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「……あ、ね、ねぇ」
「うん? どうした?」
そのままキスを繰り返す彼の手は、私の背中に回りブラジャーのホックを外そうとしていた。これはマズい。
「あの、今日私……アレだから……。その、二日目、だから」
暗に無理だと伝えれば、彼の眉間に少しだけ皺が寄る。あぁ、言わなければ良かった。きっと不快な思いをさせてしまった。
「わかった。じゃぁ帰るね」
「え、あ、でも今お湯沸かしてるから。庭のハーブティ淹れるよ」
「庭の草はいいよ」
彼は私の顔を見て、にこりと笑う。あれ、怒ってはいない? 若干失礼なことを言われた気もしたけど。
「お前今日は早く寝た方が良いだろ? だから帰るよ」
「あ、そっか。うん。ありがと」
そう返せば、竜也はすぐにドアの向こうに消えていった。がちゃん、と扉が閉まる音がする。玄関に見送る間もなかった。それと同時に、ピーっとお湯が沸いた音がやかんからした。
「お湯!」
せっかく沸かしたので、オルの分も一緒にお茶を淹れることにする。
「オル、ハーブティ飲む?」
「当然だ」
本棚の上にいるかと思っていたオルは、いつの間にか私のすぐ近くにいたらしい。姿を大きくさせて、洗い物を始めた。
「あれ、親切」
「皿がこれしかないからな。俺も弥生の作った肉じゃがとやらを食べたい」
「ふ。煩悩だらけじゃない」
差し出された、水に濡れた食器を手ぬぐいで拭いて肉じゃがをよそう。
「でも、ありがと」
考えたらオルは、私の食事を食べた後は、きちんと食器を洗ってくれていた。あまりに自然にやってくれていたので、私もお礼を告げていなかったと、今頃気付く。
「なにがだ?」
「今まで、食べた後食器洗ってくれてたじゃない。それに今も」
「弥生が作ってくれてるからな。食べた者が片付けるのは当然だろう」
私の言葉に、オルが少し顔を赤らめてぶっきらぼうに言葉を返す。王様なんだから、そんなことしたことなかったろうに。いや、そもそも、妖精が食器を使って食事なんてしないのかもしれない。
「前にいたバラ園の女将が、常に子どもたちに言っていたんだ」
「何を?」
「お前たちはお父さんみたいに何もしない男にだけはなるんじゃないよ。食事を作ってもらったらありがとうと言い、片付けは作っていない方がやるんだ──ってね」
どうやら口真似だったらしい。勢いの良い言い回しから、貫禄のあるお母さんを想像する。
「それで、オルは食器を洗ってくれてたんだ」
「まぁな。そもそも我ら妖精は、花の蜜は食べたら食べっぱなしだからな」
「片付けなんてできないしねぇ」
「俺が片付けたら、花が消え去る」
「それは『片付け』の解釈違いだわ」
肉じゃがの皿とお茶をこたつに運ぶと、オルが笑う。
「それにしても、控えめに言ってあの男は最低ではないか?」
「そう? まぁちょっとどうかな、って思うことはあるけど」
仕事が忙しかったと言っていたし、疲れていたのだろう。そう思っていた。人間調子が良いときと悪いときがあるのは当たり前だし。
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
オルはそのバラ園で、日本人の生活様式を見てきたのだろうか。食事の前の所作がとても日本人らしい。両手を合わせていただきますと口にする。ただそれだけで、作った私は少しだけ誇らしい気持ちになった。
「うん、旨い。そういえば、あの男はこの肉に文句を言っていたな」
「豚肉と牛肉ね。関西では肉じゃがは牛肉なのよ。そういえば、カレーも関西では牛肉だったかな。こっちでは豚肉らしいけど、我が家では鶏肉だったから、私が作るのは鶏肉だけど」
父が鶏肉好きだったから、私が家で作る肉料理はいつも鶏肉だった。私が作った料理をラップして冷蔵庫に入れておくと、父が机にごちそうさまとメモを置いてくれていたのが、嬉しかった。そんな父とも、しばらく会っていない。転勤で単身広島に行っているのだ。
