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♯12「作戦を実行する者」
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[西唐野中学校・2ー3教室]
昼休み開始のチャイムがスピーカーからハウリングした。音割れした荒い鐘声だが、多くの生徒にしてみれば自分たちを「授業」のしがらみから解き放つ天子の囁きとも言える。
「ん~、給食だあ~!」
クラス全体の空気が活発になる中、初奈がとびきり嬉しそうに伸びをする。椅子からはみ出すぐらいのけぞって、隣に座るこちらをチラッと見た。苦笑いする紡と目が合う。
「?。どうかした?初奈」
「……ううん。別に」
初奈はぴょんと跳ねるように床に着地し、給食着の袋が掛けられた教室前方へと向かった。何処か焦るような、かと思えば踊るような足取りである。
美久との対話を終えて帰ってきてから、彼女はずっとあんな具合だ。普段はもっと分かりやすい人間なのに、今日はどこか機嫌が掴めない。
「(っと。こんな事してる場合じゃなかった)」
紡は小声で呟いてからすくっと立ち上がった。今日中に《一派》に潜入しないと、旭さんの晩御飯にされてしまう。…まあそれは冗談だが、何をされるか分かったもんじゃない。
紡は自教室を出てから、一年生の教室が並ぶフロアに歩を進めた。目指すは《一派》への接近だ。
[???・いつもの街並み]
「はあ、はあ、はあ……」
ーあはハはッ!
追いかけられていた。理由は知らない。俺は制服のままいつもの街並みを駆けており、すぐ後ろを白髪に死装束を身に纏う「幽霊」が追いかけていた。
俺はT字路を右折し、奴にとって死角になるであろう電柱の影に身を潜めた。奇天烈な笑い声を上げる奴は予想通り俺を見失い、野生の勘に従って向こうへ左折していった。
「なんだあれ…?」
俺はその人型の怪物に酷く怯え、舗装されたコンクリートの上にぺたんと座り込んだ。両足が小刻みに震えている。捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。
と、その時。
「—念え」
地を這うように低い声が頭蓋の中を反響する。英語のリスニングは乏しい俺だったが、不思議とその言葉は染み入るように頭に流れ込んできた。
「だ、誰だ⁉︎」
幽霊の奴に聞こえる可能性は考慮せず、俺は脳に語りかける相手を威嚇するように声を張った。恐怖心を無理矢理奥に追いやり、すっとその場に立ち上がる。淀んだ雲の覆う空は酷く汚らしく、声の主も見当たらなかった。
「あの幽霊か?。さ、さっさと出てきやがれ!」
「——念えッ!」
さっきより幾分も強い口調が飛び出す。俺は両の耳をギュッと押さえたが、声は滞る事なく鳴り響いた。
「———奴を殺したいと念えッ!」
ーあはハハははハっ!
耳障りな高い声がした。奴だ。幽霊が、俺の声だか頭の中の声だかを聞き取ってやってきたのだ。俺はハッと顔を上げ、先ほど怪物が去っていった方向を凝視した。
「無い…?」
幽霊どころじゃない。目線の先には空っぽの行き止まりが道を隔てていた。T字路の片側は煙に巻かれたように消えている。
「そんな……」
俺ははっきり見た。あいつが俺に気付かず、真反対の道を真っ直ぐ去っていくのを。呆然と困惑していると、そんな事など歯牙にも掛けない勢いで頭に声が語りかけた。
「———さあ吐き出せ。お前の殺意を解放する時だッ‼︎」
「うるせえ…」
俺の殺意?。ああいいさ、解放してやるよ。お前に対しての殺意をな!
「黙れ黙れ黙れ!。俺に話しかけんじゃ—」
その時、視界いっぱいの「白」が目に入った。擦り切れた布ようなものが顔に当たっているらしい。
ーアひャハははハはハ‼︎
振り返ると、そこには白く痩せた頬を嫌に大きく開く奴がいた。左手は死人のような青白さがあるが、右手はふつふつと煮える緑色をしていた。幽霊は死装束を揺らし、細い拳を高らかに振り上げた。
「う、うわああああああああっ⁉︎」
半狂乱な絶叫がけたたましく喉を通り、自身の声量で夢はたちまち醒めた。
[西唐野中学校・男子トイレ]
「う、うわああああああああっ⁉︎」
俺はガバッと顔を上げる。張り詰めた空気を切り崩すような一声が、乾いた唇の一部を痺れさせた。
「…あ?」
素っ頓狂な声が遅れて届き、俺はようやく事態を理解した。
(ここは…便所か…?)
