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二章 われわれのいる意味
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「そんなに大切な場面なのに、要さ……えー、班長抜きで決行していいんですか?」数時間前、朝一番で課長室に呼び出された斎藤は、眠い目を擦っていた異能研究課課長から副班長就任を言い渡され、悲鳴を上げていた。
「そのカナちゃんが斎藤君なら任せても大丈夫だ、って言ってるからね。あくまで準備段階で、少人数の指導に当たってもらうだけだから、仮に失敗しても損失は軽微だし。功介君に指導者の体験をさせるって点では、絶対今後の有利に繋がるだろうしね」
人類研究財団異能研究課長の茜は、デスクに頬杖をつき、リラックスした様子でにこにこと語る。その一方で、瞳の奥には不信が滲み、やや上ずった声からは不安が見え隠れしていた。大丈夫か? 本当に?
「アキも斎藤も心配すんな。非常事態への対応能力、敵対者の無力化能力、瞬発力、そして判断力。全部要には劣るが一級品だ、技量面は問題なしだよ。今回は聞き込みついでにやるお前の現場指揮能力のテストみたいなもんだと思ってくれ」
当然のように課長室に同室している李人が、茜の言葉を補足する。茜が内心で抱える斎藤への不安感も、急な事態に面した斎藤の困惑も、二人の心のすべてを見透かしたような言いぐさだった。
「……劣りますか、要さんには」冗談めかした言い方ではあったが、理由も無く比較された事は少し引っかかった。
「お前が生まれてからずっと鍛錬と研鑽を重ねたドーベルマンとすると、あいつは生まれつき高い能力を持ったウルフドッグだぜ? 比べてどうこうなるもんじゃねぇよ。どっちも優秀。それでいいじゃねぇか。異能者と一般人とで競うんじゃねえよ。持ち味を活かせ」あっさりと李人は話を流す。面白くもなさそうに、ただ正論だけで人を刺す。
「こーら、リッヒーはもっと優しく言ってあげなさい。功介君もいちいち突っかからないの。二人とももういい大人なんだから」
優しくなだめる茜の声は、母を思わせる甘く暖かい雰囲気に満ちていた。
ああ、財団のいろんな所で聞く「辛くなったら茜さんを頼れ」って、こうゆう事か。アドバイスとかじゃなく、慰めを求めろって事か。この思いやりと声に心を落とされた隊員は多いだろう。李人の皮肉と叱責を同時に浴びせられた後にこれがあるんだったら、そりゃ効果は抜群だろう。
「とにかく、今後の実働班において、功介君にはカナちゃんが不在時の班長代理、いる時はその補佐役……副班長の役割を任せたいと思うの」
「……身に余る大役、喜んで拝命致します」そんな不安そうな顔で、大役を任命される身にもなって欲しい。頭の中にもやもやとした不安はあったが、与えられた役割への不満はなかった。
組織の長から直々に下された命令に、本心も下心も含んだ、心からの敬礼で応じる。
悲願のためにも手段は選んでいられない。異能を通して街に安楽死を遂げさせる為にも、財団に信用されなくては。神父から授かったアドバイスが、胸の中で反響していた。
「俺ら生えてたの抜き立てペーペーの新人は副隊長サマの立役者ってか、人使いの荒いこった。それで、具体的に役者は何すりゃいいんだ? 副長とこの忍者みたいな部隊の手伝いと、待機室の模様替えだけが実働班の仕事って訳じゃないんだろ?」
「勿論だ。これから先は忍者を手伝うんじゃなく、忍者に手伝ってもらう立場になる」「下剋上って事?」遥が首をかしげる。古めかしいその表現に、おまわず笑みがこぼれた。
「予定消化って感じかな。元々市民調査班は実働部隊のバックアップの為に造設された部署だったからね」
昼飯を何にするか議論しながら、要が気絶させた異能者を、引っ越し作業のように装甲仕様のバンに積み込んでいく李人の部下たちを思い出す。あれはシュールな光景だったな。
「市民調査課が異能者の近辺調査や異能反応の確認を行い、実働部隊が異能者を捕らえる。捕まえた異能者は研究班が調査。少しでも異能についてのデータが取れたら、異能者の人格チェック。安全そうなら釈放。安全そうでも財団に非協力的か、危険なら収容施設送り。これが異能研究課の基本サイクルだ。今までは実働部隊の練度と頭数不足で重要と供給が飽和気味だったけど……」
「時計は返して貰ったんだ、その分の仕事はするさ。異能者を片っ端からブタ箱にブチこむ。雑貨屋でそろばん叩くよりシンプルでわかりやすいぜ」鰰が湿った微笑みを浮かべ、
「異能者が街から消えたら、異能犯罪が減って、昔みたいに街が平和になる。異能の研究が進めば、クラブU5の皆が無くした腕や足を再生させる事も出来る」自分に言い聞かせるように呟いて、遥はゆっくりと首を上げる。
「そう考えたらボランティアみたいなものじゃんか。辛い事なんか、少ししか、無い」恐怖と希望が入り混じった、若々しい表情で斎藤と目を合わせる。
「OK、決意表明はしかと受け取ったよ、班長居ねえけど」
見計らったようにポケットの携帯電話が震えだす。ダグラス・レインが歌う、エフェクトのかかった(童謡)デイジー・ベルが、仕事の始まりを告げた。
「時間だ、パトロールに出るぞ」「それは別にいいんだけどさ、なんでそのジングルなのさ? デイビッド船長でも裏切る予定あんの?」半ば核心を突いた遥の質問を無視して、席を立つ。
「そのカナちゃんが斎藤君なら任せても大丈夫だ、って言ってるからね。あくまで準備段階で、少人数の指導に当たってもらうだけだから、仮に失敗しても損失は軽微だし。功介君に指導者の体験をさせるって点では、絶対今後の有利に繋がるだろうしね」
人類研究財団異能研究課長の茜は、デスクに頬杖をつき、リラックスした様子でにこにこと語る。その一方で、瞳の奥には不信が滲み、やや上ずった声からは不安が見え隠れしていた。大丈夫か? 本当に?
「アキも斎藤も心配すんな。非常事態への対応能力、敵対者の無力化能力、瞬発力、そして判断力。全部要には劣るが一級品だ、技量面は問題なしだよ。今回は聞き込みついでにやるお前の現場指揮能力のテストみたいなもんだと思ってくれ」
当然のように課長室に同室している李人が、茜の言葉を補足する。茜が内心で抱える斎藤への不安感も、急な事態に面した斎藤の困惑も、二人の心のすべてを見透かしたような言いぐさだった。
「……劣りますか、要さんには」冗談めかした言い方ではあったが、理由も無く比較された事は少し引っかかった。
「お前が生まれてからずっと鍛錬と研鑽を重ねたドーベルマンとすると、あいつは生まれつき高い能力を持ったウルフドッグだぜ? 比べてどうこうなるもんじゃねぇよ。どっちも優秀。それでいいじゃねぇか。異能者と一般人とで競うんじゃねえよ。持ち味を活かせ」あっさりと李人は話を流す。面白くもなさそうに、ただ正論だけで人を刺す。
「こーら、リッヒーはもっと優しく言ってあげなさい。功介君もいちいち突っかからないの。二人とももういい大人なんだから」
優しくなだめる茜の声は、母を思わせる甘く暖かい雰囲気に満ちていた。
ああ、財団のいろんな所で聞く「辛くなったら茜さんを頼れ」って、こうゆう事か。アドバイスとかじゃなく、慰めを求めろって事か。この思いやりと声に心を落とされた隊員は多いだろう。李人の皮肉と叱責を同時に浴びせられた後にこれがあるんだったら、そりゃ効果は抜群だろう。
「とにかく、今後の実働班において、功介君にはカナちゃんが不在時の班長代理、いる時はその補佐役……副班長の役割を任せたいと思うの」
「……身に余る大役、喜んで拝命致します」そんな不安そうな顔で、大役を任命される身にもなって欲しい。頭の中にもやもやとした不安はあったが、与えられた役割への不満はなかった。
組織の長から直々に下された命令に、本心も下心も含んだ、心からの敬礼で応じる。
悲願のためにも手段は選んでいられない。異能を通して街に安楽死を遂げさせる為にも、財団に信用されなくては。神父から授かったアドバイスが、胸の中で反響していた。
「俺ら生えてたの抜き立てペーペーの新人は副隊長サマの立役者ってか、人使いの荒いこった。それで、具体的に役者は何すりゃいいんだ? 副長とこの忍者みたいな部隊の手伝いと、待機室の模様替えだけが実働班の仕事って訳じゃないんだろ?」
「勿論だ。これから先は忍者を手伝うんじゃなく、忍者に手伝ってもらう立場になる」「下剋上って事?」遥が首をかしげる。古めかしいその表現に、おまわず笑みがこぼれた。
「予定消化って感じかな。元々市民調査班は実働部隊のバックアップの為に造設された部署だったからね」
昼飯を何にするか議論しながら、要が気絶させた異能者を、引っ越し作業のように装甲仕様のバンに積み込んでいく李人の部下たちを思い出す。あれはシュールな光景だったな。
「市民調査課が異能者の近辺調査や異能反応の確認を行い、実働部隊が異能者を捕らえる。捕まえた異能者は研究班が調査。少しでも異能についてのデータが取れたら、異能者の人格チェック。安全そうなら釈放。安全そうでも財団に非協力的か、危険なら収容施設送り。これが異能研究課の基本サイクルだ。今までは実働部隊の練度と頭数不足で重要と供給が飽和気味だったけど……」
「時計は返して貰ったんだ、その分の仕事はするさ。異能者を片っ端からブタ箱にブチこむ。雑貨屋でそろばん叩くよりシンプルでわかりやすいぜ」鰰が湿った微笑みを浮かべ、
「異能者が街から消えたら、異能犯罪が減って、昔みたいに街が平和になる。異能の研究が進めば、クラブU5の皆が無くした腕や足を再生させる事も出来る」自分に言い聞かせるように呟いて、遥はゆっくりと首を上げる。
「そう考えたらボランティアみたいなものじゃんか。辛い事なんか、少ししか、無い」恐怖と希望が入り混じった、若々しい表情で斎藤と目を合わせる。
「OK、決意表明はしかと受け取ったよ、班長居ねえけど」
見計らったようにポケットの携帯電話が震えだす。ダグラス・レインが歌う、エフェクトのかかった(童謡)デイジー・ベルが、仕事の始まりを告げた。
「時間だ、パトロールに出るぞ」「それは別にいいんだけどさ、なんでそのジングルなのさ? デイビッド船長でも裏切る予定あんの?」半ば核心を突いた遥の質問を無視して、席を立つ。
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