マトイマトワレ

クリオネ

文字の大きさ
8 / 26

♯8「問う者、語る者、綴る者」

しおりを挟む
 [西唐野中学校・保健室]

 夕暮れ時。普段なら部活に精を出す者達を尻目に帰宅し、夏の入り口を香りで感じながら宿題に取り掛かっている頃だ。窓から射す陽光は机上のノートを滑り、やがて一日の終わりを悔やむような色になる。口ではまた明日会えると言っても、とは今生の別れだ。
 一日一日は大切に過ごさなければならない。それなのに紡は今、どういう因果か助手役として旭の隣に立っていた。
「さて。次の質問だ。最近身近で困っている事について教えてくれるかい?」
 少しムッと眉を顰めつつ、彼女はスラスラと進行する。おそらくシャレをスルーされた事を気にしているのだろう。
 どうやら終わるまで帰る事は出来なさそうだ(勝手に帰宅したら彼女の纏に何をされるか分からないし)。紡は真っ白なメモ帳の1ページ目を開き、同様に真新しい黒ペンをカチカチッと鳴らした。
(やけに表紙には皺が寄っていたのに、中には書き込まれた形跡が無い。まさか…買ってからずっと使ってなかったな?)
 などと意味のない推理を勝手に展開していると、美久が戸惑いながら話を始めた。
「とある男子生徒達の事なら。私だけじゃなく、みんなが困ってると思うんですけど」
「構わないよ。話してごらん」
 旭はふふっと微笑みを浮かべた。いつもの意味深な笑みじゃなく、ずっとそういう笑顔でいれば良いのに。
「それから青年もだ。彼女の話が終わったら、君が知っている事も根掘り葉掘り教えてもらうよ」
……ほんと、ただ笑っているだけなら良いのに。


 [ー四年前 西唐野小学校・玄関]

 小学四年生の春。そいつは突然転校してきた。名前も呼びたくない。多分、第一印象から最悪だったんだと思う。
 小学生にしてそいつは迷惑児で、大胆な暴行から陰湿な嫌がらせまで多くの問題行動を引き起こしてきた。ヤンチャな奴らを取り纏めて徒党を組み、彼は自分を頂点とした《一派》を作り上げた。
 今思えばお山の大将でしかないが、当時は拳こそ正義という横暴が横行しており、いつしか奴の《一派》は学級全域を支配するようになった。彼や《一派》に標的対象にされれば、まともに一年過ごす事は出来ないとまで言われる程に。
 教員もそれはもう手を焼いた。何度も呼びつけては指導をしたが、当然そんな甘い制裁で懲りる訳もない。強大な組織にまで発展した《一派》は十数の集団で掟を破り,物を壊し,人々を涙させた。その中で何人の生徒を転校に追いやり、何人の教師を辞職させたのかはもはや測れない。
 しかしそんな独裁国家も、数年経てば瓦解の糸口が現れる。「進学」だ。
 小学六年生の時。真面目に授業を受け、それなりに勉強もしっかりしていた「私」と同じように、彼も徒歩圏内に建つ西唐野中学校へ進学する事になった。悲しい限りだ。
 だが良いこともあった。進学先が同じではない《一派》の人間が次々と退会し、嫌々入っていたメンバーもそれに便乗して蜘蛛の子を散らすように解散したのだ。
 《一派》は瞬く間に半数以上が崩壊し、とうとう二~三人しか残らなかった。これは嬉しいことだ。
 今はその残った少数で活動を続けている。昔に比べれば規模は小さく収まりつつも、その影響力は絶大だ。奴らの標的にされれば、一年とまともに過ごせる日はこないだろう。とはいえ、美久はあの日の行動を後悔することは微塵もない。

—一年前・小学六年生の時。
「お前、やりやがったな」
 ギロッと虎のような鋭い目が美久を捉える。スコール続きで雨水の染みたコンクリートの匂い。体育館裏とかいう湿気の多いこの場に呼び出されてから、ずっとこんな調子だ。多分、美久が恐怖で咽び泣くのを待っているのだろう。
「なんとか言えよ。あぁ?」
「………」
刺すような言葉に無言を貫く。周囲を囲む取り巻きの何人かは凛とした態度だと思ったかもしれないが、実際はそんな格好いい状況ではない。
 美久は口を噤み、唇が緩むのをじっと我慢していた。睨みを効かせたつもりだろうが、彼の顔は眉間にギュッと皺が寄って変顔にしか見えなかったのだ。ぷふっ、と思わず吹き出しかける。わざわざそんなに眉を顰めなくても、元から変な顔をしてるのに。
 彼が拷問的な面白睨めっこを突如切り上げたおかげで、なんとか笑い声を上げず乗り切った。そこでハッと気付く。
 もしかして、これは私を《一派》に加入させるべく設けられた祝迎タイムなのでは?。さっきの癇癪芸や変顔も、出し物だとすれば納得がいく。取り巻きはきっと観衆ギャラリーだ。とすれば悪い事をしてしまった。勿論《一派》に入る気などはさらさら無いが、それでも人として、もらった厚意には誠意を持って返答するべきだ。まずは誘いに対しての感謝を。
「一昨日のガキの件、担任にチクったのはお前だってみんな知ってる。ご丁寧に盗撮までしやがって」
「ありがとう、お気持ちは嬉しいです」
私は満面の笑みと共にその言葉を送り、軽く会釈も追加した。再び顔を上げるも、彼はぴたりと静止したまま動かない。
「お気持ちに寄り添える答えではなく、ごめんなさい」
「…………」
今度は美久が饒舌、彼の方が無口になるという対照的な事態が起こる。
「せっかくこんな祝迎会を開催して下さったのに」
顎をかくーんと大きく外したまま、彼はそういうアート作品のようにぴたっと硬直した。美久の絶賛はまだ続く。
「えっと、出し物はどれも最高でしたよ。特に最後の近接変顔なんて傑作でした」
《一派》の取り巻き達は一斉に彼の方を向いた。美久に変だと一蹴されたその面相を一目拝んでおこうとしたのだろう。4~5人いるうち、その全ての者が口角をぴくぴく吊り上げていた。
「お、お前…お前ッ‼︎」
よほど心にくる言葉だったのか、彼は顔を茹で蛸のように真っ赤にしてブチ切れた。それも理性が残った怒りではなく、本能で意味不明に喚き散らすような怒鳴り方だ。
 今にも美久に掴みかかりそうな剣幕を感じ取り、周囲の取り巻きは多勢で彼を羽交締めにした。まるで迫り来るゾンビから防衛隊員が一般人を守るシーンだ。
「きやがれ!ぶん殴ってやるッ!」
拘束人共々仰向けに倒れ込み、腕や足を可能な限り振り上げる。ピンと伸ばした足先はあと数センチほど美久に届かず、巻き上げた土煙が軽く風に乗るだけだった。
 情景にどぎまぎしていると、取り巻きのうち一番(なんならより)背の高い奴が立ち尽くす美久を見上げた。
「あー、あんた。こいつちょっと気が立っててさ。呼び出しておいて悪いけど、もう帰ってもら——」
「今すぐブチ潰すッ!お前のほうが変な顔だって証明するッ‼︎」
何を言いたいのかは知らないが、とりあえずその唾液を飛ばす喋り方を辞めてもらいたい。……言ったら余計に激昂するだろうけど。
 美久は長身の言う事に無言で首肯し、地面に縫い付けられた彼にわざと小さく手を振った。ごきげんよう、と付け加えるのを英断で喉に留め、ニコッと微笑みを追加する。
「泣かす!。がちだぞ⁉︎。がちで泣かすからなッ‼︎」
遠吠えのソロコンサートが耳にキンキン鳴り響く前に、美久はその場をそそくさと離れた。校庭から何部だかが練習する掛け声が聞こえてくる。やがて体育館から距離を取るにつれ、彼の蛸顔はすっかり頭から消え失せた。




[現在 西唐野中学校・校舎裏]