まだ記憶が虚ろだ。どうしてこんなところにいるんだっけ?。
………そうだ。澁谷 美久を俺の眼前から消す方法。それを探していたんだ。なのに、何故か視界が暗くなって——
「ー念え」
「⁉︎」
夢の中で頭に響いていた声が、再び頭蓋に反響する。脳に何かが居付いたかのようにむず痒い。
「だ、誰だ‼︎」
叫ぶ声は静かな壁の内へと消えていき、俺は腹立ち紛れにと個室の扉を叩き開いた。どれだけ眠っていたのかは知らないが、少なくともまだ学校は終わっていないらしい。
「そっちの方が都合が良い。作戦はもう頭にあるしな」
よく覚えていないが、酷い悪夢から目覚めて以降ずっととあるアイディアが頭を渦巻いている。精神的にも、肉体的にも澁谷を追い詰める作戦だ。
ただしその策には多くの人間が必要だ。全盛期の《一派》ほどの数がいないと意味がない。だが…
(…………あいつら)
これは澁谷 美久を表す「あいつ」ではない。先日まで《一派》を支え、傘下として俺を崇めていた四人の男たちの事だ。作戦実行のため、人手があるに越した事は無い。猫の手も借りたいとはこの事だ。
だがあいつらを頼るのはありえない。昨日の緑の化け物と対峙した時だって、リーダーの俺を置いて逃げ出すような貧弱共だ。俺のことを身を挺して守り、時には身代わりになってまでも主君のために剣を振るう。そんなやつじゃないと———「うおっ!」
廊下へと通じる扉を開くと、そこには夏服を身に纏う一人の男が立っていた。貧相な顔に一般的な中高生の体格。ちょっと小突いたら倒れてしまいそうだ。
ネクタイの色を見るに、どうやら二年生らしい。ま、そんなこと関係無えが。
「んだよ、さっさと退けろ。ぶっ飛ばされてえのか」
俺が脅しのつもりで睨み上げると、そいつは「いやいや」と両手を振って否定した。
「ええっと、覚えてない?。昨日の昼休みに校舎裏でさ」
昨日の校舎裏?。出来れば思い出したくもねえ。だが…そいつの顔には朧げながらも見覚えがあった。
「あんた、あの禍々しい澁谷 美久に一人で立ち向かっていただろ」
……一人で立ち向かう…か。そう言われると悪い気はしない。俺はもう一度だけそいつの顔を見上げた。
「あ、ああっ!。あの時化け物のヘイトを買った奴!」
そうだそうだ、思い出したぞ!。俺が両腕を負傷した時、馬鹿みたいな慌てよう(もしくはダンス)で敵の注意を引き付けるという功績を残した奴だ。
「化け物…やっぱり見えたのか」
そいつはたしかにそう言った。心の何処かがスッと軽くなる。
「えっ…「見えた」?」
「ううん、何でも。ともかく俺は君を探してたんだ。澁谷 美久に恨みを持つ者同士ね」
恨み…そうか、そういう事か。読めたぞ。
俺は口角を上げた。こいつが言いたいのは実に単純な話だ。
「ふんっ。ようは仕返しがしたいから《一派》に入れてくれって算段か」
「おお、話が早くて助かるよ」
俺は品定めするような目でそいつの体格を見上げた。やはり全体的に貧弱だ。戦いに駆り出すのは向かないだろう。
だがしかし、今は是が非でも人手が欲しい。都合よく二年生という上級生が仲間に入ると言っているんだ。捨て駒程度には使えるだろう。
「まずは筆記試験と実技試験をクリアしてから…と言いたい所だが、お前がそこまで俺への信頼を抱いているというなら、特別に無条件で仲間に入れてやる」
歓迎の意を示すと、その二年生は一瞬言葉を失った。何も出てこなかったのは嬉しすぎたからだろうか。まあ何でも良い。こいつは俺の命を守った実績がある。
《一派》はメンバーを総とっかえしてでも続けるべき集団だ。……俺が一から作り上げた、最高の安息地だから。
「澁谷 美久を必ず倒すぞ」
「?。あ、ああ」
少し歯切れの悪い回答だな。体調不良か?。春風邪か、もしくは五月病とかいうやつかもな。
相手はサッと片手を差し出した。この俺と握手とは失礼な奴だと思ったが、そんなんで泣かれて脱退されるのも困る。仕方なく、俺は自分の下僕となった男の手を軽く掴み返した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
紡は心の底から安堵した。とりあえず第一関門である《一派》潜入のミッションはクリアだ。あとは旭に提供出来るような土産話の一つでも欲しい所だが。
チラッと握手した手の向こうに目をやる。
…というか、よくこんな場所で会えたな。もはや奇跡としか言いようがない。
別にトイレに彼が入っていた所を待ってた訳じゃない。一学年の教室が並ぶ階に降りた時、『う、うわああああああああっ⁉︎』という絶叫が眼前のトイレルームを超えて外の廊下にまで響いた。
緊急事態そうだというのとなんとなく聞き覚えがあったので、急いで横開きのトイレの入り口に小走りした。するとがらりと扉が開いて、目当てのリーダーが出てきた。
(この偶然にも驚いたけど、それ以上に吃驚なのは……)
「澁谷 美久の討伐作戦は、もう幾つか頭に浮かんでる。お前に言うのはまだ先だけどな」
……ご覧の通り、彼の美久への憎悪は甚大だ。朝から彼女が聞いた「もう関わらない宣言」とは一体なんだったのか。
(作戦が出来てるって事は、もしかしてその宣言自体が作戦って事か…?)
「じゃ、俺は教室に戻る。放課後にまたここに来い。待たせたら承知しねえ」
男は手を離し、少し嬉しそうな雰囲気で言った。
「は、はい。えっと…」
そういえばまだ名前を聞いていなかった。聞き尋ねるも、彼は首を横に振って目を吊り上げた。
「俺の事はリーダーとでも呼べ。ふざけた名前で呼んだら、お前の家に手下を山ほど送り込んでタコ殴りにしてもらう」
わお、なんて恐ろしい脅迫だ。紡がうんうん適当に頷くと、彼———失礼、リーダーは満面の笑みで教室の中へと消えていった。
「……」
何と言うか……変な奴だったな。美久や初奈の話で碌な奴じゃない事は確信してたけど、思ってた以上に群れてないし、何よりメンバー入りがかなり容易だった。一体何が……
ま、これ以上は一旦教室に戻ってから考えるか。そろそろ献立に応じた給食が配膳され始める所だし。今日は鯖の味噌煮だったかな?。と———
「お前、《一派》に加入したのか?」
明らかに紡に向けて「お前」と投げかけられたため、声のした方をくるりと振り返る。
そこに立っていたのは、昨日《一派》として美久に鋏を向けていた男の一人だった。
次回「謳歌する者」
昼休み開始のチャイムがスピーカーからハウリングした。音割れした荒い鐘声だが、多くの生徒にしてみれば自分たちを「授業」のしがらみから解き放つ天子の囁きとも言える。
「ん~、給食だあ~!」
クラス全体の空気が活発になる中、初奈がとびきり嬉しそうに伸びをする。椅子からはみ出すぐらいのけぞって、隣に座るこちらをチラッと見た。苦笑いする紡と目が合う。
「?。どうかした?初奈」
「……ううん。別に」
初奈はぴょんと跳ねるように床に着地し、給食着の袋が掛けられた教室前方へと向かった。何処か焦るような、かと思えば踊るような足取りである。
美久との対話を終えて帰ってきてから、彼女はずっとあんな具合だ。普段はもっと分かりやすい人間なのに、今日はどこか機嫌が掴めない。
「(っと。こんな事してる場合じゃなかった)」
紡は小声で呟いてからすくっと立ち上がった。今日中に《一派》に潜入しないと、旭さんの晩御飯にされてしまう。…まあそれは冗談だが、何をされるか分かったもんじゃない。
紡は自教室を出てから、一年生の教室が並ぶフロアに歩を進めた。目指すは《一派》への接近だ。
[???・いつもの街並み]
「はあ、はあ、はあ……」
ーあはハはッ!
