秀だから大丈夫だ。わたくしも、土の件が解決するまでは戻らぬと伝えて出てきた。そなたを説得できるまではここに残るぞ。このままな」
オズはエスティーナに回した腕にぎゅっと力をこめる。
「オ、オズ様……」
「結婚してくれぬか……?」
エスティーナの腹に顔を埋めたまま、オズが呟く。ここまでなりふり構わず求められてしまえば、エスティーナも折れた。
確かにエスティーナとて、ずっと夢に出てきたオズに好意を抱いていた。夢の中の彼と現実の彼は全く違ったけれど、こうして子供みたいな彼も可愛いとさえ思ってしまう。
エスティーナは大きくため息をついた。それから、肯定の返事をするつもりだったが、それよりも早くオズが口を開く。
「伝え忘れていたが、ユング殿にそなたとの結婚を申しこんだ際に、この部屋の鍵を頂いた。夜這いをしろという意味だとわたくしは受け取ったぞ。ユング殿は男の魔導士と魔力の関係をよく知っているようだな? 筆頭魔導士という地位にあるわたくしがそなたと既成事実を作ってしまえば、魔力を保つために、何があってもそなたを嫁に迎えざるを得ないとなると考えているようだ」
「……え?」
「早速鍵を渡してきたということは、口約束だけでは信用できないということだな。まあ、わたくしにとっては都合がいいことではあるが。……さて、エスティーナよ、土の仕事ができなくなれば、本格的に結婚を考えるようになるか?」
オズはエスティーナに腕を回したまま立ち上がる。直立のまま抱え上げられた彼女は、驚きつつも足をばたつかせた。
「オ、オズ様っ」
「そなたの父親公認だ。ありがたく夜這わせて貰おう」
その言葉と共に、エスティーナはベッドに下ろされたのだった。
「おお……これだ、この土だ……!」
と、嬉しそうに呟いた。
どうやら、原因は恥毛だったようだ。なんでそんなものが影響するのか分からないけれど、土の出荷はやめずに済みそうだと、エスティーナはほっと息をつく。
「良かった……」
そんな彼女に、オズが気まずそうに問いかけた。
「エスティーナ。そなたに頼みがあるのだが……」
彼が何を言おうとしているのか、内容を聞かなくても安易に予想できる。エスティーナはにこやかに答えた。
「土人形の魔術の件ですか? ……いいですよ、今まで通りで。今更ですし、そんな魔術まで使える筆頭魔導士様の魔力が弱まってしまうことは国にとって大きな損失ですものね」
「まことか?」
「はい」
オズもまた、エスティーナの答えに安堵しているようだ。
架空の人物だと思っていたオズが実在していたことは、エスティーナも最初は驚きはしたものの、だんだん嬉しくなってきた。夢の中では体は動かせないものの、会話はできるので、今後はオズともっと色々な話をしたい。会ったばかりで彼のことはよく分からないから、知りたいのだ。なにせ、手先が得意なことくらいしか知らない。
この感情がなんなのか、今はまだ分からない。しかし、夢の中でまた彼に抱かれたいとエスティーナは思っていた。
そもそも、もう何年も夢の中で彼に抱かれてきたのだ。突然それがなくなるなんて、想像しただけでも胸に穴が開いた気分になる。性的干渉におおらかなこの村で純潔を保つことができたのも、あの夢を見られていたからなのだ。本当に抱かれていたわけでは無いけれど、夢の中の契りはエスティーナの心を満たしてくれる。
今後はゆっくりお互いを知り合って、いつかこの感情に名前をつけることができればとエスティーナは考えていた。
――――だが、現実はそうはいかない。
