2 / 38
2
しおりを挟む
「……オ、オベロンじゃないの?」
妖精王だなんて突拍子もない単語を言われた私が最初に返したのは、元祖妖精王の名前だった。というか、むしろ妖精王だなんて『真夏の夜の夢』に出てくるオベロンしか知らない。名前だってほぼオベロンだし。
「ああ、オベロンはじいさんだ」
まさかの血縁! そうくるとは思わなかった。
「で、でも妖精だなんて、イギリスとかフィンランドとかが生息地じゃないの?」
妖精といえばイギリスというイメージだし、フィンランドにはカバによく似た妖精もいたはずだ。確か北欧には、伝統的なエルフの王がいた気がする。それに、日本は妖精ではなく妖怪が大手を振って歩いているので、少々ジャンルが違う気もするのだ。
でもまぁ、いずれにせよファンタジー大好きな私としては、ちょっとテンションがあがってしまうのは、正直なところ。見た目だけは完璧な妖精だし。何故かTシャツにジーンズ姿だし、言葉は少々悪い気がするけれど。
「少し前までは、お前が言うそのイギリスにいたんだが、この国の人間の話に興味を持って、引っ越してきた」
「引っ越し……」
妖精って引っ越しするんだ。
「この国に来てしばらくふらふらしていたが、そのうちにたどり着いた場所が、ちょうどバラの花がたくさんあって、居心地が良くてな。花の蜜をいただきながらのんびり過ごしていたのだが、気付いたらお前の顔が目の前だった」
「ということは、谷崎農園さんのバラ園で過ごしてたってことよね。谷崎農園さんって九州だけど、移動中に気づかなかったの?」
「昼寝を数日していたが、ゆりかごみたいに揺れていて、寝心地は最高だったぞ」
まさかの宅配便のトラックがゆりかご! 日本の物流はなんと丁寧な運び方をしてくれているのだろうか。思わず手を合わせそうになる。
「……ん? 昼寝を数日?」
「ああ。どのくらい過ぎてるかは知らんが、昼寝の前日はカンカン照りで暑くてな。疲れてしまった。寝始めた日は雨だったな」
スマートフォンの天気予報で、谷崎農園さんのある佐賀県の天気のログを確認する。
「カンカン照りの翌日が雨の日……って、四日前じゃないの!」
この男は、四日も眠りこけていたのか。ということは、イギリスにいたという『ちょっと前』も、全然ちょっとじゃない気がしてきた。
「ねぇ、妖精王」
「妖精王は肩書きだ。俺の名前はオールベロンだと言っただろう」
不満気な顔を隠しもせずに彼は飛び立ち、私の鼻に指先を当てた。え、飛べるんだ。よく見れば背中に半透明の羽が見える。蝶々とトンボの間くらいのサイズの羽だ。
「じゃぁオールベロン──長いな。オルで良いか」
「オル。オル……。ふむ、悪くない」
文句を言い出すかと思ったら、思いのほか気に入ったようで、口の端をわずかにあげた。わかりやすい男だな。
「オル、イギリスにはいつまでいたの?」
「知らん」
「知らん、て」
「そんなもん、知ってどうする」
「別に知ってもどうにもならないけど、気になるじゃん?」
妖精王の時間感覚なんて、普通に生活していたら知ることもないし。まぁ、知る必要性もないんだけどさ。でも、せっかくこんなファンタジーな状況になっているのだ。知れることは知りたい。
オルは少しだけ首をひねりながら、空中であぐらを組みぐるぐると回り始めた。宙であぐらを組むだなんて、器用なものだ。
ついつい、指先でちょん、と押してみる。今度はまるで鉄棒で前転するように、前回りを始めた。頭に血が上らないのだろうか。
「おい、妖精で遊ぶな」
「あ、そこは『人で遊ぶな』じゃなくて『妖精で遊ぶな』になるんだ」
「人ではないからな」
「確かに」
そうじゃない。
「それで?」
「なにが」
「いつイギリスにいたのかを、思い出そうとしてくれたんでしょ?」
「ああそうだった」
妖精って忘れっぽいのだろうか。それとも、実はすごい年寄りなのだろうか。小さいけれど、顔の見た目は二十代半ばくらいのイケメンなんだよねぇ。
「たしか、そのときの統治者は女王だった」
「女王……。ちなみについ最近までイギリスはエリザベス二世という女王陛下がいたけど」
「エリザベス……。その名前は知っているが、一世の方だな。だがその頃よりももう少し最近までいたぞ」
「いや、エリザベス一世ってすごい昔の人だけどね?」
これはいよいよ、妖精王にとっての『ちょっと前』は、全然ちょっと前じゃないことが濃厚になってきた。
