23 / 77
2部 人魚とチートな彼氏編
8 急変
しおりを挟む
それから日付がかわって早朝4時。
「おいしっ……ぅう……ふわふわオムレツに肉厚な牡蠣が入ってる! おいちぃよぅ……!」
ようやく解放してくれたフィックスさんが朝ご飯を持ってきてくれた。それから宿の仕事でちょっと部屋を離れたので、一人になった部屋でお上品に食べるのをやめて胃に掻き込んだ。
へっへーん。
天の蜜と神美酒をブレンドした超高濃度栄養ドリンクで酷使した腰も全快した! もう食欲が凄いこと。牡蠣の塩気が卵とバターにマッチしてやめられないとまらない。
「シーフードオムレツ! これはシーフードオムレツだ! 新たな道が見えた! おいちぃよぅ~」
「あぁ……可愛い」
「はぅぇ!?」
見ると部屋の入り口にトレーを手にしたフィックスさん。わぉ。スープまで持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「さっきミラが言伝にきたよ。海へは5時でいいみたい」
「………そうです、か」
ベットにいる私を見て、なにやら意味深な笑顔が気まずい。皿を持ちながら片手でシーツを引っ張るも、ベットに腰を下ろしたフィックスさんのお尻にシーツを引っ張られた。
「や、寒いからだめぇ」
目に涙を溜めて懇願する。
うん。さっきまで真っ裸でおいちぃよぅ!って唸ってた奴の言動じゃない。それでもフィックスさんは困ったようにシーツをかけてくれた。
「手強いね、リリー」
「……フィックスさん、寝てないのになんでそんなに元気なの?」
「海王蛇は寝ないからね。人魚も寝るのは年に一回くらいじゃない?」
「人間の血も混ざってるじゃないですか」
「うん。だから寝ようと思えば寝れるよ」
そういや言ってた。飲食と宿を兼任していても、暇な時間の方が多いと……。
「……チートだ」
「チーズ? オムレツに入ってるよ」
「うん。美味しい」
寝ようと思えば寝れる、か。
そういや睡眠無効を取得してからあまり眠くない。魔力がカンストしてから更に眠くない。魔力を沢山使えば眠くはなる。あとお腹が一杯になったりその後の昼寝は気持ちいいけど、完全に道楽のようなもの……え。これってまさか。
「リリーも寝てないのに元気だね」
「さっき栄養ドリンク飲んでたの見たでしょ?」
「本当は睡眠必要ないでしょ?」
「……ね、寝ようと思えば、ちゃんと寝れます」
「ふふ」
テンプレ装備No.908
インナー:海の死神スーツ
顔:氷海の水中眼鏡
腰:スタンガンベルト
足:海中歩行靴
オムレツと温かいスープを飲み干し、海中で採取する用の装備に着替えた。ちなみに収納の中で固定しているテンプレ装備なので一瞬で格好が変わる。代わりに身に付けていたものは収納されるが、今は裸体でした。
「美味しかったです! ご馳走さまでした! 行ってきます!」
「あ、昨夜のテリーの言伝があるからね。俺もミラに会っておくよ」
あ、昨夜つたえたテリーさんからの言伝。
『ミラに言っておけと、フィックスに伝えてくれ』という、よく解らない言伝。
てか見た目ダイビングスーツと変わらない装備。目の前で一瞬で着替えたのを見たフィックスさんから驚きがないのにも驚きだが、そんな仕様を普通に晒してる今の自分にも驚き。
「その足首のやつ可愛いね。いつも着けてる」
「これは魔力を回復させる魔導具でして──」
ミラさんと待ち合わせしてる浜辺へ向かいながら、フィックスさんと横並びで歩いていると通りすがりの美少女に「きゃー!」と叫ばれた。
「え」
まだ朝5時前。
早起きな美少女に叫ばれ逃げられた。位置的に私だ。
それに対してフィックスさんはなんの関心も示していない。
今の夢? 少女の幻?
……なんだったんだ?
着いたのは岩場の多い浜辺。
小屋にミラさんと、三人の少女がいた。
お。皆ダイビングスーツみたいなの着てるじゃん。よかった。私も似たり寄ったりな格好だ。
「おはようございます。今日はよろしくお願いいたします」
今日も笑顔が素敵なミラさんにぺこりと頭を下げると、嬉しそうに微笑み返してくれた。
ミラさんは海中ハンター時代、捕獲しようとした獲物の毒を飲んでしまい、それ以来声が出なくなってしまったそうで、業者の時は筆談をしてくれる。綺麗な文字で丁寧で解りやすく説明して買い取ってくれるのだ。まだ2回しかやり取りしてないけど、安心感が凄い人。もうミラさん以外の業者に売る気ないもん。
ミラさんから渡された紙を読むと、今日はミラさんの娘エメラルドちゃんと、ミラさんの友人の娘シリンちゃんとマリンちゃんが参加するらしい。三人とも11歳。
「はじめましてリリーおねいさん」
「今日はよろしくお願いします」
シリンちゃんとマリンちゃんが人懐こい笑顔で挨拶してくれた。赤髪赤眼の美少女だ!
「こちらこそよろしくお願いしますっ」
二人は双子で、もう1年前から海中ハンターとして見習いをしているのだそう。えらい! お菓子を貢ぎたくなる。
そしてミラさんの後ろにいるエメラルドちゃんを見る。ミラさん似の美少女だ。先程のすれ違った少女もだけど、この街は美少女率が高いな。
「はじめましてリリーです。今日はいつもと違う人がいて違和感があるかもしれないけど、皆の邪魔はしないからね。その辺にある海草だとでも思って、気にしないでね。よろしくお願いします」
「う、ううん。こちらこそよろしくお願いします」
おお。ひょこっと姿を見せた。
輝くエメラルド色の髪と瞳の、お人形さんだ。
そのお人形さんが私を物凄いガン見してくる。その表情は真剣だ。美少女に見つめられて恥ずかしい。顔くらい洗ってくればよかった。
「あ、ミラ。テリーが、」
「リリーさん! あたしと行こ!」
「え?」
フィックスさんがミラさんに話し掛けた瞬間、物凄い勢いでエメラルドちゃんに手を引かれた。
「あたしの秘密の場所に連れてってあげる!」
「ひみ、えっ?」
「まだマリンにもシリンにも教えてないのよ! でもリリーさんなら教えてあげる!」
必死過ぎる形相に中腰で足を進める。
「リリー。今日は全員、」
「あ、フィックスさん、ちょっと誘われたので行ってきますね。ミラさん、エメラルドちゃんに危険がないようにしますので、」
「早く、早くぅ!」
「ま、待って、行くよ、行くから」
──海に入って胸元まで浸かってきた途端、エメラルドちゃんが潜って私の足首を掴んだ。
ずるっと海に引き摺りこまれた。
おー……引く力がすごいけど、このまま力を抜いていないとエメラルドちゃんの肩がはずれてしまう。
そんな事を考えていたら海底についた。
海面まで4mくらいかな。
「リリーさん、フィックスお兄さんのなんなの?」
エメラルドちゃんが海中で喋った。
……人魚だ。声に魔力が込められている。
「答えて!」
「もご、モガ、もご、ごっ」
うん。話しにならない。
だって海の頂点着てないんだもん。
海上で話そうと地面を蹴ると、エメラルドちゃんが私の肩を掴んで再び海底に追いやってきた。
「苦しいの?」
「もごご、っ」
「人間だもんね。黙っててもあと1分くらいで死ぬんじゃない?」
『あと二時間は大丈夫かなぁ』
「っ、ひ!?」
念話発動。
エメラルドちゃんは瞬時に私から離れて、化け物を見たように自分の肩を抱いた。うん。泣きそ。
「……なんなの? 人間が使う魔法?」
『うん。念話だよ』
「それでフィックスお兄さんをたぶらかしたのね!?」
『念話で男はたぶらかせないと思う』
人魚ですらそんな目を向けてくるんだから、もしこれを他の男にしても怖がられるだけだよ。
「何者よ!」
『人族です』
「……っ、見ればわかるわよ!」
『他国の女で、15歳で、』
「いやぁっ、寄らないでぇ、頭の中に話し掛けないでぇ!」
『落ち着いて、エメラルドちゃん』
参ったな。
真夜中に山菜マスターに変質者扱いされた時のことを思い出した。
私も落ち着こう。焦っちゃだめ。
とりあえず海底に座る。
得体の知れない者は、対峙した者に不気味さと恐怖を与える。
謎だらけの山菜マスターもそうだった。
いや、ビビって私が解ろうとしなかったんだけど。
今のエメラルドちゃんは、あの時得体の知れない者に出会って、ビビってた私に似ている。でもちゃんと何者だと聞いてくれた。このまま逃げることも出来るのに、少しでも自分の不安を取り除こうとしている。若いのにえらいな。逃げた私とは大違いだ。
「黙ってたら解らないじゃない! なにしにこの国に来たの! まさか侵略!? 人間に乗り移った悪魔!?」
あかん。エメラルドちゃんの頭の中で私が酷いことになってる。
『母国で、失敗して逃げてきたの』
「……え?」
『私、家の繁栄の為に好きでもない男性と政略婚しなきゃならなくて、でもその男性は私になんか全然興味がなくて、家の為に必死に努力したんだけど、結局婚約者になれなくて……私ってなんなんだろう、って。物心ついてからご飯も全然美味しくないし、家庭教師をつけられてから寝ても疲れが取れないし』
「…………」
『舞踏会でヘマした帰りに、家路につくまで、このままではどうにもならないと考えたら胃が痛くて、頭も重くて、恐怖に震えていたら意識を失って──一度死んだの』
「…………死、んだ?」
『うん。目覚めたら、心が死んでた。もう心が外に出たくないって叫んでたのに、家に帰ったら家族からもう一度婚約者になれるよう努力しろって圧がかかるし、それが怖くて。本当はもういいって……言って欲しかったんだけど』
そう、アマリリス公爵令嬢の心は大体こんな感じだった。か細くて繊細な彼女はもう、どこにもいない。消えてしまった。前世を思い出してからは、入れかわるように徐々に私の中からいなくなってしまったのだ。
「……家族に、会いたくならない?」
『家出してから、一度家に戻ったよ。そしたら歳の離れた男達の愛人にされそうになったの。それが無理なら病死扱いにするって』
「…………」
『もう、帰りたくないなぁ』
「……それは、帰りたくはならないわね」
『うん』
顔を上げるといつの間にかエメラルドちゃん、私の隣に座ってました。
『そういやシリンちゃんとマリンちゃんも人魚?』
「そうよ。あとアリエルもいるけど……今日は休みよ。怖がりな子なの。凄く泳ぎが得意で、でも遠出したときブラック・キルギスに襲われて……ママが撃退してくれたんだけど……まだ心に傷が残ってるの」
『……』
ブラック・キルギス……。
死神のローブみたいな皮と、足が鎌みたいになっている大型のイカだ。
やっべ。絶対ここに来るときすれ違った美少女がアリエルちゃんだ。装備品でトラウマを再開させてしまった。
「それはそうと、フィックスお兄さんとどういった関係なの?」
『餌付けされてます』
「……リリーさん、フィックスお兄さんに食べられたの?」
『なっ……エメラルドちゃん』
「教えてよ」
『黙秘します』
「っ……ならこうするわ」
む?