 職員室から戻ってきた先生に美久から容体を告げ、一行は保健室を出た。同行人として旭の事を終始疑っていたが、どういう因果か紡さえも少し怪訝そうな目つきをされた。これは本当に納得いかない。
「…ふむ。彼らのグループについては粗方分かった。君ら二人の証言も合わせれば、解決策は自ずと見えてくるだろうよ」
「解決策って、何のです?」
狭い回廊になるべく反響させないように小声で会話する。旭は廊下の壁に背を向け、窓枠に両方の肘を突いた。
「依頼の解決策に決まっているだろう。今回の依頼は、澁谷 美久が受けている人的被害についてだからね」
?。何だ?。後半を話している時、目が空を彷徨いたような…いや、気のせいか。
「人的被害……や《》の事ですか?」
正解の合図にぱちんと指を鳴らす。アイツとは、おそらくリーダーの男の事だ。名前も呼びたくない、とか言ってたっけ。
 結晶のような白い目線が美久から紡へと照準を変える。
「ところで青年。君は彼らの事は知らないのか?少なくとも《一派》と同じ小中学校なのだろう」
旭は無意識に口元のタバコを掴む動作をして、自分が何も咥えていない事に舌を打った。
「ええっと、はい。正直言うと、そんな覇権を握る組織がいた事すら初耳でして」
義務教育のうち、過ぎた7年間を部活やクラブといった他学年との交流に殆ど費やさなかったせいだろうか。
 それとも単に彼らの存在感が薄いだけ?。ならまだ納得が出来る。実際、同級生とやり合えば忽ちうちのクラスにも話が舞い込んでくるだろう。学校のトップみたいな顔をしておいて、上級生には手も足も出さないとは。中々ヒョロい根性のようだ。
「あの、質問は終わりですか…?」
美久はどこかそわそわしながら尋ねた。帰らなければならない用事でもあるのか、と疑問に思ったが、廊下の時計は丁度短針が十七時に差し掛かるところだった。
「充分。協力感謝するよ」
ぺこりと会釈し、紡の方も向く。
「君にもね。助手として面倒くさ…証言の書き取りも代わってくれたしさ」
なるほど、メモ帳の中身が新品同然だった理由はそれか。なんと分かりやすい。というか厚意で代わったんじゃないぞ?。させられたんだぞ?。
「いいですよ。乗り掛かった船でしたし」
それに、彼女についてはまだ気になる事も多い。それを知ってどうすんだと聞かれればそれまでだが、それこそここで降りるのはなんだか違う気がした。
「えっと、じゃあ失礼します」
そんな紡を他所に、美久はできるだけ早くこの場を立ち去りたいかのように踵を返した。かと思えば、ハッと右向け右でこちらを振り向く。
「助けていただいてありがとうございました」
さも元々言うつもりだったかのような口調だが、多分今思い出したのだろう。旭はふっと微笑みを返し、「気をつけてね」と小さく手を掲げた。
 カツ、カツ、カツ……。生徒玄関に向かう美久を横目に、紡は考えるフリをやめた。これほど離れた距離なら、会話が彼女に聞こえてしまう心配もない。
「あら。一緒に行かないの?」
まるで分かりきっているように疑問符を投げてくる。そりゃそうだろう。昼間に疑問は全て解消したと思っていたのに、聞かなきゃならない事はより一層増している。
「旭さん。どうして嘘を吐いたんですか?」
唸るような空腹も忘れて、紡はズバり疑念を口にした。
「何の話かな」
さっきまでのぼんやりした声ではない。旭は窓ガラスの外を眺めながら、メリハリのあるパリッとした声色で質問を叩き返す。
「依頼の事です。澁谷さんが人的被害だって、さっき言ってましたよね。
 もし本当に彼女が身に受けた被害についてだったなら、依頼すべき相手は警察だか弁護士だか、もっと大きな組織のはずです。それをわざわさ「怪異事象相談室」の旭さんに依頼した。おかしな話だとは思いませんか」
「………」
無言。沈黙。黙秘。どれとも言い難い絶妙な間の取り方をし、彼女はふうっと夕空へ息を吐く。煙草を吸っていたなら、白濁した煙が宙を登って霧散していた事だろう。
「ああ、そうだね。私は嘘を吐いた」
「どうして——「けど」
言い切るよりも前に、旭は捲し立てる勢いで言葉を被せる。
「これは彼女のためだ。何も真実だけが人を救うわけじゃない。それでも聞きたいかね、青年」
紡は一瞬困惑した表情を作り、やがて覚悟して首肯した。
「……そうか」
どこか儚げな、且つ嬉しげな空気を見に纏いながら、旭は続けた。
「依頼人は二人。どちらも澁谷 美久をよく知る人物」
すらりと長い指を二本立て、数字の「二」を表す。先ほど吐き捨てた空気をもう一度肺に呼び起こすかの如く、息をスゥッと吸い込んでから、
「彼女の両親だ」と薫風の漂う廊下に言葉を並べた。

次回 「頷きを得意とする者」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...