ユングは多忙であるため、土の品質が元に戻ったことを伝えるのは、夕食の時になってしまった。いつもは親子二人での食事だが、今日は客人であるオズも同席している。
土のことを聞いてユングは喜んだものの、急に真面目な顔をしてオズに訊ねた。
「土詰めとやらは、乙女であればエスティーナ以外でも可能でしょうか? 昔、一度だけ娘以外の女性に作業を頼んだときも土の品質が下がったと言われました。その時は娘が土詰めすることで品質は元に戻りましたが、娘しかできないのでは困るのです。娘ももういい歳です。いつまでも土詰めの仕事をさせるわけにはいきません」
父親がエスティーナに結婚の話を持ちかけるのはよくあることだが、よりによってオズの前でなんてことを言い出すのかと彼女はむせる。
「んぐっ、ごほ……っ。と、父さん! 私に結婚するような相手はいないわよ!」
「結婚相手くらい父さんが見つけてきてやる。アルマンはお前に気があるらしいが、あいつは嫌なんだろう? ……まあ確かに村長の息子であるが、あいつは遊びすぎだと父さんも思う。お前は何も心配しなくていい。父さんに全て任しておけ。いい相手を見つけてやる」
せっかく夢の中の恋人……もとい、オズと出会うことができて、これからという時に結婚話を進められたら困ってしまう。エスティーナとて、自分がもう二十五歳になるということは十分承知しているのだが、もう少しだけ待って貰いたい。
納得していない娘を尻目に、ユングはオズに問いかけた。
「オズ様、どうなのです? 土詰めはエスティーナでなければ駄目なのですか?」
「……いや、もし魔力をもつ人間が作業しているならば何かしらの影響が考えられるが、エスティーナは魔力を持っていない。つまり、条件が整えば誰でもできるのだ。今回の調査で、エスティーナは特別な資質を持っていることが分かった。だが、十一か十二歳くらいまでの娘でも同じように土詰めができるだろう」
「なるほど、年齢ですか。確かに以前、エスティーナの代役を頼んだ娘は乙女であっても十八になっていました」
詳細を知らないユングは納得したように頷く。
しかし、エスティーナはオズがまだ恥毛が生えないだろう年齢を指したのだと気付いた。まあ、剃毛さえすればそれ以上の歳でも大丈夫なはずだが、さすがにそれを説明するのは恥ずかしい。実の父親に、恥毛の処理を知られるのは嫌だった。
だから、オズが恥毛のことを言わずにいてくれたことに、内心感謝する。そして、特別な資質について父親が細かく追求しないことも助かったと思った。
「いやはや、エスティーナ以外でも大丈夫そうだと聞いて安心しました。無理なら土の出荷はやめるつもりでしたが、筆頭魔導士様が直々に来られるほど重要な土なのでしょう? 早速明日、村の若い娘にやらせてみますので、品質を見ていただけますでしょうか?」
「分かった」
「ちょっと待って、父さん。試すのは良いけど、私、まだ土の仕事をやめるつもりはないからね!」
エスティーナが言うが、父親は聞く耳を持たないようだ。ちらりとオズを見ると、表情一つ変えることなく食事を続けている。
エスティーナの結婚が話題になっていというのに、彼は何も感じていないのかもしれない。オズはエスティーナのことをただの都合の良い性処理相手としか思っていないのだろうか?
そう考えると、胸の奥がちくりと痛んだ。
食事のあと湯浴みをし、エスティーナはベッドで横になる。そして、明日の土詰めのことを考えていた。
魔術の仕組みがどういうものなのか、魔導士ではないエスティーナには分からない。しかし、十一、二歳の娘が詰めた土で魔術を使えば、オズはその子供と情交することになるのだろうか?
――――それは絶対に駄目だ。
嫉妬もなきにしもあらずだが、たとえ現実に抱いているわけでなくても、子供に手を出すのは犯罪臭がする。なんとか止めなければ。
区別できるように、エスティーナが詰めた土袋だけは特別な印をつけるのもいいかもしれない。明日、オズとそのことについて話し合おうと思っていると、扉がノックされた。
「はーい」
返事をすると、入ってきたのはオズだった。彼も湯浴みを終えたのだろう、簡素な服に着替えている。
「オズ様、どうしました?」
「話がある」
通常、夜に男女が同じ部屋で二人きりになれば噂が立つので、そうならないようにわざと扉を開けたままにしておくのが一般常識である。しかし、この小さな村は性におおらかであり、かつ田舎すぎるので、そういった風習は全くなかった。
だからオズがわざわざ扉を閉めて入ってきたことに、エスティーナは何の疑問も抱かない。
「丁度良かった。私も話があったんです。オズ様からどうぞ」
「ああ……実は今、そなたの父親と話をつけてきた」
「何をです?」
「そなたを嫁に迎えたいと」
「――――は?」
エスティーナの頭が真っ白になった。
ちょっと待て。この男はいきなり何を言っているのか。
「オ、オズ様?」
「そなたの父親の承諾は得た。わたくしと結婚してはくれぬか?」
「え、え、……ええええええええっ?」
驚きのあまり、エスティーナは大きな声を上げてしまった。
「な、なんてことを言い出すんですか! そもそも、そういう話は父さんより先に私に言うべきじゃないですか?」
「夕食の際、そなたの結婚相手はユング殿が決めると言っていた。ならば先にユング殿に話をつけようと思ったのだ」
「うっ……」
確かに彼の言う通りだ。だが……。
「オズ様、落ち着いてください。確かに夢の中で……いえ、オズ様にとっては夢の中ではなかったのでしょうが、それは置いておいて。私たちは何年も前から会っていましたが、お互いに実在するとは思っていなかったですよね? いくら肌を重ねていたとしても、お互いのことは何も知らず、実際には今日会ったばかりです。結婚を決めるのはさすがに早急すぎませんか?」
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「せ、戦争……」
確かに六年前、大きな戦争があった。しかしエスティーナの村は戦地となった国境付近からは遠く離れており、そこまで影響が無かったので、どれほどのものだったのか分からない。
しかし、オズはその戦争に参加し、その目で命を落とす者を見た。戦争経験者の語る言葉は重く、決断は早くあるべきという彼の持論にも頷いてしまう。
「確かにそなたとは今日出会ったばかりだ。そなたが土人形の魔術を続けて良いと言ってくれたから、今後はその魔術を通してそなたのことを知っていきたいと思っていた。そなたの体は動かぬが、会話は交わせるからな。だが夕食の際、ユング殿が結婚相手を見つけると言った時に思ったのだ。わたくしが、その相手になればいいと」
「え、えええ……」
あの時、涼しい顔をしていたと思ったが、まさかオズがそんなことを考えていたなんて思ってもいなかった。エスティーナのことをなんとも思っていないのかと傷ついたのに、自分が結婚相手になると即決したから、結婚話も平気な顔をして聞いていたのだ。
「勿論、理由もなしに決断したわけではない。わたくしは魔術で最初にエスティーナを作り出したとき……その容姿は、わたくしの深層心理が作り上げた理想の姿が具現化したものだと思ったのだ。それまで特に理想の女性像など考えたこともなかったから、そなたの姿を見るたびに、これがわたくしの理想像なのだと思うようになった」
――――そう。オズにとってエスティーナは本来、理想の女性像というわけではなかった。しかし、これが理想なのだと思いこむうちに、本当にそうなってしまったのだ。
「もともと結婚願望などなかったが、理想の女性そのもの……つまり、そなたが存在すると分かれば、結婚したいと思うのはおかしいことではあるまい」
理想の女性そのものと言われて、エスティーナの顔が耳まで赤く染まる。しかし、素直に喜べないし、恥ずかしさを誤魔化すように否定するようなことを口走ってしまった。
「で、でも、中身は全然知らないですよね? 夢の中ではろくに話したことがないですし、たとえ見た目が理想であっても、性格があわないと結婚生活がうまくいくとは思えません」
「確かに、そなたのことはまだ分からないことが多い。土人形のエスティーナは大人しい女性だと思っていたが、実際のエスティーナはやられたらやりかえすくらい気が強くみえる。そして、この歳まで純潔を守り続けるほど仕事に対して責任感が強く、その姿勢はとても好ましい。それに、恥じらいを持った女性らしい部分もある」
「……っ」
気が強い、責任感が強い、そして変なところが恥ずかしがり屋。その三つはまさにエスティーナが他者から評される性格そのものであった。
出会ったばかりなのによく見てくれている……と、エスティーナはなんだかくすぐったく感じてしまう。
「わたくしの思っていたエスティーナとは違っていたが、今のわたくしはそなた自身を好ましく思っている。これを恋情と呼ぶにはまだ早いだろう。だが、ユング殿がそなたの結婚の話を出したときに思った。そなたが他の男と結婚するのは嫌なのだ。そなたには、このわたくしの花嫁となって欲しいのだ」
オズの偽りのない言葉はエスティーナの心を打った。恋情と呼ぶには早いというのはまさにその通りで、エスティーナもオズに恋情は抱いていない。一目惚れだとかすぐに好きになったとか、適当なことは一切言わず、それでも結婚して欲しいと見つめてくる彼のまっすぐな瞳を見て、エスティーナは素直に嬉しいと思ってしまった。
「エスティーナ、そなたはわたくしが夫となるのは嫌か? ユング殿が決めた相手の元に嫁ぎたいのか?」
「そ、そんなことはないです! 知らない人に嫁ぐよりは、まだオズ様のほうが……、……いえ、私だって夢の中で出会うオズ様に行為を持っていました。でも、その、いきなりすぎて……」
「この村を出てわたくしと一緒に来てくれぬか? 確かに今日が初対面であるが、わたくしたちには数年間の思い出もある。わたくしにとって、ずっと肌を重ねてきたそなたを失うのは半身を失うようなものだ。お互いのことはこれから知っていけば良いし……直感であるが、そなたとわたくしなら、うまくやっていけると思うのだ」
「オズ様……」
女として、ここまで求められて嫌に思うはずがない。アルマンのように軽く「結婚しよう」と言ってくるのではなく、彼は切々と偽りのない胸の内を語り、半身を失うようなものだとまで言ってくれた。
だが、どうしても早すぎる気がする。なにせ、今日会ったばかりなのだ。
嬉しい反面、戸惑いが胸をよぎり返事を出せないままエスティーナが立ち尽くしていると、急にオズが床に両膝をついた。また土下座するのかと思って、エスティーナはぎょっとする。
しかしオズは土下座するのではなく、まるでエスティーナにすがりつくようにぎゅっと抱きついてきた。彼の顔がエスティーナのお腹に当たる。
「結婚してくれぬのなら、王都には戻らぬ」
「は?」
「結婚してくれるまで離さぬぞ」
「はあああああ?」
まさかの子供じみた行動に、エスティーナは呆気にとられた。
「な、何言ってるんですか!」
「そなたを嫁にすると決めたのだ。そなたと一緒で無ければ帰らない」
「馬鹿なことを言わないでください! 筆頭魔導士様がいないと、宮廷魔導士のみなさんは困りますよね?」
「副筆頭魔導士が優秀だから大丈夫だ。わたくしも、土の件が解決するまでは戻らぬと伝えて出てきた。そなたを説得できるまではここに残るぞ。このままな」
オズはエスティーナに回した腕にぎゅっと力をこめる。
「オ、オズ様……」
「結婚してくれぬか……?」
エスティーナの腹に顔を埋めたまま、オズが呟く。ここまでなりふり構わず求められてしまえば、エスティーナも折れた。
確かにエスティーナとて、ずっと夢に出てきたオズに好意を抱いていた。夢の中の彼と現実の彼は全く違ったけれど、こうして子供みたいな彼も可愛いとさえ思ってしまう。
エスティーナは大きくため息をついた。それから、肯定の返事をするつもりだったが、それよりも早くオズが口を開く。
「伝え忘れていたが、ユング殿にそなたとの結婚を申しこんだ際に、この部屋の鍵を頂いた。夜這いをしろという意味だとわたくしは受け取ったぞ。ユング殿は男の魔導士と魔力の関係をよく知っているようだな? 筆頭魔導士という地位にあるわたくしがそなたと既成事実を作ってしまえば、魔力を保つために、何があってもそなたを嫁に迎えざるを得ないとなると考えているようだ」
「……え?」
「早速鍵を渡してきたということは、口約束だけでは信用できないということだな。まあ、わたくしにとっては都合がいいことではあるが。……さて、エスティーナよ、土の仕事ができなくなれば、本格的に結婚を考えるようになるか?」
オズはエスティーナに腕を回したまま立ち上がる。直立のまま抱え上げられた彼女は、驚きつつも足をばたつかせた。
「オ、オズ様っ」
「そなたの父親公認だ。ありがたく夜這わせて貰おう」
その言葉と共に、エスティーナはベッドに下ろされたのだった。
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