マトイマトワレ

クリオネ

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♯11「託される者」

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[西唐野中学校・2ー3教室]

 紡の鈍足でもホームルームにはなんとか間に合い、友人らと談笑する時間すら出来た。既出の二人の親友が、澄んだ笑顔で笑いかける。
「あ、そうだ。誰かシャー芯持ってない?。昨日補充すんの忘れててさ」
可愛らしい海色のシャーペンをカチカチと鳴らすが、空砲のような音しか響かない。初奈はやれやれ、といった具合に首を振った。
「あちゃー、俺も新しいの持ってきてないわ。紡は?」
筆箱を粗方見漁った後で、隼人がこちらへ尋ねる。結果はお生憎様だった。
「まじかぁ。どうしよ、今日めっちゃノートとるよね」
時間割に体育や美術や音楽なんかがあればシャー芯の必要性も薄いが、残念なことに今日は数学や地理,国語といったノートとらせ隊達で構成されている。
「先生に借りるか…」と初奈がぽそり呟いた時、
「あ、鉛筆ならあるけど」と隼人による救いの手が差し伸べられる。シャーペンよりも字は太くなるが、もうこの際四の五の言っていられない。
「ほい。滅多に新しいのに変えないからボロボロだけど」
「サンクス!天才か君は!」
緑色の塗装が所々剥げた鉛筆を受け取り、キラキラした目でそれを見つめる。まるでたった一つの宝物のような雰囲気だ。
「隼人、気をつけろよ。初奈こいつ、やろうと思えば鉛筆を真っ二つに—グフッ」
言い切る直前で脇腹にミドルキックを受け、その場に蹌踉めく。どうやら軽い地雷だったようだ。
「だからちょっと力を入れすぎちゃっただけって、何度言ったら分かるかな。第一ここ一年はもう一回も折ったりしてないよ」
いや…その気になれば鉛筆をへし折れる小学生女子なんてヤバいだろ……。彼女は生まれつき「力加減」を知らないのだ。
「ま、それも含めて初奈らしいな」隼人はニヤニヤしながら二人のやりとりを眺める。
「そうそう。なんというか、野生み?」
「野生み⁉︎」
怒るというより驚くようなニュアンスで、初奈は声を張り上げた。

 紡は軽く冗談を口先で転がしながら、ふと今朝の出来事について回想した。今回ばかりは、二人と話していても完全に吹っ切れるような事じゃない。
『一番手っ取り早いのは、なんだよね』
『元凶…えっ』
ヒュウッと肌を刺すような風が吹き、紡は身震いをした。彼女の目が薄ぼんやりと白く光っていたからだ。
『元凶ってまさか、あの男子生徒を…』
『あくまでも最悪の場合ね。もしなったら——』
紡は間髪入れずに口を挟んだ。人殺しに迷う余地なんてない。
『そんなの…邪魔だから消して解決なんて、そんなのただの人殺しだ!』
旭の瞳孔がキュッと細くなる。両方の獣目が捉えているのは、ことの重要性に気付いていない一人の青年の訴えだ。
『分かってるよ。けど……纏の真の恐ろしさを知れば、君のそのも少しは揺らぐはずさ』
「偽善」という彼女の言葉が酷く胸に突き刺さる。偽善?。人殺しがいけないと思う事が、偽りの善意だと?。
『偽善なんかじゃない。私事で人を生かすか殺すかなんて、決めて良い訳がないでしょう』
言い放ってから、じっと旭の動きを見据える。しばし凍てつくような緊張が橋の上に犇めいた。何も間違った事は言っていない。そう自分では鼻高らかな心持ちだったのだが……
『っふふ。あはははっ』彼女は唐突に吹き出した。
『?。え、いや。笑うところじゃないんですけど…』
紡が制止させようと口を開くと、旭は笑い顔を背けながら背伸びした肩に片手を置いた。制服の上からでも、どこと無い温もりが体に染み入ってくる。
『いやいや、ごめん。うん。君の考えは実に素晴らしいと思うよ』
乱れた呼吸を整え、右目に浮かんだ涙を指先で軽く拭う。ツボに入ったのか知らないが、笑いすぎだろ。ひょっとしたら年中太陽ガールこと初奈よりも笑い上戸かもしれない。そんな事もないか。
『ひぃ、ひぃ……』
ようやく落ち着いてきた波を咳払いで掻き消し、本題に移行する。
『えっと、何がそんなに…?』
『ううん、なんでも。それより——君のその意思は、纏と対峙する上で絶対に忘れてはならないことだよ』
紡が復唱する前に、旭は思い切った言葉を口にした。
『そうだ!。今回の依頼、君も協力してもらえないかな。事情聴取だけじゃなく、調査としても全面的に!』
……………は?。
『はあっ⁉︎』
『いやー、実は学校関連の依頼って校舎を大胆に行動出来ないから苦手なんだよね。変装したり名前変えたり怪しまれないぐらいのタイミングを見計らったり。これでも苦労してるんだよ?』
捲し立てるようなスピードだ。いくら何でも突拍子が無さすぎる。
『いや。ってか俺、普通に授業が…』
『別に休み時間でも放課後でも構わないさ。私じゃ調査出来ない事…んー、そうだなぁ』
………この人に付き合っていたら埒が明かない。けど、突っぱねて余計に面倒に巻き込まれるのだけは御免だ。どっちにしても面倒くさい方へ突き進んでいくのだろうが。
『あっ!。《一派》の諜報員スパイとか良いんじゃない?。私じゃ無理だけど、君なら行けるだろ』
ほら見ろ。面倒な事になった!。というか、思った以上に大変そうだな。
『えぇ…俺先輩なんですけど』
『大丈夫大丈夫。幸い、君と彼はほんの一瞬だが面識があるんだろ?澁谷 美久の纏に襲われた者同士、彼女への復讐を望んでいる~的なさ』
「的な」って…大雑把な計画だな。カートゥーンアニメで出てくるチーズぐらい穴まみれだよ。……ごめん、忘れて。
『——はあ。分かりました。なんとかします』
『うん。よくやってくれよ?』
旭はビニール袋から缶飲料を取り出した。パッケージにある輪切りの柑橘からして、オレンジジュースのようだ。
『青年。アレルギーはある?』
『えっ?。ああいや、何も』
紡が首を振ると、旭はその缶ジュースをポンとこちらに放った。慌ててそれを掴み取る。
『バイト代。中学生を働かせて金銭を得るのは、この国じゃ違反なんだろ?』
苦笑いに似た「この国」の発音に違和感を感じつつも、紡にはそれ以上に考える事があったため、深追いはやめておいた。
『…いただきます』
『ん。何か分かったらココに来て。それじゃ』
旭は空っぽのビニール袋を懐に収納し、橋下へと降りられる階段を去って行った。なんだか重たい任務を負わされた気がしたが、今はそれが真実であることを理解したくなかった。

[西唐野中学校・2ー3教室]

 ホームルームが終了し、今日も午前の日程が始まった。自分の机に腰を据えつつ、計画の思案を開始する。
とはいえ、流石にまだ情報が足りない。《一派》に潜入するには、まず《一派》への加入方法を知る必要がある訳だが——
「どしたの紡!。怖い顔して」初奈がひょこっと顔を覗かせる。顎下で一時限目の教科書と筆箱を両手でホールドしたまま、窮屈そうに腰を折り曲げている。
「ううん。ちょっと……」
誤魔化しかけて気付く。そういえば、彼女は《一派》の事を何処まで知っているのだろう。同じ学校には通っていたが、初奈の方がわりと社交的だ。おまけに噂好きだし、もしかしたら何か知ってるかも。
「…あのさ。一年下の学年に問題児のグループがあるの知ってる?」
「…」
初奈はほんの一瞬ぴたりと押し黙った。心情としては「なんで急にそんなことを」といった感じだろう。質問の意図をどう汲み取ったのかは不明だが、彼女は首をうんうん縦に振った。
「うん。最近はあんまり聞かないけど、小学生の時はたまに耳にしたよ。うちのクラスの奴も何人か入ってたし」
「…へえ」
これは良いことを聞いた。つまり、たとえ上級生でも《一派》には入れるらしい。年上にはあまり喧嘩を売らなかったらしいが、引き入れることはしていたのか。
「知らなかった?…まあ、紡なら納得だけど」
「う、うるせっ」
本当に知らなかっただけに強くは否定出来ない。初奈がニヤニヤと半笑いでこちらを見つめるので、紡はそれを軽く手で払った。
「おーい。紡、呼んでるぞー」
名前が飛んできた方を見れば、隼人が教室のドア付近でこちらを向いている。どうやら「呼んでる」のは彼ではなく、その後ろからおどおどと顔を出す澁谷 美久のようだ。
「澁谷さん…?」
初奈に軽く会釈したのち、何の用だろうかと椅子から立ち上がる。隼人は美久に「ほんとにあいつ?」と何回も確認していた。
「あ…おはようございます。先日はどうも…」
「ああ、いや。今日はどうしたの?」
お互いに堅苦しい空気の挨拶の後で、「ちょっと、お話が」と彼女は小さく廊下の方へと手招きする。他人には聞かれたくない話…十中八九「旭さん」関連か。
「分かった」
小さく答えると、美久は目を固く瞑ったままぶんぶんぶんぶんっと激しく首肯した。

「………えっ」
初奈は机に寄りかかるように両腕を突き、まるで芸術作品として飾られんばかりの躍動感で制止した。
「初奈。あの子誰か知ってる?…って」
近付いてきた隼人の声は、フィルター越しのように篭って初奈の鼓膜に届いた。碌に会話が出来る感じでもない。
「知ってるわけないか。ん~、だとしたら誰だ?」
リボンは赤色だった…って事は多分一年生だろ?。けど…
あいつ、部活もしてないから他学年との交流は殆ど無い筈なんだ」
「そう……」
上の空の人形みたいになってしまった親友はさておき、もう一つの仮説を頭に並べる。
「かといって、別に交際関係にも見えなかったんだよな。名前も知らなかったみたいだし」
『あの…そ、そこにいる男の人を呼んでください!』
必死に人差し指で示す先には紡がいたため、間違いじゃないか何度か確認したものだ。
「ふふっ…そう」
何が元気の源となったのか、初奈は少しだけ唇を綻ばせた。シャー芯を忘れた時より落ち込んでるように見える。
「戻ってきたら問いたださなきゃな」
「そう。ふふっ、そうそう」
壊れた鳩時計のように小さく呟くのを、隼人は対処の使用がなかった。

[西唐野中学校・三階渡り廊下]

 美久に呼ばれて移動した先は、別棟へ渡るために伸びた渡り廊下の極めて壁際だ。天井からぶら下がった電波時計の音だけが煩わしく響く。通行人は見る限りおらず、朝の新鮮な空気が閉じた窓のおかげで充満していた。
「それで、話なんですけど…」
美久は特別言いづらそうに俯いた後、理解してくれと振り切ったような表情をした。
「《一派》を私が返り討ちにしたっていう噂が立っているんです」
え、それって噂じゃなくて事実………ふむ。まあまあ、一旦話を聞こうじゃないか。
「へ、へえ。それは大変だ」
「大変どころか!」ぐわっ。
噛み付くような勢いで声を荒げる。どうやら思った以上に溜め込んでいるようだ。
「クラスの皆が私を腫れ物みたいに見始めて、今まで何ともなかったのに急に乱暴者の烙印を押された気がして……」
美久の中にモヤのようなものが蟠を巻く。反射的に後退りするが、以前見た黒いモヤとは少し雰囲気が違う。昨日のモヤは黒煙を思わせるほど黒かったが、今目の前にあるのは寂しさを感じさせる藍色だ。
(別の纏か、それとも何かが原因でモヤの色が変化するとか?)
もし仮に後者なのだとしたら、重要事項なので旭への説明を至急要請したい。あの人の短所の一つは「説明が足りない」ってところだから、充分それもあり得る。
「えっと…それはその…」
どう説明しよう。正直に「君の中の目に見えないモノが彼らを懲らしめた」と伝えるか、何も知らないフリをするか……どちらにしろ感情の揺れで「纏」を発現させてしまう気がするが。
「?」
彼女は沸るような怒りをなんとか沈め、紡の返答を待った。答えあぐねる理由は、美久本人の気持ちも勿論あるが、第一に纏の説明をしなければならないところにある。
 紡すら「人間の心を守っている殻みたいなもの」というふんわりした認識なのに、中途半端な知識を植え付けた所で混乱する結果は目に見えている。という事なので……
「き、気にしない方が良いよ。きっと誰かの勘違いさ」
「………そう、ですよね」
少し安心したようにホッと胸を撫で下ろす美久に、紡は何処と無く胸中を痛めた。

次回「作戦を実行する者」
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