「何肉でも、旨ければ良かろう。弥生は料理が上手だな」
「うん? どうした?」
そのままキスを繰り返す彼の手は、私の背中に回りブラジャーのホックを外そうとしていた。これはマズい。
「あの、今日私……アレだから……。その、二日目、だから」
暗に無理だと伝えれば、彼の眉間に少しだけ皺が寄る。あぁ、言わなければ良かった。きっと不快な思いをさせてしまった。
「わかった。じゃぁ帰るね」
「え、あ、でも今お湯沸かしてるから。庭のハーブティ淹れるよ」
「庭の草はいいよ」
彼は私の顔を見て、にこりと笑う。あれ、怒ってはいない? 若干失礼なことを言われた気もしたけど。
「お前今日は早く寝た方が良いだろ? だから帰るよ」
「あ、そっか。うん。ありがと」
そう返せば、竜也はすぐにドアの向こうに消えていった。がちゃん、と扉が閉まる音がする。玄関に見送る間もなかった。それと同時に、ピーっとお湯が沸いた音がやかんからした。
「お湯!」
せっかく沸かしたので、オルの分も一緒にお茶を淹れることにする。
「オル、ハーブティ飲む?」
「当然だ」
本棚の上にいるかと思っていたオルは、いつの間にか私のすぐ近くにいたらしい。姿を大きくさせて、洗い物を始めた。
「あれ、親切」
「皿がこれしかないからな。俺も弥生の作った肉じゃがとやらを食べたい」
「ふ。煩悩だらけじゃない」
差し出された、水に濡れた食器を手ぬぐいで拭いて肉じゃがをよそう。
「でも、ありがと」
考えたらオルは、私の食事を食べた後は、きちんと食器を洗ってくれていた。あまりに自然にやってくれていたので、私もお礼を告げていなかったと、今頃気付く。
「なにがだ?」
「今まで、食べた後食器洗ってくれてたじゃない。それに今も」
「弥生が作ってくれてるからな。食べた者が片付けるのは当然だろう」
私の言葉に、オルが少し顔を赤らめてぶっきらぼうに言葉を返す。王様なんだから、そんなことしたことなかったろうに。いや、そもそも、妖精が食器を使って食事なんてしないのかもしれない。
「前にいたバラ園の女将が、常に子どもたちに言っていたんだ」
「何を?」
「お前たちはお父さんみたいに何もしない男にだけはなるんじゃないよ。食事を作ってもらったらありがとうと言い、片付けは作っていない方がやるんだ──ってね」
どうやら口真似だったらしい。勢いの良い言い回しから、貫禄のあるお母さんを想像する。
「それで、オルは食器を洗ってくれてたんだ」
「まぁな。そもそも我ら妖精は、花の蜜は食べたら食べっぱなしだからな」
「片付けなんてできないしねぇ」
「俺が片付けたら、花が消え去る」
「それは『片付け』の解釈違いだわ」
肉じゃがの皿とお茶をこたつに運ぶと、オルが笑う。
「それにしても、控えめに言ってあの男は最低ではないか?」
「そう? まぁちょっとどうかな、って思うことはあるけど」
仕事が忙しかったと言っていたし、疲れていたのだろう。そう思っていた。人間調子が良いときと悪いときがあるのは当たり前だし。
「いただきます」
「はい、どうぞ召し上がれ」
オルはそのバラ園で、日本人の生活様式を見てきたのだろうか。食事の前の所作がとても日本人らしい。両手を合わせていただきますと口にする。ただそれだけで、作った私は少しだけ誇らしい気持ちになった。
「うん、旨い。そういえば、あの男はこの肉に文句を言っていたな」
「豚肉と牛肉ね。関西では肉じゃがは牛肉なのよ。そういえば、カレーも関西では牛肉だったかな。こっちでは豚肉らしいけど、我が家では鶏肉だったから、私が作るのは鶏肉だけど」
父が鶏肉好きだったから、私が家で作る肉料理はいつも鶏肉だった。私が作った料理をラップして冷蔵庫に入れておくと、父が机にごちそうさまとメモを置いてくれていたのが、嬉しかった。そんな父とも、しばらく会っていない。転勤で単身広島に行っているのだ。
「何肉でも、旨ければ良かろう。弥生は料理が上手だな」
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