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第16話 トイレ掃除でも雑巾がけでも羞恥プレイでもなんでもしますから!
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陸人はちゃぶ台の前に座っていた。
「陸人、どうした?さっきからぼうっとして」
真向かいに座る祖父が心配そうに陸人を覗き込んでいる。
「じい…ちゃん…?えっ…なんでいるの?」
「わしが自分の家にいちゃいかんのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
確かにここは祖父の家だ。しかしいつの間に元の世界に戻ってきたのだろう。
「ねぇ、じいちゃん。僕しばらくの間ここにいなかったよね?」
「は?何を言っておるんじゃ。お前はずっとおったろう」
「そんなはずないよ。だって僕、三日も異世界行ってたんだよ?」
「ほう、そうか。それはよかったな」
「あっ、信じてないだろ。本当なんだよ?」
「わかったわかった。どれ、何か飲み物でも持ってきてやろう。キャラメルマキアートがいいか?それともチャイティーラテか?」
「えっ?本当?じゃあ…キャラメルマキアート!特大サイズで!」
「特大サイズというと、バケツ一杯の量だな」
パチンと祖父が指を鳴らすと共に、ちゃぶ台に大きなバケツが現れる。中にはどす黒い変な液体が入っていた。
「じいちゃん…。何これ?なんか、変な匂いがするよ?本当にキャラメルマキアートの材料使ってるの?」
「勿論だとも。蛙の臓物、ミミズ、それにオーガの生き血を鍋で煮込んでクラッシュしたんだからな」
「違う!それキャラメルマキアートじゃないよ!」
「ああ、すまん。チャイティーラテの方だったか?」
「そっちでもないよ!こんな魔物の餌みたいな飲み物飲めないよ!」
「まったく、わがままばかり言いおって…」
祖父の声が遠ざかっていく。
視界が黒く塗りつぶされていく。
何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。
あるのはただ、“意識”だけ――――
『リクト』
――――誰?
『目を覚ませ』
わずかに視界が開けてきた。
――――ここは…礼拝堂…?誰?誰なんだ、僕に語り掛けるのは。
『私はジャン・ギッフェルだ』
――――ジャン・ギッフェル?そんな馬鹿な。だってジャンは千年以上も前に死んでるはず…。あ…もしかして、ジャンの死霊とか?
『違う。私はジャンの魂の一部。残魂だ。紛らわしければジャン・ダッシュとでも呼ぶがいい』
――――ザンコン?ダッシュ?
『ああ。おそらく魂の一部が成仏できずに朔の書に宿ってしまったのだろうな』
――――ん…?それってやっぱ死霊じゃん!
『そんなに忌避するな。魂が宿っているからこそ、我々は朔の書を通じて意思疎通を図ることができるのだぞ。お前が朔の書と共にある限りな』
――――“共にある限り”?それはちょっとおかしいよ。だってあの巻物はリザに取られたはずなのに。
『あれは偽物だ。お前があの娘に朔の書を渡そうとした際、私はとっさに複製の術を作って偽物の“朔の書”を作り出し、本物とすり替えたのだ』
――――本当に?でも、偽物だって気付かれないかな?
『問題ない。宝の地図はまったくのデタラメだが、外見は見分けがつかないほどそっくりだ』
――――よかった。巻物まで奪われたら元の世界に戻れる望みが益々減っちゃうもんね。
『しかし今のままでは一生元の世界には戻れないぞ』
――――え?どういう意味?
『今のお前は全身“石”だ。その証拠に体を動かせないだろう』
――――でも死んだわけじゃないよね?意識だってまだあるよ。
『石化してまだ間もないからだ。これから徐々に意識はなくなり、夜明けと共に死んだも同然になるだろう。おまけに魂は永遠に石の中に閉じ込められたまま、成仏することもできない』
――――ええ?!聞いてないよ、そんなの!ひどい…ひどすぎる!どうしたらいいんだ…。あ、そうだ。君の力で石化した体を元に戻せるんじゃない?
『いや、いくら敏腕魔術師だった私でも、さすがに残魂となった今ではそこまでの力は持ち合わせていない』
――――ええ~そんなぁ…。じゃあ、どっかの魔法使いの長老が助けに来てくれたりしないかな?
『そんなRPGみたいな展開は期待するだけ無駄だ。とは言え、まだ望みはある。心の中でひたすら助けを求めるのだ。生きている者の強い念は、計り知れないエネルギーがある』
――――え?念じるだけで届くの?
