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妖精王が我が家に来たのは、偶然だった。
「葉月さん、お届けものでーす」
「はいはーい、今出ます!」
週末の、もう少し寝ていたい時間帯。ベルが鳴るだけの簡素な呼び出しと共に、宅配業者のけたたましい声が聞こえた。
まだパジャマだったので慌ててエプロンを羽織り、玄関を開ける。
一五四センチの私が受け取ると、胸の下あたりまでくる大きな箱には『谷崎農園』と書かれていた。
「あ、通販したバラだわ」
川崎の古いアパートに住んでいるが、小さな庭が付いている。そこでミニガーデンを作り楽しむのが、私の趣味だった。
受け取った段ボールを庭に移動し、開く。果たしてそこには、直径一八センチの黒いビニール製の六号ポットに植えられたイブ・ピアッチェが、女王の如くに君臨していた。
そっと手を添え箱から出す。
「あぁ、なんてかわいいの……。やっぱり二年生を買って良かった」
緑色の葉を付けたバラは、接ぎ木で植え付けられて二年目のもの。届いた今の状態で、いくつもの蕾が付いていた。
用意していた鉢の横に苗を持っていき、植替えをしようとしたそのとき。
「な……、なにこれ……」
苗の裏側に、ミニチュアの人間のようなものが横たわっていたのだ。虫には見えないそれに触れると、温度を感じる。ミニチュアの動物の人形くらいの大きさのそれをそっと手のひらにのせてみた。
「植替えのために、手袋しておいて良かったわ」
さすがに良くわからないものを、素手では触りたくない。
「えっ……」
ぶにゅり、と柔らかい触感と少し硬い触感が同居する。
「温かい」
さらに、体温のようなものまで感じてしまった。目の高さにそれを持ち上げれば、僅かに体が上下しているのもわかる。どうやら、呼吸しているようだ。
「……ん? なんだ、何がおきた」
「ひえっ、喋った!」
その人形のようなものの瞳が突然開き、言葉を発した。とはいえ、手にしているそれを放り出す気にはなれない。
「あ……、でもなんかすごく、きれい」
瞳の色が紫色で、まるでアメジストのようだ。
「おや。お前には俺が見えるのか」
「は? 見えるも何も、ここにいるじゃない」
聞こえてくる声は、低くもなく高くもない。心地良い響きを持つもので、うっかり聞き惚れそうになる。
「ふむ」
言いながら我が素晴らしき庭を見回し、その小さな男は目を細めた。
「なるほどな。この庭はお前が世話を?」
「そうよ。素敵でしょ? 少しずつ花を増やしていったの。小さな庭だけど、花に埋もれるような場所にしたくてね」
庭を褒められると、ついつい饒舌になる。二畳ほどのこの庭は、小さな鉢植えと、収穫を楽しめる野菜のプランターでひしめいていた。今日届いたバラも、庭を彩る鉢植えの一つになる予定だ。
「バラはね、できるだけ手を出さないようにしようと……思ってたのよ。でもついつい一鉢買っちゃったら、もう止まらなくなって」
「ほう?」
「だって、手入れが大変でしょう? もちろんどの花も野菜も、手入れはしないといけないけど、バラは手間が段違いだって、バラを育てている人たちのSNSでは何度も見かけたから」
「なるほどな。SNSというのは良くわからんが……。だがまぁ、お前なら大丈夫だろう」
その言葉に、男の方をぱっと見る。紫の瞳はもちろんだが、銀色の長い髪の毛も、白い肌も、まるでおとぎ話に出てくる妖精か精霊のようだ。その違いはよくわからないけれど。そんな美しい男──ミニチュアだが──に大丈夫と言われれば、何の根拠がなくても、納得してしまいそうになる。
「なんでそう思うの」
「この庭はとても心地が良い。それに、お前には俺が見える。万能の緑の手、ではないようだが、草花を思うお前の気持ちは、花に届いているぞ」
ナニを言っているのかヨクワカラナイ。
思わず眉をしかめて、庭を見回す。風が吹いたわけでもないのに、わずかに葉や花弁が揺れたような気がした。
「ところで」
うっかり受け入れている自分に驚いているが、目の前のミニチュア男を、改めて目の高さまで持ち上げ、声をかける。
「あなたは何者?」
私の言葉に、男は一瞬きょとんとした表情を浮かべる。そうして、大きな声で笑い出した。
「ああ、これはとんだ失礼を」
「あんまり失礼と思ってない言い方だけど?」
「思ってないからな」
「やっぱり」
私の手のひらであぐらをかいた男は、片眉をあげ私に対して大きく片腕を開いた。そのまま胸の前に、まるで踊るように腕を動かし、再び横に戻す。腕だけで、お辞儀をされたような印象を受ける。
「俺は妖精王。妖精王オールベロンだ」
「葉月さん、お届けものでーす」
「はいはーい、今出ます!」
週末の、もう少し寝ていたい時間帯。ベルが鳴るだけの簡素な呼び出しと共に、宅配業者のけたたましい声が聞こえた。
まだパジャマだったので慌ててエプロンを羽織り、玄関を開ける。
一五四センチの私が受け取ると、胸の下あたりまでくる大きな箱には『谷崎農園』と書かれていた。
「あ、通販したバラだわ」
川崎の古いアパートに住んでいるが、小さな庭が付いている。そこでミニガーデンを作り楽しむのが、私の趣味だった。
受け取った段ボールを庭に移動し、開く。果たしてそこには、直径一八センチの黒いビニール製の六号ポットに植えられたイブ・ピアッチェが、女王の如くに君臨していた。
そっと手を添え箱から出す。
「あぁ、なんてかわいいの……。やっぱり二年生を買って良かった」
緑色の葉を付けたバラは、接ぎ木で植え付けられて二年目のもの。届いた今の状態で、いくつもの蕾が付いていた。
用意していた鉢の横に苗を持っていき、植替えをしようとしたそのとき。
「な……、なにこれ……」
苗の裏側に、ミニチュアの人間のようなものが横たわっていたのだ。虫には見えないそれに触れると、温度を感じる。ミニチュアの動物の人形くらいの大きさのそれをそっと手のひらにのせてみた。
「植替えのために、手袋しておいて良かったわ」
さすがに良くわからないものを、素手では触りたくない。
「えっ……」
ぶにゅり、と柔らかい触感と少し硬い触感が同居する。
「温かい」
さらに、体温のようなものまで感じてしまった。目の高さにそれを持ち上げれば、僅かに体が上下しているのもわかる。どうやら、呼吸しているようだ。
「……ん? なんだ、何がおきた」
「ひえっ、喋った!」
その人形のようなものの瞳が突然開き、言葉を発した。とはいえ、手にしているそれを放り出す気にはなれない。
「あ……、でもなんかすごく、きれい」
瞳の色が紫色で、まるでアメジストのようだ。
「おや。お前には俺が見えるのか」
「は? 見えるも何も、ここにいるじゃない」
聞こえてくる声は、低くもなく高くもない。心地良い響きを持つもので、うっかり聞き惚れそうになる。
「ふむ」
言いながら我が素晴らしき庭を見回し、その小さな男は目を細めた。
「なるほどな。この庭はお前が世話を?」
「そうよ。素敵でしょ? 少しずつ花を増やしていったの。小さな庭だけど、花に埋もれるような場所にしたくてね」
庭を褒められると、ついつい饒舌になる。二畳ほどのこの庭は、小さな鉢植えと、収穫を楽しめる野菜のプランターでひしめいていた。今日届いたバラも、庭を彩る鉢植えの一つになる予定だ。
「バラはね、できるだけ手を出さないようにしようと……思ってたのよ。でもついつい一鉢買っちゃったら、もう止まらなくなって」
「ほう?」
「だって、手入れが大変でしょう? もちろんどの花も野菜も、手入れはしないといけないけど、バラは手間が段違いだって、バラを育てている人たちのSNSでは何度も見かけたから」
「なるほどな。SNSというのは良くわからんが……。だがまぁ、お前なら大丈夫だろう」
その言葉に、男の方をぱっと見る。紫の瞳はもちろんだが、銀色の長い髪の毛も、白い肌も、まるでおとぎ話に出てくる妖精か精霊のようだ。その違いはよくわからないけれど。そんな美しい男──ミニチュアだが──に大丈夫と言われれば、何の根拠がなくても、納得してしまいそうになる。
「なんでそう思うの」
「この庭はとても心地が良い。それに、お前には俺が見える。万能の緑の手、ではないようだが、草花を思うお前の気持ちは、花に届いているぞ」
ナニを言っているのかヨクワカラナイ。
思わず眉をしかめて、庭を見回す。風が吹いたわけでもないのに、わずかに葉や花弁が揺れたような気がした。
「ところで」
うっかり受け入れている自分に驚いているが、目の前のミニチュア男を、改めて目の高さまで持ち上げ、声をかける。
「あなたは何者?」
私の言葉に、男は一瞬きょとんとした表情を浮かべる。そうして、大きな声で笑い出した。
「ああ、これはとんだ失礼を」
「あんまり失礼と思ってない言い方だけど?」
「思ってないからな」
「やっぱり」
私の手のひらであぐらをかいた男は、片眉をあげ私に対して大きく片腕を開いた。そのまま胸の前に、まるで踊るように腕を動かし、再び横に戻す。腕だけで、お辞儀をされたような印象を受ける。
「俺は妖精王。妖精王オールベロンだ」
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