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2部 人魚とチートな彼氏編
15 残滓 〜リリーとアマリリス〜(2部完)
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「──ヒューテック家の人間なのだから」
言葉の端々に重圧と貴族令嬢として生まれた責務を延々と放たれる。お前はヒューテック家の人間なのだから──その言葉が頭痛をもたらす時間が終わりを告げた合図。
「はい。お父様に従います」
舞踏会の帰り、馬車の中で恐怖に震えていた。幼い頃から高度な教育を施され、貴族として死ぬまで抱えなければいけない重圧にも耐えれるようになった。そう思っていた。もう後が無い、それがこんなにも重苦しく、胃の腑を不快と絶望と恐怖が埋めていく。
「ごめんなさい。体調が悪いの。もう少しゆっくり走ってくださらない?」
御者にそうお願いするも、反応はなかった。聞こえていない筈はない。いつもならもう少し静かな声でも応答してくれるのだから。
──ああ、この御者は聡い人間だった。わたしの様子から今日の失態を悟り、もう貴族令嬢として対応する気すらないのだ。
刻一刻と馬車が公爵邸に近付いていく。それにつれ頭痛と吐き気と目眩が増した。前のめりに崩れ落ちそうになるのを、近付いてくる恐怖が許さない。そうでなければもうとっくに体が倒れてしまっていただろう。けれど先に倒れたのは、心の方だった。
次に目を開けた時、わたしはベットにいてシーツにくるまっていた。自分の部屋ではない。見渡す限り何もない、静かな部屋だった。それがやけに心地好い。そっと目を閉じてシーツに頬を押し付けた。
次に耳に優しい声が響いた。侍女の声ではない。高くも低くもない、ただただ優しい声だった。体勢はそのままに、薄目を開けると美しい男性がいた。癖のある黒髪に、夜の月を思わせる金色の目。上半身は裸で、鍛え上げられた肉体がそこにあった。なにも身に付けていない、それがなんて美しい、まるで彫刻のようだと、そこでこれは夢だと思った。
「リリー」
彫刻が動いた、そう思った時には優しく抱き上げられ、わたしを横向きに膝に乗せた。肩にあたたかい素肌が触れる。今頃気付いた。わたしは全身に何も身に付けていない。生まれたままの姿で男性の膝にいた。そこでこれは本当に夢なのだろうと理解した。わたしが消えていく、ゆっくりと霞んでいくのも解った。そのまま抱き締められて頬が男性の胸元に触れる。吸い寄せられるように手を添えた。もう離れられない、夢見心地とはこういうことかと薄れていく思考でぼんやりと考えた。
「それ、好きだね」
顔を上げて男性を見上げたまま、また胸元に頬を寄せる。前髪に唇がおりてきた。吐息をもらして、このまま永遠にこうしていたいと私がわたしに言った。不透明な記憶、自分とひどく似た容姿の女性が頭に浮かび上がってきて、その女性が体験したものがわたしの頭の中に入ってくる。とても楽しい記憶だ。各地で出会った人々とのやり取り。ああ、この男性が呼んだリリーって、貴女のことではないの? わたしを連れ出して、最後に滅一杯楽しませてくれた、わたしではない私。
「……リリー? 凄くぼんやりしているね。もっと寝たい? それともお腹が空いた? 俺、リリーのしたいこと、なんでもするよ?」
なんて過保護な台詞なの。
その甘く切なく優しい声に生まれて初めて頭の中がどろどろになった。
「そんな顔して……もう」
「…………お願いね。"私"を頼みます」
「いいよ」
薄れていく思考をもう保てない。深い安堵に身を沈めて、わたしは永遠の眠りについた。
「パイ包みもお食べ」
「ありがとうございます! んふっ……って悔しい! フィックスさん、浮気したんですよ!」
「可愛い可愛い……それで? 夢でその子が俺になにしてたの?」
「その子がフィックスさんの胸にすりすりしてたんですよ! 私の許可もなく!」
「俺に触れてたの? リリーみたいだね」
「見た目は似てませんでしたよ! 金髪碧眼で裸体のその子に、フィックスさんはデレデレしてたんですから!」
「金髪碧眼で裸体で俺の胸にすり寄ってきたの? ……リリーそっくりだね」
「違いますよ! その子の腰まである金髪が、純金貨を溶かした黄金のように輝いてたんです! まるで女優ライトみたいに! 青い目もっ……なんか、空の色でもないし、海の青とも違ってて……遠くまで吸い込まれるような……神秘的な宇宙を眺めているような、不思議な感覚になる、…………とにかく、可愛い子だったんですよ! だから悔しい! フィックスさん、めちゃデレデレしてた!」
「……腸詰め煮もお食べ」
「ありがとうございます! わぁ、バジルとトマトソース煮だぁ……おいちー。パンにも合う~」
「可愛い。俺とリリーの夢見てたんだね」
違う。
フィックスさんが、若い女の子といちゃいちゃしていた夢だ。まるで情事の狭間みたいな光景だった。目覚めてムキー!としてたら口からお酒の匂いがして、ああそういや昨夜は飲み過ぎたと反省した。行為が終わってからも寝るまでねだってた気がする。あれには強いアルコールが入ってる。だから泥酔して、あんなムキー!とする夢を見たんだ。お酒の飲み過ぎはいけない。
「昨夜の、また飲みたい?」
「……し、しばらく遠慮しときます。いえ、飲み過ぎないようにします」
「可愛いねリリー……もうずっとああしてればよかったのに。俺の指、生まれて初めてふやけたんだよ」
「っ~!?」
ベットでフィックスさんが持ってきてくれたご飯を食べたら、また寝てしまった。
次に起きた時、昼ごはんが運ばれてきた。
あかん。ニートみたいになってきた。
バターたっぷりのパンが美味しすぎる。
とろとろお肉のシチューに顎が喜びで軋む。くうぅ……。肉団子が大きくて柔らかい。わぁ、中に半熟卵が入ってたー。てかこのタレほんと美味しい。
「フィックスさん、私は貴方がいないと本当に生きていけなくなりました。どうしてくれるんですかぁ」
「うん?」
「責任とって下さい」
「いいよ」
やったぁ。
笑顔でばんざーいすると口元のタレを舐めとられた。
「ふふ、奥に俺の匂い……ちゃんとついてる」
「ほぇ?」
「可愛いリリー。大好きだよ」
あかん。頭よしよしされてベットから出たくなくなってきた。ミノムシみたいにシーツにくるまると頬を撫でられた。気持ちいい。頭がふにゃふにゃになってきて、ずっとすりすりしちゃう。
「リリーおねいさぁーん!」
おー、誰だ?
外から凄い発声。
声に魔力が含まれてる。
返事を返そうと口を開けたら首をさわさわされ、フィックスさんの手にごろごろしていたらまた眠くなってきた。くふぅ。気持ちいい。
「リリーは俺の発情期が終わるまで、ここに居るんだよね」
「はぁい……にゃむ」
「嬉しい。リリーのこと、たくさん愛してあげる」
「にゃむ……にゃむ」
あぁ……もう、瞼を開けてられな……。
「おやすみ、リリぃ」
「ごっめーん! アリエル間違ってた! ママに聞いたら発情期って短い第一次と、長めの第二次と、更に長い第三次もあって、全部で30日続くんだってー!」
言葉の端々に重圧と貴族令嬢として生まれた責務を延々と放たれる。お前はヒューテック家の人間なのだから──その言葉が頭痛をもたらす時間が終わりを告げた合図。
「はい。お父様に従います」
舞踏会の帰り、馬車の中で恐怖に震えていた。幼い頃から高度な教育を施され、貴族として死ぬまで抱えなければいけない重圧にも耐えれるようになった。そう思っていた。もう後が無い、それがこんなにも重苦しく、胃の腑を不快と絶望と恐怖が埋めていく。
「ごめんなさい。体調が悪いの。もう少しゆっくり走ってくださらない?」
御者にそうお願いするも、反応はなかった。聞こえていない筈はない。いつもならもう少し静かな声でも応答してくれるのだから。
──ああ、この御者は聡い人間だった。わたしの様子から今日の失態を悟り、もう貴族令嬢として対応する気すらないのだ。
刻一刻と馬車が公爵邸に近付いていく。それにつれ頭痛と吐き気と目眩が増した。前のめりに崩れ落ちそうになるのを、近付いてくる恐怖が許さない。そうでなければもうとっくに体が倒れてしまっていただろう。けれど先に倒れたのは、心の方だった。
次に目を開けた時、わたしはベットにいてシーツにくるまっていた。自分の部屋ではない。見渡す限り何もない、静かな部屋だった。それがやけに心地好い。そっと目を閉じてシーツに頬を押し付けた。
次に耳に優しい声が響いた。侍女の声ではない。高くも低くもない、ただただ優しい声だった。体勢はそのままに、薄目を開けると美しい男性がいた。癖のある黒髪に、夜の月を思わせる金色の目。上半身は裸で、鍛え上げられた肉体がそこにあった。なにも身に付けていない、それがなんて美しい、まるで彫刻のようだと、そこでこれは夢だと思った。
「リリー」
彫刻が動いた、そう思った時には優しく抱き上げられ、わたしを横向きに膝に乗せた。肩にあたたかい素肌が触れる。今頃気付いた。わたしは全身に何も身に付けていない。生まれたままの姿で男性の膝にいた。そこでこれは本当に夢なのだろうと理解した。わたしが消えていく、ゆっくりと霞んでいくのも解った。そのまま抱き締められて頬が男性の胸元に触れる。吸い寄せられるように手を添えた。もう離れられない、夢見心地とはこういうことかと薄れていく思考でぼんやりと考えた。
「それ、好きだね」
顔を上げて男性を見上げたまま、また胸元に頬を寄せる。前髪に唇がおりてきた。吐息をもらして、このまま永遠にこうしていたいと私がわたしに言った。不透明な記憶、自分とひどく似た容姿の女性が頭に浮かび上がってきて、その女性が体験したものがわたしの頭の中に入ってくる。とても楽しい記憶だ。各地で出会った人々とのやり取り。ああ、この男性が呼んだリリーって、貴女のことではないの? わたしを連れ出して、最後に滅一杯楽しませてくれた、わたしではない私。
「……リリー? 凄くぼんやりしているね。もっと寝たい? それともお腹が空いた? 俺、リリーのしたいこと、なんでもするよ?」
なんて過保護な台詞なの。
その甘く切なく優しい声に生まれて初めて頭の中がどろどろになった。
「そんな顔して……もう」
「…………お願いね。"私"を頼みます」
「いいよ」
薄れていく思考をもう保てない。深い安堵に身を沈めて、わたしは永遠の眠りについた。
「パイ包みもお食べ」
「ありがとうございます! んふっ……って悔しい! フィックスさん、浮気したんですよ!」
「可愛い可愛い……それで? 夢でその子が俺になにしてたの?」
「その子がフィックスさんの胸にすりすりしてたんですよ! 私の許可もなく!」
「俺に触れてたの? リリーみたいだね」
「見た目は似てませんでしたよ! 金髪碧眼で裸体のその子に、フィックスさんはデレデレしてたんですから!」
「金髪碧眼で裸体で俺の胸にすり寄ってきたの? ……リリーそっくりだね」
「違いますよ! その子の腰まである金髪が、純金貨を溶かした黄金のように輝いてたんです! まるで女優ライトみたいに! 青い目もっ……なんか、空の色でもないし、海の青とも違ってて……遠くまで吸い込まれるような……神秘的な宇宙を眺めているような、不思議な感覚になる、…………とにかく、可愛い子だったんですよ! だから悔しい! フィックスさん、めちゃデレデレしてた!」
「……腸詰め煮もお食べ」
「ありがとうございます! わぁ、バジルとトマトソース煮だぁ……おいちー。パンにも合う~」
「可愛い。俺とリリーの夢見てたんだね」
違う。
フィックスさんが、若い女の子といちゃいちゃしていた夢だ。まるで情事の狭間みたいな光景だった。目覚めてムキー!としてたら口からお酒の匂いがして、ああそういや昨夜は飲み過ぎたと反省した。行為が終わってからも寝るまでねだってた気がする。あれには強いアルコールが入ってる。だから泥酔して、あんなムキー!とする夢を見たんだ。お酒の飲み過ぎはいけない。
「昨夜の、また飲みたい?」
「……し、しばらく遠慮しときます。いえ、飲み過ぎないようにします」
「可愛いねリリー……もうずっとああしてればよかったのに。俺の指、生まれて初めてふやけたんだよ」
「っ~!?」
ベットでフィックスさんが持ってきてくれたご飯を食べたら、また寝てしまった。
次に起きた時、昼ごはんが運ばれてきた。
あかん。ニートみたいになってきた。
バターたっぷりのパンが美味しすぎる。
とろとろお肉のシチューに顎が喜びで軋む。くうぅ……。肉団子が大きくて柔らかい。わぁ、中に半熟卵が入ってたー。てかこのタレほんと美味しい。
「フィックスさん、私は貴方がいないと本当に生きていけなくなりました。どうしてくれるんですかぁ」
「うん?」
「責任とって下さい」
「いいよ」
やったぁ。
笑顔でばんざーいすると口元のタレを舐めとられた。
「ふふ、奥に俺の匂い……ちゃんとついてる」
「ほぇ?」
「可愛いリリー。大好きだよ」
あかん。頭よしよしされてベットから出たくなくなってきた。ミノムシみたいにシーツにくるまると頬を撫でられた。気持ちいい。頭がふにゃふにゃになってきて、ずっとすりすりしちゃう。
「リリーおねいさぁーん!」
おー、誰だ?
外から凄い発声。
声に魔力が含まれてる。
返事を返そうと口を開けたら首をさわさわされ、フィックスさんの手にごろごろしていたらまた眠くなってきた。くふぅ。気持ちいい。
「リリーは俺の発情期が終わるまで、ここに居るんだよね」
「はぁい……にゃむ」
「嬉しい。リリーのこと、たくさん愛してあげる」
「にゃむ……にゃむ」
あぁ……もう、瞼を開けてられな……。
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