15 / 26
♯15「終止符を打つ者」
しおりを挟む
[西唐野中学校・男子トイレ前]
この話し合いで終わらせる。それは《一派》の瓦解という意味合いより、真相を完全に解明する方に近い。何故《一派》が結成したのか、何故リーダーは紡を簡単に仲間に入れたのか。どうすればあの組織は崩壊するのか。
階段を使って二階へ降ると、集合場所である男子トイレが真っ先に目に入る。そして横開き扉の前に、件の男はもたれるようにして立っていた。
「どうも、リーダー」
「……遅い。泣かすぞ」
リーダーは刈り上げた横髪をサッと掻き上げ、乱暴に学校指定のカバンを肩に回した。買ってまだ一~二カ月しか経っていないだろうに、一年使っている紡のものより状態が酷い。
「こんな廊下のど真ん中じゃ、誰に聞かれてるか分かったもんじゃねえ」
リーダーは人差し指をクイクイッと動かし、着いて来いと言わんばかりに指示を出した。紡は息を呑んだ。早速シミュレーションでは全く起こらなかった展開である。
案内されたのは、廊下の最奥に戸を構える多目的教室だ。見る限りでは机も椅子も無く、窓も締め切っているため埃っぽい。教室の隅には段ボールやら紙材やらが無造作に転がっており、掃除も上手く行き届いていない事が理解出来た。
「あー、ここは?」
「《一派》の今の活動拠点だ」
それはまあ、そうなんだろう。ダンボールと発泡スチロールを積んだだけのチグハグな玉座が目に入る。リーダーは一目散にそこへ向かうと、ドサッと仰々しくふんぞり返った。
「汚ねえなんて思ったらぶっ飛ばすぞ」
思ったらって…そりゃあこんな部屋なら誰でも不衛生だなぐらい思うだろ。どう考えても一組織が活動していくには不適切すぎる。まずは空気を入れ替えて、散乱している荷物を全部外に出してから箒と雑巾掛けを——
「…さっそくだが」
紡の思考を遮り、リーダーは目尻を鋭く尖らせてこちらを睨んだ。いよいよ本題といった所か。ん?。というか…
「邪魔者の澁谷 美久を俺の前から消す作戦。これについて話そうと思う」
「ああ、それは良いんだけど……何で他の仲間は呼ばなかったんだ?。昨日校舎裏で見た時は三~四人で固まってただろう」
リーダーは血の気が引いたように目を見張り、達者だった口を固く結んだ。まるで地雷でも踏み抜いたような間が開く。
そういえば、カズは昨日美久から逃げたため仲間から外されたと言っていたっけ。それってつまり、同じく逃走したメンバーも揃ってクビにしたって事か?。
「…お前には関係ねえ。無駄に詮索してねえで、黙って俺に従え」
「へいへい」
問い詰めても不機嫌にするだけか。とはいえ、もし今の仮説が正しければ色々と合点がいく。美久の証言曰く、現在の《一派》のメンバーはあの日に逃走した奴らだけだ。それらの人員が総じてクビになったのだから、当然《一派》にはリーダー以外の戦力が不足している筈。
とすればこの焦りようにも納得がいく。紡を易々と仲間へ引き入れたのも人員不足が原因か。
「続けるぞ。澁谷 美久には強力な怪物が付いてる。直接手を下すのは難しいだろう。だからまずは精神的に追い詰める」
精神的に?と紡の声帯が反応するよりも早く、リーダーはダンボールチェアから立ち上がって正面の黒板の方へ向かった。薄汚れたチョークを握り、深緑の板面に白粉を滑らせる。
「あいつにとって都合の悪い噂を大量に吹き込みまくる、とかな」
「えっと…悪口とか?」