妖精王だなんて突拍子もない単語を言われた私が最初に返したのは、元祖妖精王の名前だった。というか、むしろ妖精王だなんて『真夏の夜の夢』に出てくるオベロンしか知らない。名前だってほぼオベロンだし。
「ああ、オベロンはじいさんだ」
まさかの血縁! そうくるとは思わなかった。
「で、でも妖精だなんて、イギリスとかフィンランドとかが生息地じゃないの?」
妖精といえばイギリスというイメージだし、フィンランドにはカバによく似た妖精もいたはずだ。確か北欧には、伝統的なエルフの王がいた気がする。それに、日本は妖精ではなく妖怪が大手を振って歩いているので、少々ジャンルが違う気もするのだ。
でもまぁ、いずれにせよファンタジー大好きな私としては、ちょっとテンションがあがってしまうのは、正直なところ。見た目だけは完璧な妖精だし。何故かTシャツにジーンズ姿だし、言葉は少々悪い気がするけれど。
「少し前までは、お前が言うそのイギリスにいたんだが、この国の人間の話に興味を持って、引っ越してきた」
「引っ越し……」
妖精って引っ越しするんだ。
「この国に来てしばらくふらふらしていたが、そのうちにたどり着いた場所が、ちょうどバラの花がたくさんあって、居心地が良くてな。花の蜜をいただきながらのんびり過ごしていたのだが、気付いたらお前の顔が目の前だった」
「ということは、谷崎農園さんのバラ園で過ごしてたってことよね。谷崎農園さんって九州だけど、移動中に気づかなかったの?」
「昼寝を数日していたが、ゆりかごみたいに揺れていて、寝心地は最高だったぞ」
まさかの宅配便のトラックがゆりかご! 日本の物流はなんと丁寧な運び方をしてくれているのだろうか。思わず手を合わせそうになる。
「……ん? 昼寝を数日?」
「ああ。どのくらい過ぎてるかは知らんが、昼寝の前日はカンカン照りで暑くてな。疲れてしまった。寝始めた日は雨だったな」
スマートフォンの天気予報で、谷崎農園さんのある佐賀県の天気のログを確認する。
「カンカン照りの翌日が雨の日……って、四日前じゃないの!」
この男は、四日も眠りこけていたのか。ということは、イギリスにいたという『ちょっと前』も、全然ちょっとじゃない気がしてきた。
「ねぇ、妖精王」
「妖精王は肩書きだ。俺の名前はオールベロンだと言っただろう」
不満気な顔を隠しもせずに彼は飛び立ち、私の鼻に指先を当てた。え、飛べるんだ。よく見れば背中に半透明の羽が見える。蝶々とトンボの間くらいのサイズの羽だ。
「じゃぁオールベロン──長いな。オルで良いか」
「オル。オル……。ふむ、悪くない」
文句を言い出すかと思ったら、思いのほか気に入ったようで、口の端をわずかにあげた。わかりやすい男だな。
「オル、イギリスにはいつまでいたの?」
「知らん」
「知らん、て」
「そんなもん、知ってどうする」
「別に知ってもどうにもならないけど、気になるじゃん?」
妖精王の時間感覚なんて、普通に生活していたら知ることもないし。まぁ、知る必要性もないんだけどさ。でも、せっかくこんなファンタジーな状況になっているのだ。知れることは知りたい。
オルは少しだけ首をひねりながら、空中であぐらを組みぐるぐると回り始めた。宙であぐらを組むだなんて、器用なものだ。
ついつい、指先でちょん、と押してみる。今度はまるで鉄棒で前転するように、前回りを始めた。頭に血が上らないのだろうか。
「おい、妖精で遊ぶな」
「あ、そこは『人で遊ぶな』じゃなくて『妖精で遊ぶな』になるんだ」
「人ではないからな」
「確かに」
そうじゃない。
「それで?」
「なにが」
「いつイギリスにいたのかを、思い出そうとしてくれたんでしょ?」
「ああそうだった」
妖精って忘れっぽいのだろうか。それとも、実はすごい年寄りなのだろうか。小さいけれど、顔の見た目は二十代半ばくらいのイケメンなんだよねぇ。
「たしか、そのときの統治者は女王だった」
「女王……。ちなみについ最近までイギリスはエリザベス二世という女王陛下がいたけど」
「エリザベス……。その名前は知っているが、一世の方だな。だがその頃よりももう少し最近までいたぞ」
「いや、エリザベス一世ってすごい昔の人だけどね?」
これはいよいよ、妖精王にとっての『ちょっと前』は、全然ちょっと前じゃないことが濃厚になってきた。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる