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2章
5話 本当に大切にしてくれる人(3)
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お父さんの言葉を聞いてから自宅マンションに戻るも、何か決断できたかというと、そうでもない。
今まで恋愛って自分が相手を好きかどうかが大事なんじゃないかって思っていた。
必要とされていて、自分はそれに応えたいと思ってる。
それでいいんじゃないかって。
(でもお父さんの言葉を聞いたら、私の考えって偏ってるのかなって思えてきた)
大好きな紅茶を淹れて香りを楽しもうとしたけれど、今日はなんだか気持ちが上がらない。
「私を最優先にしてくれる人……か」
そんな人がお父さん以外でこの世にいるんだろうか。
母からも一番にはしてもらえなかったのに。
「うーん……」
なんだかどんどん落ち込みが深くなってきた。
窓の外も暗くなって、部屋も冷えてきている。
「とりあえず、答えを出すのはもう少し先ってことにしよう」
頬を軽く叩いて席を立ち、風を通すために開けていた窓をきっちり閉めた。
そこから見える、見慣れたはずの夜景にしばし目をとめる。
「引っ越してきた時は、毎日感動してたのにな」
慣れたら飽きる。当たり前になる。
それは知っているけれど、だからって恋人を振るっていうのは違う気がする。
正解が何か。
いつだってそれを探ろうとしてしまう。
間違えちゃいけない。
裏切っちゃいけない。
約束は守らなくちゃいけない。
私は常に、こんな自分の中に育った決まり事を「クリアしているのか」って確かめて生きている。
タカちゃんから離れられない理由を考えてみる。
「愛してるのかな……どうだろう」
酷い話だけれど、失って後悔するのが怖いというのがある。
あと、彼の困ったところも全部愛さなくちゃって思いもある。
それでこそ本当の愛なんじゃないかって。
で、いずれ「この人でやっぱり良かったんだ」って思いたい。
「やだ。まるで自分が失敗することだけが怖いみたい」
自分の見たくないエゴを垣間見た気がして、私は慌てて頭を振ってカーテンを閉めた。
(お父さんがせっかくアドバイスしてくれたし、次のデートでは少し冷静に観察してみようかな)
とりあえず、タカちゃんが私にとってどんな存在なのか。
しばらくは、それを確かめてみようと思ったのだった。
*
数日後の金曜日。
土曜日にタカちゃんのデートを控えていた私は、いつもより肌の手入れなど念入りにしていた。
鋭い瑞樹さんがそれに気づかないわけがなく、ランチタイムの時にふっと私の顔を見つめた。
「今日何かあるの?」
「どうしてですか」
「ファンデのノリがいいし……相当スキンケアしたでしょ」
「あ、わかりますか?」
小鼻や頬など、ファンデを乗せると毛穴が目立ちそうなところを特に丁寧にパックしたりした。
それに気づいてもらえるのは素直に嬉しい。
「さすが瑞樹さんですね」
「恋人の変化はすぐにわかるよ。当然でしょ」
「っ」
さらっと言われた言葉に、不覚にもドキッとしてしまう。
「それは、契約上のことですよね」
「今のところは、ね」
その綺麗な笑みにグラリときそうになるけれど、彼の美しさに負けてはいけない。
(結婚前提で付き合うって、そんな簡単なことじゃないんだから!)
2人の間だけでの契約。
だから誰にも問われることもないし、瑞樹さんも言うほど恋人らしく接してきているわけでもない。
なのにドキッとさせられるとは。
やっぱり瑞稀さんの所作から発せられる言葉まで……与えられる影響が大きい。
(でもやっぱり契約上の恋人なんだ。それを忘れちゃいけない)
元々恋人は作らない主義の人なのだ。
私の考えている愛し合うような関係性を求めているわけじゃない。
(本気になったら傷つくのは私のほうだ)
私は気持ちを入れ替えるように小さく息をついてから、話題を変えた。
「あの、帰りにお花を買っていいですか」
「いいけど。陽毬の部屋に持って帰るまでにしおれない?」
「いえ。瑞樹さんの机に飾ろうと思って」
「俺の?」
綺麗には片付いているけれど、どこか寂しい瑞樹さんのデスク。
そこに赤い薔薇があったら映えるなあといつも思っていた。
でも瑞樹さんは、この申し出に嬉しそうな顔はしなかった。
「俺の机に花は必要ない。花が好きなのは陽毬でしょ」
「もちろん好きですけど」
「なら君が好きな花を、自分の机に飾りな?」
「あ……はい」
決して突き放す感じではなく、瑞稀さんは普通にそう告げた。
途中、車を降りて花を買うのにも付き合ってくれた。
「色はどういうのがいいの」
「ピンクとか……黄色かな?」
「じゃあこれと、これと……」
私の好みを聞いて花をチョイスし、小さなブーケを仕上げてくれた。
「どうぞ」
「えっ、私が払いますよ」
「お花くらいプレゼントさせてよ。机に飾るなら俺も見るしね」
ニコリと微笑み、ブーケを無理に手渡してくれる。
瞬間、ふんわり漂ってくる薔薇の香りが胸を熱くした。
(何これ……涙が込み上げる……)
「ちょっと、ブーケくらいで泣かないでよ」
「だって嬉しくて」
珍しく瑞稀さんは戸惑った様子で、私の頭をぎこちなく撫でてくれた。
「まいったな……これから先何回泣かせるかわかんないよ」
「ぐす……泣かせる?」
「喜びのハードルが低すぎるんだよ、陽毬は」
瑞稀さんはくすくすと笑って、路肩に留めていた車に合図をした。
そして戻ってきた車のドアを開け、私に先に乗るよう目くばせする。
「足元気をつけて」
「あ、ありがとうございます」
大袈裟なほど丁寧に扱われ、私はブーケ片手にお姫様になった気分で会社に戻ったのだった。
今まで恋愛って自分が相手を好きかどうかが大事なんじゃないかって思っていた。
必要とされていて、自分はそれに応えたいと思ってる。
それでいいんじゃないかって。
(でもお父さんの言葉を聞いたら、私の考えって偏ってるのかなって思えてきた)
大好きな紅茶を淹れて香りを楽しもうとしたけれど、今日はなんだか気持ちが上がらない。
「私を最優先にしてくれる人……か」
そんな人がお父さん以外でこの世にいるんだろうか。
母からも一番にはしてもらえなかったのに。
「うーん……」
なんだかどんどん落ち込みが深くなってきた。
窓の外も暗くなって、部屋も冷えてきている。
「とりあえず、答えを出すのはもう少し先ってことにしよう」
頬を軽く叩いて席を立ち、風を通すために開けていた窓をきっちり閉めた。
そこから見える、見慣れたはずの夜景にしばし目をとめる。
「引っ越してきた時は、毎日感動してたのにな」
慣れたら飽きる。当たり前になる。
それは知っているけれど、だからって恋人を振るっていうのは違う気がする。
正解が何か。
いつだってそれを探ろうとしてしまう。
間違えちゃいけない。
裏切っちゃいけない。
約束は守らなくちゃいけない。
私は常に、こんな自分の中に育った決まり事を「クリアしているのか」って確かめて生きている。
タカちゃんから離れられない理由を考えてみる。
「愛してるのかな……どうだろう」
酷い話だけれど、失って後悔するのが怖いというのがある。
あと、彼の困ったところも全部愛さなくちゃって思いもある。
それでこそ本当の愛なんじゃないかって。
で、いずれ「この人でやっぱり良かったんだ」って思いたい。
「やだ。まるで自分が失敗することだけが怖いみたい」
自分の見たくないエゴを垣間見た気がして、私は慌てて頭を振ってカーテンを閉めた。
(お父さんがせっかくアドバイスしてくれたし、次のデートでは少し冷静に観察してみようかな)
とりあえず、タカちゃんが私にとってどんな存在なのか。
しばらくは、それを確かめてみようと思ったのだった。
*
数日後の金曜日。
土曜日にタカちゃんのデートを控えていた私は、いつもより肌の手入れなど念入りにしていた。
鋭い瑞樹さんがそれに気づかないわけがなく、ランチタイムの時にふっと私の顔を見つめた。
「今日何かあるの?」
「どうしてですか」
「ファンデのノリがいいし……相当スキンケアしたでしょ」
「あ、わかりますか?」
小鼻や頬など、ファンデを乗せると毛穴が目立ちそうなところを特に丁寧にパックしたりした。
それに気づいてもらえるのは素直に嬉しい。
「さすが瑞樹さんですね」
「恋人の変化はすぐにわかるよ。当然でしょ」
「っ」
さらっと言われた言葉に、不覚にもドキッとしてしまう。
「それは、契約上のことですよね」
「今のところは、ね」
その綺麗な笑みにグラリときそうになるけれど、彼の美しさに負けてはいけない。
(結婚前提で付き合うって、そんな簡単なことじゃないんだから!)
2人の間だけでの契約。
だから誰にも問われることもないし、瑞樹さんも言うほど恋人らしく接してきているわけでもない。
なのにドキッとさせられるとは。
やっぱり瑞稀さんの所作から発せられる言葉まで……与えられる影響が大きい。
(でもやっぱり契約上の恋人なんだ。それを忘れちゃいけない)
元々恋人は作らない主義の人なのだ。
私の考えている愛し合うような関係性を求めているわけじゃない。
(本気になったら傷つくのは私のほうだ)
私は気持ちを入れ替えるように小さく息をついてから、話題を変えた。
「あの、帰りにお花を買っていいですか」
「いいけど。陽毬の部屋に持って帰るまでにしおれない?」
「いえ。瑞樹さんの机に飾ろうと思って」
「俺の?」
綺麗には片付いているけれど、どこか寂しい瑞樹さんのデスク。
そこに赤い薔薇があったら映えるなあといつも思っていた。
でも瑞樹さんは、この申し出に嬉しそうな顔はしなかった。
「俺の机に花は必要ない。花が好きなのは陽毬でしょ」
「もちろん好きですけど」
「なら君が好きな花を、自分の机に飾りな?」
「あ……はい」
決して突き放す感じではなく、瑞稀さんは普通にそう告げた。
途中、車を降りて花を買うのにも付き合ってくれた。
「色はどういうのがいいの」
「ピンクとか……黄色かな?」
「じゃあこれと、これと……」
私の好みを聞いて花をチョイスし、小さなブーケを仕上げてくれた。
「どうぞ」
「えっ、私が払いますよ」
「お花くらいプレゼントさせてよ。机に飾るなら俺も見るしね」
ニコリと微笑み、ブーケを無理に手渡してくれる。
瞬間、ふんわり漂ってくる薔薇の香りが胸を熱くした。
(何これ……涙が込み上げる……)
「ちょっと、ブーケくらいで泣かないでよ」
「だって嬉しくて」
珍しく瑞稀さんは戸惑った様子で、私の頭をぎこちなく撫でてくれた。
「まいったな……これから先何回泣かせるかわかんないよ」
「ぐす……泣かせる?」
「喜びのハードルが低すぎるんだよ、陽毬は」
瑞稀さんはくすくすと笑って、路肩に留めていた車に合図をした。
そして戻ってきた車のドアを開け、私に先に乗るよう目くばせする。
「足元気をつけて」
「あ、ありがとうございます」
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