『ああ。私の思念伝達術を使えばどうにかなる。ちゃんと心から念じるんだぞ。生半可な念じゃ外部に伝達する前に消失してしまうからな。それじゃ、始めるぞ』
――――え?ちょっと待ってよ!
『待っている時間はない。ぐずぐずしていたら手後れになってしまうぞ』
――――わ、わかった…。
取り合えず「助けてください、お願いします」と10回ほど祈ってみる。
陸人の思念を受け取り、早速ジャン・ダッシュが伝達魔法を発動させた。
『“至急!石化の呪いを解いてくれるヒーラー的な方!場所:アコルダン半島岬、廃墟と化した礼拝堂!呪い解いてくれるならどんな汚いおっさんでも倒錯的趣味を持つ変態でも構いませんから、とにかく助けてお願い!トイレ掃除でも雑巾がけでも羞恥プレイでもなんでもしますから!!”』
――――何だよ、そのノリは?それに後半なんか惨めだぞ。僕は羞恥プレイなんてしないからな。
『うるさいぞ。お前は念じることに集中しろ』
――――わかったよ。
陸人は意識を集中し、まだ見ぬ救世主へと念を送った。
真っ暗な礼拝堂を照らすのは、ステンドグラスから差し込む月明りだけ。
もう真夜中になるというのに、いっこうに助けは来ない。
動けず声を出すことも出来ず、空腹も感じず、痛みも苦しくもなく、ただ、周りの時間だけが過ぎていく――――
――――僕は永遠にこのままなのだろうか。もう二度と家族や友達に会えないんだろうか。
こんなに悲しいのに、涙すら流すこともできない。
『諦めるな』
励まし続けてくれていたジャンの残魂の声も、次第に聞こえにくくなってきた。
タイムリミットが近いということなのか。
――――いや、諦めちゃダメだ…。念じよう…。力尽きる最後の最後まで…。
ギィィーっと扉が開き、足音もなくその人物はやってきた。
白い修道服に身を包んだ、金髪金眼の若い女。
どこか気だるそうな雰囲気を漂わせながら、ゆっくりと陸人に近付いてくる。
「羞恥プレイをしてくれるのはあなたかしら?」
女は陸人の頬をそっと撫でると、おもむろに首から十字架を外し、澄んだ声で呪文のようなものを唱えた。
ドクンドクンと心臓が脈を打つ音が聞こえ始めると共に、陸人の胸のあたりから、黒いもやのようなものがじわじわと外に出てくる。
出てきたソレは彼女の十字架に吸い込まれるようにして消えていった。
指先、腕、足と、少しずつ石化が解け、感覚が戻ってくる。
「あ―――――」
声も出せるようになった。助けてもらったお礼を言いたいが、彼女は陸人に続いてシメオンやオーガストの石化を解くのに忙しそうだ。
「おおお!動ける!!」
石化が解けると同時にオーガストは歓喜の雄叫びを上げた。
「おい、その女は誰だ。何がどうなっている?」
シメオンは動揺を隠せないようだ。
「はじめまして」
女は愛想良く微笑み、簡単に自己紹介をした。
「私はエレミア。シロフォーヌでヒーリングクリニックを営んでいる者です。先ほどそちらの坊やに依頼を受けて、あなた達を治療しに来ました」
「どういうことだ?」
シメオンとオーガストが陸人に視線を移す。
「ええと、実は――――」
陸人は詳細を説明した。
「つまり…」
シメオンは腕を組み、確認するようにゆっくり言った。
「陸人が巻物の力を借りて送った念がこの女に届いたってことか?」
「おいおい、君…」
オーガストが窘めるようにシメオンの肩を掴んだ。
「助けてくれた相手に“この女”はないだろう。もっと敬意を払いなさい」
「俺に命令するな」
シメオンはオーガストを振り払い、エレミアと名乗る修道服の女に数歩詰め寄った。
が、三歩目で彼は立ち止まり、頭を押さえて叫び声を上げた。うかつにも月光が差し込むステンドグラスの前に立ってしまったのだ。
体がみるみる羊の姿になっていく。
「ああああ!くそ!うっかり月明かりを浴びちまった!今が夜だってことすっかり忘れてたぜ!」
「なんだなんだ?どういうことだ?」
オーガストはかなり興奮しているようだ。
「なぜ人間が羊に?!進化か?進化したのか?!」
「おそらく月明かりが彼を真の姿に戻したのね」
「真の姿じゃねーよ!」
咳払いして気を取り直してから、シメオンはゆっくりと切り出した。
「石化を解いてくれたことには感謝するが、どうせこのあと法外な礼金を請求してくるんだろう?」
「今回は結構よ。初回無料サービスということで」
シメオンはまだ訝しげに目を細めている。
「どうも納得がいかないな。三人分の石化を解くには相当な魔力を消耗するはずだ。いくらヒーラーでも何の見返りもなしに俺達を救うとは思えない。本当は何か企んでいるんだろう?」
「ヒーラーとして当然のことをしたまでよ。怪我や病気や呪いで苦しむ人達の姿を見るのが―――いえ、救うのが私の生き甲斐なの」
「おいっ!今、別の事を言いかけただろ!」
エレミアはシメオンの突っ込みを右から左に受け流し、先程の十字架に視線を落として不気味な笑みを覗かせた。
「実を言うと本当の目的はこっちなの。あなた達の呪いを解くことによってまた新しい呪力が手に入ったわ。呪力はとても便利なのよ。使い道はちょっと教えられないけどね」
「あんた絶対ヒーラーじゃねーだろ?」
「おいおい、もういいじゃないか」
オーガストが前に出てきて彼女を擁護した。
「俺はエレミアを信じるぞ。たとえ彼女が死神でも魔物でも悪徳業者でも、我々の命の恩人であることには変わりないのだから!しかも別嬪だ!感謝と美しい以外に言葉などない!」
「あら、ありがとう。それじゃ、私の役目はもう済んだからそろそろ帰るわね」
「えっ?!もう行ってしまうのか?せめて朝食くらい御馳走させてくれまいか?」
「やめた方がいいよ」
陸人はそっとエレミアに忠告した。
「このおじさん、馬鹿っぽく見えるけど意外とズルくて抜け目ないから。僕なんて知らないうちに飲食代押し付けられて、トンズラされたんだ」
「あら、そうなの。じゃあ逃げられないように、料理に痺れ薬を盛らないといけないわね」
彼女は冗談とも本気ともつかない口調でそう言うと、ふいに陸人に一歩歩み寄り、どこからともなく一枚のカードを取り出した。
黒字に銀色の文字が刻まれた、彼女の名刺だった。
「呪いでお困りの時はいつでも呼んで」
そう言い置いて、礼拝堂を去っていった。
「陸人、どうした?さっきからぼうっとして」
真向かいに座る祖父が心配そうに陸人を覗き込んでいる。
「じい…ちゃん…?えっ…なんでいるの?」
「わしが自分の家にいちゃいかんのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
確かにここは祖父の家だ。しかしいつの間に元の世界に戻ってきたのだろう。
「ねぇ、じいちゃん。僕しばらくの間ここにいなかったよね?」
「は?何を言っておるんじゃ。お前はずっとおったろう」
「そんなはずないよ。だって僕、三日も異世界行ってたんだよ?」
「ほう、そうか。それはよかったな」
「あっ、信じてないだろ。本当なんだよ?」
「わかったわかった。どれ、何か飲み物でも持ってきてやろう。キャラメルマキアートがいいか?それともチャイティーラテか?」
「えっ?本当?じゃあ…キャラメルマキアート!特大サイズで!」
「特大サイズというと、バケツ一杯の量だな」
パチンと祖父が指を鳴らすと共に、ちゃぶ台に大きなバケツが現れる。中にはどす黒い変な液体が入っていた。
「じいちゃん…。何これ?なんか、変な匂いがするよ?本当にキャラメルマキアートの材料使ってるの?」
「勿論だとも。蛙の臓物、ミミズ、それにオーガの生き血を鍋で煮込んでクラッシュしたんだからな」
「違う!それキャラメルマキアートじゃないよ!」
「ああ、すまん。チャイティーラテの方だったか?」
「そっちでもないよ!こんな魔物の餌みたいな飲み物飲めないよ!」
「まったく、わがままばかり言いおって…」
祖父の声が遠ざかっていく。
視界が黒く塗りつぶされていく。
何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。
あるのはただ、“意識”だけ――――
『リクト』
――――誰?
『目を覚ませ』
わずかに視界が開けてきた。
――――ここは…礼拝堂…?誰?誰なんだ、僕に語り掛けるのは。
『私はジャン・ギッフェルだ』
――――ジャン・ギッフェル?そんな馬鹿な。だってジャンは千年以上も前に死んでるはず…。あ…もしかして、ジャンの死霊とか?
