亡国の系譜と神の婚約者

仁藤欣太郎

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第五章 黄金色の淑女とネオンの騎士

第二百三十九話 技術の差

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 日はまだ落ち始めていない。まだ明るいにもかかわらず、石像から漏れ出す光は二人の視界を白く塗りつぶした。サンドウとマーカスは手で目を覆って対処した。

「サンドウ殿! なんかヤバそうだ! 一足先に俺は逃げるぜ!」
「うむ、それがよかろう」

 マーカスは目を覆ったまま感覚を頼りに後方へ退いた。サンドウはその場で突っ立ったままだった。

(これだけ強い気なら目を覆っていようと姿かたちまでありありとわかる。そして、少なくとも強さの高だけなら他の魔獣千匹……いや、一万匹いようが相手になるまい。期待できるやもしれん)

 彼は動じるどころか、ネオンの騎士ネオンナイトの発する気の大きさにいっそう胸を躍らせた。

 しばらくして光が止むと、騎士がその姿をさらけ出した。その身体は立派な馬の脚に、七色に輝く鎧をまとった人の胴。右手に鋭い槍を、左手に濡れたような輝きの長剣を握りしめていた。

 サンドウは石板を回り込んだ。彼と騎士との間に障害物がなくなった。マーカスはすでに円形の広場から出ている。心置きなく戦える状況はすでに整っていた。

 二人が同時に構えた。そして次の瞬間、騎士は二十メートルほどの距離を一瞬で詰め、左手の長剣でサンドウの首を刎ねた……かに見えた。

 しかし切られたのはサンドウの残像だった。彼は長剣の射程の僅かに外へ、騎士よりも速く退避していた。騎士も手ごたえがなかったことで、討ち損じたことに気付いていた。

「うむ。速度だけならほとんどの生物を上回る。私と互角と言ってもいいだろう」

 まだ余裕のあるサンドウを見て騎士は少し後退し、再度攻撃に転じた。だがサンドウはこれも瞬時にかわし、騎士との間合いをとった。

 自分の攻撃がかわされることが解せないのか、騎士は少々いきり立っているようだった。そして右手の槍も加え猛攻を開始する。

 ここではじめてサンドウが剣を抜いた。しかしそれを使って反撃するでもなく、彼は騎士の槍と剣を身でかわし、剣でいなしながら、少しずつ後へ下がるだけだった。彼は騎士の力量を測っていた。

 金属のぶつかり合う音が激しくこだまする。その音だけなら熾烈な攻防が繰り広げられているようにもとれよう。だが衝撃音の激しさとは反対に、サンドウの心は徐々に冷めていった。

(槍も剣も威力は並外れているが……いかんせん、技が伴っておらぬ。強者といえども言葉を介さぬ魔獣。「武」はあっても「武術」の域には至れぬか)

 サンドウはやや興ざめしていた。気の大きさだけなら並外れた強者と言えるネオンの騎士の武力も、所詮は技術の伝承を受けていない粗削りな武。剣術の頂点を極めた彼の敵ではなかった。

 もう十分に騎士の力量を見抜いたと判断したサンドウは、いったん騎士の間合いの外へ大きく後退した。騎士の方もサンドウの不可解な行動に足を止めた。

 場は打って変わって静寂に包まれた。サンドウはゆっくりと本気の構えに移り、目をつむった。

(秘宝を守りし魔獣よ。私の気を感じ取れ。最早このままでは勝てる見込みがないとわかっていよう。貴様の最大の攻撃を見せてみよ)

 彼の念じた言葉が伝わったかどうかは定かでないが、騎士はゆっくりと振り返り、広場の端まで後退した。そして再びサンドウの方を向くと、槍を背中に納め、剣を右手に持ち替えて構えた。

 空気中でヒュウヒュウと風のような音がした。しかしその場は無風。空気中の見えないエネルギーを、騎士の鎧が吸収する音だった。鎧は先ほどよりも強く輝きだし、あたりは再び白く塗りつぶされた。

 フュンッ、という音がした。今度は間違いなく風の音だった。そして光が納まったとき、騎士はサンドウを通り越し、反対側の壁の前ですでに倒れていた。サンドウは先ほどからまったく動いていない……かのように見えた。

 騎士とサンドウの中間地点には馬の左前脚がぽつんと転がっていた。サンドウは、ネオンの騎士が放った音速の突撃を目を瞑ったまま見切り、それより速く剣を半分抜き、身をかわしつつ左前脚だけ切断したのだ。

 サンドウも無傷というわけではなく、マントの端と左肩に浅い傷を受けていた。彼は騎士のほうへ歩みを進めた。

「今のはいい太刀筋であった。少しは楽しませてくれたな」

 彼はそう言って、地面の上でもがき苦しむ騎士を前に剣を握った。

「せめて苦しまずに逝くがよい」

 シュッと、気持ちのいい音がした。騎士の首はすでに胴体から離れていた。サンドウは刃先に付いた血を素早く振り払い、静かに剣を鞘に納めた。

「さて、これで片は付いたが……」

 彼は血の池に転がるイエローオーブを拾い、それをよくよく観察した。

「うーむ。興味はわかぬが、ここに無造作に置いておくわけにもいくまい。手土産代わりに国王に献上するか」

 こうしてまったくの偶然により、イエローオーブはオリンピア王国のものとなった。
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