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「おと……おとうさん」
そのまま父の体の上に、顔を埋める。
「うん、うん……」
今度は背中をぽんぽん、と優しく叩く父の手に、どうしてか、私の涙も鼻水も止まらない。別に、もう大丈夫なはずなのに。そんな子どもの頃のことなんて。今はもう大人なのに。
それなのに、私の中の小さな弥生は、頭の中でさみしかった、悲しかった、もっと一緒にいたかった、と叫び続ける。どうして今頃。なんで今。そんな気持ち、とっくの昔に折り合いをつけていたはずなのに。
百世不磨の如く私の中にこびりついていた、押し込め続けた感情が溢れ出る。私自身も見て見ぬふりをしたまま忘れていたそれが飛び出し、私はどうすることもできずに、ただ流れるに任せ、涙も鼻水も嗚咽も吐き出してしまった。
どれほど過ぎたのか。どうにか落ち着いた私の背中を、今度は撫でるように上下に動かしていた父の手が、そっと離れた。体を引き起こすと、父の布団がぐっしょりと濡れている。
「あ! ご、ごめん。びっちゃびちゃ」
「いや、大丈夫だろ、多分。それより弥生、すっきりした顔してるな」
そんなことを言われても、鏡もない今自分ではわからない。左側に立つオルの顔を見れば、父に同意すると言わんばかりに、ドヤ顔で頷く。どうしてドヤ顔なのよ。そこはもう少し遠慮がちな顔をしなさいって。
そんなオルの顔を見てたら、なんだか笑えてきてしまった。
「ふ、ふふ」
「なんだ。何がおかしい」
「だって、オルったらドヤ顔なんだもん。それに、なんかお父さんに我慢してたのも」
嗚咽なのか笑いなのかわからない。横隔膜がただただ震える。
「馬鹿みたい、私ったら」
ぽろりとこぼした言葉は、そのまま私の体の中を巡っていった。そうして、ストン、と体の中心に落ちていく。
「そっか」
小さくつぶやくと、オルが私の肩をそっと抱き寄せた。ちょっと、恋人みたいな真似しないでよ、と言いそうになるけれど、今この時点ではそういう設定だった。
「私、もう我慢するのやめる」
「いや、それで良いよ。弥生は、ちゃんと良い子だから」
父のその言葉を、今度はゆっくりと噛み締めるように受け止めた。
「葉月さん、検温の時間です」
ノックと共に扉が開く。ベテラン風の看護師さんは、父の布団がぐっしょり濡れていることに驚いていたけれど、私が「父が死んでしまうと勘違いしてしまって」と言ったら、あらあらと笑って許してくれた。すぐに新しい布団を持ってきてくれるそうだ。親切な病院で良かった。
「もう帰るのか?」
「せっかくだから、広島に一泊していくよ。明日は日曜日だし。明日も面会に来るね」
「いや、それがいいな。弥生広島は修学旅行以来なんじゃないか?」
「そういえばそうだね。修旅で行かなかったところ、行ってこようかな」
「だったら、三次に行くと良いよ」
「三次?」
「もののけミュージアムっていうのがあるんだよ」
父のその言葉に、思わず西洋のもののけの王様、妖精王オールベロンの顔を見てしまう。オルは首を傾げるが、それを父は何か勘違いしたらしい。
「おや、オールベロンくんはもののけがお好きなのかな」
「もののけ、とは」
「ああ、すまないね。妖怪だよ、妖怪。人ならざる存在さ」
私がオルを見た理由を理解したらしい、人ならざる本人は人をたらし込めそうな笑みを浮かべ
「良いですね。弥生さんと一緒に、行ってみようと思います」
そんな返事をしたのだった。
そのまま父の体の上に、顔を埋める。
「うん、うん……」
今度は背中をぽんぽん、と優しく叩く父の手に、どうしてか、私の涙も鼻水も止まらない。別に、もう大丈夫なはずなのに。そんな子どもの頃のことなんて。今はもう大人なのに。
それなのに、私の中の小さな弥生は、頭の中でさみしかった、悲しかった、もっと一緒にいたかった、と叫び続ける。どうして今頃。なんで今。そんな気持ち、とっくの昔に折り合いをつけていたはずなのに。
百世不磨の如く私の中にこびりついていた、押し込め続けた感情が溢れ出る。私自身も見て見ぬふりをしたまま忘れていたそれが飛び出し、私はどうすることもできずに、ただ流れるに任せ、涙も鼻水も嗚咽も吐き出してしまった。
どれほど過ぎたのか。どうにか落ち着いた私の背中を、今度は撫でるように上下に動かしていた父の手が、そっと離れた。体を引き起こすと、父の布団がぐっしょりと濡れている。
「あ! ご、ごめん。びっちゃびちゃ」
「いや、大丈夫だろ、多分。それより弥生、すっきりした顔してるな」
そんなことを言われても、鏡もない今自分ではわからない。左側に立つオルの顔を見れば、父に同意すると言わんばかりに、ドヤ顔で頷く。どうしてドヤ顔なのよ。そこはもう少し遠慮がちな顔をしなさいって。
そんなオルの顔を見てたら、なんだか笑えてきてしまった。
「ふ、ふふ」
「なんだ。何がおかしい」
「だって、オルったらドヤ顔なんだもん。それに、なんかお父さんに我慢してたのも」
嗚咽なのか笑いなのかわからない。横隔膜がただただ震える。
「馬鹿みたい、私ったら」
ぽろりとこぼした言葉は、そのまま私の体の中を巡っていった。そうして、ストン、と体の中心に落ちていく。
「そっか」
小さくつぶやくと、オルが私の肩をそっと抱き寄せた。ちょっと、恋人みたいな真似しないでよ、と言いそうになるけれど、今この時点ではそういう設定だった。
「私、もう我慢するのやめる」
「いや、それで良いよ。弥生は、ちゃんと良い子だから」
父のその言葉を、今度はゆっくりと噛み締めるように受け止めた。
「葉月さん、検温の時間です」
ノックと共に扉が開く。ベテラン風の看護師さんは、父の布団がぐっしょり濡れていることに驚いていたけれど、私が「父が死んでしまうと勘違いしてしまって」と言ったら、あらあらと笑って許してくれた。すぐに新しい布団を持ってきてくれるそうだ。親切な病院で良かった。
「もう帰るのか?」
「せっかくだから、広島に一泊していくよ。明日は日曜日だし。明日も面会に来るね」
「いや、それがいいな。弥生広島は修学旅行以来なんじゃないか?」
「そういえばそうだね。修旅で行かなかったところ、行ってこようかな」
「だったら、三次に行くと良いよ」
「三次?」
「もののけミュージアムっていうのがあるんだよ」
父のその言葉に、思わず西洋のもののけの王様、妖精王オールベロンの顔を見てしまう。オルは首を傾げるが、それを父は何か勘違いしたらしい。
「おや、オールベロンくんはもののけがお好きなのかな」
「もののけ、とは」
「ああ、すまないね。妖怪だよ、妖怪。人ならざる存在さ」
私がオルを見た理由を理解したらしい、人ならざる本人は人をたらし込めそうな笑みを浮かべ
「良いですね。弥生さんと一緒に、行ってみようと思います」
そんな返事をしたのだった。
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