闇堕ち聖女の軌跡

柴田 沙夢

文字の大きさ
20 / 40

19

しおりを挟む



「・・・ティグレ、さん?」

「おぅっ!」


サムズアップに、いい笑顔。
にわかには信じられなかった。

謝りたかった人が、目の前にいて。
こんなに都合よく、助けてくれるなんて。

でも、でも・・・



「ごっ・・・ごめん、なさいっ・・・!」

「ん?何がだ?」

「だって、私、わたしっ・・・諦めた、の・・・あっちに帰ること・・・それ、に、魔王に・・・この、世界の破滅を、願っちゃった、から・・・」

「大丈夫・・・ぜーんぶ分かってるから。安心しろ、な?」



彼は、ぼろぼろと泣き出した私の頭を、その大きな手で撫でてくれた。



「上級冒険者の拳闘士ティグレだと!?何故貴様がここに居る!!」

「何よ!魔王と繋がってたの!?この人族の裏切り者がっ!」



すると拳闘士と女魔法使いが、怒りを露わにして叫んだ。



「ハァ?別に?裏切りも何も、そもそも俺、人族じゃねェからな。」

「なっ?!」



ティグレさんはそう言うと、ふっ、とお腹に力を入れるようにして、少し前屈みの姿勢になる。

ぐぐ、っと身体が膨らむような感じがすると、ボン、と音を立てて、ティグレさんの姿が変わった。



「あな、たは・・・」



目の前に現れたのは、身体は2メートルくらいのがっしりとした体格に、虎柄の長い尻尾。
そしてキラキラと光る金髪から丸っこい耳を生やした、綺麗な琥珀色の瞳の強面さん。



「き・・・貴様っ!」

「『獣王 ティーガ』だとっ!!何故生きてる!」

「あぁ。獣人の生命力はハンパないから。それになァ、冒険者のティグレは、俺が人族の国で活動する時の人化した姿だからなァ。」



驚愕する剣士と拳闘士。
それはそうだ。
魔族である獣人が、それも『獣王』が人に変身して、人族の中で活動しているなんて。



「ふふ・・・そんな大事なことバラしていいのぉ?上級冒険者が魔族だったなんて、私達を騙していたって事じゃない!でもこの情報で、もうアナタの信用は地に落ちたわ!諜報活動も出来なくなる。ソコの裏切り者の聖女を助けるために、馬鹿な事したわねぇ。」



女魔法使いが、ワザと煽るような言葉を選んで、獣王を挑発する。

・・・そうだ、私の所為で、彼は秘密を明かしてしまったんだ。



「ティ・・・グレ、さん?」



どう償えば良いかわからず、とにかく謝ろうとしたけど。
彼を、なんて呼んでいいかも分からなくなって。
たどたどしく、冒険者名で呼んでしまった。
でも、彼は気にする事なく笑顔を向けてくれた。



「ん?どしたァ?・・・あぁ、“サクラ”が気に病むようなことは、何にもないさァ。俺が人化して活動してることなんか、パーティーメンバーはともかく、冒険者ギルド職員や各国のお偉方には周知の事実だからな。」

「はぁ?!」

「何ですって!?」



次から次へと新事実すぎて、頭がパニックになってきた。
渦中の彼は、大したことじゃない、と言った風で話を続けた。



「むしろ、この話を知らないのは、ソコの馬鹿勇者の母国の《ルークサンドラ》と、あとは、ずっと鎖国状態の《サイハー》、この2国くらいだから。
魔獣の活性化の所為で、魔族の国側だけでなく、人族側の国にも影響が出ていたからなァ。何年も前から、獣人達は人化の術で、人族と共闘している。
だから今回、《ライトリクス》を通った時に、そこの馬鹿勇者と剣士は、ライトリクス国王から説明忠告されただろ。『魔族と仲良くやってんのに、引っ掻き回すんじゃねぇ』ってよ。聞いてなかったのか?」

「ふざっけるな!何がっ魔族と共闘だ!?あんな人族の面汚しどもに何故従う必要がある!」



ティグレさんに殴られ、闘技場の壁まで吹っ飛ばされていた勇者が、瓦礫の山から立ち上がり、彼に襲い掛かった。
しかし、ティグレさんは剣の軌道を籠手で受け止め、そのままなぎ飛ばした。



「別に?お前等は従う必要ないさ。サル山のサルのように自国で勇者ゴッコやってる分は好きにすりゃいい。ただ、そのお遊びに他国を巻き込むんじゃねぇって事と・・・召喚なんて、非人道的な行いで、人の人生狂わせんじゃねぇ。ってこった。」



ぐわり、と殺気が辺りに広がった。
私達が戦った時と全然違う、魔王と対峙した時のような・・・いや、それよりも、もっと強い殺気。
最初の戦いで、これを受けていたら、絶対に勝てなかった、くらいに。

濃密な殺気に当てられた剣士と拳闘士は青ざめ、女魔法使いはガタガタと震えていた。
勇者は・・・表情が抜け落ちたように呆然としていた。

しばらくそのままで、勇者達4人を眺めていたティグレさんは、くるり、と私の方を向いた。



「なぁ、“サクラ”。祖国と切り離され、こんなクズで馬鹿な奴等に虐げられてもなお、矜恃を捨てず、抗うその姿勢。俺は、君の魂の強さと美しさに、魅了されてしまったんだ。
・・・せめて、君の故郷に帰還する術が見つかるまででいい。どうか俺と一緒にいてくれないか?」



そう言って、ティグレさんは、私の前に跪き。
うやうやしく私の左手をとると、まるで物語の騎士のように、手の甲に口付けた。

琥珀色の目が細められた甘い笑顔で見上げられ、私の顔が、ぽふん、と音を立てたんじゃないかと思うほどに、熱くなった。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

答えられません、国家機密ですから

ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...