悪役令嬢は嫌なので、放浪して好き勝手します

cqrijy

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閑話 欲深き人魚達

【醜毒】どうにもならないもの

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一層、二層、三層に辿り着いたところで、体の動きが鈍った。海王蛇の寝床は九層を抜けた先にある深層。
四層、五層……海王蛇の寝床に近付くにつれ体に圧が掛かる。目視すら出来ない距離で、前に進めなくなった。

「あら?  またきていたの?」

海底に沈む頭を持ち上げ振り返ると、海王蛇と始祖がいた。

「フィックスはあなたのことが嫌いだって、何度言ったらわかるのぉ?」

肺が押し潰されそうになる。
寝床に近付きすぎた。

「……なにを、妾は高位人魚。古より、海王蛇の番になれる、唯一の人魚、だ……」

なのに、……この仕打ち。
始祖では海王蛇の種を繋ぐことはできぬ。
絶滅を間近に、まだ受け入れぬというのか。

「フィックスの番になりたいのぉ?  でも孵る時を何百年もつけ狙ったでしょう?  知らないでしょうけど、卵の中でも外の状況は視えているのよ。優しい声をかけ続けながら、爪と牙を研いでいたあなたの姿も、フィックスは視ていたのよぉ?」

それがなんだというのだ。
あんな生命力に溢れた食い物の前では、我慢など出来る筈がない。何度も産んで、喰らったのだ。あれを喰う為ならこの世の全てを捧げる。探して、探し求めて、そして数百年前、ようやく見つけた、美毒が産んだ海王蛇の卵。こいつらが邪魔さえしなければ、あの海王蛇はとっくに妾の腹に収まっていた。

「おいフィクサーナ。フィックスに告げたいことがあるんだろう?」
「あ、そうだった!  早く伝えてあげないとね~、きっと喜ぶわっ」

何を……始祖の予言か?
何を視た?  耳を研ぎ澄ませようとしたら、海王蛇に蹴られた。腕と肩が破損する。同時に掛かる水圧を受け止めきれない。遠くまで流されて、別の大陸にぶつかって、ようやく止まった。

命をひとつも失わずに済んだようだ。
なら海王蛇の逆鱗に触れたわけではない。

肩と腕の再生を促す。
何か食べなければ。あぁ。卵が食べたい。あの生命力に溢れた、蛇の肉を。

目の前を通る生物は見境無く口に入れた。目に映るもの全て。そしてようやく破損した部位が再生されたとき、目の前に海王蛇が現れた。

「……なっ、」
「人間だから、地上で暮らすと思うけど、一応ね」


何も見えない。
体を粉々にされた。
命をひとつ失った。


──次に目を覚ました時、既に海王蛇がいた。待ち伏せされていた。何が逆鱗に触れた、そう考える間もなく、体が粉々になった。

最後の命で目覚めた時、また海王蛇がいた。

しかし様子がおかしい。離れた場所にいる。

辺りを見渡すと、たまたま遺跡の中で目覚めていた。命拾いした。海王蛇はこの空間には入ってこれない。安堵と同時に憎悪が軋む。古龍の爪に引き裂かれ、瀕死だった命を、数百年かけて増やした命を、一瞬で奪われた。

「……何故!  このような!」
人間が海で暮らしたいって言うかもしれないからね」
「……な、に」
「純血種の人間は自分の子を喰われないよう護っていたから。だから卵を喰う人魚は消しておかないと」

それは、また、あの卵が喰えると……!

「この遺跡、どうやったら壊せるのかな。ん……別の世界と繋がってるね」
「ああ、この世界を胃に持つ雄、その番の臍の緒だからな。どちらも純血種でこれは無理だ。それより人族は寿命が短い。番にするまであまり時間がないかもしれん。出てきたらやるから、お前は早く探してこい」
「そうだね。早く会いたいな。地上での暮らしも、調べなくちゃ」

人間の番、だと……最後の純血種が選び……卵はひとつしか産まなかった、あの外れ年。それも地上に匿って、海王蛇以外を寄せ付けなかった。あの人間のせいで、古龍による高位人魚の虐殺が始まったのだ。
しかし……のちに人間に育てられた海王蛇は、醜毒までも番にする、警戒心の無さだった。その後の暮らしは、生命力に溢れた食い物が途切れることなく、夢のようだった。
また同じことが起こったら……あれが、あの卵が、また味わえるのだとしたら──そこで遺跡の支柱が僅かに傾き、亀裂から欠片が落ちてきた。この空間に足を踏み入れることが出来ない海王蛇が、肩をぶつけて支柱を倒そうとしていた。

「おいフィックス」
「ふぅん。本当に壊れないんだね」

きびすを返す前に言った海王蛇の言葉に絶望した。

「地上にいても呼べば済むからいいか」

ここから、もう出られないと。

何故。
こんなことに。


それからは、飢えが続いた。
四本の柱で遺跡の屋根を支える、何もない空間。あまりの空腹に牙が伸びた。口を閉じていられない。遺跡の床にある、地下に続く階段を見る。この下には生命の息吹が感じられない。既に途絶えた臍の緒だ。中もカラカラに干からびているだろう。それでも何か、何でもいい、どんな死骸でも、枯れた海草でも、苔でも、砂で、も……。

伸びきった爪で体を引き摺り、遺跡の中に入った。驚くほど何も無かった。階段を降り進めていくだけの空間。月日は経ち、年月を重ね、数万はある段を降りた。そしてようやく階下に辿り着いた。そこは何もない、部屋。真ん中に穴が開いていた。あの穴から、生命の息吹を感じる!  あそこに入れば、あらゆるものが喰える!  そう確信して爪で体を引き摺り、穴の端を掴むと、吸い込まれるように体が落ちていった。

ああ……やっと食い物にありつける。


──次に目覚めた時、四本の柱で遺跡の屋根を支える支柱を見上げていた。

そんな……ただ戻ってきただけ……?


「……い、やだ……ここから出してくれえええ!」
「出たければ、出ればいいじゃない?」
「っ、」


嘲笑うかのように、近くに始祖がいた。生命力に溢れた餌を前に、ただ指をくわえて見ているだけしかできない。ばりばりと爪で喉を掻いて飢えから気を反らす。反らせない。目の前にある、あの生命力に溢れた肉体を喰らいたい。あの時のように、あの始祖を根こそぎ……。

「また……髪を食べて……その柔らかい肉を啜って……骨も、髄も、しゃぶり尽くして……妾の糧にした、い」
「……ほんと、欲深いこと」
「おいフィクサーナ。乙女草は、もっと先にあるぞ。あと数時間で百万の種が芽吹く。俺は周りを見張っていたらいいか?」
「そうねっ。海スイレンのドイリーを編むと決めているから、色と艶はわたくしが直接見て吟味したいのっ!  乙女達が食べに来たら追い払ってね。あ、でも殺しちゃダメよ。乙女達がいるからこそ、乙女草が存在するんだもの」
「ああ、わかった」


……海王蛇は、あの海王蛇は……番はまだ卵を産んでいないのか……早く……早く産め……そして妾の糧になれ。
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