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閑話 ヒューテック家の人々
【夫人】近くて気付かないもの
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「離してちょうだい!」
「いけません奥様。如何なる理由があろうとも、旦那様から外出は禁じられています」
「なら早くあの子を連れ帰ってきてよ! 今頃どこで何をしているか、どうして何も解らないの!?」
どうして……どうして領地に向かうまでに、襲われるようなことがあったの……あの馬車は物理的な攻撃なんて跳ね返す魔法が付与されていたのに。
それにアマリリスも、賊に遅れをとるような柔な子ではなかった。わたくしが幼い頃から兄のように慕っていた辺境伯が、娘が殿下の婚約者に選ばれなかったら、うちで自由に過ごさせるといいと、わざわざ婚約まで打診してアマリリスを欲しがるほど、あの子には魔法の才能もあった。そう……あの子は優秀すぎたのだ。でも……そうさせたのはわたくしで……。
「こんな……こんなことになる前に、領地になんか行かせず、アーロン様に預けるんだった……っ、」
わたくしはラツィオ侯爵家の婚外子で、父からも兄弟からも厄介者扱いされていた。その治癒魔法で家の役に立てと、辺境伯領に奉公に出されたのは10歳の時だった。アーロン様はわたくしを本当の妹のように可愛がってくれて、成人すると同時にお父様から強要された子爵との政略婚も、アーロン様が揉み消してくれた。そしてアーロン様の親友、当時は公爵令息だったガルドラ様との恋を応援してくれた。後ろ盾のないわたくしを気遣って、後見人にまでなってくれて。更には子供が生まれてからもいつでも相談にのると言ってくれた。相談……すればよかった……こんなっ……こんなことになるなら、旦那様の言うことなど聞かずにいれば……アマリリスは殿下の婚約者候補から外れて、襲われることもなく、今ごろ自由気ままに人生を送れていたかもしれないのに!
「違う……っ、全てはわたくしのせいだわ! わたくしが、あの時、あの子を叱って頬をぶったから……!」
アマリリスが5歳になった頃、突発的に口調が変わりおかしな言動をするようになった。食事中いきなり席を立って『テレビつけてよ、リモコンはどこ?』と謎の発言をしたり、夜中に飛び起きて『そういやもうすぐアップデートじゃん!』と謎の発言をしたり、それは行動にも現れるようになった。
ある日のこと、夜中に誰もいない厨房で夏場にも関わらず生の卵を食べていたのだ。『白ご飯はどこ? 醤油がないんだけど』と。急いで口に指を入れて吐かせたものの、翌日アマリリスはお腹を壊し、一日中寝込んだ。二度とするなと強めに注意したが、内心あれほど心配した時はなかった。
言動がおかしくなるといっても、一時的なもので、注意すれば口調もすぐ元に戻っていた。
だからあまり問題視していなかった。
しかしアマリリスの言動がおかしくなり、一ヶ月が経った頃、わたくしは手を降り下ろしていた。
"私のお母さんは貴女みたいな人じゃない。私のお母さんはもっとブ"
ただのいつもの一時的な言動だ、そう流せばよかったのに、その言葉を聞き終える前に、反射的に手を出していたのだ。
"これからは、そんな言動は一切許しませんよ。貴女はヒューテック家の人間なのだから"
アマリリスはショックを受けたように固まって、泣き出して、ごめんなさいと何度も何度も謝った。それは夜中まで続いて、ごめんなさい、生きててごめんなさい、死にます、消えて無くなります、そう泣きながら叫ぶ異常な様子に医者を呼んだ。アマリリスは泣き疲れて気絶するまで、謝るのを止めなかった。わたくしはその時、もしかして自分はとんでもない間違いを犯したのではないかと震えたのだ。
あれ以来、あの子は変わってしまった……突発的な言動はなくなったものの、喜怒哀楽は減り、殻に閉じ籠ったように、家の為だけに行動するようになった。それがどんなに辛いことか、この身に染みて解っていた筈なのに。誰にも相談できずに、それでもアマリリスはどんどん賢くなって、笑顔が消えていった。もういい、少しでも寝て欲しい、もう頑張らなくていい、そう思っても、上手く伝えられなくて、アマリリスはわたくしの言葉に更に反発して勉強に打ち込むようになり、いつも疲れた顔をしていた……わたくしは、何もかも、全てを間違えたのだ。
こんなことになったのも、全てわたくしのせい。わたくしが手を出したあの時、アマリリスの自由な心を殺してしまったに違いない。娘を殺したのだ。娘の心を。わたくしが。
「奥様…………捜査した魔導師いわく、馬車の中には濃厚な魔力の軌跡があり、付与を掻き消した可能性があるそうです。この国には使い手のいない魅了魔法、それに希少な聖属性魔法も……他にも魔法を使った跡が残されていて、その魔力は規格外に高く、それも一人の人物によるものだと判明しましたが、捜査は難航しているのです…………今は師団からの連絡を待ちましょう」
「……ぅう」
あの子が帰ってきたら、……抱き締めてあげたい。あの日のことを、謝りたい……。もう、いいから……好きに生きていい……何を言ったっていい。お願いだから……わたくしの元に帰ってきて……アマリリス。
「いけません奥様。如何なる理由があろうとも、旦那様から外出は禁じられています」
「なら早くあの子を連れ帰ってきてよ! 今頃どこで何をしているか、どうして何も解らないの!?」
どうして……どうして領地に向かうまでに、襲われるようなことがあったの……あの馬車は物理的な攻撃なんて跳ね返す魔法が付与されていたのに。
それにアマリリスも、賊に遅れをとるような柔な子ではなかった。わたくしが幼い頃から兄のように慕っていた辺境伯が、娘が殿下の婚約者に選ばれなかったら、うちで自由に過ごさせるといいと、わざわざ婚約まで打診してアマリリスを欲しがるほど、あの子には魔法の才能もあった。そう……あの子は優秀すぎたのだ。でも……そうさせたのはわたくしで……。
「こんな……こんなことになる前に、領地になんか行かせず、アーロン様に預けるんだった……っ、」
わたくしはラツィオ侯爵家の婚外子で、父からも兄弟からも厄介者扱いされていた。その治癒魔法で家の役に立てと、辺境伯領に奉公に出されたのは10歳の時だった。アーロン様はわたくしを本当の妹のように可愛がってくれて、成人すると同時にお父様から強要された子爵との政略婚も、アーロン様が揉み消してくれた。そしてアーロン様の親友、当時は公爵令息だったガルドラ様との恋を応援してくれた。後ろ盾のないわたくしを気遣って、後見人にまでなってくれて。更には子供が生まれてからもいつでも相談にのると言ってくれた。相談……すればよかった……こんなっ……こんなことになるなら、旦那様の言うことなど聞かずにいれば……アマリリスは殿下の婚約者候補から外れて、襲われることもなく、今ごろ自由気ままに人生を送れていたかもしれないのに!
「違う……っ、全てはわたくしのせいだわ! わたくしが、あの時、あの子を叱って頬をぶったから……!」
アマリリスが5歳になった頃、突発的に口調が変わりおかしな言動をするようになった。食事中いきなり席を立って『テレビつけてよ、リモコンはどこ?』と謎の発言をしたり、夜中に飛び起きて『そういやもうすぐアップデートじゃん!』と謎の発言をしたり、それは行動にも現れるようになった。
ある日のこと、夜中に誰もいない厨房で夏場にも関わらず生の卵を食べていたのだ。『白ご飯はどこ? 醤油がないんだけど』と。急いで口に指を入れて吐かせたものの、翌日アマリリスはお腹を壊し、一日中寝込んだ。二度とするなと強めに注意したが、内心あれほど心配した時はなかった。
言動がおかしくなるといっても、一時的なもので、注意すれば口調もすぐ元に戻っていた。
だからあまり問題視していなかった。
しかしアマリリスの言動がおかしくなり、一ヶ月が経った頃、わたくしは手を降り下ろしていた。
"私のお母さんは貴女みたいな人じゃない。私のお母さんはもっとブ"
ただのいつもの一時的な言動だ、そう流せばよかったのに、その言葉を聞き終える前に、反射的に手を出していたのだ。
"これからは、そんな言動は一切許しませんよ。貴女はヒューテック家の人間なのだから"
アマリリスはショックを受けたように固まって、泣き出して、ごめんなさいと何度も何度も謝った。それは夜中まで続いて、ごめんなさい、生きててごめんなさい、死にます、消えて無くなります、そう泣きながら叫ぶ異常な様子に医者を呼んだ。アマリリスは泣き疲れて気絶するまで、謝るのを止めなかった。わたくしはその時、もしかして自分はとんでもない間違いを犯したのではないかと震えたのだ。
あれ以来、あの子は変わってしまった……突発的な言動はなくなったものの、喜怒哀楽は減り、殻に閉じ籠ったように、家の為だけに行動するようになった。それがどんなに辛いことか、この身に染みて解っていた筈なのに。誰にも相談できずに、それでもアマリリスはどんどん賢くなって、笑顔が消えていった。もういい、少しでも寝て欲しい、もう頑張らなくていい、そう思っても、上手く伝えられなくて、アマリリスはわたくしの言葉に更に反発して勉強に打ち込むようになり、いつも疲れた顔をしていた……わたくしは、何もかも、全てを間違えたのだ。
こんなことになったのも、全てわたくしのせい。わたくしが手を出したあの時、アマリリスの自由な心を殺してしまったに違いない。娘を殺したのだ。娘の心を。わたくしが。
「奥様…………捜査した魔導師いわく、馬車の中には濃厚な魔力の軌跡があり、付与を掻き消した可能性があるそうです。この国には使い手のいない魅了魔法、それに希少な聖属性魔法も……他にも魔法を使った跡が残されていて、その魔力は規格外に高く、それも一人の人物によるものだと判明しましたが、捜査は難航しているのです…………今は師団からの連絡を待ちましょう」
「……ぅう」
あの子が帰ってきたら、……抱き締めてあげたい。あの日のことを、謝りたい……。もう、いいから……好きに生きていい……何を言ったっていい。お願いだから……わたくしの元に帰ってきて……アマリリス。
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