太陽と月に抱かれて ~異世界で王子を産みなさい!?~

伊東悠香

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16話 元の世界へ(2)

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「冷めないうちにどうぞ」
「はい、いただきます」
 淹れてもらったコーヒーを口にし、その苦さに眉をしかめる。コーヒーってこんなに苦かっただろうか。
(アンリの淹れてくれたお茶、美味しかったな)
 こんな時にまでアンリのことを思い出している私は、全くあの世界と心が切れてはいないようだ。
「それで、お前を連れ去ったあの男からは逃げてこられたのか」
「えっ」
 コーヒーを飲む手を止め、驚いて社長を見る。
(まさか、あの時のことを覚えてるの)
 彼の表情は少し困惑は残るものの、冗談を言っているようには見えなかった。
「俺は理性的に生きているつもりだし、ファンタジーを信じる人間じゃないんだが。結城がここであの金髪の男と消えてしまったのはしっかり見てしまった……」
「……覚えてらしたんですね」
 私はもうここへ戻ってきた。
 異世界では私をもう必要としなくなったから。
 そんなこと、言いたくはない。それに本当のことを言ってもただ混乱させるだけだろう
「心配は要りません。私はもう大丈夫ですから」
「大丈夫って……どういう意味だ。まだ何か脅されているのか」
 社長は私の隣へ席を移し、心配そうに顔を見つめる。以前はほとんど興味も持ってもらえない雰囲気だったのに、この態度の違いにやや戸惑いを覚える。
「脅されてる……なんて、ことないです」
「俺は結城の味方だ、悩みがあるなら遠慮なく言ってくれ。必要なら一人の時間は、お前と一緒に過ごしてやってもいい」
「どういう意味ですか?」
「俺の心は……以前からお前にあったんだ。だが、仕事上仕方なく愛のない結婚をした。だから結城……」
 さりげなく置かれた手を、私はほぼ反射的に払いのけていた。
「あ……」
 私に手を払われ、社長は驚いた顔で私を見ている。カリーナへ行く前の、アンリに会う前の私だったらこのシチュエーションは鼓動を高鳴らせるものだったかもしれない。
 でも今は違う。
 決まった人がいながらこうして思わせぶりな態度をとる社長を、素敵だとは全く思えない。
「すみません。でも、本当に大丈夫ですから」
 立ち上がった私を見上げ、社長はそれ以上何かをしてくることはなかった。
「わかった……まあ、何かあれば言え。相談くらいは乗る」
「はい、ありがとうございます。……失礼します」
 丁寧にお辞儀をして廊下に出る。
 あんなに好きだった社長を見ても、全く気持ちが揺らがない。心配してもらって、少しは嬉しく思っても良さそうなのに……。
(あんな簡単に奥さんを裏切るようなことを言うなんて。最低だよ)
 一瞬、このまま会社を辞めてしまいたいとも思ったけれど、転職の宛てもないのにそんなことをしたら生きていくことができなくなる。心を殺して、お給料のためにここの仕事は続けるしかない。
(こっちの世界でまた生きていくのが、離れる前より大変になった気がする)
 よろめく足取りで、私は自分の席へと戻る。周りは特に私の異変には気づかない様子で、そのまま仕事をこなしていた。
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