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♯17「情けに気が付く者」
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[西唐野中学校・多目的室]
決着は早々についた。リーダーが心に纏っていた幽霊は床に倒れ伏し、言葉も介さず埃の絨毯に顔を埋めている。旭はネイシャを自身の心に纏い、纏の首根っこを掴み上げた。
「さあて。まずは審判といこうか」
「審判?」
紡が尋ねると同時に、旭は幽霊の纏の顔を紡とカズに向けた。その目がこちらを見た瞬間、紡は咄嗟に「うっ」と目を逸らてしまった。だって仕方がないだろう?
額に流れる深緑色の血と青白い顔は、どこか複雑死した人間の亡骸を彷彿とさせる。情景としてのショックが大きすぎて、目を伏せずにはいなかったのだ。
「青年、それからもう一人の青年。二人に問いたい。彼の処罰についてね」
旭の言う「彼」とは、目線の動かし方からしてリーダーの事らしい。
「処罰って…なんでそんな事をあんたが決めるんだ?たしかにリーダーや俺らにも悪いところはたくさんあった。元《一派》の連中はみんな、それを償うべきだと当然思う」
纏の姿が見えていないカズがそう切り出す。その目は明らかな反抗の色をしていた。
「けどその処遇を決めるのはあんたみたいな部外者じゃない、別の大人だ。勝手に話に割り入らないでほしい」
…………ひええ。よく旭相手にそこまでの牙を向けるものだ。彼女の脅しを幾つも受け、彼女の纏の恐ろしさを目の当たりにすれば少しは態度も回復するだろう。
旭はふうっと小さくため息を吐いた。
「たしかに君の言う通り私は部外者だ。だが君らが起こした数多の嫌がらせを受けて、心に深ぁーい傷を負った少女の親に頼まれたんだ。———自分達が今までにやったこと、あまり簡単にとらえるなよ?」
心臓を握りつぶすかのようなゾクッとする邪気が形となり、旭の言葉としてカズの心を縛り上げる。隣にいた紡すら同じような感覚を帯びた始末だ。
「た、頼まれたって…」
「そこにいる青年も、私が《一派》の内部調査に抜擢した男さ」
カズは紡の方を振り返る。本当なの?とでも言いたげに首を傾げるので、紡ははにかみながら首肯して返した。抜擢とまで言われると流石にちょっと恥ずかしい。
「んで、青年はどうしたい?小学生時代から悪ガキを束ねて徒党を組んでいたリーダーの処罰をさ」
紡はふと押し黙った。本心では美久や多くの生徒を傷付けた彼を許しておきたくない。それ相応の罰は受けるべきだ。だが旭が言っている処罰の対象はリーダー自身ではない。おそらく、彼女がずっと片手に掴んでいる「纏」だ。
時折り言葉にならない小声を発しては、しゃくりあげるようにぷつりと途絶えていく。ここまでの仕打ちは妥当ではあるものの、流石に可哀想と思わざるをえない。
「と、とりあえず彼の話を聞きませんか?リーダーの意思を聞いて、改心の余地があるかどうかを確かめましょう」
「…ふむ。それもそうだね」
旭は難なく紡の案を了承した。紡は心の中でガッツポーズをした。リーダーの生還ルートは確保だ。あとは彼次第しである。
***
目をギュッと瞑ったまま、固く冷たい床から上体を起こす。激しい頭痛の中なんとか意識を外の世界へ向けると、そこは暗い多目的室の壁際だった。
「ここ….俺は……?」
景色が朦朧としている。周りには何人かの人間がいるようだが、顔の判別がつかない。仕方がないので思い出せる限りの記憶を辿ってみると……不思議な事に状況がするすると頭に流れ込んできた。
「‼︎。敵…そうだ、俺の敵をぶっ飛ばさねえと!」
ぱっちり開いたその瞳は、先ほどのような異界のものには到底見えない。いわゆる「正気」と称して差し支えない眼だった。
カズは張った緊張を彼の正気によって断ち切られ、「良かったあ」と情けなく呟いた。リーダーはそれを見て一瞬驚いた顔をする。
「んだよ、カズ。俺の敵のクセに俺の拠点に入ってんじゃ——」
「良い加減に目を覚ませ」
ぴしゃりと呈したのは旭だった。サングラスを額の上に掛け、イラついた出たちでリーダーを見下ろしている。
「いつまでそんな幼稚なことをしているつもりなんだい?。自分のテリトリーの中でイキがって、気に入らない奴はすぐ削除。どうやら「お山の大将」って言葉は君のためにあるみたいだな」
「——!さ、散々言うじゃねえか。テメェ…あんま舐めてんじゃ—」
旭は彼が見上げるより先にしゃがみ、リーダーの顔をわりと強めに掴んだ。
「あがっ⁉︎」
「舐めてるのは君の方さ。どうして自分がここまで生きてこられたのか、分かる?どうして強く罰せられないのか、分かる?」
リーダーは本能的に涙を浮かべ、筋肉の可動域を精一杯使って首を振った。
「どうでも良いんだよ。お前のくだらない《一派》になんか入りたくないし、お前と親しくなりたいとも初めから思ってない」
言葉尻が徐々に強くなる。なるほど、処罰っていうのはそう言うことか。
「自分の社会的地位を高く見積もるのは決して悪くない。向上心にだって繋がるからね。けどそれが行きすぎたせいで、君は多くの人間を傷つけた」
美久や初奈の話で、《一派》から嫌がらせを受けていたのが並の人数じゃない事は分かっている。だからこそ、その重い責任を恐怖という形で彼に刻み込もうと言うのだろう。初めは彼自身を抹殺するしか無いとか言っていたし、これでも優しくなった方だ。
「………んだよ、偉そうに説教垂れやがって。どうやったって俺の勝手だろ!どうせ俺は変われねえ。なんにも…無いんだからよ」
旭はリーダーを解放し、目線を合わせたまま彼の言い分を歯応え悪く咀嚼した。ため息とは少し違う呆れたような息を空間に吐き、じろりと見定めるような目を向ける。
「知ってるかい?君が切り捨てた《一派》の右腕は、組織の中で唯一……君を心からの親友だと思っていた」
リーダーがハッと彼を一瞥する。カズはそんなリーダーと同等レベルの衝撃を、目を三角にすることで顔面に表した。
「は、はっ⁉︎急に何言ってんだあんた⁉︎」
「だーって事実じゃないか」旭はにやっと目を細くした。
『………逃げるもんかよ。あいつは、俺の親友なんだ』
思い出した紡が一才の迷いもなく肯定するので、カズの頬はやんわり赤面していく。
「カズ…お前……」
「ち、ちちちげえぞ⁉︎そんな事いちいち考えてねえって!俺はお前とたまたま仲良くなっただけで——」
「現に君は言っただろう。『《一派》は俺のせいで暴走しちまった。今度は…俺が……』だったっけ?」
発言の証拠が言い訳すらも遮る。旭は再びキリリと尖った目尻でリーダーを見下ろした。
「つまり、君には更生の機会があるんだ。良かったねー。社会だとそれは豚箱でやることだよ」
幼い子供に語りかけるような口調が余計にグロディスクに毒突く。
「更…生」
「青年も君の意見を聞くつもりらしい。君が自分の行動を省みて、問題児グループのリーダーなんてバカみたいな地位に着かないと約束出来るなら、この話はお終いだ———どうする?」
状況からして答えは一つしかない。リーダーもそれは重々承知のようで、千切れんばかりに首を縦に振った。
「は、はい!。省みます!もう、めっちゃ反省します!」
「本当に?」
言い切るか否かのタイミングで、旭は畳み掛ける。白銀に光るそれは、明らかに中学生を見る目ではなかった。
「は……はい…」
「君は既に澁谷 美久への攻撃を辞めなかったという実例が出ている。信頼は当然無い。今後、彼女のような被害者を出さないと約束出来るかい?」
!。紡は軽く驚いて目を開いた。胸ポケットに収納したメモ帳を意識する。適当に流し見しているようにしか見えなかったが、旭はちゃんとメモしていた内容を読んでいたんだ。
「………ご、ご…めなさ…」
リーダーは口を窄ませ、言い慣れない謝罪をなんとか喉の奥から引き摺り出した。
「ごめん、なさい…」
「ん。これから色んなところに謝り倒す事になるだろうし、他人への謝罪の練習は随時行う事。良いね?」
カズは初めて聞いたリーダーの謝罪に仰天しかけたが、黙って旭に従う彼がおかしくて微笑んだ。一件落着、とかいう奴である。
「良かったな、カズ」と紡。
「……はい。先輩のおかげですよ」
何処か嬉しそうな彼が紡の前に拳を突き出す。一瞬キョトンとしたが、グータッチのサインだと気付きコツンッと互いの拳を合わせた。
[西唐野中学校・玄関付近]
夕暮れが弱火で青空を焼いている。こんがり美味しそうな香りが漂ってきたと思えば、どこかの住宅で作られたビーフシチューの匂いだった。グーッと腹の虫が煩く嘶く。
