23 / 36
22
しおりを挟む
「なるほど。アスタロトの半身、ね」
ミントティを口にし、すっかりとリラックスしたルフは、伸びをしながら、ううん、と唸る。
「知ってるけれど、そいつが自分でアスタロトの所に行かないってことは、我がその所在を明示するのも……」
言葉を濁すルフに、於菟春は笑みをこぼす。
「なるほどね。その半身が本当にアスタロトの元に戻りたいなら、自分で行くだろうってことか」
「でも、封じられているかもしれないわけやし」
「それはないです。今は自由にしている筈」
きっぱりと言い切るルフに、違和感を感じた。それは於菟春も同様だったようで、顎に置いた親指が幽かに動く。彼が考えるときの癖だ。
「──思ったんやけど、アスタロト自体をその城の封印から解いてあげればそれで済むんやないかな」
私の言葉に、於菟春も目を丸くして同意した。
「確かに。別に半身とやらを探さなくても、封印を解いたら自分で探しにいけるわけだしな」
「あの時はイマイチ封印がどういうものか判っとらんかったけど、なんとなく、第三者であれば気軽に解けるもの、と思えてきたんや」
私の言葉に、ルフはまぁ待って、と繋ぐ。
「確かにそうなんだけど、アスタロトは特に高位の魔神として、ソロモンがしっかりと封印したと聞いておる」
「つまり?」
続きを促すように声をかけると、於菟春はぐい、とグラスの中を飲み干した。
「半身の魔神の力を加えないと封印が解けない」
端的に伝えられた言葉に、私たちはげんなりとする。
「結局振り出しかぁ」
「ルフさん、それやったらその半身の情報ください」
がっかりとした私たちに、ルフはからからと笑った。
「まぁ振り出しですな。一つ言えるのは、哀しみと同じで、名は大切だ、ということですよ」
その言葉に、私はルフを見る。
「名前はそれ自体を縛る。哀しみという名が付いた感情は、もうそれはその意味になってしまう。逆に言えば、名前がないものは縛られていない代わりに、存在があやふやにもなるのです」
「名前は大切──」
例えば産まれたての子どもが、その体に形を作る時、名前はとても重要だ。ほんのすこし前の時代までは、年齢を経る毎に、名を変えていた。それはその時に必要な名前で縛るため。何かから守るため。
だから、名は大切なのだ。
「世界中の哀しみがここに来ている。だが、その名はここに置いていく。名付け、彼らを縛るその名を捨てれば、それは自由だ」
ルフの言葉に、私はポケットからハサミを取り出した。
「その、足元の絹糸を壊せば封印は解けるんやろうか?」
真鍮の足輪から溢れる、絹糸の束。まるで真珠のようにきらめくそれは、鎖のように両足を捉えている。
「そう。これが我を封じる鎖。ソロモン王により封じられし鎖」
見目も触り心地も絹糸のようにしなやかなそれは、だが指で引いても切れない。
「脚をひらいて」
私の言葉に素直に従うと、彼は肩幅に足を開く。そこに、手元のハサミを差し込む。先端は丸みを帯びた安全なものではあるが、メイドインジャパンの切れ味万全のハサミだ。
パチン。
その絹糸の束は二つに千切れ、足元の黒曜石の上にキラキラと輝いていた。
「これであなたは自由や」
ミントティを口にし、すっかりとリラックスしたルフは、伸びをしながら、ううん、と唸る。
「知ってるけれど、そいつが自分でアスタロトの所に行かないってことは、我がその所在を明示するのも……」
言葉を濁すルフに、於菟春は笑みをこぼす。
「なるほどね。その半身が本当にアスタロトの元に戻りたいなら、自分で行くだろうってことか」
「でも、封じられているかもしれないわけやし」
「それはないです。今は自由にしている筈」
きっぱりと言い切るルフに、違和感を感じた。それは於菟春も同様だったようで、顎に置いた親指が幽かに動く。彼が考えるときの癖だ。
「──思ったんやけど、アスタロト自体をその城の封印から解いてあげればそれで済むんやないかな」
私の言葉に、於菟春も目を丸くして同意した。
「確かに。別に半身とやらを探さなくても、封印を解いたら自分で探しにいけるわけだしな」
「あの時はイマイチ封印がどういうものか判っとらんかったけど、なんとなく、第三者であれば気軽に解けるもの、と思えてきたんや」
私の言葉に、ルフはまぁ待って、と繋ぐ。
「確かにそうなんだけど、アスタロトは特に高位の魔神として、ソロモンがしっかりと封印したと聞いておる」
「つまり?」
続きを促すように声をかけると、於菟春はぐい、とグラスの中を飲み干した。
「半身の魔神の力を加えないと封印が解けない」
端的に伝えられた言葉に、私たちはげんなりとする。
「結局振り出しかぁ」
「ルフさん、それやったらその半身の情報ください」
がっかりとした私たちに、ルフはからからと笑った。
「まぁ振り出しですな。一つ言えるのは、哀しみと同じで、名は大切だ、ということですよ」
その言葉に、私はルフを見る。
「名前はそれ自体を縛る。哀しみという名が付いた感情は、もうそれはその意味になってしまう。逆に言えば、名前がないものは縛られていない代わりに、存在があやふやにもなるのです」
「名前は大切──」
例えば産まれたての子どもが、その体に形を作る時、名前はとても重要だ。ほんのすこし前の時代までは、年齢を経る毎に、名を変えていた。それはその時に必要な名前で縛るため。何かから守るため。
だから、名は大切なのだ。
「世界中の哀しみがここに来ている。だが、その名はここに置いていく。名付け、彼らを縛るその名を捨てれば、それは自由だ」
ルフの言葉に、私はポケットからハサミを取り出した。
「その、足元の絹糸を壊せば封印は解けるんやろうか?」
真鍮の足輪から溢れる、絹糸の束。まるで真珠のようにきらめくそれは、鎖のように両足を捉えている。
「そう。これが我を封じる鎖。ソロモン王により封じられし鎖」
見目も触り心地も絹糸のようにしなやかなそれは、だが指で引いても切れない。
「脚をひらいて」
私の言葉に素直に従うと、彼は肩幅に足を開く。そこに、手元のハサミを差し込む。先端は丸みを帯びた安全なものではあるが、メイドインジャパンの切れ味万全のハサミだ。
パチン。
その絹糸の束は二つに千切れ、足元の黒曜石の上にキラキラと輝いていた。
「これであなたは自由や」
10
あなたにおすすめの小説
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
後宮薬師は名を持たない
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる