2 / 40
1
しおりを挟む琥太郎くんの後ろ姿を見送っていたら、いきなり地面が揺れた。
自分の身体が、ドロドロに溶けたアスファルトに沈んでいく。
底無し沼に落ちていく感覚。
「琥太郎くん!!」
助けて!
彼が振り向こうとして、私が手を伸ばした時には、既に視界が真っ黒になってしまった。
*
気絶していたのか、冷たい床に倒れている感覚があった。
ざわりざわりと、周りで騒いでいる音が聞こえた。
『・・・成功したぞ!』
『伝承通りの黒髪だ!』
そんな声が耳に入ってきた。
床に触れていた右の手のひらを少し動かしてみる。
ざり、と触れた感触は、アスファルトのものではなくて。
ゴツゴツとした石畳のようなものだ。
ゆっくり目を開けて、むくり、と身体を起こした。
騒めきの方向を見ると、何人ものローブ姿の人達がこちらを見ている。
その人垣の真ん中が割れ、奥から仰々しい格好をした、リアル王子様的な人が現れた。
「よくぞ参られた、『聖女』よ。私はルークサンドラ王国第一王子、セイル=ルークサンドラと申します。」
ーーー は?
煌びやかな格好で、私の目の前に跪く、とてつもないイケメン。
「まずは、謁見の間までお越し下さいませ。其方で事情をお話します。」
「ちょっ・・・っ?」
有無を言わさず腕をとられ、立ち上がらせる。
よく分からないままに冷たい石の間から連れ出されていった。
***
連れ出された豪華なホールには、少し高い位置に座る、如何にも偉そうな王様に、着飾ったお妃様。
そして、大勢の煌びやかな格好の人達が、ホールの両端に並んでいる。
私を連れてきたリアル王子様は、私の横に立ち、『聖女召喚がうまくいった』と告げた。
途端にホールが歓声に包まれた。
意味不明なまま突っ立っていると、目の前の王様は、この国、この世界の事情を勝手に話し出した。
曰く、魔族の王・・・魔王が支配する魔の国から、魔獣がけしかけられ、人族の国々が脅かされている。
そのため、私の隣に立つ王子が勇者として、魔王討伐に出る、と。
そして、私は・・・異世界から呼び出された女性は『聖女』として、勇者を助けるのだそう。
とにかく、聖魔法に長けた存在という伝承があるのだとか。
もう、前を見ても、周りを見ても、断るなんてできない雰囲気で。
でも。
『桜、じゃぁな。明日。』
琥太郎くんの声が、耳の奥に残る。
会いたい。
一生懸命作ったチョコ、まだあげてない。
ありがとうって。
大好きって。
ちゃんと言葉にしてない。
「聖女殿、お力添えいただけるな?」
断る事を許さない、王様の声がホールに響いた。
「大丈夫ですよ、陛下。聖女様は慈悲深きお方です。」
私の事を何も知らないくせに、金ピカな王子が、勝手に応える。
「なんて、まぁ、お優しいのかしら!」
ゴテゴテと余計な飾りがついたドレスに身を包んだお妃様が、嘘くさい涙を浮かべる。
足が震えて、今にも崩れ落ちそうだけど。
琥太郎くんは、ココにいなくて。
私は息を吐いて、お腹に力を入れた。
「・・・私は帰れるんですか?」
私の発言に、場内の空気が固まった。
「・・・あ、あぁ。帰る術はあるのだが・・・」
急に、王様の歯切れが悪くなる。
・・・あぁ、コレは。
「いかんせん、魔王を倒すしか、その術はないのだ。魔王城に、帰還に繋がる魔法陣があるらしくてな。」
また、急に王様が、饒舌になった。
あぁ・・・コレは、ダメなやつだ。
この人達は、搾取するのが当たり前な人達だ。
自分達の思いのために、他人を使い捨てる人の目だ。
他人と比べて、馬鹿にして虐めて、マウントとっていた、仮初の友人達と一緒だ。
・・・きっと、この人達は、元の世界に帰る方法なんて知らない。
今の話だって、口から出まかせだろう。
涙が溢れそうになって、ぎゅ、と目をつぶる。
ーーー 負けない。絶対に帰る。
知らず知らずのうちに、下唇を噛みしめた。
『桜は、頑張り屋さんだもんな。』
まぶたの裏に、琥太郎くんのはにかんだ笑顔が見えた気がして。
崩れ落ちそうな私を、支えてくれる気がした。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
包帯妻の素顔は。
サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる