妖精王の住処

穴澤空

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「それでね、そいつ二回目のデートからいきなりお家デートしたがるし、手料理食べたがるし、ちょっと変だなって思ったのよ。あ、もちろん家になんて呼んでないわよ」

 お昼休みも終わり頃。最近は結婚相談所だけではなく、アプリも併用しているという赤尾さんの、少し良い感じになった男性とのデートの話を聞きながら戻ってきた。ちなみにお昼の前半は、別のお見合いの話を聞かされ──聞かせていただいている。

「ん? なんか揉めてる?」

 赤尾さんの言葉を受けて私たち経理部の島を見れば、何故か人だかりになっていた。

「あ、赤尾さん、葉月さんお帰り。なんか部長の大事なものが盗まれたんだって」

 以前私に締め切りを過ぎた十枚の請求書を持ってきた営業の人が、事情を教えてくれる。いや、それよりも。

「差し戻しした書類、今日の夕方締め切りなんで、早く再提出してくださいね。過ぎたら処理しませんよ!」
「えーっ。葉月さん、最近厳しくなったんじゃない?」
「これが普通です、普通。締め切り守る人には優しいですよ、私」

 にっこり笑いかければ、彼もそれもそうだよね、と大人しくなった。そう、締め切りに関して甘やかしてはいけない。鬼の経理と呼ばせてみせるわ!
 ……そこまではいいか。

 でも、最近はきちんとノーと言える経理になってきた気がする。やっぱり、仕事も何でもかんでも我慢して受け入れたらダメなんだ、って考えたのよね。

「だぁから、僕じゃないっすよ」
「でも、昼休みにここにいたのは安川くんだけだ」

 部長と安川の声がする。どうやら、部長が盗まれた何かはわからないけれど、その犯人として、安川が疑われているらしい。まぁ、日頃がちゃらいから、こういうときは疑われ易いのかもしれない。でも正直、彼が嘘を吐いているようには見えない。

 どうしたものか、と思っていたら、急にぱちんと叩く音がした。まさか安川が叩かれたのかと思ったら、赤尾さんが手を合わせている。

「やだ。この蚊、もう血を吸ってる」
「え、まだ五月なのにもういるんですか」
「そうなのよ。いやねぇ」

 手を洗ってくるわ、と赤尾さんが部屋を出て行った。そんなのんきな空気を醸し出していたこちら側を置いて、机の向こう側はまだ緊迫した空気が流れている。

「おい、弥生。前にも言っただろう? 観察だよ」

 肩に乗るオルは、私にそう言う。彼には何かが見えているのだろうか。だったら答えを教えて欲しいものだけど、きちんと私が皆に説明できなかったら、それはそれで怪しいから、自分で考えろということなのだ。多分。
 あぁ面倒くさい。けど、私はここで波風立てずに働きたいのだ。
 そしてその波風立てず、はこういう人間関係で変にしこりが残らないようにすることも含まれていると、最近気付いたのだ。

「部長、それで何がなくなったんですか?」

 盗まれた、という言葉は極力避けて尋ねる。

「おお、葉月さん。よくぞ聞いてくれた。これなんだけどね」

部長はスマートフォンから、写真を見せてくれた。そこにあったのは、妙にキラキラしているボタン。

「ボタン、ですか?」
「カフスだよ。カフスボタン。嫁がプレゼントしてくれたんだ。使い方、知ってる?」
「うーん、よくわからないです」
「この袖のところに、ボタンの代わりにこうやって入れて、止めるんだ」

 部長は仕草をつけて再現してくれた。

「あ、なるほど。おしゃれなイギリス人とかが良くつけているやつですね。なんとなくイメージつきました」

 私の言葉に、少しだけ表情を緩めた部長だったけれど、状況を思い出したのか、すぐに眉間に皺が戻っていく。

「ちょっと暑くなってきたから、袖をまくるためにカフスを外したんだ。それで昼前の会議からそのまま昼飯に行って、戻ってきたら、なくなってたんだ」
「僕、別にカフスとか興味ないっすって」
「じゃあどこにいったっていうんだ」
「知らないっすよ。僕だって、トイレ行ったりしてたから、その間に誰かが持ってったんじゃないっすか」

 なおも言いつのる部長に対し、安川もいい加減イライラとしているようだ。やってもいないことを、やったと言われたら、そりゃぁ腹も立つだろう。
 その二人の向こう側には、窓が少し開いている。そういえば、暑いからと部長は言っていた。
 部長の机の周りを見る。
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