西陽のせいで白っぽくなった校舎を背後に、二つの人影が並んで歩いていた。紡と旭は多目的室を出た後、カズや元リーダー達と別れてから正門へと向かった。
「……いやー、疲れましたね」
緊張の糸がぷつんとほぐれたせいか、さっきまで気付いてもいなかった疲労感を今や存分に浴びている。昼飯が食べられた分昨日よりはマシだと思う反面、帰る道中でここまでどっと疲れたのも珍しかった。
「ははっ。こんなのでへばってちゃ、私の助手は務まらないぞ?」
いや務めませんけど。……ダメだ、言葉を返す元気も出ない。首の筋肉が負荷なく動いてくれたので、どうにか首を振る事で否定した。
「まあなんにしろ、これで無事《一派》は解散だ。澁谷 美久の纏が無闇に出現するのも収まるだろう。君の潜入調査の、おかげだ」
「はあ……」
紡は最後の言葉に納得がいかず、同意とも反対ともとれない曖昧な音を吐いた。実際問題、あの潜入調査がどう役に立ったかと聞かれたら答えるのは難しい。せいぜい元リーダーとの話し合いにカズを呼んだことぐらいだ。《一派》の瓦解の決め手となったのは、旭の恐ろしい説教と彼女の纏の持つ豪快さである。元凶である彼が、側にあった友情にやっと気付けた事も決め手の一つだろう。つまり——
「いや、俺は特に何も…」
「あー。悪いけど、そうやって「そんな事ないよ」待ちな態度されるのが一番嫌いなんだ。賞賛や感謝は素直に受け取りなね、青年」
紡は頬を平手打ちされたようにハッとした。咄嗟に息が詰まる。疲労のせいじゃない。何かもっと大切なものが、魚の小骨みたいに喉の奥に引っかかっている。
旭は何も言わなかった。紡も何も言わなかった。いや、後者は静寂に負けて何も言えなかっただけだ。
もう暫くこの干渉に浸っていたかった。その意識を尊重するかのように、ひんやりした春風が正門付近の砂粒を軽く巻き上げた。
「……………ゴホン」
静粛を催促する教師のように、旭はわざとらしく咳払いをした。校内の敷地を一歩出た所で、胸ポケットから縦箱に入った紙タバコを漁る。
「青年。キャンプ地へ戻る前に、少し夕餉に付き合ってくれるかい?」
「はい…………へ?」
考え事に夢中になっていたあまり、紡は反射的に返事をしていた。茜色の空はどことなく仄暗さを孕んでいた。
次回「吐き出す者」
決着は早々についた。リーダーが心に纏っていた幽霊は床に倒れ伏し、言葉も介さず埃の絨毯に顔を埋めている。旭はネイシャを自身の心に纏い、纏の首根っこを掴み上げた。
「さあて。まずは審判といこうか」
「審判?」
紡が尋ねると同時に、旭は幽霊の纏の顔を紡とカズに向けた。その目がこちらを見た瞬間、紡は咄嗟に「うっ」と目を逸らてしまった。だって仕方がないだろう?
額に流れる深緑色の血と青白い顔は、どこか複雑死した人間の亡骸を彷彿とさせる。情景としてのショックが大きすぎて、目を伏せずにはいなかったのだ。
「青年、それからもう一人の青年。二人に問いたい。彼の処罰についてね」
旭の言う「彼」とは、目線の動かし方からしてリーダーの事らしい。
「処罰って…なんでそんな事をあんたが決めるんだ?たしかにリーダーや俺らにも悪いところはたくさんあった。元《一派》の連中はみんな、それを償うべきだと当然思う」
纏の姿が見えていないカズがそう切り出す。その目は明らかな反抗の色をしていた。
「けどその処遇を決めるのはあんたみたいな部外者じゃない、別の大人だ。勝手に話に割り入らないでほしい」
…………ひええ。よく旭相手にそこまでの牙を向けるものだ。彼女の脅しを幾つも受け、彼女の纏の恐ろしさを目の当たりにすれば少しは態度も回復するだろう。
旭はふうっと小さくため息を吐いた。
「たしかに君の言う通り私は部外者だ。だが君らが起こした数多の嫌がらせを受けて、心に深ぁーい傷を負った少女の親に頼まれたんだ。———自分達が今までにやったこと、あまり簡単にとらえるなよ?」
心臓を握りつぶすかのようなゾクッとする邪気が形となり、旭の言葉としてカズの心を縛り上げる。隣にいた紡すら同じような感覚を帯びた始末だ。
「た、頼まれたって…」
「そこにいる青年も、私が《一派》の内部調査に抜擢した男さ」
カズは紡の方を振り返る。本当なの?とでも言いたげに首を傾げるので、紡ははにかみながら首肯して返した。抜擢とまで言われると流石にちょっと恥ずかしい。