『違う。私はジャンの魂の一部。残魂だ。紛らわしければジャン・ダッシュとでも呼ぶがいい』
――――ザンコン?ダッシュ?
『ああ。おそらく魂の一部が成仏できずに朔の書に宿ってしまったのだろうな』
――――ん…?それってやっぱ死霊じゃん!
『そんなに忌避するな。魂が宿っているからこそ、我々は朔の書を通じて意思疎通を図ることができるのだぞ。お前が朔の書と共にある限りな』
――――“共にある限り”?それはちょっとおかしいよ。だってあの巻物はリザに取られたはずなのに。
『あれは偽物だ。お前があの娘に朔の書を渡そうとした際、私はとっさに複製の術を作って偽物の“朔の書”を作り出し、本物とすり替えたのだ』
――――本当に?でも、偽物だって気付かれないかな?
『問題ない。宝の地図はまったくのデタラメだが、外見は見分けがつかないほどそっくりだ』
――――よかった。巻物まで奪われたら元の世界に戻れる望みが益々減っちゃうもんね。
『しかし今のままでは一生元の世界には戻れないぞ』
――――え?どういう意味?
『今のお前は全身“石”だ。その証拠に体を動かせないだろう』
――――でも死んだわけじゃないよね?意識だってまだあるよ。
『石化してまだ間もないからだ。これから徐々に意識はなくなり、夜明けと共に死んだも同然になるだろう。おまけに魂は永遠に石の中に閉じ込められたまま、成仏することもできない』
――――ええ?!聞いてないよ、そんなの!ひどい…ひどすぎる!どうしたらいいんだ…。あ、そうだ。君の力で石化した体を元に戻せるんじゃない?
『いや、いくら敏腕魔術師だった私でも、さすがに残魂となった今ではそこまでの力は持ち合わせていない』
――――ええ~そんなぁ…。じゃあ、どっかの魔法使いの長老が助けに来てくれたりしないかな?
『そんなRPGみたいな展開は期待するだけ無駄だ。とは言え、まだ望みはある。心の中でひたすら助けを求めるのだ。生きている者の強い念は、計り知れないエネルギーがある』
――――え?念じるだけで届くの?
『ああ。私の思念伝達術を使えばどうにかなる。ちゃんと心から念じるんだぞ。生半可な念じゃ外部に伝達する前に消失してしまうからな。それじゃ、始めるぞ』
――――え?ちょっと待ってよ!
『待っている時間はない。ぐずぐずしていたら手後れになってしまうぞ』
――――わ、わかった…。
取り合えず「助けてください、お願いします」と10回ほど祈ってみる。
陸人の思念を受け取り、早速ジャン・ダッシュが伝達魔法を発動させた。
『“至急!石化の呪いを解いてくれるヒーラー的な方!場所:アコルダン半島岬、廃墟と化した礼拝堂!呪い解いてくれるならどんな汚いおっさんでも倒錯的趣味を持つ変態でも構いませんから、とにかく助けてお願い!トイレ掃除でも雑巾がけでも羞恥プレイでもなんでもしますから!!”』
――――何だよ、そのノリは?それに後半なんか惨めだぞ。僕は羞恥プレイなんてしないからな。
『うるさいぞ。お前は念じることに集中しろ』
――――わかったよ。
陸人は意識を集中し、まだ見ぬ救世主へと念を送った。
真っ暗な礼拝堂を照らすのは、ステンドグラスから差し込む月明りだけ。
もう真夜中になるというのに、いっこうに助けは来ない。
動けず声を出すことも出来ず、空腹も感じず、痛みも苦しくもなく、ただ、周りの時間だけが過ぎていく――――
――――僕は永遠にこのままなのだろうか。もう二度と家族や友達に会えないんだろうか。
こんなに悲しいのに、涙すら流すこともできない。
『諦めるな』
励まし続けてくれていたジャンの残魂の声も、次第に聞こえにくくなってきた。
タイムリミットが近いということなのか。
――――いや、諦めちゃダメだ…。念じよう…。力尽きる最後の最後まで…。
ギィィーっと扉が開き、足音もなくその人物はやってきた。
白い修道服に身を包んだ、金髪金眼の若い女。
どこか気だるそうな雰囲気を漂わせながら、ゆっくりと陸人に近付いてくる。
「羞恥プレイをしてくれるのはあなたかしら?」
女は陸人の頬をそっと撫でると、おもむろに首から十字架を外し、澄んだ声で呪文のようなものを唱えた。
ドクンドクンと心臓が脈を打つ音が聞こえ始めると共に、陸人の胸のあたりから、黒いもやのようなものがじわじわと外に出てくる。
出てきたソレは彼女の十字架に吸い込まれるようにして消えていった。
指先、腕、足と、少しずつ石化が解け、感覚が戻ってくる。
「あ―――――」
声も出せるようになった。助けてもらったお礼を言いたいが、彼女は陸人に続いてシメオンやオーガストの石化を解くのに忙しそうだ。
「おおお!動ける!!」
石化が解けると同時にオーガストは歓喜の雄叫びを上げた。
「おい、その女は誰だ。何がどうなっている?」
シメオンは動揺を隠せないようだ。
「はじめまして」
女は愛想良く微笑み、簡単に自己紹介をした。
「私はエレミア。シロフォーヌでヒーリングクリニックを営んでいる者です。先ほどそちらの坊やに依頼を受けて、あなた達を治療しに来ました」
「どういうことだ?」
シメオンとオーガストが陸人に視線を移す。
「ええと、実は――――」
陸人は詳細を説明した。
「つまり…」
シメオンは腕を組み、確認するようにゆっくり言った。
「陸人が巻物の力を借りて送った念がこの女に届いたってことか?」
「おいおい、君…」
オーガストが窘めるようにシメオンの肩を掴んだ。
「助けてくれた相手に“この女”はないだろう。もっと敬意を払いなさい」
「俺に命令するな」
シメオンはオーガストを振り払い、エレミアと名乗る修道服の女に数歩詰め寄った。
が、三歩目で彼は立ち止まり、頭を押さえて叫び声を上げた。うかつにも月光が差し込むステンドグラスの前に立ってしまったのだ。
体がみるみる羊の姿になっていく。
「ああああ!くそ!うっかり月明かりを浴びちまった!今が夜だってことすっかり忘れてたぜ!」
「なんだなんだ?どういうことだ?」
オーガストはかなり興奮しているようだ。
「なぜ人間が羊に?!進化か?進化したのか?!」
「おそらく月明かりが彼を真の姿に戻したのね」
「真の姿じゃねーよ!」
咳払いして気を取り直してから、シメオンはゆっくりと切り出した。
「石化を解いてくれたことには感謝するが、どうせこのあと法外な礼金を請求してくるんだろう?」
「今回は結構よ。初回無料サービスということで」
シメオンはまだ訝しげに目を細めている。
「どうも納得がいかないな。三人分の石化を解くには相当な魔力を消耗するはずだ。いくらヒーラーでも何の見返りもなしに俺達を救うとは思えない。本当は何か企んでいるんだろう?」
「ヒーラーとして当然のことをしたまでよ。怪我や病気や呪いで苦しむ人達の姿を見るのが―――いえ、救うのが私の生き甲斐なの」
「おいっ!今、別の事を言いかけただろ!」
エレミアはシメオンの突っ込みを右から左に受け流し、先程の十字架に視線を落として不気味な笑みを覗かせた。
「実を言うと本当の目的はこっちなの。あなた達の呪いを解くことによってまた新しい呪力が手に入ったわ。呪力はとても便利なのよ。使い道はちょっと教えられないけどね」
「あんた絶対ヒーラーじゃねーだろ?」
「おいおい、もういいじゃないか」
オーガストが前に出てきて彼女を擁護した。
「俺はエレミアを信じるぞ。たとえ彼女が死神でも魔物でも悪徳業者でも、我々の命の恩人であることには変わりないのだから!しかも別嬪だ!感謝と美しい以外に言葉などない!」
「あら、ありがとう。それじゃ、私の役目はもう済んだからそろそろ帰るわね」
「えっ?!もう行ってしまうのか?せめて朝食くらい御馳走させてくれまいか?」
「やめた方がいいよ」
陸人はそっとエレミアに忠告した。
「このおじさん、馬鹿っぽく見えるけど意外とズルくて抜け目ないから。僕なんて知らないうちに飲食代押し付けられて、トンズラされたんだ」
「あら、そうなの。じゃあ逃げられないように、料理に痺れ薬を盛らないといけないわね」
彼女は冗談とも本気ともつかない口調でそう言うと、ふいに陸人に一歩歩み寄り、どこからともなく一枚のカードを取り出した。
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