追いかけられていた。理由は知らない。俺は制服のままいつもの街並みを駆けており、すぐ後ろを白髪に死装束を身に纏う「幽霊」が追いかけていた。
俺はT字路を右折し、奴にとって死角になるであろう電柱の影に身を潜めた。奇天烈な笑い声を上げる奴は予想通り俺を見失い、野生の勘に従って向こうへ左折していった。
「なんだあれ…?」
俺はその人型の怪物に酷く怯え、舗装されたコンクリートの上にぺたんと座り込んだ。両足が小刻みに震えている。捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。
と、その時。
「—念え」
地を這うように低い声が頭蓋の中を反響する。英語のリスニングは乏しい俺だったが、不思議とその言葉は染み入るように頭に流れ込んできた。
「だ、誰だ⁉︎」
幽霊の奴に聞こえる可能性は考慮せず、俺は脳に語りかける相手を威嚇するように声を張った。恐怖心を無理矢理奥に追いやり、すっとその場に立ち上がる。淀んだ雲の覆う空は酷く汚らしく、声の主も見当たらなかった。
「あの幽霊か?。さ、さっさと出てきやがれ!」
「——念えッ!」
さっきより幾分も強い口調が飛び出す。俺は両の耳をギュッと押さえたが、声は滞る事なく鳴り響いた。
「———奴を殺したいと念えッ!」
ーあはハハははハっ!
耳障りな高い声がした。奴だ。幽霊が、俺の声だか頭の中の声だかを聞き取ってやってきたのだ。俺はハッと顔を上げ、先ほど怪物が去っていった方向を凝視した。
「無い…?」
幽霊どころじゃない。目線の先には空っぽの行き止まりが道を隔てていた。T字路の片側は煙に巻かれたように消えている。
「そんな……」
俺ははっきり見た。あいつが俺に気付かず、真反対の道を真っ直ぐ去っていくのを。呆然と困惑していると、そんな事など歯牙にも掛けない勢いで頭に声が語りかけた。
「———さあ吐き出せ。お前の殺意を解放する時だッ‼︎」
「うるせえ…」
俺の殺意?。ああいいさ、解放してやるよ。お前に対しての殺意をな!
「黙れ黙れ黙れ!。俺に話しかけんじゃ—」
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「う、うわああああああああっ⁉︎」
半狂乱な絶叫がけたたましく喉を通り、自身の声量で夢はたちまち醒めた。
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「う、うわああああああああっ⁉︎」
俺はガバッと顔を上げる。張り詰めた空気を切り崩すような一声が、乾いた唇の一部を痺れさせた。
「…あ?」
素っ頓狂な声が遅れて届き、俺はようやく事態を理解した。
(ここは…便所か…?)
まだ記憶が虚ろだ。どうしてこんなところにいるんだっけ?。
………そうだ。澁谷 美久を俺の眼前から消す方法。それを探していたんだ。なのに、何故か視界が暗くなって——
「ー念え」
「⁉︎」
夢の中で頭に響いていた声が、再び頭蓋に反響する。脳に何かが居付いたかのようにむず痒い。
「だ、誰だ‼︎」
叫ぶ声は静かな壁の内へと消えていき、俺は腹立ち紛れにと個室の扉を叩き開いた。どれだけ眠っていたのかは知らないが、少なくともまだ学校は終わっていないらしい。
「そっちの方が都合が良い。作戦はもう頭にあるしな」
よく覚えていないが、酷い悪夢から目覚めて以降ずっととあるアイディアが頭を渦巻いている。精神的にも、肉体的にも澁谷を追い詰める作戦だ。
ただしその策には多くの人間が必要だ。全盛期の《一派》ほどの数がいないと意味がない。だが…
(…………あいつら)
これは澁谷 美久を表す「あいつ」ではない。先日まで《一派》を支え、傘下として俺を崇めていた四人の男たちの事だ。作戦実行のため、人手があるに越した事は無い。猫の手も借りたいとはこの事だ。
だがあいつらを頼るのはありえない。昨日の緑の化け物と対峙した時だって、リーダーの俺を置いて逃げ出すような貧弱共だ。俺のことを身を挺して守り、時には身代わりになってまでも主君のために剣を振るう。そんなやつじゃないと———「うおっ!」
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「んだよ、さっさと退けろ。ぶっ飛ばされてえのか」
俺が脅しのつもりで睨み上げると、そいつは「いやいや」と両手を振って否定した。
「ええっと、覚えてない?。昨日の昼休みに校舎裏でさ」
昨日の校舎裏?。出来れば思い出したくもねえ。だが…そいつの顔には朧げながらも見覚えがあった。
「あんた、あの禍々しい澁谷 美久に一人で立ち向かっていただろ」
……一人で立ち向かう…か。そう言われると悪い気はしない。俺はもう一度だけそいつの顔を見上げた。
「あ、ああっ!。あの時化け物のヘイトを買った奴!」
そうだそうだ、思い出したぞ!。俺が両腕を負傷した時、馬鹿みたいな慌てよう(もしくはダンス)で敵の注意を引き付けるという功績を残した奴だ。
「化け物…やっぱり見えたのか」
そいつはたしかにそう言った。心の何処かがスッと軽くなる。
「えっ…「見えた」?」
「ううん、何でも。ともかく俺は君を探してたんだ。澁谷 美久に恨みを持つ者同士ね」
恨み…そうか、そういう事か。読めたぞ。
俺は口角を上げた。こいつが言いたいのは実に単純な話だ。
「ふんっ。ようは仕返しがしたいから《一派》に入れてくれって算段か」
「おお、話が早くて助かるよ」
俺は品定めするような目でそいつの体格を見上げた。やはり全体的に貧弱だ。戦いに駆り出すのは向かないだろう。
だがしかし、今は是が非でも人手が欲しい。都合よく二年生という上級生が仲間に入ると言っているんだ。捨て駒程度には使えるだろう。
「まずは筆記試験と実技試験をクリアしてから…と言いたい所だが、お前がそこまで俺への信頼を抱いているというなら、特別に無条件で仲間に入れてやる」
歓迎の意を示すと、その二年生は一瞬言葉を失った。何も出てこなかったのは嬉しすぎたからだろうか。まあ何でも良い。こいつは俺の命を守った実績がある。
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「?。あ、ああ」
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相手はサッと片手を差し出した。この俺と握手とは失礼な奴だと思ったが、そんなんで泣かれて脱退されるのも困る。仕方なく、俺は自分の下僕となった男の手を軽く掴み返した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
紡は心の底から安堵した。とりあえず第一関門である《一派》潜入のミッションはクリアだ。あとは旭に提供出来るような土産話の一つでも欲しい所だが。
チラッと握手した手の向こうに目をやる。
…というか、よくこんな場所で会えたな。もはや奇跡としか言いようがない。
別にトイレに彼が入っていた所を待ってた訳じゃない。一学年の教室が並ぶ階に降りた時、『う、うわああああああああっ⁉︎』という絶叫が眼前のトイレルームを超えて外の廊下にまで響いた。
緊急事態そうだというのとなんとなく聞き覚えがあったので、急いで横開きのトイレの入り口に小走りした。するとがらりと扉が開いて、目当てのリーダーが出てきた。
(この偶然にも驚いたけど、それ以上に吃驚なのは……)
「澁谷 美久の討伐作戦は、もう幾つか頭に浮かんでる。お前に言うのはまだ先だけどな」
……ご覧の通り、彼の美久への憎悪は甚大だ。朝から彼女が聞いた「もう関わらない宣言」とは一体なんだったのか。
(作戦が出来てるって事は、もしかしてその宣言自体が作戦って事か…?)
「じゃ、俺は教室に戻る。放課後にまたここに来い。待たせたら承知しねえ」
男は手を離し、少し嬉しそうな雰囲気で言った。
「は、はい。えっと…」
そういえばまだ名前を聞いていなかった。聞き尋ねるも、彼は首を横に振って目を吊り上げた。
「俺の事はリーダーとでも呼べ。ふざけた名前で呼んだら、お前の家に手下を山ほど送り込んでタコ殴りにしてもらう」
わお、なんて恐ろしい脅迫だ。紡がうんうん適当に頷くと、彼———失礼、リーダーは満面の笑みで教室の中へと消えていった。
「……」
何と言うか……変な奴だったな。美久や初奈の話で碌な奴じゃない事は確信してたけど、思ってた以上に群れてないし、何よりメンバー入りがかなり容易だった。一体何が……
ま、これ以上は一旦教室に戻ってから考えるか。そろそろ献立に応じた給食が配膳され始める所だし。今日は鯖の味噌煮だったかな?。と———
「お前、《一派》に加入したのか?」
明らかに紡に向けて「お前」と投げかけられたため、声のした方をくるりと振り返る。
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次回「謳歌する者」
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