妖精王の住処

穴澤空

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「はいはい、赤尾さん、続きはまた昼休みにね」
「部長には話してませんよぅ。でもそうね、始業のベルが鳴るわ」

 向かいの机に座る部長は、坊主頭の岩陰さん。最近子どもが生まれたとかで、時間があるとやたらと写真を見せてくる。友達でもない他人の子どもの写真、そんなに何回も見たくないんだけど。

「葉月さん、また後で聞いてちょうだいね」

 赤尾さんが、肩をすくめながら私に笑いかける。
続き、まだあるんだ。
始業のベルと同時に、カラスがカァと鳴いた。すごいタイミングで鳴くこともあるんだなぁ。カラスの鳴き声って、どちらかと言うと、夕方のイメージが強いのは、カラスが鳴いたら帰る、って歌があったからかもしれない。

 先週末に締めた経費精算の計算を再度確認する。金曜日に一通り計算してはいるけど、最終計上の前に念のために確認が必要になるのだ。

「よし、あってる!」
「あっ! 葉月さん、先週提出期限だった書類、忘れてたんだけどさぁ」

 ようやく確認も終わり、ほっと一息ついたところで後ろから声をかけてきたのは、営業部の人だ。忘れてた、じゃない。何度もSlackで告知したでしょうが!

「その書類、今ここにありますか?」
「うん、これ。まぁまだ大丈夫だよね」

 大丈夫じゃない! ついさっき締めのための計算を終えたところですけど?

「……今度は絶対に忘れないでくださいね」
「ありがとう! やっぱ葉月さん優しいなぁ」

 十枚の書類を提出して、去って行った。いや、十枚もあるのも大問題だけど、これ自分でデジタル申請するべき書類でしょうが!

「葉月ちゃん、引き受けちゃったの? 大変だねぇ。計算し直しでしょう。週末デートしてくれるなら、僕手伝ってあげるよ」

 斜め向かいに座っているチャラ男安川。常にこうした軽口を叩いてくる。

「いえ、私彼氏いるんで」
「冷たいなぁ。じゃぁ疲れた体を癒やすために、肩をもんであげるよ」

それは控えめに言ってセクハラだ。冷たくそう言って、一蹴してやりたい。しかも部長と赤尾さんが打ち合わせで席を外しているときに限って、そういうことを言うのだ。絶対にタイミングを見計らって言ってる。それ、確実にハラスメントよね。くそー。それに、いっつも半袖のTシャツ着てるけど、冬は長袖着て欲しい。まぁこれはただの言いがかりだけどさ。なんでも北海道出身だから、冬でも寒くないらしい。本当だろうか。

「安川さんも、締め作業あるんじゃないですか? 頑張ってください」

 それだけ言い置いて、私はさっきの営業が持ってきた書類を、代理でデジタル申請し、かつ自分で承認し始める。さっさと計算のし直しをして、他の仕事に取りかかりたい。

「弥生、俺は屋上で昼寝をしているぞ」

 オルの声が聞こえたので、小さく頷き返事の代わりにした。それにしても、なんでシステムで計算したものの検算を、電卓でやってるんだろう。いつも謎に思ってるけど、部長が頑なにやれって言うから仕方がない。早く脳内DXして欲しいわ。
 たったかたったかキーボードを打ち、電卓を打ち、右手が腱鞘炎になりそう、と毎日思う。なったらこれは労災だなぁと思いながらも、ならないのでそれほどではないのかもしれない。

 在宅ワークのタイミングでせっかく導入した経理のシステムも、結局使う人たちのせいでアナログ対応が多い。どうにかしたいけど、声を上げて波風立てるのも面倒だ。

「はぁ、どうにか終わった……」
「ちょうどランチ! 葉月さんお昼行きましょう。昨日の見合い男の話をしたい」

 いつの間にか打ち合わせから戻ってきていた赤尾さんが、満面の笑みでお財布を用意し始めている。

「赤尾さん、私今日おにぎり持ってきてて」
「大丈夫! それ夕飯にすれば良いでしょ」

 一体何が大丈夫なのだ。お昼ご飯代の節約をするために、おにぎりを持ってきているので、夕飯にすれば良いとかの話ではない。

「こないだね、美味しいところ見つけたのよ。ランチなら安いしそこに行こ」

 安い。安いのかぁ。じゃぁまあ良いか。
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