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「竜也が来るから、オルは小さくなっててね」
「タツヤ?」
金曜の夜。夕飯を作っているタイミングで入ったラインを見て、慌ててオルにお願いをする。
「タツヤとは誰だ? 俺は今弥生が作っている、その飯を食いたいのだが」
「今日は我慢して!」
吉川竜也は私の彼だ。数ヶ月前から付き合っている。赤尾さんに影響されて、私も婚活をしてみようと思ったけど、結婚相談所はあまりにも金額が高すぎて、アプリから始めてみたら、すぐに彼に出会えた。
「オルが大きいままいたら、彼に誤解されちゃうでしょ」
「はぁん? そのタツヤとやらは、弥生の恋人というわけだな。よしよし、妖精王である俺が、見守っていてやろう」
「え、何か御利益とかあるの?」
「俺は八百万の神じゃないから、そういうのはない」
ドン! と効果音が付きそうなドヤ顔で言われても困るが……。でも、オルのその気持ちはなんだか嬉しかった。恋のキューピッド──は、ギリシア神話か。
「おや、来たようだな」
その言葉と共に、オルは一瞬にして体を小さくさせる。何度見てもその光景は不思議で仕方がない。まるで魔法のようだと思ったけれど、考えてみたら、妖精王が使う力なのだから、魔法なのかもしれない。
「来たよーっ」
ピンポンを矢継ぎ早に押し、声を上げる彼に、はいはい、と慌てて玄関を開けた。
「久しぶり。二週間くらい会えてなかったよなぁ。ごめんね。仕事が忙しくてさ。さみしかっただろ?」
身長の高い彼は、そう言いながら部屋に入る。あれ、前よりも背が縮んだのだろうか。もっと大きかった気がしたけど。
「あ、手を洗ってね」
「まぁまぁ、別に平気だし。改札出るときに、消毒液かけたからね」
そういう問題じゃないんだけど。手ぐらい洗って欲しい。曖昧に笑いながら、頷く。
「お、良いにおいじゃん。肉じゃが?」
「そう。あとお味噌汁温めるだけだから、座ってて」
竜也は部屋の中を見回しながら、こたつに座る。その席の目の前に、オルがあぐらを組んで座っていた。え、見守るってまさかそんな目の前で見るってことなの?
「はい、どうぞ」
「おっ、サンキュー」
彼の前にご飯を並べていくと、私が座る前にはもう食べ始めていた。せめていただきますくらいは、言って欲しいといつも思う。
「お前の肉じゃが、豚肉なんだ。普通牛肉じゃない?」
「そう? 私は豚肉で育ったけど」
普通って何よ。それは竜也の知っている範囲の情報ってだけでしょ。
いけない。うっかり文句を言いそうになる。
「ま、旨いからイイけど」
だったら文句言わずに食べて欲しい。そもそも牛肉は高いから、めったに買いません。牛肉で作って欲しいなら、お肉を買ってきてもらわないと。この食費だって、私が負担しているんだから。
うん、今日の肉じゃがはなかなか美味しくできたと我ながら思う。ちなみに味噌汁に入っているネギは、庭で作っている再生植物だ。以前買った長ネギのお尻を植えたら、半永久的に生えてきてくれて、大変助かっている。ありがとう、再生植物。
目の前に座っている竜也との目線は以前と変わらない。小さくなったと感じたのは気のせいだろうか。
竜也は、少しひょろひょろしているけれど、それなりに頭も良いらしいし、肉体美と頭脳は比例しないのかもしれない。顔もそれなり。なんて、凡人の私が言うのはおこがましいか。最近イケメンを間近で見過ぎて、ちょっと贅沢になってきているのかもしれないわね。
「うまかった!」
あっという間に平らげた彼は、その場でごろりと横になってしまう。せめて食器を下げるくらいはしてくれても、と思うが、それで揉めたくもない。食事は穏やかにとりたい。
「ごちそうさまでした」
私も両手をそろえて、食後の挨拶をする。食べ終えた自分の分と共に、竜也の分も下げて水に浸した。
「なぁ、こっちおいでよ」
食器はもう少し水に浸しておいた方が洗いやすい。食後のお茶を淹れるために、やかんに火をかけて、彼の元に向かった。
「なになに?」
「な。こっち」
彼の横のスペースをトントンと叩く。どうやらそこに座れということらしい。本棚の上で、オルがニヤニヤと見ている。この出歯亀。ちょっと目を瞑ってなさいって。
「うまい飯、ありがと」
竜也はそう言って、私の頭を撫でる。彼はよくそうして、私を撫でるのだ。母を小さい頃に亡くした私にとって、頭を撫でてくれる人というのは、あまりいなかった。
父は優しかったけれど、私を養うために遅くまで仕事をしていたし、褒めてくれることはあっても、撫でる、抱きしめる、なんてことはあまりなかったのだ。だから、こうして恋人に頭を優しく撫でられたり、そっと抱きしめられたりするのは、なんだか少し恥ずかしいけれど、妙にほっとする。
「タツヤ?」
金曜の夜。夕飯を作っているタイミングで入ったラインを見て、慌ててオルにお願いをする。
「タツヤとは誰だ? 俺は今弥生が作っている、その飯を食いたいのだが」
「今日は我慢して!」
吉川竜也は私の彼だ。数ヶ月前から付き合っている。赤尾さんに影響されて、私も婚活をしてみようと思ったけど、結婚相談所はあまりにも金額が高すぎて、アプリから始めてみたら、すぐに彼に出会えた。
「オルが大きいままいたら、彼に誤解されちゃうでしょ」
「はぁん? そのタツヤとやらは、弥生の恋人というわけだな。よしよし、妖精王である俺が、見守っていてやろう」
「え、何か御利益とかあるの?」
「俺は八百万の神じゃないから、そういうのはない」
ドン! と効果音が付きそうなドヤ顔で言われても困るが……。でも、オルのその気持ちはなんだか嬉しかった。恋のキューピッド──は、ギリシア神話か。
「おや、来たようだな」
その言葉と共に、オルは一瞬にして体を小さくさせる。何度見てもその光景は不思議で仕方がない。まるで魔法のようだと思ったけれど、考えてみたら、妖精王が使う力なのだから、魔法なのかもしれない。
「来たよーっ」
ピンポンを矢継ぎ早に押し、声を上げる彼に、はいはい、と慌てて玄関を開けた。
「久しぶり。二週間くらい会えてなかったよなぁ。ごめんね。仕事が忙しくてさ。さみしかっただろ?」
身長の高い彼は、そう言いながら部屋に入る。あれ、前よりも背が縮んだのだろうか。もっと大きかった気がしたけど。
「あ、手を洗ってね」
「まぁまぁ、別に平気だし。改札出るときに、消毒液かけたからね」
そういう問題じゃないんだけど。手ぐらい洗って欲しい。曖昧に笑いながら、頷く。
「お、良いにおいじゃん。肉じゃが?」
「そう。あとお味噌汁温めるだけだから、座ってて」
竜也は部屋の中を見回しながら、こたつに座る。その席の目の前に、オルがあぐらを組んで座っていた。え、見守るってまさかそんな目の前で見るってことなの?
「はい、どうぞ」
「おっ、サンキュー」
彼の前にご飯を並べていくと、私が座る前にはもう食べ始めていた。せめていただきますくらいは、言って欲しいといつも思う。
「お前の肉じゃが、豚肉なんだ。普通牛肉じゃない?」
「そう? 私は豚肉で育ったけど」
普通って何よ。それは竜也の知っている範囲の情報ってだけでしょ。
いけない。うっかり文句を言いそうになる。
「ま、旨いからイイけど」
だったら文句言わずに食べて欲しい。そもそも牛肉は高いから、めったに買いません。牛肉で作って欲しいなら、お肉を買ってきてもらわないと。この食費だって、私が負担しているんだから。
うん、今日の肉じゃがはなかなか美味しくできたと我ながら思う。ちなみに味噌汁に入っているネギは、庭で作っている再生植物だ。以前買った長ネギのお尻を植えたら、半永久的に生えてきてくれて、大変助かっている。ありがとう、再生植物。
目の前に座っている竜也との目線は以前と変わらない。小さくなったと感じたのは気のせいだろうか。
竜也は、少しひょろひょろしているけれど、それなりに頭も良いらしいし、肉体美と頭脳は比例しないのかもしれない。顔もそれなり。なんて、凡人の私が言うのはおこがましいか。最近イケメンを間近で見過ぎて、ちょっと贅沢になってきているのかもしれないわね。
「うまかった!」
あっという間に平らげた彼は、その場でごろりと横になってしまう。せめて食器を下げるくらいはしてくれても、と思うが、それで揉めたくもない。食事は穏やかにとりたい。
「ごちそうさまでした」
私も両手をそろえて、食後の挨拶をする。食べ終えた自分の分と共に、竜也の分も下げて水に浸した。
「なぁ、こっちおいでよ」
食器はもう少し水に浸しておいた方が洗いやすい。食後のお茶を淹れるために、やかんに火をかけて、彼の元に向かった。
「なになに?」
「な。こっち」
彼の横のスペースをトントンと叩く。どうやらそこに座れということらしい。本棚の上で、オルがニヤニヤと見ている。この出歯亀。ちょっと目を瞑ってなさいって。
「うまい飯、ありがと」
竜也はそう言って、私の頭を撫でる。彼はよくそうして、私を撫でるのだ。母を小さい頃に亡くした私にとって、頭を撫でてくれる人というのは、あまりいなかった。
父は優しかったけれど、私を養うために遅くまで仕事をしていたし、褒めてくれることはあっても、撫でる、抱きしめる、なんてことはあまりなかったのだ。だから、こうして恋人に頭を優しく撫でられたり、そっと抱きしめられたりするのは、なんだか少し恥ずかしいけれど、妙にほっとする。
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