妖精王の住処

穴澤空

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 エリザベス一世からエリザベス二世までの間の女王。私が知っている女王の名前は、あと一人しかいない。確か他にもいたはずだけど、教科書には出てこなかったので、詳しくはわからない。とりあえずスマートフォンで調べてみることにした。肖像画も出てくるから、ちょうど良い。

「オル、この中で見覚えのある顔ある?」

 ありがたいことに、インターネットではすぐに、イギリスの歴代君主の名前と肖像画が並んでいるページが出てくる。

「どの顔も見たことがあるな。懐かしい。この男とこの娘は仲が良かったんだ。そうそう、この娘が女王になるのを見た後、こっちに引っ越してきた」

 この男、と彼が指を指したのはジョージ四世だ。そして女王になったという娘はヴィクトリア。そう、大英帝国を繁栄させた女帝、ヴィクトリア女王のことである。十九世紀の女王の時代から、二十一世紀の今までどれだけ時間が経っていると思っているんだ。間に大きな戦争も何度も起きてるというのに。いかに妖精が人間の感覚と離れているのかがよくわかってしまった。

「ん? でもそんな十九世紀に、日本にバラなんてあったの?」

 一九世紀の日本といえば、江戸時代末期、幕末、開国、明治の始まりの時代だ。

「お前は自国の歴史や文化も知らんのか」

 オルが今度は私の肩に乗ってきた。重みを全く感じない。さすが妖精だ。

「自国の歴史や文化?」

 オルが我が庭のバラを目を細めて見た。

「それ、そこのノイバラよ。あれは古来から日本にあると、言ってるぞ。なんでも古い和歌に詠まれたとか」

 古い和歌? それってもしかして万葉集とかのことだったりする?
 またしてもスマートフォンで調べてみれば、万葉集でも出てくるし、古今和歌集では紀貫之が詠んでいたりした。考えてみれば、茨なんて漢字もあるくらいだ。古くからあってもおかしくはないのか。

「こっちのロサ・キネンシスは日本の庚申バラが元だと言ってる。少しは勉強しろ」
「育て方は勉強するけど、花の歴史まで勉強しないよ」

 まだ何か話したがっているけれど、私は今日届いたこのかわいいかわいいイブ・ピアッチェ様を植え替えないといけない。妖精王にかまけている暇はなかった、と今更ながらに気付いた。
 しゃがみ込み、スリット鉢を引き寄せる。

「おい、俺を無視するつもりか?」
「いやぁ、そろそろこのバラを植え替えたくて」
「おお! それはそうだな。花は大切にしろ」

 ずいぶんと偉そうである。王様だからだろうか。

「あ、ねぇオルって妖精王なんでしょ?」
「そう言っただろう」
「妖精ってどんな感じなの?」

 手元で元肥入りの土に、さらに腐葉土や堆肥を混ぜ込みながら、質問する。オルは私の肩から、近くのプランターの縁に移動して、足をぶらぶらと揺らせていた。ちょっとかわいい。

「どんな、と言われてもなぁ。見た目は人とあまり変わらんぞ。小さいだけだ。あぁ、あとは羽があるか」
「花の妖精とか、虫の妖精とか、わかれてるの?」
「もっと細かい。お前の言う花の妖精やらなんやら、は人でいうところの、人種といったところか」

 オルは存外、人間について詳しいようだ。

「じゃぁバラの妖精とか、蝶の妖精とか?」
「それより細分化しているぞ。さっきのノイバラもロサ・キネンシスも、それぞれ妖精がいる」
「えっ、今も?」
「ここにはいないがな。でも、それぞれの植物と妖精はつながっているから、存在を感じることはできる。お前ならそのうち感じることができるようになるだろうな」

 どうして私が感じるようになれるのかはわからないけれど、できるようになるのなら、それは嬉しい。
 手元の鉢に薬を入れる。これを入れておけば、根っこを食べる虫を予防できるのだ。今の話を聞くと、そんな虫にもたぶん妖精はいるんだろうけど……。私は私の庭を守らねばならない。大事な植物の根を囓って枯らせる虫は、絶対許さない。つまり、絶許なのである。

「うむ、うまく植えられたな」
「偉そうだなぁ」
「偉いからな」
「あ、王様か」

 しかし、妖精王ってどのくらい偉いのだろうか。
日本では、天皇は象徴だし、イギリスの国王もお金持ちなのは知ってるけど、別に一言命じて政治を動かせるわけではない。他の国は……どうなんだろう。宗教が政治と絡む国とかは別として、昔の絶対王政の時代のような国王の権限というものを、今の時代あまり想像できないでいる。

「ねぇ、妖精の王様ってどのくらいの権限があるの?」

 たっぷりの水を注ぎながら尋ねる。

「権限とは少々違うが、人と違って、俺たちは持っている力で王が決まる。俺が消えろと強く命じれば、その妖精は消えてしまうくらいの力は持っている」

 オルは手の甲に顎を乗せ、つまらなさそうにそう言った。

「だからそうそう簡単に、命じることなんてできやしない」

 彼の言いたいことは、なんだかわかる気がした。それと同時に、世界中の偉い人たちが、同じように思ってくれていれば、悲しい諍いなどなくなるのに、とも感じる。

「お、このサニーレタスはそろそろ収穫した方が良いぞ」

 アンニュイな気持ちになっていると、オルがパタパタと羽をひらめかせながら、奥にあるプランターに向かっていった。空気を読めよ。
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