あまり口には出したくないが、紡は恐るおそる尋ねる。驚いた事に、彼はそれを首を振って否定した。
「ガキかお前。澁谷 美久は俺に言い返すぐらいの精神力があるんだ。そんな生ぬるい嫌がらせが通じる訳ねえだろ」
ガ、ガキって…中学生にもなって問題児グループ作ってる方がよっぽどだろ。なんて口が裂けても言えないけど。
「もっと狡猾な噂さ。昔から裏で学校を操っていたとか、休日はギャンブルと酒に溺れているとか、とかく評判が悪くなる嘘で立場を孤立させる」
「………………」
(しょ、しょうもねええええ…⁉︎)
思わず衝撃が吐露してしまう所だ。そんな嘘、エイプリルフールでも信じる奴はないだろ。しかもそれを大々的に「作戦」とか……
「?。なんだよ。俺の策に不満があるのか?」
「え?ああ、いや…」
不満はある。というか不満しかない。確かに作戦自体は珍妙だが、実際今朝の美久はそういった噂に参っていた様子だった。彼女をよく知っている紡はさておき、周りはきっとそれを信じてしまうだろう。
「それこそ子供っぽすぎるんじゃない?いや、陰湿っていうのかな。嘘の情報をばら撒いて精神的に攻撃するなんて、俺の知ってる《一派》じゃないよ」
「………ふむ」
リーダーは顎先を挟むように手を開き、何度か摩った。よし、悩んでいるなら好都合。このまま作戦とやらを実行出来なくさせれば——
「いや、そうでもないな」
……え?
「え、なんで?」
まさかの反論パンチにそのまま蹌踉けかける。今や悩むどころか、頭の中の策略を明らかに鼻高らかに掲げていた。
「この作戦は狡猾さが産んだものだ。つまり、賢い勝ち方なんだよ。脳筋的に突っ込んでいったり罠を張る事だけが戦いじゃねえ」
話しながら汚い字を黒板に書き表す。何だその字…「惰放」?
「時代は「情報」戦だ!」
………まずは漢字の勉強をした方がいいな。ってそうじゃない!どうにかして彼の作戦を止めないと。
「だからそれは——」
「ガラガラッ」
紡が口を開いたタイミングで、多目的室の建て付けが悪い扉が横開く。まさか教師でも見回りに来たかと思ったが、廊下の明かりを背に立っているのは歳下の男だった。嫌な予感がする。
「カズ…なんでテメェがアッ!」
リーダーは激昂して声を荒げた。額にボゴンッと血管が浮き上がる。
「やっぱりここにいたのか」
河原部 和は呆れたような目でこちらを見る。いや、呆れそうなのはこっちなんだが⁉︎
(頼むから…これ以上話をややこしくしないでくれ!たとえば俺がリーダーに騙して彼を集合場所に呼んでいた事とか!)
「集合場所にいなかったんでどうしたもんかと思いましたよ、先輩」
「ああっ、先輩?」
ジロッとリーダーの威圧的な目が紡を見上げる。
(あんのバカ、余計な事をぉぉ!)
「あ、ははは。なんのことやら」
「なるほど。お前、美久の密偵だったんだな。作戦に非協力的だったのはそのためか!」
いや、真剣に仲間だったとしてもその作戦には乗らなかったと思うが…これ以上の隠密行動は限界か。意外と長かっったな。
「もうやめよう。これ以上《一派》を続けたって、何にも残らないよ」
カズが一歩二歩と薄暗い教室に踏み込んでくる。廊下の灯りも相まって、まるで光と闇の対比だ。
「ざけんなッ‼︎」
リーダーはチョークをその場に投げ捨て、カズに殴りかかった。拳を振りかぶった瞬間、彼の中に赤黒い煙が見えた気がしたが……カズが上から覆い被さった事で視認できなくなった。
(驚いたな。力量さではカズの方が上なのか?)
「クソッ。俺は、俺には《一派》しかねえ。リーダーとして顕現してねえと意味がねえんだ!」
仰向けになったまま、痰の絡んだような声を吐き散らす。
「お前…」[ゴンッ]
ほんの一瞬の隙を突き、リーダーの右フックがカズの視界を揺らした。反撃のタイミングを与えず、追撃の左パンチが彼を襲う。
「カズ!」
流石に見ているだけではダメだと脳が信号を出し、紡は引き剥がすようにリーダーの両腕に手を絡めた。一歳下とはいえ、喧嘩の場数は段違いだ。紡を最も容易く振り解くと同時にガバッと立ち上がる。
「決めた…おめえらも敵だ。みんな敵だ。全部全部全部全部…理不尽に俺を叱るやつらは…」
地鳴りのように、彼の鼓動が脈打つのが聞こえてくる。はっきりとした敵意が、今やっと刃となって目の前に現れたような感覚。
「カズ、離れて!」
「⁉︎」
紡は思わず声を上げた。見たことがある。この感じ…この身の毛がよだつイメージ。昨日の昼休み、校舎裏で美久の纏が初めて外に出てきた時。あれと同じだ。彼は先ほどの淀んだ煙に飲まれ、苦しむように俯いた。幾度か嗚咽を繰り返し、なんとか常態を保とうとする。
「みんな敵だァ‼︎」
再び顔を上げた時、その目窪にあったのは人間の眼球ではなかった。いや、実際はリーダーの目だったのかもしれないが、赤黒い煙を帯びたその眼は異様なまでに歪んでいた。
「ああ。お望み通り、憶ってやるよ……」
紡らではない別の何者かにそう呟き、リーダーはケタケタと口角を上げた。
***
この街の空気が嫌いだった。生暖かいベールが常時体を包んでいるような居心地の悪さをいつも感じていて、なんで親父はこの街に引っ越してきたのか意味不明だった。
前の街での関係に別れを告げて、俺は完全に0になった。ふざけんなって何度も思ったさ。けど、いつまでもそんなこと言ってたって無駄だって言ってくれた奴がいた。
「俺は河原部 和。カズで良いよ」
?。誰だこいつ。馴れ馴れしい奴だな。俺は机に突っ伏し、そいつの言葉を無視した。どうせ転校生というだけで物珍しさを感じている奴らだ。そんなの知ったこっちゃない。所詮、こうしていればいずれ去っていくはず—
「えーっと、大丈夫?」
「……………」
………おかしい。他の奴はこの寝たふり作戦で撃退出来たんだ。何故こいつは俺に話しかける?
「ああ!もしかしてうるさかったか?。うちのクラス、結構やかましいの揃ってるからさ。ほら、あそこにいる木下なんてほんとお調子者でさ~」
うるさいのはお前だ。なんて文句を吐きつつ、俺はそっと顔を上げた。木下とかいうお調子者を一目見てやろうと思ったのだ。
「お、やっと顔を見せたな」
「………?」
きょろきょろと辺りを見回す俺を見下ろし、カズはいじらしくニヤけていた。はっ、そういう事かよ。
「そうだそうだ。木下、今日は休みだった。ひひっ」
「テメェ…舐めた事しやがって」
彼の澄んだ瞳が俺の目を刺激する。ちりちりと肌を焼く炎のような熱すら感じる程に。
「なあなあ。俺ら、絶対友達になれると思うんだ」
「は?」
な、何を言いだすんだ急に。俺らは…ついさっき会ったんだぞ?
「馬鹿言うな。なんでお前なんかと友達にならなきゃなんねぇのよ」
「まあまあ、そう言わずにさ」
ニコニコしながら、カズは俺の心に何度も触れてきた。その度に心を許しそうになったが、俺にはそれは出来なかった。
それから数週間かけて、俺は信じられないぐらいカズと仲良くなった。理由は知らない。小学生だった事、同じゲームをやっていた事、同じサッカーチームが好きだった事。たくさんの理由があったのだろうが、一番は彼だけが俺にしつこく話しかけたせいだろう。
ある日の昼休み。誰もいないグラウンドの端で、俺は錆びついた雲梯の袖に立っていた。誰もいないとは言っても、カズだけは別だ。
「なあ。なんで俺以外と遊んだりしないの?」
カズが雲梯を渡りながらそんなことを尋ねる。俺は思わず言葉に詰まった。
「………無理なんだ」
「え?」
雲梯の中盤まで行ったところでふと手を止める。それほど衝撃的なだったんだろう。
「同等の立場…って言うのかな。無理なんだよ。他人と対等な関係でいる事が。友達とか親友とか、上下関係じゃない奴を見ると吐き気がしちまって……」
俺は半分独白のつもりで続けた。
「前の学校でも友達は作らなかった…自分でも嫌になる」
「じゃあなんで——」
俺は彼の言葉に被せて返した。
「カズのことも、気付かないけど心のどこかで見下してるんだ。そうでもしないと、俺は人とやっていけないから」
…………………………………………………………………………………………………………………しばらくの沈黙が流れた。
そりゃあそうだ。こんな奴と誰が友達になりたいというのか。きっとカズも、今すぐ逃げ出したいはずだ。
「……良い事思いついた」
カズはまたニヤニヤしながら呟いた。雲梯から飛び降りた後で、俺の目の前まで小走りで駆けてくる。
「リハビリしよう!お前をリーダーとして、色んなクラスメイト達と交流すんのさ。最初は上下関係でも良い。全力で俺がフォローする。徐々に「対等な友達」に触れていけな、いずれ友人関係にも慣れる時が来るさ!」
「はあ?」
なんだか、夢みたいな事を言う奴だな。そんなの成功する筈がないだろ。
「無理だって。何度も何度も試したけど、全部徒労に終わっちまったし…」
「大丈夫!とにかくやってみよう。俺はリーダー様の右腕で良いからさ」
彼はとにかく笑う奴だった。俺は、初めて他人を信頼してみることにした。名前は決まらなかったのでとりあえず《一派》にして、俺はそのリーダーになった。
その日から、この街の事がほんの少し好きになった。
次回「己が力に溺れる者」
この話し合いで終わらせる。それは《一派》の瓦解という意味合いより、真相を完全に解明する方に近い。何故《一派》が結成したのか、何故リーダーは紡を簡単に仲間に入れたのか。どうすればあの組織は崩壊するのか。
階段を使って二階へ降ると、集合場所である男子トイレが真っ先に目に入る。そして横開き扉の前に、件の男はもたれるようにして立っていた。
「どうも、リーダー」
「……遅い。泣かすぞ」
リーダーは刈り上げた横髪をサッと掻き上げ、乱暴に学校指定のカバンを肩に回した。買ってまだ一~二カ月しか経っていないだろうに、一年使っている紡のものより状態が酷い。
「こんな廊下のど真ん中じゃ、誰に聞かれてるか分かったもんじゃねえ」
リーダーは人差し指をクイクイッと動かし、着いて来いと言わんばかりに指示を出した。紡は息を呑んだ。早速シミュレーションでは全く起こらなかった展開である。
案内されたのは、廊下の最奥に戸を構える多目的教室だ。見る限りでは机も椅子も無く、窓も締め切っているため埃っぽい。教室の隅には段ボールやら紙材やらが無造作に転がっており、掃除も上手く行き届いていない事が理解出来た。
「あー、ここは?」
「《一派》の今の活動拠点だ」
それはまあ、そうなんだろう。ダンボールと発泡スチロールを積んだだけのチグハグな玉座が目に入る。リーダーは一目散にそこへ向かうと、ドサッと仰々しくふんぞり返った。
「汚ねえなんて思ったらぶっ飛ばすぞ」
思ったらって…そりゃあこんな部屋なら誰でも不衛生だなぐらい思うだろ。どう考えても一組織が活動していくには不適切すぎる。まずは空気を入れ替えて、散乱している荷物を全部外に出してから箒と雑巾掛けを——
「…さっそくだが」
紡の思考を遮り、リーダーは目尻を鋭く尖らせてこちらを睨んだ。いよいよ本題といった所か。ん?。というか…
「邪魔者の澁谷 美久を俺の前から消す作戦。これについて話そうと思う」
「ああ、それは良いんだけど……何で他の仲間は呼ばなかったんだ?。昨日校舎裏で見た時は三~四人で固まってただろう」
リーダーは血の気が引いたように目を見張り、達者だった口を固く結んだ。まるで地雷でも踏み抜いたような間が開く。
そういえば、カズは昨日美久から逃げたため仲間から外されたと言っていたっけ。それってつまり、同じく逃走したメンバーも揃ってクビにしたって事か?。
「…お前には関係ねえ。無駄に詮索してねえで、黙って俺に従え」
「へいへい」
問い詰めても不機嫌にするだけか。とはいえ、もし今の仮説が正しければ色々と合点がいく。美久の証言曰く、現在の《一派》のメンバーはあの日に逃走した奴らだけだ。それらの人員が総じてクビになったのだから、当然《一派》にはリーダー以外の戦力が不足している筈。
とすればこの焦りようにも納得がいく。紡を易々と仲間へ引き入れたのも人員不足が原因か。
「続けるぞ。澁谷 美久には強力な怪物が付いてる。直接手を下すのは難しいだろう。だからまずは精神的に追い詰める」
精神的に?と紡の声帯が反応するよりも早く、リーダーはダンボールチェアから立ち上がって正面の黒板の方へ向かった。薄汚れたチョークを握り、深緑の板面に白粉を滑らせる。
「あいつにとって都合の悪い噂を大量に吹き込みまくる、とかな」
「えっと…悪口とか?」
あまり口には出したくないが、紡は恐るおそる尋ねる。驚いた事に、彼はそれを首を振って否定した。
「ガキかお前。澁谷 美久は俺に言い返すぐらいの精神力があるんだ。そんな生ぬるい嫌がらせが通じる訳ねえだろ」
ガ、ガキって…中学生にもなって問題児グループ作ってる方がよっぽどだろ。なんて口が裂けても言えないけど。
「もっと狡猾な噂さ。昔から裏で学校を操っていたとか、休日はギャンブルと酒に溺れているとか、とかく評判が悪くなる嘘で立場を孤立させる」
「………………」
(しょ、しょうもねええええ…⁉︎)
思わず衝撃が吐露してしまう所だ。そんな嘘、エイプリルフールでも信じる奴はないだろ。しかもそれを大々的に「作戦」とか……
「?。なんだよ。俺の策に不満があるのか?」
「え?ああ、いや…」
不満はある。というか不満しかない。確かに作戦自体は珍妙だが、実際今朝の美久はそういった噂に参っていた様子だった。彼女をよく知っている紡はさておき、周りはきっとそれを信じてしまうだろう。
「それこそ子供っぽすぎるんじゃない?いや、陰湿っていうのかな。嘘の情報をばら撒いて精神的に攻撃するなんて、俺の知ってる《一派》じゃないよ」
「………ふむ」
リーダーは顎先を挟むように手を開き、何度か摩った。よし、悩んでいるなら好都合。このまま作戦とやらを実行出来なくさせれば——
「いや、そうでもないな」
……え?
「え、なんで?」
まさかの反論パンチにそのまま蹌踉けかける。今や悩むどころか、頭の中の策略を明らかに鼻高らかに掲げていた。
「この作戦は狡猾さが産んだものだ。つまり、賢い勝ち方なんだよ。脳筋的に突っ込んでいったり罠を張る事だけが戦いじゃねえ」
話しながら汚い字を黒板に書き表す。何だその字…「惰放」?
「時代は「情報」戦だ!」
………まずは漢字の勉強をした方がいいな。ってそうじゃない!どうにかして彼の作戦を止めないと。
「だからそれは——」
「ガラガラッ」
紡が口を開いたタイミングで、多目的室の建て付けが悪い扉が横開く。まさか教師でも見回りに来たかと思ったが、廊下の明かりを背に立っているのは歳下の男だった。嫌な予感がする。
「カズ…なんでテメェがアッ!」
リーダーは激昂して声を荒げた。額にボゴンッと血管が浮き上がる。
「やっぱりここにいたのか」
河原部 和は呆れたような目でこちらを見る。いや、呆れそうなのはこっちなんだが⁉︎
(頼むから…これ以上話をややこしくしないでくれ!たとえば俺がリーダーに騙して彼を集合場所に呼んでいた事とか!)
「集合場所にいなかったんでどうしたもんかと思いましたよ、先輩」
「ああっ、先輩?」
ジロッとリーダーの威圧的な目が紡を見上げる。
(あんのバカ、余計な事をぉぉ!)
「あ、ははは。なんのことやら」
「なるほど。お前、美久の密偵だったんだな。作戦に非協力的だったのはそのためか!」
いや、真剣に仲間だったとしてもその作戦には乗らなかったと思うが…これ以上の隠密行動は限界か。意外と長かっったな。
「もうやめよう。これ以上《一派》を続けたって、何にも残らないよ」
カズが一歩二歩と薄暗い教室に踏み込んでくる。廊下の灯りも相まって、まるで光と闇の対比だ。
「ざけんなッ‼︎」
リーダーはチョークをその場に投げ捨て、カズに殴りかかった。拳を振りかぶった瞬間、彼の中に赤黒い煙が見えた気がしたが……カズが上から覆い被さった事で視認できなくなった。
(驚いたな。力量さではカズの方が上なのか?)
「クソッ。俺は、俺には《一派》しかねえ。リーダーとして顕現してねえと意味がねえんだ!」
仰向けになったまま、痰の絡んだような声を吐き散らす。
「お前…」[ゴンッ]
ほんの一瞬の隙を突き、リーダーの右フックがカズの視界を揺らした。反撃のタイミングを与えず、追撃の左パンチが彼を襲う。
「カズ!」
流石に見ているだけではダメだと脳が信号を出し、紡は引き剥がすようにリーダーの両腕に手を絡めた。一歳下とはいえ、喧嘩の場数は段違いだ。紡を最も容易く振り解くと同時にガバッと立ち上がる。
「決めた…おめえらも敵だ。みんな敵だ。全部全部全部全部…理不尽に俺を叱るやつらは…」
地鳴りのように、彼の鼓動が脈打つのが聞こえてくる。はっきりとした敵意が、今やっと刃となって目の前に現れたような感覚。
「カズ、離れて!」
「⁉︎」
紡は思わず声を上げた。見たことがある。この感じ…この身の毛がよだつイメージ。昨日の昼休み、校舎裏で美久の纏が初めて外に出てきた時。あれと同じだ。彼は先ほどの淀んだ煙に飲まれ、苦しむように俯いた。幾度か嗚咽を繰り返し、なんとか常態を保とうとする。
「みんな敵だァ‼︎」
再び顔を上げた時、その目窪にあったのは人間の眼球ではなかった。いや、実際はリーダーの目だったのかもしれないが、赤黒い煙を帯びたその眼は異様なまでに歪んでいた。
「ああ。お望み通り、憶ってやるよ……」
紡らではない別の何者かにそう呟き、リーダーはケタケタと口角を上げた。
***
この街の空気が嫌いだった。生暖かいベールが常時体を包んでいるような居心地の悪さをいつも感じていて、なんで親父はこの街に引っ越してきたのか意味不明だった。
前の街での関係に別れを告げて、俺は完全に0になった。ふざけんなって何度も思ったさ。けど、いつまでもそんなこと言ってたって無駄だって言ってくれた奴がいた。
「俺は河原部 和。カズで良いよ」
?。誰だこいつ。馴れ馴れしい奴だな。俺は机に突っ伏し、そいつの言葉を無視した。どうせ転校生というだけで物珍しさを感じている奴らだ。そんなの知ったこっちゃない。所詮、こうしていればいずれ去っていくはず—
「えーっと、大丈夫?」
「……………」
………おかしい。他の奴はこの寝たふり作戦で撃退出来たんだ。何故こいつは俺に話しかける?
「ああ!もしかしてうるさかったか?。うちのクラス、結構やかましいの揃ってるからさ。ほら、あそこにいる木下なんてほんとお調子者でさ~」
うるさいのはお前だ。なんて文句を吐きつつ、俺はそっと顔を上げた。木下とかいうお調子者を一目見てやろうと思ったのだ。
「お、やっと顔を見せたな」
「………?」
きょろきょろと辺りを見回す俺を見下ろし、カズはいじらしくニヤけていた。はっ、そういう事かよ。
「そうだそうだ。木下、今日は休みだった。ひひっ」
「テメェ…舐めた事しやがって」
彼の澄んだ瞳が俺の目を刺激する。ちりちりと肌を焼く炎のような熱すら感じる程に。
「なあなあ。俺ら、絶対友達になれると思うんだ」
「は?」
な、何を言いだすんだ急に。俺らは…ついさっき会ったんだぞ?
「馬鹿言うな。なんでお前なんかと友達にならなきゃなんねぇのよ」
「まあまあ、そう言わずにさ」
ニコニコしながら、カズは俺の心に何度も触れてきた。その度に心を許しそうになったが、俺にはそれは出来なかった。
それから数週間かけて、俺は信じられないぐらいカズと仲良くなった。理由は知らない。小学生だった事、同じゲームをやっていた事、同じサッカーチームが好きだった事。たくさんの理由があったのだろうが、一番は彼だけが俺にしつこく話しかけたせいだろう。
ある日の昼休み。誰もいないグラウンドの端で、俺は錆びついた雲梯の袖に立っていた。誰もいないとは言っても、カズだけは別だ。
「なあ。なんで俺以外と遊んだりしないの?」
カズが雲梯を渡りながらそんなことを尋ねる。俺は思わず言葉に詰まった。
「………無理なんだ」
「え?」
雲梯の中盤まで行ったところでふと手を止める。それほど衝撃的なだったんだろう。
「同等の立場…って言うのかな。無理なんだよ。他人と対等な関係でいる事が。友達とか親友とか、上下関係じゃない奴を見ると吐き気がしちまって……」
俺は半分独白のつもりで続けた。
「前の学校でも友達は作らなかった…自分でも嫌になる」
「じゃあなんで——」
俺は彼の言葉に被せて返した。
「カズのことも、気付かないけど心のどこかで見下してるんだ。そうでもしないと、俺は人とやっていけないから」
…………………………………………………………………………………………………………………しばらくの沈黙が流れた。
そりゃあそうだ。こんな奴と誰が友達になりたいというのか。きっとカズも、今すぐ逃げ出したいはずだ。
「……良い事思いついた」
カズはまたニヤニヤしながら呟いた。雲梯から飛び降りた後で、俺の目の前まで小走りで駆けてくる。
「リハビリしよう!お前をリーダーとして、色んなクラスメイト達と交流すんのさ。最初は上下関係でも良い。全力で俺がフォローする。徐々に「対等な友達」に触れていけな、いずれ友人関係にも慣れる時が来るさ!」
「はあ?」
なんだか、夢みたいな事を言う奴だな。そんなの成功する筈がないだろ。
「無理だって。何度も何度も試したけど、全部徒労に終わっちまったし…」
「大丈夫!とにかくやってみよう。俺はリーダー様の右腕で良いからさ」
彼はとにかく笑う奴だった。俺は、初めて他人を信頼してみることにした。名前は決まらなかったのでとりあえず《一派》にして、俺はそのリーダーになった。
その日から、この街の事がほんの少し好きになった。
次回「己が力に溺れる者」
0
あなたにおすすめの小説
『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』
月神世一
SF
【あらすじ】
「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」
坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。
かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。
背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。
目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。
鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。
しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。
部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。
(……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?)
現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。
すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。
精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。
これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる