食塩水

夏炉 冬扇

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 しばらく、部屋でスマホを触っていたら、とあることが気になった。

(僕はどうやってここまで来たんだろう)

 もちろん、この時はバイクで来た事は覚えているが、その前は覚えていない。「忘れ」ている。身体が少し震え始め、汗をかいていた。なぜかはわからないが、僕は地図アプリを起動し、この旅館と道を調べていた。ストリートビューで道を調べてみると突然、旅館の近くの町も含め半径5キロメートルにわたりストリートビューは消えていた。いや、地図上ではここの一帯だけが「名前」すらない。もちろんこの旅館も

「現実にはあるが書面上実在しないことになっている」

 突然、部屋の扉が開き、女将が生色を感じないほどの顔色で立ってそう言う。
 
「夕飯を持ってきました...」

「そういうのは仲居さんがやるのでは...?」

 女将は僕の問を無視し、話を続ける。

「あの男から 話を聞いた?」

「話...?」

「ここの旅館は政治家 芸能界 医療関係者 警察 そして犯罪に手を染めた物に人気だと...」

「...!!」

 男から聞いた話と少し違う。政治家、芸能界、医療関係、警察まではあの男から聞いた。だが犯罪者、までは聞いていない。

「犯罪者?」

「あ...そこまでは聞いていないのね...だから あいつ ...死...を見...顔...青...め...か」

 と女将が呟く。

「私も 犯罪者と一緒よ...医療ミスをして記憶と記録を妖怪に食わせたから...」

 すると、女将は水が入ったコップを飲み、僕に接吻し何かを飲ませた。
 記憶上、この水が『食塩水』のように酸っぱく血圧が上がるような味がした。ただそれだけ、お酒でもなく真水ではない。何かが僕の体内に入っていった。

「私を忘れて...」

 その日の夜、その後 僕がどうなったか僕がどうしたのかは覚えていない。ただ何かが頭の中で喰っているような咀嚼音が鳴り響いていた。




 朝日がまぶしくて、起きると僕は綺麗な布団で寝ていた。上半身をゆっくり起こし、寝ぐせが凄く揺れているのが分かる。気が付くと浴衣は脱いでいて部屋の明後日の方向にあり、僕は裸だった。

(昨日長時間バイク運転してたから腰が痛いな...)

 と服を着て、歯磨きをしながら、部屋の窓を見ると古い車が出て行っていた。

(ずいぶん古い車だな...デザイン的に一九六〇年代か...)

 運転手が何か慌てて出て行ったなと思いながら僕はシャカシャカと歯を磨いていた。荷物から一冊のメモ帳がストンと落ちた。

(あ、そういえば、行きたい所メモってたんだった。)

 メモは消えていた。いや誰かに消されていたようだった。僕は肩を落としたがメモを書いた記憶は確かにあった。

「まぁ いっか近くの湖が確か なかなか景色が良いって口コミに書いてあったんだよな...なぜか写真はないけど...」

 僕は荷物とバイクプロテクターを着て、チェックアウトに向かった。
 受付は二十代後半の女性で多分着物的に女将さんだったと思う。なぜかずっと赤面で恥ずかしそうにしていた。

「あの...もう来ないでね...」

 その女性からそう言われた。






 この記録は僕がかすかな記憶で構成したものです。実際にこの旅館があるのか、どうか僕にはわからないです。
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