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二章 われわれのいる意味
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「だいたい、何でわざわざ俺の店でミーティングする必要があるんだよ、普段通りオフィスのカフェでやりゃいいだろうが」文句を言いながらも、鰰は手際よく紅茶を用意している。彼の皮肉と刺々しい態度は雰囲気だけだと、ごく短い付き合いではあるが斎藤は理解しつつあった。
「李人さんが『贈り物』の調子見て来いっていうから来たんだ、じゃなきゃ、わざわざ人の家で会議なんて開いたりしない」斎藤はソファに掛け、手持ち無沙汰にビジネスバッグの中身を開く。今回の仕事の指令書、護身・拘束用の小道具がまとめられたサイドバック、食べれるタイミングを逃し、放置され続けているプロテインバー。
忘れ物が無い事を確認し、蓋を閉じる。ストレッチをするように首を回し、部屋の隅を見やる。
「……大きなのっぽの古時計、ってやつだな」三週間ぶりに訪れた亜人館の応接室には、前回来た時には無かった巨大な柱時計が設置されていた。
怪しげな部屋の内装によく馴染む、細かな傷と錆びだらけの柱時計だった。時間を掛けて身についた貫禄よりも、時間とともに染みついていったみすぼらしさが目立つような、かび臭く、古ぼけた代物だった。
「ホントにこれが贈り物? さっきの中古品もそうだけどさ、体よくゴミ置き場として利用されてないか、お前の店」斎藤の隣に掛けた遥は、落ち着きなくきょろきょろと部屋を見まわしながら、思ったままの感想を吐き出した続けている。
「ゴミとは言ってくれる、汚れは勲章、傷は思い出。時計を頼りに人が生きた証だぜ?」「……ふーん」興味もなさそうに遥が鼻を鳴らす。地下室の湿気が肌に合わないのか、義手と切断面の接合部を片手で撫でている。
「……まあ、分からない奴には永遠に分からないだろうがな」鰰は咎めることも無く、手元のポットへと目を落とす。こいつ、随分と女に甘いんだな。俺の時は首根っこ切ろうとしたくせに……
「と、いうか、要さんの例のリリックってこれの事だったんだな」不満を飲み込み、斎藤も所感を口にした。時計の針は四時七分をしたまま、死んだように止まっている。
──短針十三センチ、長針秒針十八センチ。どどめ色が四時七分を指す──
要が語ったJポップの歌詞のような分かりづらく格好つけた伝言を思い出す。針の長さも色も、綺麗に一致している。
「……友人の、遺品なんだ。異能者になった事を儚んで、自殺を選んだ、馬鹿な奴だったよ」
詰まってしまった言葉を促すように、鰰が紅茶を差し出す。ざらりとした苦味のある香りが、鼻腔をくすぐる。
「……そっか、……大切なものなのに、ゴミなんて言ってごめんね」
茶を受け取りながら、遥はただ微笑む。異能への否定も肯定も無く、慈しみだけを湛えて、微笑む。
「ンな事気にしてねぇよ、死人に口なしだ。骨になっちまえば悪口を聞く耳も、文句を言われる口も無くなる」笑いながら紅茶をすする。含みのある言い方が斎藤の胸に引っかかった。
「むしろ、気にしてんのは財団の方だな。こんなぼろ臭い時計一つ返してもらうのに、なんでわざわざ俺の身一つ担保にしなきゃならないんだ? 異能者の遺品なら他に厄介なもんいくらでもあんだろ」
ごもっともだ。異能者が遺した部屋から輸入品らしき拳銃が見つかったこともある。植物を操る異能者の一人が、違法な薬物の原料になる植物を栽培していた事もある。異能犯罪者の手によって殺害され、買い占めた個室に隠蔽された遺体が見つかる事もザラだ。
それらを抑えて傷だらけの柱時計が重要参考品になっていた理由が、斎藤には分からなかった。中に爆弾でも詰まってるのか?
「ねえ、そんな大事なものならさ、修理とか補修とかしないの?」遥が渡された紅茶をすすりながら、ぽつりと漏らす。
「朽ちて壊れる最後の瞬間が見たいんだよ、形が崩れ、錆にまみれ、塵となりゆく最後の瞬間まで、こいつと共にありたいんだ」
姿の見えない彼に語りかけるように鰰は笑う。形見の柱時計を通して、何処かに行ってしまった友人に、慈しみを持って語りかける。
「さて、入隊祝いのプレゼントも確認できた所で、ミーティングを始めさせてもらう」
二人の顔から微笑が消えた。
まだ粗削りだが、自身の仕事を理解した真剣な表情を浮かべ、指示を受け入れる姿勢になっている。
「まずは出勤確認だ。えー、結構前から報告があった通り、要さんは今日、希望休取って──」希望休の理由を思い出し、斎藤はほくそ笑む。よっしゃ、要さんの弱み一個追加だ。
「デート、だってさ」「えっ⁉」「ほう……」案の定、二人の真剣な表情があっという間に崩れ去る。食いついたな。恋愛が絡んだ女の子特有の質問攻めに苦しむがいいさ。陰湿で歪んだ笑みを、心の中で浮かべる。
「仕事終わったら李人さんか茜総長か、明日来る本人に聞くかしなよ、とにかく今日は落ち着いていかないと。なにせ──」
「あんたの晴れ舞台だもんね、頑張ろうぜ。斎藤副班長」遥の答えに、頷きで返事を返す。
「李人さんが『贈り物』の調子見て来いっていうから来たんだ、じゃなきゃ、わざわざ人の家で会議なんて開いたりしない」斎藤はソファに掛け、手持ち無沙汰にビジネスバッグの中身を開く。今回の仕事の指令書、護身・拘束用の小道具がまとめられたサイドバック、食べれるタイミングを逃し、放置され続けているプロテインバー。
忘れ物が無い事を確認し、蓋を閉じる。ストレッチをするように首を回し、部屋の隅を見やる。
「……大きなのっぽの古時計、ってやつだな」三週間ぶりに訪れた亜人館の応接室には、前回来た時には無かった巨大な柱時計が設置されていた。
怪しげな部屋の内装によく馴染む、細かな傷と錆びだらけの柱時計だった。時間を掛けて身についた貫禄よりも、時間とともに染みついていったみすぼらしさが目立つような、かび臭く、古ぼけた代物だった。
「ホントにこれが贈り物? さっきの中古品もそうだけどさ、体よくゴミ置き場として利用されてないか、お前の店」斎藤の隣に掛けた遥は、落ち着きなくきょろきょろと部屋を見まわしながら、思ったままの感想を吐き出した続けている。
「ゴミとは言ってくれる、汚れは勲章、傷は思い出。時計を頼りに人が生きた証だぜ?」「……ふーん」興味もなさそうに遥が鼻を鳴らす。地下室の湿気が肌に合わないのか、義手と切断面の接合部を片手で撫でている。
「……まあ、分からない奴には永遠に分からないだろうがな」鰰は咎めることも無く、手元のポットへと目を落とす。こいつ、随分と女に甘いんだな。俺の時は首根っこ切ろうとしたくせに……
「と、いうか、要さんの例のリリックってこれの事だったんだな」不満を飲み込み、斎藤も所感を口にした。時計の針は四時七分をしたまま、死んだように止まっている。
──短針十三センチ、長針秒針十八センチ。どどめ色が四時七分を指す──
要が語ったJポップの歌詞のような分かりづらく格好つけた伝言を思い出す。針の長さも色も、綺麗に一致している。
「……友人の、遺品なんだ。異能者になった事を儚んで、自殺を選んだ、馬鹿な奴だったよ」
詰まってしまった言葉を促すように、鰰が紅茶を差し出す。ざらりとした苦味のある香りが、鼻腔をくすぐる。
「……そっか、……大切なものなのに、ゴミなんて言ってごめんね」
茶を受け取りながら、遥はただ微笑む。異能への否定も肯定も無く、慈しみだけを湛えて、微笑む。
「ンな事気にしてねぇよ、死人に口なしだ。骨になっちまえば悪口を聞く耳も、文句を言われる口も無くなる」笑いながら紅茶をすする。含みのある言い方が斎藤の胸に引っかかった。
「むしろ、気にしてんのは財団の方だな。こんなぼろ臭い時計一つ返してもらうのに、なんでわざわざ俺の身一つ担保にしなきゃならないんだ? 異能者の遺品なら他に厄介なもんいくらでもあんだろ」
ごもっともだ。異能者が遺した部屋から輸入品らしき拳銃が見つかったこともある。植物を操る異能者の一人が、違法な薬物の原料になる植物を栽培していた事もある。異能犯罪者の手によって殺害され、買い占めた個室に隠蔽された遺体が見つかる事もザラだ。
それらを抑えて傷だらけの柱時計が重要参考品になっていた理由が、斎藤には分からなかった。中に爆弾でも詰まってるのか?
「ねえ、そんな大事なものならさ、修理とか補修とかしないの?」遥が渡された紅茶をすすりながら、ぽつりと漏らす。
「朽ちて壊れる最後の瞬間が見たいんだよ、形が崩れ、錆にまみれ、塵となりゆく最後の瞬間まで、こいつと共にありたいんだ」
姿の見えない彼に語りかけるように鰰は笑う。形見の柱時計を通して、何処かに行ってしまった友人に、慈しみを持って語りかける。
「さて、入隊祝いのプレゼントも確認できた所で、ミーティングを始めさせてもらう」
二人の顔から微笑が消えた。
まだ粗削りだが、自身の仕事を理解した真剣な表情を浮かべ、指示を受け入れる姿勢になっている。
「まずは出勤確認だ。えー、結構前から報告があった通り、要さんは今日、希望休取って──」希望休の理由を思い出し、斎藤はほくそ笑む。よっしゃ、要さんの弱み一個追加だ。
「デート、だってさ」「えっ⁉」「ほう……」案の定、二人の真剣な表情があっという間に崩れ去る。食いついたな。恋愛が絡んだ女の子特有の質問攻めに苦しむがいいさ。陰湿で歪んだ笑みを、心の中で浮かべる。
「仕事終わったら李人さんか茜総長か、明日来る本人に聞くかしなよ、とにかく今日は落ち着いていかないと。なにせ──」
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