海中に波紋がたつ。
耳に金切り声──攻撃されている。
「フィックスお兄さんには、どうしても抱いてもらわないといけないの!」
『は?』
「悪いけどリリーさん! フィックスお兄さんは諦めてもらうわ!」
心臓に向けて大量の水泡攻撃。
シャボン玉のような形をした空気だ。触れると装備品を突き抜けカミソリのように肌を切る。
わぁー……産毛が剃られる。
アマリリス公爵令嬢、ムダ毛はかなりの薄毛だし、金髪だから目立たないんだけど、肌がつるつるになった。
『……エメラルドちゃん……待って、話そう。訳がわからない』
「人間の事情なんて知らない! フィックスお兄さんに抱いてもらわないといけないの!」
『待て待て、こら11歳!』
……いや私もまだ体は15歳だけどさぁ。
いちおう成人年齢だし、しちゃったけどさぁ。
腰にあるスタンガンベルトに手をかけようとして、やめた。
『雷魔法──極擽術』
「きゃああああっっ!?」
『なんだって? 抱いてもらわないといけない? なんで?』
「やめっ、今なにしたの!」
『極擽術──三連』
「きゃあああ、あっっ!」
『エメラルドちゃんの脇に大量の静電気を発生させてます。泣き笑うほど擽ったい?』
「やああっっ! ばかばかああっっ!」
『どうしてフィックスさんに、抱いてもらわないといけないの?』
「っ、はぁはぁ……この魔女!」
『繁殖の為? え。11歳で? ……ちょっとミラさんと話したい』
「うるさいママは関係な──きゃああああっっあははは、やめ、やっ、ひぃ、やああっっ!」
お。いま海中の酸素を集めて息継ぎした。
へぇ。人魚って息継ぎするんだ。
『答えないと次は十倍の30連にします』
「ばっ、殺す気!? 限度ってもんがあるでしょ!」
『口答えしたので300連にします』
「やめっ、そん、人間って馬鹿なの!?」
『公式によると50連辺りから全身に毛虫が這う感触になるそうですよ。そうなると人魚は笑いすぎて涙を流す』
「ィ"いっ、言う、言うから、待っ」
──そこでとんでもない気配がした。
『エメラルド。どうしてリリーを攻撃したの?』
わぉ。フィックスさんの声に魔力と謎の力が込められている。そして全身が凍り付くような怖ぁい声だ。
「…………」
あまりの悪寒に瞬時にエメラルドちゃんと二人して抱き合った。気配は浜辺からだ。殺気じゃない。怒気だ。なのにオワタ感が凄い。
『上がっといで。エメラルド』
ブルブルとエメラルドちゃんが震えている。私も歯がガチガチしてきた。
「フィックスお兄さん……」
『早く。呼ぼうか?』
「っひ」
怒気じゃない、殺気になった。
嫌な予感がして、エメラルドちゃんが地面を蹴り泳いでいこうとした、その動きを無理矢理止めて事情を聞きだした。
「エメラルドのママ……人間に声をあげちゃったの」
『声って……喉仏の骨のこと?』
「う、ん……だからもう寿命が少ないの……声は、人魚の生命の源だから……人間みたいに、風邪もひくし、傷も治りにくいし……ママ……あと1年しかもたないって……テリーさんに言われたの」
『そ、その事とフィックスさんに抱いてもらうのと、なにか関係があるのね?』
「だって……フィックスお兄さん、22個の命を持ってるから……ひとつ……ママにくれたら……テリーさんは、奥さんいるから無理だって断られたし……ぅ、う、わあああぁんっ!」
『…………』
ダメだ。
浜辺から海全体を包みこむように冷気がまわってる。確かこれ海王蛇の技、凍血ですね。人魚だけ殺すとんでもなく怖ぁい攻撃(ゲームでも回復補助役で雇った野良人魚をあっさり始末されたなぁ)。
さっと収納から出した『人魚の歌声(喉仏の骨)』をエメラルドちゃんに渡す。
「………………え」
『喉仏が無いなら浜辺にいるミラさんが一番危ない。これ持ってミラさんに宿してきて。その間は、私がフィックスさんをなんとかするから、はやくっ!』
「……っ、はい」
「おいしっ……ぅう……ふわふわオムレツに肉厚な牡蠣が入ってる! おいちぃよぅ……!」
ようやく解放してくれたフィックスさんが朝ご飯を持ってきてくれた。それから宿の仕事でちょっと部屋を離れたので、一人になった部屋でお上品に食べるのをやめて胃に掻き込んだ。
へっへーん。
天の蜜と神美酒をブレンドした超高濃度栄養ドリンクで酷使した腰も全快した! もう食欲が凄いこと。牡蠣の塩気が卵とバターにマッチしてやめられないとまらない。
「シーフードオムレツ! これはシーフードオムレツだ! 新たな道が見えた! おいちぃよぅ~」
「あぁ……可愛い」
「はぅぇ!?」
見ると部屋の入り口にトレーを手にしたフィックスさん。わぉ。スープまで持ってきてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「さっきミラが言伝にきたよ。海へは5時でいいみたい」
「………そうです、か」
ベットにいる私を見て、なにやら意味深な笑顔が気まずい。皿を持ちながら片手でシーツを引っ張るも、ベットに腰を下ろしたフィックスさんのお尻にシーツを引っ張られた。
「や、寒いからだめぇ」
目に涙を溜めて懇願する。
うん。さっきまで真っ裸でおいちぃよぅ!って唸ってた奴の言動じゃない。それでもフィックスさんは困ったようにシーツをかけてくれた。
「手強いね、リリー」
「……フィックスさん、寝てないのになんでそんなに元気なの?」
「海王蛇は寝ないからね。人魚も寝るのは年に一回くらいじゃない?」
「人間の血も混ざってるじゃないですか」
「うん。だから寝ようと思えば寝れるよ」
そういや言ってた。飲食と宿を兼任していても、暇な時間の方が多いと……。
「……チートだ」
「チーズ? オムレツに入ってるよ」
「うん。美味しい」
寝ようと思えば寝れる、か。
そういや睡眠無効を取得してからあまり眠くない。魔力がカンストしてから更に眠くない。魔力を沢山使えば眠くはなる。あとお腹が一杯になったりその後の昼寝は気持ちいいけど、完全に道楽のようなもの……え。これってまさか。
「リリーも寝てないのに元気だね」
「さっき栄養ドリンク飲んでたの見たでしょ?」
「本当は睡眠必要ないでしょ?」
「……ね、寝ようと思えば、ちゃんと寝れます」
「ふふ」
テンプレ装備No.908
インナー:海の死神スーツ
顔:氷海の水中眼鏡
腰:スタンガンベルト
足:海中歩行靴
オムレツと温かいスープを飲み干し、海中で採取する用の装備に着替えた。ちなみに収納の中で固定しているテンプレ装備なので一瞬で格好が変わる。代わりに身に付けていたものは収納されるが、今は裸体でした。
「美味しかったです! ご馳走さまでした! 行ってきます!」
「あ、昨夜のテリーの言伝があるからね。俺もミラに会っておくよ」
あ、昨夜つたえたテリーさんからの言伝。
『ミラに言っておけと、フィックスに伝えてくれ』という、よく解らない言伝。
てか見た目ダイビングスーツと変わらない装備。目の前で一瞬で着替えたのを見たフィックスさんから驚きがないのにも驚きだが、そんな仕様を普通に晒してる今の自分にも驚き。
「その足首のやつ可愛いね。いつも着けてる」
「これは魔力を回復させる魔導具でして──」
ミラさんと待ち合わせしてる浜辺へ向かいながら、フィックスさんと横並びで歩いていると通りすがりの美少女に「きゃー!」と叫ばれた。
「え」
まだ朝5時前。
早起きな美少女に叫ばれ逃げられた。位置的に私だ。
それに対してフィックスさんはなんの関心も示していない。
今の夢? 少女の幻?
……なんだったんだ?