「んで、青年はどうしたい?小学生時代から悪ガキを束ねて徒党を組んでいたリーダーの処罰をさ」
紡はふと押し黙った。本心では美久や多くの生徒を傷付けた彼を許しておきたくない。それ相応の罰は受けるべきだ。だが旭が言っている処罰の対象はリーダー自身ではない。おそらく、彼女がずっと片手に掴んでいる「纏」だ。
時折り言葉にならない小声を発しては、しゃくりあげるようにぷつりと途絶えていく。ここまでの仕打ちは妥当ではあるものの、流石に可哀想と思わざるをえない。
「と、とりあえず彼の話を聞きませんか?リーダーの意思を聞いて、改心の余地があるかどうかを確かめましょう」
「…ふむ。それもそうだね」
旭は難なく紡の案を了承した。紡は心の中でガッツポーズをした。リーダーの生還ルートは確保だ。あとは彼次第しである。
***
目をギュッと瞑ったまま、固く冷たい床から上体を起こす。激しい頭痛の中なんとか意識を外の世界へ向けると、そこは暗い多目的室の壁際だった。
「ここ….俺は……?」
景色が朦朧としている。周りには何人かの人間がいるようだが、顔の判別がつかない。仕方がないので思い出せる限りの記憶を辿ってみると……不思議な事に状況がするすると頭に流れ込んできた。
「‼︎。敵…そうだ、俺の敵をぶっ飛ばさねえと!」
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カズは張った緊張を彼の正気によって断ち切られ、「良かったあ」と情けなく呟いた。リーダーはそれを見て一瞬驚いた顔をする。
「んだよ、カズ。俺の敵のクセに俺の拠点に入ってんじゃ——」
「良い加減に目を覚ませ」
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「——!さ、散々言うじゃねえか。テメェ…あんま舐めてんじゃ—」
旭は彼が見上げるより先にしゃがみ、リーダーの顔をわりと強めに掴んだ。
「あがっ⁉︎」
「舐めてるのは君の方さ。どうして自分がここまで生きてこられたのか、分かる?どうして強く罰せられないのか、分かる?」
リーダーは本能的に涙を浮かべ、筋肉の可動域を精一杯使って首を振った。
「どうでも良いんだよ。お前のくだらない《一派》になんか入りたくないし、お前と親しくなりたいとも初めから思ってない」
言葉尻が徐々に強くなる。なるほど、処罰っていうのはそう言うことか。
「自分の社会的地位を高く見積もるのは決して悪くない。向上心にだって繋がるからね。けどそれが行きすぎたせいで、君は多くの人間を傷つけた」
美久や初奈の話で、《一派》から嫌がらせを受けていたのが並の人数じゃない事は分かっている。だからこそ、その重い責任を恐怖という形で彼に刻み込もうと言うのだろう。初めは彼自身を抹殺するしか無いとか言っていたし、これでも優しくなった方だ。
「………んだよ、偉そうに説教垂れやがって。どうやったって俺の勝手だろ!どうせ俺は変われねえ。なんにも…無いんだからよ」
旭はリーダーを解放し、目線を合わせたまま彼の言い分を歯応え悪く咀嚼した。ため息とは少し違う呆れたような息を空間に吐き、じろりと見定めるような目を向ける。
「知ってるかい?君が切り捨てた《一派》の右腕は、組織の中で唯一……君を心からの親友だと思っていた」
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「は、はっ⁉︎急に何言ってんだあんた⁉︎」
「だーって事実じゃないか」旭はにやっと目を細くした。
『………逃げるもんかよ。あいつは、俺の親友なんだ』
思い出した紡が一才の迷いもなく肯定するので、カズの頬はやんわり赤面していく。
「カズ…お前……」
「ち、ちちちげえぞ⁉︎そんな事いちいち考えてねえって!俺はお前とたまたま仲良くなっただけで——」
「現に君は言っただろう。『《一派》は俺のせいで暴走しちまった。今度は…俺が……』だったっけ?」
発言の証拠が言い訳すらも遮る。旭は再びキリリと尖った目尻でリーダーを見下ろした。
「つまり、君には更生の機会があるんだ。良かったねー。社会だとそれは豚箱でやることだよ」
幼い子供に語りかけるような口調が余計にグロディスクに毒突く。
