11 / 38
11
しおりを挟む
安っぽい扉を開けて手を洗う。野菜を切って肉と共に炒めて、カレールウを入れる。実はずいぶんと長い間、カレーを作ることはしていなかった。量を作ることになる反面、足が早いので一人暮らしだと消費しづらいのだ。
「今はオルがいるからねぇ」
それに、と思う。
「アイツは、カレーは貧乏くさい料理だとか言って、食べたがらないんだよね」
我が家に来ては、私の料理をリクエストする彼を思い浮かべる。
オルが私の料理を一緒に食べるようになって最初の買い出しの日、思わずカレールウを買ってしまった。初めて見る商品だったこともあり、妙にテンションがあがったことを覚えている。カレールウでご機嫌になれるのだから、私も安上がりな女だな、なんて思ってしまう。
「ま、その分花の鉢は我慢しないけど」
月の手取りが約二十万。家賃は月に六万五千円。水道光熱費に通信費、将来のための貯金をしていれば、あっという間に月の予算なんてなくなってしまう。
煮込んでいる間に、朝収穫して根元だけ水につけておいたサニーレタスとチコリの水を切る。ボウルに油とお酢、塩と醤油を適当に入れて攪拌し、手でちぎった野菜をぶち込んだ。
「赤いのが欲しいんだよねぇ」
野菜で赤い色といえば、にんじんかパプリカ、トマトだ。にんじんはカレーに入れたし、パプリカは実はちょっと苦手。トマトは高いから、我が家の家庭菜園で生ったときくらいしか食べない。
「というわけで、秘密兵器」
赤い野菜がないなら、赤い器を買えば良いじゃない、と思ったわけだ。おしゃれ系百円均一のお店で、赤いサラダボウルが売っていたので、意気揚々と買ってきた。
「はい、これで赤が足りないだなんて思わない!」
「なんか言ったか?」
「なんでもない! あ、オル大きくなってるなら、これ取りに来て」
一人暮らしが長くなると、何をするにしても独り言を口にしてしまう。最近では、オルがいるので、独り言にならなくなったのは、なんだか嬉しい。
「ほう、今朝の野菜だな」
「そうそう。根元を水につけておいたから、ハリっとしているよ」
鼻歌を歌いながら、こたつ机に持って行くオルは、どこからどう見ても人間のようだ。耳はちょっと尖っているけれど。まぁ、その耳はそんなに目立たない。
だからこそ、外ではミニチュアサイズでいてくれないと困る。彼は正直、大きいと美形過ぎるのだ。
「良いにおいがするな」
「でしょ? これがカレー様よ」
「ほほう。カレー殿、我が胃を満たしてくれ」
もしやオルは自分が王様だから、カレーに様ではなく、殿をつけたのか? 芸が細かいな。
少しだけ深みのある皿に、真っ白なお米とカレーを盛り付ける。スパイスがそこまで効いていないタイプのカレーなので、ガラムマサラやクミンの香りよりも、カレーらしい香りが引き立つ。カレーらしい香りを生み出しているのが何かは、よくわからないけれど。小さい頃学校で食べていたカレーを、少しだけ辛くして、少しだけコクを深くした、そんな香り。日本人であれば、誰もが大好きであろうこの香りが、私の食欲を刺激した。
「弥生、早く食べよう」
それはどうやら、妖精王も同様だったらしい。大きめのスプーンを二つ手にし、私はこたつのある居室に向かったのだった。──ほんの数歩だけれど。
「今はオルがいるからねぇ」
それに、と思う。
「アイツは、カレーは貧乏くさい料理だとか言って、食べたがらないんだよね」
我が家に来ては、私の料理をリクエストする彼を思い浮かべる。
オルが私の料理を一緒に食べるようになって最初の買い出しの日、思わずカレールウを買ってしまった。初めて見る商品だったこともあり、妙にテンションがあがったことを覚えている。カレールウでご機嫌になれるのだから、私も安上がりな女だな、なんて思ってしまう。
「ま、その分花の鉢は我慢しないけど」
月の手取りが約二十万。家賃は月に六万五千円。水道光熱費に通信費、将来のための貯金をしていれば、あっという間に月の予算なんてなくなってしまう。
煮込んでいる間に、朝収穫して根元だけ水につけておいたサニーレタスとチコリの水を切る。ボウルに油とお酢、塩と醤油を適当に入れて攪拌し、手でちぎった野菜をぶち込んだ。
「赤いのが欲しいんだよねぇ」
野菜で赤い色といえば、にんじんかパプリカ、トマトだ。にんじんはカレーに入れたし、パプリカは実はちょっと苦手。トマトは高いから、我が家の家庭菜園で生ったときくらいしか食べない。
「というわけで、秘密兵器」
赤い野菜がないなら、赤い器を買えば良いじゃない、と思ったわけだ。おしゃれ系百円均一のお店で、赤いサラダボウルが売っていたので、意気揚々と買ってきた。
「はい、これで赤が足りないだなんて思わない!」
「なんか言ったか?」
「なんでもない! あ、オル大きくなってるなら、これ取りに来て」
一人暮らしが長くなると、何をするにしても独り言を口にしてしまう。最近では、オルがいるので、独り言にならなくなったのは、なんだか嬉しい。
「ほう、今朝の野菜だな」
「そうそう。根元を水につけておいたから、ハリっとしているよ」
鼻歌を歌いながら、こたつ机に持って行くオルは、どこからどう見ても人間のようだ。耳はちょっと尖っているけれど。まぁ、その耳はそんなに目立たない。
だからこそ、外ではミニチュアサイズでいてくれないと困る。彼は正直、大きいと美形過ぎるのだ。
「良いにおいがするな」
「でしょ? これがカレー様よ」
「ほほう。カレー殿、我が胃を満たしてくれ」
もしやオルは自分が王様だから、カレーに様ではなく、殿をつけたのか? 芸が細かいな。
少しだけ深みのある皿に、真っ白なお米とカレーを盛り付ける。スパイスがそこまで効いていないタイプのカレーなので、ガラムマサラやクミンの香りよりも、カレーらしい香りが引き立つ。カレーらしい香りを生み出しているのが何かは、よくわからないけれど。小さい頃学校で食べていたカレーを、少しだけ辛くして、少しだけコクを深くした、そんな香り。日本人であれば、誰もが大好きであろうこの香りが、私の食欲を刺激した。
「弥生、早く食べよう」
それはどうやら、妖精王も同様だったらしい。大きめのスプーンを二つ手にし、私はこたつのある居室に向かったのだった。──ほんの数歩だけれど。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる