闇堕ち聖女の軌跡

柴田 沙夢

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琥太郎くんの後ろ姿を見送っていたら、いきなり地面が揺れた。
自分の身体が、ドロドロに溶けたアスファルトに沈んでいく。
底無し沼に落ちていく感覚。



「琥太郎くん!!」



助けて!



彼が振り向こうとして、私が手を伸ばした時には、既に視界が真っ黒になってしまった。







気絶していたのか、冷たい床に倒れている感覚があった。
ざわりざわりと、周りで騒いでいる音が聞こえた。



『・・・成功したぞ!』

『伝承通りの黒髪だ!』



そんな声が耳に入ってきた。
床に触れていた右の手のひらを少し動かしてみる。
ざり、と触れた感触は、アスファルトのものではなくて。
ゴツゴツとした石畳のようなものだ。

ゆっくり目を開けて、むくり、と身体を起こした。
騒めきの方向を見ると、何人ものローブ姿の人達がこちらを見ている。

その人垣の真ん中が割れ、奥から仰々しい格好をした、リアル王子様的な人が現れた。



「よくぞ参られた、『聖女』よ。私はルークサンドラ王国第一王子、セイル=ルークサンドラと申します。」



ーーー は?



煌びやかな格好で、私の目の前に跪く、とてつもないイケメン。



「まずは、謁見の間までお越し下さいませ。其方で事情をお話します。」

「ちょっ・・・っ?」



有無を言わさず腕をとられ、立ち上がらせる。
よく分からないままに冷たい石の間から連れ出されていった。



***


連れ出された豪華なホールには、少し高い位置に座る、如何にも偉そうな王様に、着飾ったお妃様。
そして、大勢の煌びやかな格好の人達が、ホールの両端に並んでいる。

私を連れてきたリアル王子様は、私の横に立ち、『聖女召喚がうまくいった』と告げた。
途端にホールが歓声に包まれた。

意味不明なまま突っ立っていると、目の前の王様は、この国、この世界の事情を勝手に話し出した。

曰く、魔族の王・・・魔王が支配する魔の国から、魔獣がけしかけられ、人族の国々が脅かされている。
そのため、私の隣に立つ王子が勇者として、魔王討伐に出る、と。

そして、私は・・・異世界から呼び出された女性は『聖女』として、勇者を助けるのだそう。
とにかく、聖魔法に長けた存在という伝承があるのだとか。

もう、前を見ても、周りを見ても、断るなんてできない雰囲気で。

でも。



『桜、じゃぁな。明日。』



琥太郎くんの声が、耳の奥に残る。

会いたい。

一生懸命作ったチョコ、まだあげてない。
ありがとうって。
大好きって。
ちゃんと言葉にしてない。



「聖女殿、お力添えいただけるな?」



断る事を許さない、王様の声がホールに響いた。



「大丈夫ですよ、陛下。聖女様は慈悲深きお方です。」



私の事を何も知らないくせに、金ピカな王子が、勝手に応える。



「なんて、まぁ、お優しいのかしら!」



ゴテゴテと余計な飾りがついたドレスに身を包んだお妃様が、嘘くさい涙を浮かべる。

足が震えて、今にも崩れ落ちそうだけど。
琥太郎くんは、ココにいなくて。
私は息を吐いて、お腹に力を入れた。



「・・・私は帰れるんですか?」



私の発言に、場内の空気が固まった。




「・・・あ、あぁ。帰る術はあるのだが・・・」



急に、王様の歯切れが悪くなる。
・・・あぁ、コレは。



「いかんせん、魔王を倒すしか、その術はないのだ。魔王城に、帰還に繋がる魔法陣があるらしくてな。」



また、急に王様が、饒舌になった。

あぁ・・・コレは、ダメなやつだ。

この人達は、搾取するのが当たり前な人達だ。
自分達の思いのために、他人を使い捨てる人の目だ。

他人と比べて、馬鹿にして虐めて、マウントとっていた、仮初の友人あのこ達と一緒だ。

・・・きっと、この人達は、元の世界に帰る方法なんて知らない。
今の話だって、口から出まかせだろう。

涙が溢れそうになって、ぎゅ、と目をつぶる。



ーーー 負けない。絶対に帰る。



知らず知らずのうちに、下唇を噛みしめた。



『桜は、頑張り屋さんだもんな。』



まぶたの裏に、琥太郎くんのはにかんだ笑顔が見えた気がして。
崩れ落ちそうな私を、支えてくれる気がした。


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