マトイマトワレ

クリオネ

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♯14「束ね、思案する者」

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[西唐野中学校・裏門]

 うちの学校はイカれているなと度々思う。そこそこ大きなニワトリの彫像が、校内のありとあらゆる場所に飾られているからだ。どうやらそれらは校長の趣味らしく、維持費や制作費なんかも含めて全て本人負担だという。よく知らないが、そんなの本当はいけない事なんじゃないか?
 どれもサッカーボールサイズのニワトリで、やけに精巧に作られているのもあれば顔が欠けて殆ど識別できなくなったものも多い。
外にあるやつなんて尚更だ。雨に打たれ、風に晒され、霜が降りては錆付いていく。風化の一途を辿る悲しき彫像だと俺は思っている。
 昼休み開始のチャイムが鳴り、俺は我に返った。木陰に設置された古い腰掛けから立ち上がる。今日はいつにも増して眠い。俺はすぐ真横に蹲踞する件のニワトリに舌を打った。
「…………」静かだ。すぐ眼下のグラウンドの方で同級の奴らが喧しく騒ぐのが聞こえるぐらいに。
 俺がこうして一人きりでいるのは、弱者に負けたからではない。弱者を倒すため、一度地の底へ舞い降りただけの事だ。
そう考えた途端、腹私が復讐心で煮え繰り始めるのを感じる。あの女——澁谷 美久の顔を思い浮かべただけで、ささくれをじわじわと剥がされるような憎悪が湧く。
「ーおもえ」
「………またそれかよ」
澁谷 美久へ憤怒するたび、幻聴とは思えないほどはっきりした声が頭に響く。だが、所詮はそれだけだ。もう聞き飽きた。夢の中じゃもっと色々言ってただろうに。
「ま、つまるところただの声って訳だな。…ックソ。使えねえ奴しかいねえ」
どれだけ有能な上司でも、部下が無能ならうまくはいかない。美久とあの化け物に負けたのもそのせいだ。カズ達が無能だから、状況はこんなにも捻じ曲がった結果になった。
『—俺はリーダー様の右腕で良いよ』
ふと、カズの声が耳元を掠める。今のは…小4の時だったか。
何故?何故
俺は自分自身に問いかけた。疑問の答えは返ってくる事もなく、再び埃を被った記憶が呼び起こされる。
『ー俺ら、絶対友達になれると思うんだ』
うるさい…うるさいうるさいうるさい!あんな奴はただの弱虫だ。いや、虫どころじゃないな。忠誠を誓うリーダーを見捨てて逃げるような奴だ。何が——
『ー俺は河原部 和。カズで良いよ』
何が…………だ。ふざけやがって。
「ックソ‼︎」[ゴンッ]
ざわつく胸をぎゅっと締め付けるような怒りが全身を巡り、俺は傍らのニワトリに華麗な裏拳をお見舞いした。
 思っていたより彫刻が固く、甲へと跳ね返ってきたダメージに暫く悶える事になったのはそのすぐ後だ。


[西唐野中学校・2ー3教室]

「…ふう」
手早く平らげたご馳走を思い返し、紡は満足げに顔を上げる。プロが栄養バランスを緻密に考えて設計しているだけあって、今日もどことなく「愛」の隠し味を感じる献立だった。体の前で静かに合掌し、自分の血肉へと還る命達に敬意を表する。
「ごちそうさまでした」
これは先ほどクラス全員で行った「手を合わせてください。ごちそうさまでした」では伝えきれなかった分だ。
——さてと。昼休みが始まった今、すべき事は二極化している。親友と思う存分遊ぶか、《一派》についての情報を可能な限り紙にまとめるか。
 答えは当然後者だった。いや、正直前者も迷ってはいたのだけど…よく考えたら、紡は先行報酬として旭からジュースを受け取っているのだ(まだ飲んではいないが)。与えられた仕事は熟すべきだという真っ当な正義感が変なところで発動した。
 それに、美久の両親からの依頼を解決するには《一派》を鎮静化する必要がある。それが彼女の纏を大人しくする一番の方法だ。いつしかの予感は的中し、本当に面倒な事になってしまったな。
 紡は三人班から机を正しい位置に戻し、早速旭由来のメモ帳とペンを取り出した。美久の話を走り書きしていた昨日のページをめくり、箇条書きで開示されている情報を整理していく。
・澁谷 美久「今朝、私が《一派》の奴らをシメたという噂が流れ出した。本人からは嫌がらせのから私を外すと告げられた」
・春咲 初奈「問題児グループが一年下にある事はわりと有名だった。自分らの学年の生徒も何人か加入していた」
・リーダー 「緑の纏の姿が見えている。美久への憎悪は依然として消えてない。本来は加入に試験が必要だが、今回は免除してやる」
・河原部 和「《一派》はそろそろ潮時なので、紡には入ってほしくない。もう自分は《一派》じゃない。《一派》を作る事をリーダーに提案したが、こんな独裁的な組織は望んでいなかった」
 紡は特に和の後半の証言に下線を引いた。《一派》を作る事を~の辺りだ。
(それってつまり、《一派》は元々リーダー発起で結成した訳じゃないってことだけど…)
何故和はそんな提案をしたんだろう。しかも今度はそれを潮時だなんて。まあ、勝手に瓦解してくれるならそれに越した事はないんだけど。
 問題なのは、リーダーの持つ美久への怒りがいまだに消えていないって事だ。本人にはもう嫌がらせをしないと言ったらしいが、紡は今日の放課後に「美久を倒す算段」のために呼び出されている。まあ考えられるとすれば油断させるためだろうが、そんな回りくどい方法を取る理由も気になる。それに、紡があれだけ簡単に《一派》へ加入出来たのも謎だ。人員不足、という言葉が脳裏を過ぎった。
「ねえ、紡」
と。考え事に夢中になっていた脳を、訴えかけるような一声が教室に引きずり戻した。チラッと声主の方を見れば、初奈がまん丸の瞳でこちらを見下ろしている。
「えっと、どうかした?」
「…………っ」
俯いた目が紡を視界に収め、彼女は「ふぅぅぅ」と長めの息を吐いた。いや……いやいやなんだその感情⁉︎
 今日はほんとにどうしたんだ。いつもの初奈にはとても似合わない…どことなくクールなイメージ。表情や仕草からでは感情が読めない。なら、もう直接聞くしかないだろ。
「ごめん。俺、何かしたか?」
「………さあ」
さあ、か。ああ困った。初奈はもう話す気もないらしい!。縋るようにもう一人の親友・隼人の方を見たが、あいにく別のクラスメイトと談笑していてこちらを見てすらいない。給食時間中は彼が初奈のメンタルケアを担っていたろうに。
 会話が滞ってしまい言葉を探していると、それを見かねたのか初奈の方から切り出した。
「分かんない。けど、一個はっきりしておきたい」
初奈は紡の机に両手をつき、グッと前のめりになった。こんがり日焼けした肌とまっすぐな目が眼前に迫る。
「ずっと喋ってるのってウザい?」
「は?」
何を言い出すかと思えば…。冗談かと思い「え?」と笑みながら尋ねるも、初奈は目をぱちくりさせて答えを待った。
「いやほら私ってさ。まあ、ほんのちょーっとだけ喋りすぎてたかもしれない部分があった気がしたりしなかったりする可能性があった、みたいな?」
「は…はあ」とりあえず国語の教科書を読み込む事をお勧めしつつ、紡は少しホッとした。怒っているようではない。なんなら何処となく反省の感情すら持ち合わせた声色だ。
 というか…そんな事を気にしていたから今日一日中静かだったのか。
 流されやすい初奈の事だし、どうせネットか何かでそれっぽい事を見聞きしたんだろうが。こうまで変わるもんかね?普通。
「まあ、初奈が何を考えてるのかは知らないけどさ」
紡は開きっぱなしのメモ帳をパタりと閉じ、顔を上げて彼女に向き合った。
「俺は嫌いじゃないよ、初奈のマシンガントーク。話題に枯渇する事無いし。ってか小学校からずっと一緒だぞ?。今更あーだこーだ言わないって」
自分で言いながら恥ずかしくなってしまい、できるだけ周りに聞こえないようにと口を窄めたのはここだけの話だ。
「……そう」
初奈は姿勢をピンと元に戻し、唇を綻ばせた。再び言葉を発した時に見せたのは、いつもの太陽みたいな笑顔だった。
「ふふっ。そっかあ。ふむふむ」
「な、なんだよ」
にやにやと何処か嬉しそうな顔をして——いや、違う。元の初奈の笑顔をして——くるっとその場で一回ターンする。目一杯に頬を吊り上げると、初奈は
「なんでもない!」と意気揚々に笑って……紡の背中を恒例行事の如くバシバシ叩いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ホームルームの終了と同時に放課後の到来をチャイムが指し示す。約束の時刻だ。何度も頭の中で話し合いのシミュレーションを行った。まあ、そのほとんどは失敗に終わってしまったが。
「帰らないのか?紡」
スポーツバッグを肩に掛け、部活動へ向かわんとする隼人がふと聞き尋ねる。紡は親友に笑いかけた。
「うん。ちょっと寄るところがあってね。部活頑張って」
「おうよ。予選も近いからな」
予選……ああ、インターハイ的な奴か。生憎そういった競い事には一切縁がない人生だったので、詳しい制度はよく知らない。初奈や隼人と定期的に遊べなくなる期間、という認識だ。
 体育館へと歩んでいくその背中を見て、紡は腹を括った。やるべき事をしよう。壁掛け時計が約束の時間を示す。通学カバンを持ち上げた途端、寝かされた缶ジュースの中身がぽちゃんっと僅かに揺れた。

次回「終止符を打つ者」
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