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しおりを挟む※ 血に関する描写があります。
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拍手のような音が鳴り響き。
辺りに反響して、ファンファン・・・と徐々に小さくなっていく。
その音が消えた時。
ドサリ、と重たい何かが落ちる音がした。
恐る恐る、目を開ける。
「ぅわっ!?」
張り続けている【結界】の丸いカーブが、赤く染まっていた。
「大丈夫ですかぁ?」
血塗れの結界の向こう、伝令役の彼はどうしたのか、と慌て。
見ると、あれだけ暴れていた赤熊の身体と思しき物が地に倒れ伏していて。
何が起こったのか分からない、緊迫した空気の中で、おおよそ似つかわしくない、のんびりとした女性の声が聞こえてきた。
ガサリ、と藪の中から現れた人影に、その場にいた全員が身構える。
「あぁ・・・うん、重傷者はいなさそうですし、大丈夫そうですね。」
現れたのは、茶色い布製の帽子を被った猟師スタイルの、スラリとした女性。
身には簡単な防具を纏い、背にはあまり見た事のない形の背嚢を背負っている。
腰には鉈のような刃物だろうか?女性が扱うにしては少々大きめな物が、鞘に入ってぶら下げられている。
違うのは、その手に握られているのが通常猟師が使う弓ではなく、何か棒のような、杖のような物だった。
それに、腰回りのベルトが太く、何か小さな物を入れるのだろうか?細長いポケットのような物がいくつか付いた形状だ。
帽子の中に髪が仕舞われていて分からないが、その瞳が真っ黒なことに思わず息を呑む。
そんな彼女は、躊躇いもなく此方に近寄ってきた。
「手持ちのポーションはありますか?足りなければコレを。」
歩みを止めず、辺りを見渡しながら、背負っていた背嚢をずり下げ、中から琥珀色に輝く液体が入った瓶を数本取り出してくる。
呆気にとられた所為で、自分の【結界】が、頭から音もなく消えていく。
地面に曲線の血糊を残して。
それに構うことなく、彼女は手にしていた瓶を護衛隊長に渡していた。
そうして、テキパキと負傷した護衛騎士達の手当の手伝いに入っていった。
「お嬢さん、ありがとう。儂は、ここスカルペル王国の宰相補佐リック=ゴルドーと申す。こちらの第二王子カイル様が留学先のホーツウェル王国から戻られる所でな。本当に助かった。」
「うわ・・・お貴族様だとは思ってましたが、王子様でしたか・・・私はこのディートリッヒ辺境伯爵領で猟師兼冒険者として活動させて貰ってます、ツバキ、と申します。」
ゴルドー宰相補佐が、女性に向かって胸に手を当て頭を下げた。
女性の方も、ふわりと頭を下げてから自己紹介をしている。
慌てて自分も頭を下げる。
「自分は、スカルペル王国第二王子、カイル=スカルペルです。護衛騎士達の救助、感謝します。・・・ところで、貴女が先程の赤熊を仕留めてくれたのですか?」
自分が張っていた結界と、助けを呼びに行こうとした騎士の間に倒れているのは、巨大な赤熊。
その頭が無くなり、首から血が流れている。
なかなかにグロテスクな光景。
魔法なのだろうか?
火魔法で爆発させるタイプの魔法で、小さめの魔物を爆散させるのは見た事があるが。
しかしあれだけ巨大で凶暴化した赤熊だ。物理攻撃にも魔法攻撃にも耐性が上がっていたから、護衛騎士達もやられた訳で・・・
少し考えを巡らせ、赤熊にやっていた視線をずらし、ふと女性を見ると、少し困った顔をして此方を見ていた。
「えぇ、と・・・あの赤熊は、最近この界隈で暴れ回っていて、冒険者ギルドに討伐依頼も出ていた上級魔獣だったようですので、勝手に介入させていただきました。
とりあえず・・・此処で話すのも何ですし。
ポーションである程度傷は抑えましたけど、怪我された騎士様達もまだ本調子ではないでしょう?一番近い村でもここから馬で30分はかかります。
辺境伯様への伝令を頼むにしても、残る馬ではスピードも出せないでしょうし・・・近くに私の家があります。馬がおりますから、貸し出せます。
また、その間の待ち場所が必要でしょうから・・・粗末な家ではありますが、お嫌でなければ、そちらでお休みになられますか?」
困り顔を取り繕うように、彼女は微笑んだ。
その姿にどきり、とする。
しかし、いったい彼女は何者なのだろう?
先程の頭の下げ方・・・此方が上位貴族である事を理解した状態で、この国界隈の貴族としては、礼の取り方が違う・・・女性のカーテシーでも無く、騎士の左胸に右手を当てた敬礼でもない。
手は身体に自然とそわせたような、背筋がす、と伸びた、腰から頭までが一直線の状態で、腰から折り曲げた姿勢。
綺麗な礼だとは分かるが、何処の国の礼なのか、自分は知らない。
だからといって、貴族との付き合いのある平民上がりの高位冒険者と仮定しても、物腰や言葉使いがやけに丁寧なのが不思議で。
「おぉ、それは助かる。殿下、少し休ませてもらいましょう。」
「っ、あ、あぁ。宜しく。」
「分かりました。では此方に。」
ぼんやりとそんな考えを巡らせていたら、いつの間にやら、彼女の家で休ませてもらう事に。
うん、宰相補佐、話が早い。
と、なると、赤熊の処遇だが。
魔獣は死ぬと、体内の魔石はそのままに、体内の魔素が放散され、身体は普通の獣に戻る。
だから、普通の獣として処理ができる。
すると、彼女の方から話を持ち出してきた。
「あのぅ、赤熊は、我が家で解体しても構いませんか?差し出がましいのですが・・・熊の胆をいただきたいのです。それ以外は全てお渡しします。」
「何を言う。我々の命を救ってくれたのだ。寧ろ貴女に熊の全権利を渡すべきだろう。殿下、構いませんな?」
「あぁ、構わない。我々を助けてくれ、しかも家に滞在させて貰うんだ。それでも足りないんじゃないかな。一先ずの対価とさせてもらっても?」
「うわ、そんな多すぎるくらいです。でしたら、魔石はお渡ししますし、何かお食事も提供しますね。」
ホーツウェルの聖女のアレコレがあった所為も有るけれど、彼女の謙虚な姿勢に好感を持つ。
王子を助けたんだから、もっと強請ったっておかしくは無いのに。
あれだけの魔獣化した赤熊だから、きっと魔石も大きく、換金したら結構な額になるはず。
それすら断り、我々の食事の事まで考えてくれるなんて。
熊の胆が貰える、と、ぱぁ、と嬉しそうにほころんだ彼女の表情に、また、どきりとする。
眉毛もまつ毛も黒い。
あの帽子の中に仕舞われている髪も黒いのだろうか?
そんな妄想をしてしまう。
そうしているうちに支度が終わり。
逃げてしまった馬もいる為、怪我の酷い騎士達を馬車に乗せ、動ける者は徒歩で移動を開始した。
あの赤熊は、彼女が背嚢から取り出した収納袋に仕舞われた。
しかし。
あの大きさが入ってしまう収納袋なんて・・・あれって失われた技術で、遺跡とかから発掘されるような結構な代物だと思うのだが、何で持っているんだろう?
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