「更…生」
「青年も君の意見を聞くつもりらしい。君が自分の行動を省みて、問題児グループのリーダーなんてバカみたいな地位に着かないと約束出来るなら、この話はお終いだ———どうする?」
状況からして答えは一つしかない。リーダーもそれは重々承知のようで、千切れんばかりに首を縦に振った。
「は、はい!。省みます!もう、めっちゃ反省します!」
「本当に?」
言い切るか否かのタイミングで、旭は畳み掛ける。白銀に光るそれは、明らかに中学生を見る目ではなかった。
「は……はい…」
「君は既に澁谷 美久への攻撃を辞めなかったという実例が出ている。信頼は当然無い。今後、彼女のような被害者を出さないと約束出来るかい?」
!。紡は軽く驚いて目を開いた。胸ポケットに収納したメモ帳を意識する。適当に流し見しているようにしか見えなかったが、旭はちゃんとメモしていた内容を読んでいたんだ。
「………ご、ご…めなさ…」
リーダーは口を窄ませ、言い慣れない謝罪をなんとか喉の奥から引き摺り出した。
「ごめん、なさい…」
「ん。これから色んなところに謝り倒す事になるだろうし、他人への謝罪の練習は随時行う事。良いね?」
カズは初めて聞いたリーダーの謝罪に仰天しかけたが、黙って旭に従う彼がおかしくて微笑んだ。一件落着、とかいう奴である。
「良かったな、カズ」と紡。
「……はい。先輩のおかげですよ」
何処か嬉しそうな彼が紡の前に拳を突き出す。一瞬キョトンとしたが、グータッチのサインだと気付きコツンッと互いの拳を合わせた。
[西唐野中学校・玄関付近]
夕暮れが弱火で青空を焼いている。こんがり美味しそうな香りが漂ってきたと思えば、どこかの住宅で作られたビーフシチューの匂いだった。グーッと腹の虫が煩く嘶く。
西陽のせいで白っぽくなった校舎を背後に、二つの人影が並んで歩いていた。紡と旭は多目的室を出た後、カズや元リーダー達と別れてから正門へと向かった。
「……いやー、疲れましたね」
緊張の糸がぷつんとほぐれたせいか、さっきまで気付いてもいなかった疲労感を今や存分に浴びている。昼飯が食べられた分昨日よりはマシだと思う反面、帰る道中でここまでどっと疲れたのも珍しかった。
「ははっ。こんなのでへばってちゃ、私の助手は務まらないぞ?」
いや務めませんけど。……ダメだ、言葉を返す元気も出ない。首の筋肉が負荷なく動いてくれたので、どうにか首を振る事で否定した。
「まあなんにしろ、これで無事《一派》は解散だ。澁谷 美久の纏が無闇に出現するのも収まるだろう。君の潜入調査の、おかげだ」
「はあ……」
紡は最後の言葉に納得がいかず、同意とも反対ともとれない曖昧な音を吐いた。実際問題、あの潜入調査がどう役に立ったかと聞かれたら答えるのは難しい。せいぜい元リーダーとの話し合いにカズを呼んだことぐらいだ。《一派》の瓦解の決め手となったのは、旭の恐ろしい説教と彼女の纏の持つ豪快さである。元凶である彼が、側にあった友情にやっと気付けた事も決め手の一つだろう。つまり——
「いや、俺は特に何も…」
「あー。悪いけど、そうやって「そんな事ないよ」待ちな態度されるのが一番嫌いなんだ。賞賛や感謝は素直に受け取りなね、青年」
紡は頬を平手打ちされたようにハッとした。咄嗟に息が詰まる。疲労のせいじゃない。何かもっと大切なものが、魚の小骨みたいに喉の奥に引っかかっている。
旭は何も言わなかった。紡も何も言わなかった。いや、後者は静寂に負けて何も言えなかっただけだ。
もう暫くこの干渉に浸っていたかった。その意識を尊重するかのように、ひんやりした春風が正門付近の砂粒を軽く巻き上げた。
「……………ゴホン」
静粛を催促する教師のように、旭はわざとらしく咳払いをした。校内の敷地を一歩出た所で、胸ポケットから縦箱に入った紙タバコを漁る。
「青年。キャンプ地へ戻る前に、少し夕餉に付き合ってくれるかい?」
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考え事に夢中になっていたあまり、紡は反射的に返事をしていた。茜色の空はどことなく仄暗さを孕んでいた。
次回「吐き出す者」
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