着いたのは岩場の多い浜辺。
小屋にミラさんと、三人の少女がいた。
お。皆ダイビングスーツみたいなの着てるじゃん。よかった。私も似たり寄ったりな格好だ。
「おはようございます。今日はよろしくお願いいたします」
今日も笑顔が素敵なミラさんにぺこりと頭を下げると、嬉しそうに微笑み返してくれた。
ミラさんは海中ハンター時代、捕獲しようとした獲物の毒を飲んでしまい、それ以来声が出なくなってしまったそうで、業者の時は筆談をしてくれる。綺麗な文字で丁寧で解りやすく説明して買い取ってくれるのだ。まだ2回しかやり取りしてないけど、安心感が凄い人。もうミラさん以外の業者に売る気ないもん。
ミラさんから渡された紙を読むと、今日はミラさんの娘エメラルドちゃんと、ミラさんの友人の娘シリンちゃんとマリンちゃんが参加するらしい。三人とも11歳。
「はじめましてリリーおねいさん」
「今日はよろしくお願いします」
シリンちゃんとマリンちゃんが人懐こい笑顔で挨拶してくれた。赤髪赤眼の美少女だ!
「こちらこそよろしくお願いしますっ」
二人は双子で、もう1年前から海中ハンターとして見習いをしているのだそう。えらい! お菓子を貢ぎたくなる。
そしてミラさんの後ろにいるエメラルドちゃんを見る。ミラさん似の美少女だ。先程のすれ違った少女もだけど、この街は美少女率が高いな。
「はじめましてリリーです。今日はいつもと違う人がいて違和感があるかもしれないけど、皆の邪魔はしないからね。その辺にある海草だとでも思って、気にしないでね。よろしくお願いします」
「う、ううん。こちらこそよろしくお願いします」
おお。ひょこっと姿を見せた。
輝くエメラルド色の髪と瞳の、お人形さんだ。
そのお人形さんが私を物凄いガン見してくる。その表情は真剣だ。美少女に見つめられて恥ずかしい。顔くらい洗ってくればよかった。
「あ、ミラ。テリーが、」
「リリーさん! あたしと行こ!」
「え?」
フィックスさんがミラさんに話し掛けた瞬間、物凄い勢いでエメラルドちゃんに手を引かれた。
「あたしの秘密の場所に連れてってあげる!」
「ひみ、えっ?」
「まだマリンにもシリンにも教えてないのよ! でもリリーさんなら教えてあげる!」
必死過ぎる形相に中腰で足を進める。
「リリー。今日は全員、」
「あ、フィックスさん、ちょっと誘われたので行ってきますね。ミラさん、エメラルドちゃんに危険がないようにしますので、」
「早く、早くぅ!」
「ま、待って、行くよ、行くから」
──海に入って胸元まで浸かってきた途端、エメラルドちゃんが潜って私の足首を掴んだ。
ずるっと海に引き摺りこまれた。
おー……引く力がすごいけど、このまま力を抜いていないとエメラルドちゃんの肩がはずれてしまう。
そんな事を考えていたら海底についた。
海面まで4mくらいかな。
「リリーさん、フィックスお兄さんのなんなの?」
エメラルドちゃんが海中で喋った。
……人魚だ。声に魔力が込められている。
「答えて!」
「もご、モガ、もご、ごっ」
うん。話しにならない。
だって海の頂点着てないんだもん。
海上で話そうと地面を蹴ると、エメラルドちゃんが私の肩を掴んで再び海底に追いやってきた。
「苦しいの?」
「もごご、っ」
「人間だもんね。黙っててもあと1分くらいで死ぬんじゃない?」
『あと二時間は大丈夫かなぁ』
「っ、ひ!?」
念話発動。
エメラルドちゃんは瞬時に私から離れて、化け物を見たように自分の肩を抱いた。うん。泣きそ。
「……なんなの? 人間が使う魔法?」
『うん。念話だよ』
「それでフィックスお兄さんをたぶらかしたのね!?」
『念話で男はたぶらかせないと思う』
人魚ですらそんな目を向けてくるんだから、もしこれを他の男にしても怖がられるだけだよ。
「何者よ!」
『人族です』
「……っ、見ればわかるわよ!」
『他国の女で、15歳で、』
「いやぁっ、寄らないでぇ、頭の中に話し掛けないでぇ!」
『落ち着いて、エメラルドちゃん』
参ったな。
真夜中に山菜マスターに変質者扱いされた時のことを思い出した。
私も落ち着こう。焦っちゃだめ。
とりあえず海底に座る。
得体の知れない者は、対峙した者に不気味さと恐怖を与える。
謎だらけの山菜マスターもそうだった。
いや、ビビって私が解ろうとしなかったんだけど。
今のエメラルドちゃんは、あの時得体の知れない者に出会って、ビビってた私に似ている。でもちゃんと何者だと聞いてくれた。このまま逃げることも出来るのに、少しでも自分の不安を取り除こうとしている。若いのにえらいな。逃げた私とは大違いだ。
「黙ってたら解らないじゃない! なにしにこの国に来たの! まさか侵略!? 人間に乗り移った悪魔!?」
あかん。エメラルドちゃんの頭の中で私が酷いことになってる。
『母国で、失敗して逃げてきたの』
「……え?」
『私、家の繁栄の為に好きでもない男性と政略婚しなきゃならなくて、でもその男性は私になんか全然興味がなくて、家の為に必死に努力したんだけど、結局婚約者になれなくて……私ってなんなんだろう、って。物心ついてからご飯も全然美味しくないし、家庭教師をつけられてから寝ても疲れが取れないし』
「…………」
『舞踏会でヘマした帰りに、家路につくまで、このままではどうにもならないと考えたら胃が痛くて、頭も重くて、恐怖に震えていたら意識を失って──一度死んだの』
「…………死、んだ?」
『うん。目覚めたら、心が死んでた。もう心が外に出たくないって叫んでたのに、家に帰ったら家族からもう一度婚約者になれるよう努力しろって圧がかかるし、それが怖くて。本当はもういいって……言って欲しかったんだけど』
そう、アマリリス公爵令嬢の心は大体こんな感じだった。か細くて繊細な彼女はもう、どこにもいない。消えてしまった。前世を思い出してからは、入れかわるように徐々に私の中からいなくなってしまったのだ。
「……家族に、会いたくならない?」
『家出してから、一度家に戻ったよ。そしたら歳の離れた男達の愛人にされそうになったの。それが無理なら病死扱いにするって』
「…………」
『もう、帰りたくないなぁ』
「……それは、帰りたくはならないわね」
『うん』
顔を上げるといつの間にかエメラルドちゃん、私の隣に座ってました。
『そういやシリンちゃんとマリンちゃんも人魚?』
「そうよ。あとアリエルもいるけど……今日は休みよ。怖がりな子なの。凄く泳ぎが得意で、でも遠出したときブラック・キルギスに襲われて……ママが撃退してくれたんだけど……まだ心に傷が残ってるの」
『……』
ブラック・キルギス……。
死神のローブみたいな皮と、足が鎌みたいになっている大型のイカだ。
やっべ。絶対ここに来るときすれ違った美少女がアリエルちゃんだ。装備品でトラウマを再開させてしまった。
「それはそうと、フィックスお兄さんとどういった関係なの?」
『餌付けされてます』
「……リリーさん、フィックスお兄さんに食べられたの?」
『なっ……エメラルドちゃん』
「教えてよ」
『黙秘します』
「っ……ならこうするわ」
む?
海中に波紋がたつ。
耳に金切り声──攻撃されている。
「フィックスお兄さんには、どうしても抱いてもらわないといけないの!」
『は?』
「悪いけどリリーさん! フィックスお兄さんは諦めてもらうわ!」
心臓に向けて大量の水泡攻撃。
シャボン玉のような形をした空気だ。触れると装備品を突き抜けカミソリのように肌を切る。
わぁー……産毛が剃られる。
アマリリス公爵令嬢、ムダ毛はかなりの薄毛だし、金髪だから目立たないんだけど、肌がつるつるになった。
『……エメラルドちゃん……待って、話そう。訳がわからない』
「人間の事情なんて知らない! フィックスお兄さんに抱いてもらわないといけないの!」
『待て待て、こら11歳!』
……いや私もまだ体は15歳だけどさぁ。
いちおう成人年齢だし、しちゃったけどさぁ。
腰にあるスタンガンベルトに手をかけようとして、やめた。
『雷魔法──極擽術』
「きゃああああっっ!?」
『なんだって? 抱いてもらわないといけない? なんで?』
「やめっ、今なにしたの!」
『極擽術──三連』
「きゃあああ、あっっ!」
『エメラルドちゃんの脇に大量の静電気を発生させてます。泣き笑うほど擽ったい?』
「やああっっ! ばかばかああっっ!」
『どうしてフィックスさんに、抱いてもらわないといけないの?』
「っ、はぁはぁ……この魔女!」
『繁殖の為? え。11歳で? ……ちょっとミラさんと話したい』
「うるさいママは関係な──きゃああああっっあははは、やめ、やっ、ひぃ、やああっっ!」
お。いま海中の酸素を集めて息継ぎした。
へぇ。人魚って息継ぎするんだ。
『答えないと次は十倍の30連にします』
「ばっ、殺す気!? 限度ってもんがあるでしょ!」
『口答えしたので300連にします』
「やめっ、そん、人間って馬鹿なの!?」
『公式によると50連辺りから全身に毛虫が這う感触になるそうですよ。そうなると人魚は笑いすぎて涙を流す』
「ィ"いっ、言う、言うから、待っ」
──そこでとんでもない気配がした。
『エメラルド。どうしてリリーを攻撃したの?』
わぉ。フィックスさんの声に魔力と謎の力が込められている。そして全身が凍り付くような怖ぁい声だ。
「…………」
あまりの悪寒に瞬時にエメラルドちゃんと二人して抱き合った。気配は浜辺からだ。殺気じゃない。怒気だ。なのにオワタ感が凄い。
『上がっといで。エメラルド』
ブルブルとエメラルドちゃんが震えている。私も歯がガチガチしてきた。
「フィックスお兄さん……」
『早く。呼ぼうか?』
「っひ」
怒気じゃない、殺気になった。
嫌な予感がして、エメラルドちゃんが地面を蹴り泳いでいこうとした、その動きを無理矢理止めて事情を聞きだした。
「エメラルドのママ……人間に声をあげちゃったの」
『声って……喉仏の骨のこと?』
「う、ん……だからもう寿命が少ないの……声は、人魚の生命の源だから……人間みたいに、風邪もひくし、傷も治りにくいし……ママ……あと1年しかもたないって……テリーさんに言われたの」
『そ、その事とフィックスさんに抱いてもらうのと、なにか関係があるのね?』
「だって……フィックスお兄さん、22個の命を持ってるから……ひとつ……ママにくれたら……テリーさんは、奥さんいるから無理だって断られたし……ぅ、う、わあああぁんっ!」
『…………』
ダメだ。
浜辺から海全体を包みこむように冷気がまわってる。確かこれ海王蛇の技、凍血ですね。人魚だけ殺すとんでもなく怖ぁい攻撃(ゲームでも回復補助役で雇った野良人魚をあっさり始末されたなぁ)。
さっと収納から出した『人魚の歌声(喉仏の骨)』をエメラルドちゃんに渡す。
「………………え」
『喉仏が無いなら浜辺にいるミラさんが一番危ない。これ持ってミラさんに宿してきて。その間は、私がフィックスさんをなんとかするから、はやくっ!』
「……っ、はい」
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~
プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。
※完結済。
兄様達の愛が止まりません!
桜
恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。
そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。
屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。
やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。
無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。
叔父の家には二人の兄がいた。
そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる