悪役令嬢は嫌なので、放浪して好き勝手します

cqrijy

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1部 おっかなびっくり放浪編

8 異国のお姫様ごっこ

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目覚めて収納から出した梅昆布茶を飲んだ。

「ふぅ……落ち着く」

昨日は隠密でぶらつき、王都にある一番格式の高い茶屋『羽枕』という宿に泊まった。茶屋というか、宿というか、娼館だ。女でも泊まれる。

宿を取るとき舐められないよう異国シリーズ『砂漠の女王のドレス』を選んだ。全面に細かなダイヤが縫い込まれた白銀のレースで全身を包む、目元だけが見えるドレスだ。まぁ、顔隠せたらなんでもよかったんだけどね。

茶屋に入ったとき、受付は騒然としていた。店の店員10人くらい腰を低めにして出てきて、そこで『あ、やり過ぎた』と後悔した。

『……ようこそいらっしゃいました。失礼ですが、ご予約は?』
『ない。先に言っておく。妾はこの国の言語に疎い。一泊所望する。よいか?』

あまり喋りたくないんだよぉ。金貨100枚入った絹の袋を置くと、たちまちに扱いが変わった。

『勿論でございます!  直ぐに部屋の御用意を!  わたくしはこの茶屋の支配人、パーラッシュと申します!』

とんでもなく教養の高そうな美人娼婦まで出てきて、そのお姉さんに案内された部屋は今まで見たこともないような豪華絢爛な部屋だった。

入った途端、ヒューテック公爵家を凌駕する美術館のような彫刻品の数々、純金の柱時計、特注でしか有り得ない調度品の形と、金糸と絹の光沢があるカーテン。床全面に広がる絵画みたいな絨毯の上を土足で踏むのも躊躇する。部屋数も多く、なんの広間だと疑いたくなるようなきらびやかで無駄に広い空間には四方八方から放たれる魔導具の照明の光と、姿見用の巨大な鏡だけが置かれていた。

『ここは羽枕の間……いま御用意できる最上級のお部屋でございます。異国の姫様には、少々手狭でしょう』

いや、ここ茶屋名が『羽枕』だよね?
茶屋の名前が使われる部屋はその茶屋の顔になる部屋だ。一番ええとこに通されてしまった。

『一晩休むだけだ。過度な世話はいらぬ。そなたももう休むといい』

チップとして金貨を……と思ったがここは雰囲気を壊さぬよう、収納から『砂漠の宝玉』を出して渡した。卵くらいの大きさのエメラルドだ。収納に何千個もある。お姉さんはもうすんごい目ぇひん剥いて有り得ないほど喜んでいた。

それにしても寝るまで落ち着かなかった。もうね、この部屋、玄関からして違った。立て付けの棚が左右にあって、そこには大量のタオルに石鹸にガウン。実家より高級なブランドだった。
肌を手入れするエンジェルハニービー(魔獣)の蜜蝋まである。室内用の柔らかそうな上皮の靴や、休憩用の絹の薄着。そのままお出掛けできそうな服も用意してあった。その両棚の横に扉がふたつ。青い扉は従者で赤い扉は侍女の個室だろう。まさしくお忍びで女遊び、または密談をする王侯貴族の為につくられた特別な部屋だ。そんな部屋に通されては異国の姫のふりをするしかなかった。

そしてこの茶屋に泊まったのは、ちょっと情報収集がしたかったから。

この部屋には色んな冊子がある。
上級奴隷市(高級な奴隷を扱う市場)や、王都オークション開催の案内からフードメニューまで、色々載ってた。

ちょっと興味があったのでフードメニューを開くと『食べたい物をお運び致します』と、メニューすら載ってなかったけど。


さて、朝になった。
梅昆布茶で体も暖まった。

昨夜の内に茶屋にあることを頼んでおいたから、そろそろ支配人がくるだろうと、無駄に大きなダイニングテーブルに金貨を100枚出す。

あとテキトーに砂漠の宝玉、林檎みたいな大きさの紅玉(ルビー)、貴婦人の大結晶(ダイヤ)、人魚の大粒涙(真珠)もテーブルに並べておこう。

お、誰かきたようだ。
玄関に向かう。

「姫様、おはようございます。少々、よろしいでしょうか?」

ノック音の後に少しぎこちない支配人の声。なにか問題でもあったのだろうか?

「入れ」
「は、はい」

俊足でダイニングに戻って、朝の光が漏れる窓の前に立ち、背を向けて支配人がくるのを待つ。今日は昨夜のドレスの上に『砂漠の女王のマント』を着ている。全面に大小様々なダイヤを散りばめた目が痛いマントだ。ま、雰囲気は大事だからね~。

「姫様。昨夜の御所望品は、難なく手に入れることが出来ました。こちらがその『船』です」

支配人は中腰で頭を下げながら傍らで膝をついた。手袋をした手には重厚なトレー。その上には『バネリ大佐の遊行船』が乗っていた。よしよし。注文通り茶屋名義で落札してくれたのね。

『バネリ大佐の遊行船』とは、今は小さな模型だが実は持ち運び可能の大小伸縮自在な船だ。ゲームでもモンスターを倒して頑張って金貯めれば買える。あると思ったんだー。やっぱ王都は金さえあればなんでも手に入るな。これで海釣りスキルが取得できるぞ。

船を受け取って鑑定する。
あ、一応これ普通の魔導船としても使えるんだ。なら魔力を注げば空も飛べるね。

「よくやった。好きな物を選べ」

目線で支配人をダイニングテーブルに促す。ありがとう、チップはそこです。

「では妾はそろそろ、」
「せ、僭越ながらお待ち下さい……実は、その……!」
「……なんだ?  はっきり言え」

船を収納して少し苛立ち気味に声を上げる。こっちは早くサンマのはらわた食いたいねん。海中に罠をかけて獲物を待つ間にルアーも作りたいし、こんな茶屋より早く漁村とか行きたいねん!

「あの……申し訳ありません。非常に言いにくいことでして……」

えっ……まさかチップが足りない、とか?
あ、代理人への手数料か。なに出そう。

あ、そうだ。珍しい宝玉もいいけど『オアシスの女神(純銀製の巨大像)』でも出してびっくりさせてやろうかな。内心ウフフと企んでいたら足音もなくダイニングに貴族の装おいと、騎士服を纏った二人の男性が現れた。


「異国の姫様。突然の訪問、お許し下さい」


は?
貴族の装おいが頭を下げると、その隣の騎士服の男が一歩前に出た。

「支配人、いつまで廊下で待たせるんだ。服が香水臭くなったぞ。そちらの姫は、」
「いけません!  こちらの姫様はお忍びで……!」

咄嗟に支配人が私の盾になる。

「これ、マークスリド殿。行儀が悪いぞ」
「……すまないスネイル。どちらの姫か知らないが王宮から招待状がきている。その間、我々は貴女の警備にあたる。用件は以上だ。ご同行願おう」
「はぁ……だからリドを連れてくるのは嫌だったんだ」

なんだこいつら。
鑑定、鑑定。


マークスリド・リーウルフ
35歳 騎士団長
HP 98520/100770
MP 35200/35200
【スキル】
火魔法/水魔法/身体強化/気絶無効/茨の吐息

フーン。スキルも程々に。茨の吐息は声で圧力をかける、威圧の下位スキルだね。てか騎士団長リーウルフって……攻略対象者モリト・リーウルフのお父さん?


スネイル・オルガン
42歳 宰相
HP 10099/10142
MP 9037/9037
【スキル】
火魔法/思考上昇/賢者の知恵/磔の牢

賢者の知恵は浅知恵スキルだ。あまり役に立たない。磔の牢は罪人と認識した者を地面に押し付けるスキルだけど……ってこっちは宰相かよぉ……じゃあ攻略対象者マルセム・オルガンのお父さんじゃねーか。

そうだ、ここ、乙女ゲームの世界だった。

「も、申し訳ありません姫様!」

目が合った支配人が土下座した。
そーね。お前の茶屋、ゆるゆる過ぎる。たった一晩で情報だだ漏れやん。でもその情報間違ってるけどね。私は王族じゃない。

あ~、やだやだやだ!
異国のお姫様ごっこなんて肩凝る──そう思ったら色んなスキルが発動したぞ。

「妾はもう行かねばならぬ」
「そこをなんとか。これは王命なのです」

宰相が膝をつき、騎士団長は舌打ちしそうな顔で面倒臭そうに膝をついた。なんなんその態度。

「この国は通り道に過ぎぬ。お前たちは街で行き先を阻む鼠に耳を傾けるか?  しないだろう。精々、靴が汚れぬよう避けて通るだけだ」

なんなんその態度。異国の姫って怖っ。
案の定、騎士団長が鋭く眼を尖らせ立ち上がった。それを止める宰相も眉がピクピクしている。

「僭越ながら、この茶屋……いえ、姫様が競り落とした船に用があるのです」
「これか?」

収納から出して宰相に見せれば騎士団長がギリっと唇を噛んだ。

なるほど、オークション経由で王宮から使者がきたのか。なんだ支配人、白じゃん。代理人のあとをつけてここまで来たのかもしれない。 これは王宮側が悪いね。そして私は関わりたくない。

王侯貴族とか、全力で関わりたくねー!

「その船は……我が騎士団の代理人が落とす筈だった。それを……この茶屋が法外に値をつり上げたんだ!」
「ええ。純金貨五千枚なんて……この茶屋は代理人で、裏に大物が潜んでいることは解っていました」

オークションは現金即日支払いだから、前金で金貨の百倍の価値がある純金貨を五千枚渡してたからね。最初に純金貨五千枚で即競り落として直帰してこいと支配人に命令して。あ、収納にはまだ1000万枚くらいあるよ。

「この茶屋のパンフレットで目にし、精巧で綺麗な模型だと思うての。妾の小妹へ土産にしたかったのじゃ。他意は無い」
「そうで御座いましたか……しかし姫君。それはただの模型ではありませんよ」

バネリ大佐の遊行船を人指し指に乗せ、クルクルまわす。

「知っておる。だが妾にとってはただの玩具じゃ」
「ふざけるなっ……!  それがどんなに貴重な船か知りもしないで!」
「リド!  よせ!」

あ、支配人が息も絶え絶えに白眼剥いてる。私も疲れたよ、パーラッシュ。

ここは直感に従うか。

「これ、騒ぐでない。子供のように駄々を捏ねおって」
「貴様ッ!  名を名乗れ!」
「お前では妾の名を知ることは出来ぬ。だがこの模型は通行費として置いていこう」
「……へっ」

トン、とダイニングテーブルにバネリ大佐の遊行船を置く。金貨と宝玉類は回収。

そして直ぐさま威圧を発動。
宰相は床に両手両膝をつけ、騎士団長は抵抗するもすぐに片膝をついた。
支配人は泡ふいて気絶した。ごめん。

「……何、故……こ、んなっ!」

二人とも目で解放を訴えてる。重い物を乗せられている感覚なのだろうか、苦しそうだ。

「何故?  この国はだだの女人の買い物に目くじらを立てるか?」
「…………い、いえ」
「妾は懐が深い。小妹への土産は、別の物を探すとしよう」

仕方ない。
被害を最少にする社交術も発動しているのだ。これが正解だと諦めよう。
漁村で小さな中古船でも買って……つーか別に海釣りのスキルがなくても海釣りはできるしね。

「さらばじゃ」

支配人は寝てるので一人でダイニングを出る。

「お、お待ち下さい姫君……どうか、どうか一度王宮にっ……此度の非礼を詫びさせて下さい!」
「待っ……た、頼む……こんな、簡単に……納得できるわけがない!」

そうだろーねぇ。
異国の姫を王宮に連れていくことも叶わず、さらにはバネリ大佐の遊行船を奪う形で無償で手に入れたとなると、彼等自身の面目が立たないわなぁ。騎士団長よ、オークションでは騎士団が競り負けたことは大勢が見ているよね。この国でその船を使えるものなら使ってみろ。宰相さんよ、私の素性も知れずこのまま王宮に戻ったらかなりまずいことになるんじゃない?  ……よし、しばらくこの二人には夢で魘されてもらおう。
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