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その2
しおりを挟む部屋には2人しかいないのに、無性に恥ずかしくてためらっていると、ティグレさん姿の琥太郎くんは、わざと金魚みたいに口をパクパクさせて、催促してくる。
うぅ・・・女は度胸。
恐る恐るトリュフチョコを一粒摘んで、開いた口の中に放り込んだ。
「どぉし・・・ぴゃっ!?」
目を閉じてもぐもぐしていて、何にも言わないから。どうしていいか分からなくて。
彼の顔の前に、トリュフを摘んでいたときのままの指があって・・・
急に目をあけた彼に、ココアパウダーのついた指先をペロリ、と舐められた。
「ん、おいし。」
そう言って、目尻を下げながら、自分の唇を舌で舐めたティグレさんが色っぽすぎて。ドキドキする。
「桜も、食べな。」
ティグレさんの無骨な指が、チョコを摘んで、私の口に押し付ける。
おずおずと口を開けると、コロンとチョコを押し込められた。
ほろ苦いココアパウダーと、少し洋酒を効かせたビターチョコの味が口の中に広がる。
琥太郎くんはあまり、甘ったるいのが好きじゃ無かったから、ビター系にしたんだった。
口を閉じてもぐもぐしていると、ふに、と、唇に人差し指が触れた。
そっと離れた人差し指を追っていったら、その指先をまたペロリと舐める。
その瞬間、ぱちり、と目が合った。
その瞬間、心臓が跳ね上がり、顔に熱が篭った。
「・・・かわいい。」
「ふにゃっ!?」
そう言って、彼は、今度は私の唇をペロ、と舐めて。
軽いキスをしてきた。
「ん、甘い。」
「な・・・なんで、」
彼の色っぽさに、混乱する。
だって、経験ないって・・・
「あ。」
「ん、どうした?」
ちょっと考えて、出た結論に、私自身が嫉妬した。
「・・・なんで、そんなに、手慣れてるの?」
「は?」
きょとん、とするティグレさん。
「だって・・・琥太郎くんは、経験なかったんでしょ?なのに、そんな、余裕あるから・・・て、コトは、やっぱり、ティグレさんでは経験済ってこと、でしょ?」
「うわぁ、ソコ突いてくる?」
甘い空気が霧散して。
彼の眉が、困ったように下げられた。
「・・・うーん。確かに、“獣王ティーガ”や“冒険者ティグレ”としては、経験はある。」
「やっぱり。」
何だろ、なんかわかんないけど、胸がモヤモヤする。
時々、冒険者のおねーさんとかが、ティグレさんに色っぽい話してるの知ってるし。
・・・てか、そーゆー人達が関わりがあったこと、私に仄かしてきたことあったし。
その後、ティグレさんやアイザックさんにごまかされたし。
思い出したら、じんわりと、涙目になってしまった。
「あぁ・・・ごめんな、桜。桜に会う前は、戦いがあったり、討伐に出向いて、滾ってしまって。発散するのに娼館を使ったことも、ある、し。女性冒険者と、関係したことも、ある。」
獣王という立場だったり、冒険者として滾ったりして処理が必要とか・・・仕方ないって分かってるけど。
「うぅ、でも、な、桜と出会ってから、俺、1回もシてないんだよ。」
「ふぇ?」
「言い訳じみて、信じてもらえないと思うけど。桜に会ってから、桜以外への衝動が無くなったんだ。琥太郎の時と一緒で。」
困り顔のまま、彼は私に懇願する。
信じてはいるのに、引っ込みがつかなくて。
「どうしようか・・・どうすれば、桜は安心できる・・・あ、そうだ。」
そう言って、手に持っていたチョコレートの箱をテーブルに置くと、彼はおもむろにネックレスを外し、そこにぶら下げられていた指輪を取った。
それを左手の小指に嵌めて、魔力を込めた。
ずず・・・と、ティグレさんの姿が変化する。
「・・・えっ?」
「どう?」
ティグレさん姿の時の茶色い髪が、みるみるうちに黒く変わる。
欧米人のような彫りの深い顔立ちが、日本人様になって・・・
「う、そ。」
そこに居たのは、紛れもない、『高校2年生の“臼井 琥太郎”』。
私の記憶の中にある、最後の琥太郎くんの姿。
でも、すこーしだけ、違和感。
「ん・・・、ちゃんと変化できたな。・・・ね、桜。臼井琥太郎から、やり直させて、くれ。」
「ど、した、の。」
「ん?グラハムに、『変幻の指輪』を作ってもらった。諜報部隊で、別人になりすます任務が出た時になんかに使われる奴なんだけど・・・自分の思うように姿を変化出来るんだ。・・・それでも、瞳の色だけは無理なんだけどさ。」
よく見ると、琥太郎くんの姿に、琥珀色の瞳の色。
違和感の正体が分かったけど。
でも、これはこれで安心する。
くす、と笑ってしまった私を見て、嬉しそうに眦を下げた彼は、また、口を開けた。
「この姿になるの、も少し後にしようと思ってたが・・・喜んでくれて良かった。・・・ね、桜。君以外欲しがらなかったご褒美に、チョコ、ちょーだい?。」
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