妖精王の住処

穴澤空

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 安っぽい扉を開けて手を洗う。野菜を切って肉と共に炒めて、カレールウを入れる。実はずいぶんと長い間、カレーを作ることはしていなかった。量を作ることになる反面、足が早いので一人暮らしだと消費しづらいのだ。

「今はオルがいるからねぇ」

 それに、と思う。

「アイツは、カレーは貧乏くさい料理だとか言って、食べたがらないんだよね」

 我が家に来ては、私の料理をリクエストする彼を思い浮かべる。
 オルが私の料理を一緒に食べるようになって最初の買い出しの日、思わずカレールウを買ってしまった。初めて見る商品だったこともあり、妙にテンションがあがったことを覚えている。カレールウでご機嫌になれるのだから、私も安上がりな女だな、なんて思ってしまう。

「ま、その分花の鉢は我慢しないけど」

 月の手取りが約二十万。家賃は月に六万五千円。水道光熱費に通信費、将来のための貯金をしていれば、あっという間に月の予算なんてなくなってしまう。
 煮込んでいる間に、朝収穫して根元だけ水につけておいたサニーレタスとチコリの水を切る。ボウルに油とお酢、塩と醤油を適当に入れて攪拌し、手でちぎった野菜をぶち込んだ。

「赤いのが欲しいんだよねぇ」

 野菜で赤い色といえば、にんじんかパプリカ、トマトだ。にんじんはカレーに入れたし、パプリカは実はちょっと苦手。トマトは高いから、我が家の家庭菜園で生ったときくらいしか食べない。

「というわけで、秘密兵器」

 赤い野菜がないなら、赤い器を買えば良いじゃない、と思ったわけだ。おしゃれ系百円均一のお店で、赤いサラダボウルが売っていたので、意気揚々と買ってきた。

「はい、これで赤が足りないだなんて思わない!」
「なんか言ったか?」
「なんでもない! あ、オル大きくなってるなら、これ取りに来て」

 一人暮らしが長くなると、何をするにしても独り言を口にしてしまう。最近では、オルがいるので、独り言にならなくなったのは、なんだか嬉しい。

「ほう、今朝の野菜だな」
「そうそう。根元を水につけておいたから、ハリっとしているよ」

 鼻歌を歌いながら、こたつ机に持って行くオルは、どこからどう見ても人間のようだ。耳はちょっと尖っているけれど。まぁ、その耳はそんなに目立たない。
 だからこそ、外ではミニチュアサイズでいてくれないと困る。彼は正直、大きいと美形過ぎるのだ。

「良いにおいがするな」
「でしょ? これがカレー様よ」
「ほほう。カレー殿、我が胃を満たしてくれ」

 もしやオルは自分が王様だから、カレーに様ではなく、殿をつけたのか? 芸が細かいな。
 少しだけ深みのある皿に、真っ白なお米とカレーを盛り付ける。スパイスがそこまで効いていないタイプのカレーなので、ガラムマサラやクミンの香りよりも、カレーらしい香りが引き立つ。カレーらしい香りを生み出しているのが何かは、よくわからないけれど。小さい頃学校で食べていたカレーを、少しだけ辛くして、少しだけコクを深くした、そんな香り。日本人であれば、誰もが大好きであろうこの香りが、私の食欲を刺激した。

「弥生、早く食べよう」

 それはどうやら、妖精王も同様だったらしい。大きめのスプーンを二つ手にし、私はこたつのある居室に向かったのだった。──ほんの数歩だけれど。
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