妖精王の住処

穴澤空

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「観光地だから余計目立つんだろうね。訪日外国人みたいな顔しておきな。インバウンド全盛の今なら、それで通るから」
「他国の言語でも話した方が良いか?」

「え、しゃべれるの?」
「弥生はつくづく俺には失礼だな。だいたいの言語はしゃべれるぞ」
「バベルはなかったのか」
「何のことだ」
「気にしないで。ただ日本語以外を話されても、私がわからないのよ。なので、日本語でオネシャス」

 軽く手を合わせれば、オルは楽しそうにその手をつまんできた。

「ちょっと、持ち上げないで」

 大きくなったオルは、思った以上に力持ちだった。

「あれ、こっち側は琵琶倶楽部じゃなくて、別の名前なんだ」

 とみうらマートと書いてある。今回私たちが目指しているのは、その先だ。全部同じ敷地なので、移動は楽ちん。

「ここだ! ここのシェイクだってよ」

 赤尾さんに大プッシュされたのはこの、牧場が運営しているという店のバナナシェイク。
 ちょうどお客さんの切れ目だったので、急いで二人分購入する。

「はい、これオルの分。あっちの奥に散歩道があるみたいだし、飲みながら行ってみようよ」

 透明のプラスチックカップを一つ手渡すと、オルは嬉しそうにすする。私もすぐにずるりとシェイクを飲み込んだ。

「あ」
「旨い」

 二人の声が重なる。それほど、一口飲んだだけで、おいしさがわかったのだ。

「これは旨いなぁ。シェイクとやらは、どれもこんなに美味なるものなのか」
「ううん。これは特に美味しいと思う。赤尾さんによると、ここで使ってるバナナが、房総ではとっても有名なバナナ屋さんのバナナらしいよ」
「ほう。確かにこれまで弥生にもらったバナナは、ここまでの味ではなかった」

 まぁスーパーマーケットのおつとめ品だからね。なんでも、室を持っていて、顧客の好みに合わせた熟成をそこでしているらしい。近所にあったら通い詰めるわ。いや、予算的に、通い詰めるは言い過ぎかもしれないけど。
 琵琶倶楽部の建物の横の小道を入ると、きれいに花が植えられている庭に出る。オルの表情が柔らかになっていった。

「あ、このアリッサムの植え方かわいい!」

 鉢植えから雪崩れて溢れ出たような演出の花を、写真に撮る。真似できるかはわからないけれど、いつかこういうおしゃれな植え方もしてみたい。

「弥生、川辺の芝生の上に座ろう」
「良いね」

 目の前に流れる川沿いに、芝生の緩やかな坂が広がる。そこに二人で腰を下ろし、シェイクを飲む。

「あー、のんびりする」
「悪くないな。こういう場所には、妖精の気が溢れている」
「気が? 妖精がいるってこと?」
「言っただろう。妖精は花や木、草、水そのものであり、その意識でもあり、存在でもある。世界中のそれの総意でもあり、そこにいるようでそこにはいない、と」

 あぁ、そういえばそうだった。そして私はそのときも同じように思ったのだった。

 ──哲学かよ。

「もう少しわかりやすく言ってくれない?」

 あきれたような顔をするが、そもそも概念から違っているんだから、仕方がないじゃない。私が知っているのは、真夏の夜の夢のような、突拍子もない夫婦げんかをするようなオベロンと妻ティターニアとか、小さい頃に見ていたアニメのとんがり帽子を被ってる、病弱な美少女の前にだけ姿を現す小人さんとかだ。あぁ、あとは大人になりたくないっていうロンドンの少年や、彼にくっついてる、キラキラ光る鱗粉振りまいてる美少女妖精とかかしらね。

「簡単に言えば、妖精というものは決まった姿が、あるわけじゃないということだ」
「なるほど」

 それならわかる。つまり、小さな粒子があちらこちらの同種に溢れていて、それが集まったら個体になるということか。砂粒が集まったら人形になる的な。

「想像したら微妙ね」
「なかなか失礼な発言だぞ」
「失礼」

 ということは、この場所にはそうした粒子が溢れているということなのか。

「もしかして同じ花でも、場所によって妖精の粒子……気があるなしってのが」
「ああ、あるぞ。弥生の家はとても良い気に満ちている。他方、排気ガスの強い大通り沿いの木々には、あまり良い気はない。考えてもみろ。排気ガスにさらされている家と静かに暮らせる家、どちらが良い」

 それは確かに。一日中排気ガス臭いところでは住むことはできないもんね。妖精なんて、きれいな場所の方が好きそうだし。イメージだから、口にしたらまた何か言われそうだけどさ。

「でもまぁわかったことはあるよ」
「ほう」
「ここが、気持ち良くてのんびりできる、ってこと」
「それは同意するな」

 風が吹き、川の水に触れて少しだけひんやりとする。太陽の光が強いので、その空気が心地良い。

「あー、ヒヨドリ」

 空を波形に飛ぶその鳥を、ぼんやりと見ていた。
 どれくらい空を見上げていたのか。

「お腹空いた」
「奇遇だな、俺もだ」
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